令嬢たちのお茶会メヌエット(2)
お茶会当日。
王都の郊外に建つヴァルシア家の別邸(別荘)に馬車で乗りつける。
馬車は北の廃都から戻ってからアデルバルドにねだって製作された特注品でその銘も『ノクタリオン』。かつて旅を共にした愛馬の号だ。
同行したユリウスの手を借りて馬車から降りる。
見上げるヴァルシア家の城館は白亜のリージェンシー様式。
「聖職貴族のお屋敷が摂政様式、ね」
セリアは皮肉を呟きながらひとりで小さく笑う。
さて、本日のセリアの装いは。
紅色のシルクタフタのベルラインドレス。日中の社交に相応しく襟の詰まったスタンドカラー。パフスリーブの袖と多段のティアードスカートにはフリルとレースが飾られ、その上からふっくらとしたリボンがいくつも配置された装飾的で象徴的なクラシカルスタイルだ。同デザインのボンネットと靴には花をあしらい、メイドたち渾身の題して、『晴れやかなる箱庭の礼装』のセリアが仕上がった。
「ユーリ、パラソルをお願い」
「はい」
ユリウスを愛称で呼び、手にしていたパラソルを預ける。
このパラソルは言うまでもなく、聖剣ルヴァルティスの仮の姿。
リシュアンの聖女の祈りによって得たもうひとつの姿でもある。
擬態している間は蝶の羽のような柄となって、セリアが歩く道に残光を残す。初めて目にしたものは面食らうが、同時にその不思議な魅力は誰もの記憶に残る。
「お嬢様、こちらをお持ちください」
パラソルと引き換えに、ユリウスは彼女にあるものを差し出した。
受け取りながらそれを眺める。
小さな金属製の縦笛だ。しかも。
「……犬笛?」
なぜ?
「私は従者の控えの間におりますが、何かございましたらお呼びください」
「犬笛で?」
「それもようございますね」
微笑を浮かべたユリウスにセリアはジト目を送る。
「まったく。もう少し可愛げをお持ちなさい」
「申し訳ござません。善処いたします」
「する気もないことを言わないの」
苦言を呈するも、執事は涼しい表情のまま黙礼するばかり。
どうやら、犬笛についての説明を述べる気はないらしい。
ユリウスは無駄なことはしない質よ。……これには何か意味があるのでしょうね?
「とりあえず、受け取っておくわ」
セリアは小さなバッグに笛をしまうと、玄関ポーチへと歩を進めた。
取り次ぎの間に通されると、先客の令嬢が在った。
彼女はセリアが部屋に通されると同時に、はっとしたように目を見開いてすぐに俯いた。
その令嬢は薄紅色のドレスを纏っている。
セリアはドレスの色彩が気になりつつも、近づいて愛想よく笑みを浮かべて軽くカーテシーをして口を開いた。
「ごきげんよう。私、セリア・エストレラと申します。父は王政府の次官を務めております。……ご令嬢もレオノーラ様のお茶会のお招きに?」
他に理由などないだろうが、会話のとっかかりとしてはまあこんなものだろう。
彼女は立ち上がると慌ててセリアに礼を示す。
「は、はい。申し遅れました。私はエミリア・ローレンスでございます。私の家は貿易商を営んでおります。どうか、お見知り置きを」
セリアは「よろしく」と返事をしたが、エミリアと名乗った令嬢は落ち着かない様子で目を泳がせている。
「……どうかなさいましたか?ご気分がすぐれないようでしたら、お座りになって?」
彼女を案じると、「いえ……」とつぶやきながら、小声でセリアに告げる。
「つかぬことをお伺い致しますが……セリア様、本日のドレスのお色はレオノーラ様のご指定でございましたか?」
「ええ。招待状には、皆様紅色のドレスでの参加を促されておりましたわ」
