元伝説の勇者の令嬢プレリュード(1)
縁談の席を終えて、数日。
王宮より書簡が届いた。
第一王子の婚約者として、セリアが内定したと。
非公式ながら、幼いつがいの誕生だ。
10歳のセリアはどちらかといえば凡庸な令嬢であった。
朗らかな印象を与えはするものの、特筆すべきところは何もない、平均的な少女だったのだ。
そして今日。
前世を思い出すに至り、セリアはドレッサーの前に座ってじっと自分の顔を見た。
父親譲りの緩く波打つ銀の髪、母親譲りの玫瑰の瞳。
表情は一変してしまっている。
朗らかだった柔らかい頬はすっと引き締まり、瞳も同じように冴えている。
「……人の顔って記憶が蘇るだけで、こんなにも変わってしまうものなのね」
リシュアンと対面するまでは、セリアはセリアの日常を楽しく、無邪気に生きていた。
甘いお菓子、可愛らしいドレス、綺麗な花と家族を愛する小さな世界のお姫様。
夢のように優しい時間たち。
だがエルセリオ王国の第一王子の婚約者と内定した以上、これからは同じ日常を生きられないだろう。
「……殿下が聖女様の生まれ変わりだなんて。なんだか、不思議……」
リュシアンは硝子細工のように白く繊細な少年に生まれ変わっていた。
「お美しさは当時から変わらないけど、そのお力も似ているなんて……因果なものだわ」
セリアは小さく息をつく。
リシュアンは光を失ったかわりに、予知能力を天より与えられた。いわゆる、予言視や未来視だ。
そのため第一王子でありながら、聖者として王宮に聳え立つ『星見の塔』に封じられた。
祝福された、稀有な力を持つ王子。
その彼を支えるために、婚約者候補が何人も立てられた。その中のひとりがセリアだった。
だが、セリアはただの数合わせ。
「大本命はヴァルシア家の名門令嬢。聖職貴族で、神官を束ねる教会勢力の筆頭。……殿下に最もふさわしいお相手と目されていたと、後から教えてもらったわ」
おそらく、彼女は幼少期から未来の王妃となるべく教育を施され、早い段階からリシュアンとも顔合わせを済ませていたはずだ。
しかし他の貴族からの不興を買わぬように、ヴァルシア家は王家を通じて号令をかけ、形ばかりの婚約者候補を見本として並べて見せた。
彼らにとっての誤算は、思惑通りにことが運ばず、王子自身が婚約者を定めてしまったことだ。
「……間違いなく、ヴァルシア家から恨まれるのでしょうね、私もお父様も……」
あちらは王都の名門、こちらは地方の小伯爵。
さらに言えば、セリアは妃教育も受けていない令嬢。
周囲の大人たちは、なぜ王子が彼女を選んだのか、全く、まるきり、一片も理解できないはずなのだ。
これからは否が応にも宮廷政治に巻き込まれていくことになりそうだ。……うんざりする。
「……憂うよりまず先に、やるべきことをするのよセリア」
前世の影響を受けて、思考性が大人になったことでセリアは何をすべきか理解していた。
セリアとリシュアンが同時に転生しているということは、どこかで厄災の息吹が育っている可能性がある。
生まれ変わったからといって、呑気に構えている場合ではない。
私の役割は、前世と変わらない。
「私が殿下の御身と治世をお守りする。この手は、あなたを守るためにある……」
小さな手のひらに目を落としてつぶやくと、セリアは控えていたメイドたちを振り返る。
「お父様とお話をしてくるわ」
レースたっぷりのスカートの裾と、波打つ銀の髪をを翻しながら居室を出た。
10歳の少女が突然大人びた言動をとるようになったことに使用人たちは戸惑い、ただただ顔を見合わせるばかりだった。
(少し時間を置いて22時10分頃、次話を更新します)