少女達のお茶会でドレスの色を合わせることは珍しいものではない。その場合、招待状に指定の色彩が記されていて、皆それに合わせて装うのだが。
「……そ、そうでございますか……」
セリアのドレスとエミリアのドレスの色は明らかに異なっている。
……ということは、どちらかが『ハズレ』を引いていることになるわけだが。
案内係のメイドがやってきて、お茶会のために支度された広間へ行くと、答えははっきりした。
レオノーラはじめ、取り巻きの令嬢達は生地の質や意匠こそ異なっているが、みな一様に薄紅色のドレスを纏っていたからだ。
ほっと頬を緩めたエミリアの表情を横目で確認しながら、セリアは内心苦笑いする。
なるほど、ハズレを引かされたのは私というわけね。
主催のレオノーラは美しい笑顔でふたりを迎えた。
「ようこそ私のお茶会へ。エミリア嬢……それから、セリア・エストレラ様」
「ごきげんよう、レオノーラ様。この度はお茶会へのご招待をありがとうございます。私、この日を楽しみにしておりましたわ」
レオノーラから含みのある視線をドレスに注がれながらも、セリアは構わずにっこりと笑って答えた。
お茶会の主催者からドレスの色を外されるというのは、少女たちにとってわかりやすい仲間外れの儀式である。
レオノーラの傍にいる取り巻き令嬢のひとりが大仰に声をあげた。
「あらセリア様。ドレスのお色が私たちとは異なるようですわね」
令嬢たちの薄笑にエミリアは居心地悪くなる。初参加のセリアに恥をかかせる作戦らしい。
「ええ、そのようですわ。大変失礼いたしました、レオノーラ様。他ならぬご令嬢からのご招待。私ったら、はしゃぎすぎてご指定を見落としてしまったのですね」
セリアは涼しい顔で頭を下げて受け流す。
その鮮やかさにエミリアは戸惑いながら、瞬きを繰り返す。
セリアは同い年くらいなのに、この儀式に傷ついていない。それどころか招待状の不備を指摘することもなく、頭を下げることで綺麗にやり過ごしてしまった。
私なら、消え入りたくなるくらいに恥ずかしい時間になってしまうのに。
思ったような効果が得られなかったレオノーラは一瞬興醒めの顔を見せたが、すぐに令嬢らしい余裕を取り戻してふたりを促した。
「さぁ、席におつきになって。本日の主賓はセリア様でしてよ。どうぞ上座へ」
「ありがとうございます」
微笑むふたりの間に、見えない火花が散る。
はじめから真っ当な歓迎なんて期待していなくてよ、レオノーラ嬢。
このお茶会で何を仕掛けてくださるのか、お手並み拝見ね。
各々が円卓の席につくと、レオノーラは口を開く。
「改めてみなさまにご紹介いたしますわ。こちらは私が特別にご招待したエストレラ伯爵家のご令嬢、セリア・エストレラ様。お父上は元南部軍の将軍で現在は王政府の次官をお務めになっておられましてよ」
紹介を受けてセリアは黙礼をすると、令嬢たちもそれに倣う。
「セリア様に同席する皆様をご紹介いたしますわね」
セリアとレオノーラを除き、今回同席するのは5名の令嬢たちだ。
レオノーラが令嬢らを紹介するより以前から、セリアはすでに彼女らのことを知っている。
レオノーラの左に座るのはヴィオレッタ・ルーヴェル伯爵令嬢。取り巻きの中では最年長で、レオノーラの参謀的立場。
右に座るのがマルグリット・セルヴァン伯爵令嬢。レオノーラと同い年で太鼓持ち。計算高く保身的。
マルグリットの横にフローラ・ディーン男爵令嬢。取り巻きの数合わせのひとり。同調、相槌係。
セリアの左の席にオリヴィア・ベルトラン子爵令嬢。セリアと同い年で感情的で負けず嫌い。短慮だがヴィオレッタがうまく操作している(操作されていることは気づいていない)。
そして右にエミリア・ヴァルデン準男爵令嬢。貿易商の娘でもっとも庶民に近しく、思慮深いがレオノーラや他の令嬢の顔色をうかがう場面が多い。
「では、お茶会をはじめましょう。今日のために新しいお菓子をいくつかご用意いたしましたのよ。どうか楽しんでらしてね」
レオノーラの号令でメイドたちが給仕を開始する。
主催者のレオノーラはヴィオレッタら取り巻きたちと慣れた風に会話を開始した中で、セリアは用意された紅茶に口をつける。口に含んで、一瞬止まる。
ぬるい。でもそれだけではない。これは湿気った茶葉だ。
「…………」
「あら?セリア様、どうかなさった?」
セリアの挙動をめざとく捉えて、ヴィオレッタが声をかけた。が、すぐにセリアは笑みを浮かべた。
「いえ、はじめて口にした味でしたもので。特別な紅茶の茶葉をお使いなのですね」
「ふふ……セリア様のために特別にご用意したのですわ。気に入ってくださると嬉しいわ」
レオノーラの言葉にマルグリットとオリヴィアがクスクスと小さく笑う。
「クッキーやケーキもぜひご賞味くださいな」
「ありがとうございます」
レオノーラにすすめられてクッキーを素直に齧る。
1つ目。……しょっぱい。
2つ目。……香辛料が効きすぎている。
3つ目。……生焼け。
ケーキ。……すっぱい。
セリアはそれら口にしながら、特別な感慨は持たなかった。
むしろ、拍子抜けだ。
味がしない、とてもまずい野営糧食を兵士時代のカレルレイスは食べていたのよ。それを思えば、むしろ元の素材がよい分、美味しいくらいだわ。
やるからには毒くらいはしっかり仕込んでくれないと……(まあ毒程度では健康を害さないのだけれど)。
セリアの反応をみるために注目する令嬢たちに気づいて、微笑む。
「どちらも味わい深いお菓子ですわね。……皆様、どうかなさいまして?」
そしらぬ顔をして今度はこちらから問いかけると、彼女たちは目をそらす。
「いえ……別に」
故意に品質が落ちるそれらを用意した手前、上品に口にし続けるセリアに彼女たちの表情は不満気に曇る。
その中で、エミリアは「すごい」と息をつく。
これは、レオノーラたちがお茶会で行う『生贄の儀式』。
彼女は好みでない令嬢(目障りとも言うが)をこのようにお茶会に招いては、ドレスの色で視覚的に除け者にし、お茶会で供されるお茶や料理、お菓子に偏った仕込みをして、精神的に追い詰めることを時々する。
標的となった令嬢をドレスの色で恥をかかせ、食事で侮辱をする。
これまでの令嬢は当然憤慨し、その場でレオノーラを糾弾した。
そうなれば、レオノーラの勝ちだ。
レオノーラは被害者の顔をし、もてなしに難癖をつけてお茶会を台無しにされたと周辺の令嬢たちに吹聴させる。
そして令嬢社会から孤立させ、悪評を立てられた令嬢は堪え切れずにレオノーラの視界から退場する。
レオノーラの本質を知っている令嬢たちは震える。「次の標的は自分なのではないか」と。
まるで恐怖政治さながらに。
こうして未来の王子妃と目されたレオノーラの独壇場となり、彼女にとって都合のよい令嬢社会が仕上がっていくという流れだ。
レオノーラ劇場を間近で目撃してきたエミリアは、ただただ怯えるばかりである。
すでに令嬢社会で孤立しているセリアがどうしてレオノーラの不興を買ってしまったのかは知らないが、定石となっている嫌がらせにも顔色を変えないどころか、余裕すら見せる姿にエミリアは驚くばかりだ。
エミリアとは異なる意味で、ヴィオレッタは怪訝に戸惑う。
この令嬢、本当に社交の場が初めてなの?
浮ついたところがないどころか、嫌がらせを受けていることは理解しているのに動じる気配も見せない。
……この子、一体何なの?
レオノーラはセリアをひどく嫌悪し「魔女」と呼んでいる。何の比喩かとヴィオレッタは首を傾げていたが……セリアの不気味なほどの落ち着き。ここで感情を露わにすることが敗北を意味していることを知っている者の顔だ。
社交の経験のない世間知らずと侮っていたが……なるほど、一筋縄ではいかない相手ということか。
計画通りに事が運ばないことに、レオノーラは苛立ちながら話題を変える。
「……そうそう。私近頃、詩人のエルディアス・ヴァロウ卿の詩集を集めておりますの」
「エルディアス・ヴァロウ卿……?私存じ上げませんわ」
とフローラ。
「古い詩人ですのよ。知識層の間では元々評判がよかったのですけれど、貴族社会でも最近ようやく彼の詩境が見直されて、評価が高まりつつありますの」
「レオノーラ様のお眼鏡に叶う詩人でしたのね。どんな方なのかお教え願いたいですわ」
とマルグリットが持ち上げる。
ここでレオノーラが試すようにセリアを見る。
「セリア様はエルディアス・ヴァロウ卿をご存知かしら?」
……なるほど。知性比べをしようというのね。
セリアは少し考えるそぶりを見せて「ええ」と頷いた。
「約200年ほど前の詩人ですわよね。夜影派の」
円卓を囲む少女たちが息を呑む。
セリアはそのまま続けた。
「哀愁と宗教的寓話が特徴的な詩作をなさった方ですわ。生前には評価されず、レオノーラ様がおっしゃる通り、近年一部の貴族で再評価の兆しがございましてよ」
ここで一旦区切り、最後に微笑みながら。
「エルディアス卿の詩集の中では『星影の祈祷書』の収められた〝名をなくした鐘〟が得に心に残っております」
すらりと答えたセリアに対し、レオノーラは一瞬険を帯びた眼差しを向けたがすぐに優雅に笑って「さすがですわね」と賛辞した。
「〝名をなくした鐘〟は解釈の難しい詩ですわよね」
「ええ、だからこそ……美しいのですわ」
ここで再び彼女たちは火花を散らす。
「セリア様は、他にどんな分野に興味を持っておいでか……私たちに教えてくださらない?」
ヴィオレッタが続けざまに問いかけた。
「皆様の希望とあらば」
「ええ、ぜひ」
レオノーラの挑発的な応答には気づかぬ顔をして言う。
「最近ではお父様にお願いをして先生をお招きし、経済学を学び始めましたわ。商業に財政、国家運営の基盤になる部分を中心に」
「……勤勉でいらっしゃるのね」
ヴィオレッタが冷めた口調で答える。
「いえ、その程度は皆様も同じように学ばれているはずですわよね。……もっとも、直近ではあるお方が下さった哲学書を特に熟読しておりますのよ」
「哲学書?」
思わずエミリアが問いかけてしまうと、セリアは頷く。
「ええ、〝見る事なき者の認識論〟という……そのお方ご自身が従者の手を借りてお書きになった口述筆記の書物ですわ」
セリアは顔をレオノーラに向けて、微笑む。
「……!」
レオノーラの顔色が変わり、セリアを鋭く睨みつける。
その書物の著者がどこの誰なのかを、レオノーラだけがはっきりと理解したからだ。
……セリア・エストレラ。なんて強かな女なの!
まるで自分の方が格上だと言わんばかりに、不遜にも彼の方の存在を私にちらつかせるなんて……!
許せない!殿下自身のお言葉を記した書物をこんな子に下賜なさっただなんて……!殿下はこの魔女に騙されているのよ……!
燃えるような目でセリアを憎々しげに睨むレオノーラとは異なり、セリアは微笑みを絶やさなかった。
このまま続けては、感情的になっているレオノーラの分が悪くなるとヴィオレッタは察し、軽く咳払いをして彼女の気を散らすように提案する。
「……少し、空気を変えましょうか。レオノーラ様、本日はお天気もよろしいことですし、皆様で裏山を散策するのはいかがかしら」
ヴィオレッタの言葉を受け取って、レオノーラは「そうね」と笑う。
「皆様も、それでよろしいでしょう?」
レオノーラの取り巻き令嬢たちはすぐに同調した。
「ええ、素敵ですわね」
おそらく、まだ何か仕込みがあるはず。
セリアは微笑んで同意し、そのように決まった。
2026年、連載初更新ということで。
あけましておめでとうございます。本年も拙作をよろしくお願いいたします。
このエピソードは次で終了です。
普通の令嬢ならこの嫌がらせは効果的で立場を潰せてしまうのですが、セリアさんには……(苦笑)。




