聖剣と聖杖のファンタジア(1)
聖剣ルヴァルティスを取り戻した翌月、セリアはリシュアンとの接見のため星見の塔を訪れた。
魂を歪められ、悪霊と化していた皇妃レメリアより託された銀鈴花の株をリシュアンに献上すると、彼はとても喜んだ。
「ああ、この香りと手触り……今の僕には初めてなのに、とても懐かしい。昔の記憶がより鮮明に蘇るようだ。ありがとうセリア。僕の私的な温室で大切に育てさせてもらうよ」
「もったいない言葉。皇妃様もお喜びになられることでしょう」
セリアは軽くお辞儀をした。
「今日の君は、銀鈴花の姫君だね。可憐な様子が伝わってくるよ」
リシュアンは感覚的にセリアの装いを褒めた。
本日のセリアは銀鈴花に準えて、ペールブルーの生地に白いフリルとリボンのついたドレスを纏っている。髪飾りとブローチを鈴蘭のモチーフで揃え、『銀鈴花の庭に舞い降りた月下の妖精姫』と名付けていたので、リシュアンの見立ては間違っていない。
気づいてくれたことが嬉しくて、セリアはもじもじしながら頬を染める。
「ありがとうございます、リシュアン殿下」
廃都から戻る前の晩、セリアは銀鈴花が咲き乱れるかつての帝都をリシュアンとふたりで歩く幻想的な夢を見た。夢の中での会話はもう記憶の混沌へと呑み込まれ思い出せないが、目覚めた後の幸福感と切なさをドレスに乗せたのだ。
いつもの窓辺の席につき、リシュアンの従者が用意してくれたお菓子を小皿に取り分けながら、セリアは小さく息をついた。
セリアが気落ちしていることをリシュアンは察する。
「少し元気がないようだね。何か気がかりがあるのなら話してごらん」
柔らかく指摘され、セリアは顔を上げる。
まだ何も言っていないのに、私の悩みを殿下はお気づきに……?!
「さすがのご慧眼!感服でございます……!」
セリアは尊敬に瞳を輝かせた。
「ふふ、褒めてくれてありがとう」
微苦笑を浮かべながら、リシュアンは「さぁ」とセリアを促した。
しかし彼女は口籠る。
「……お気持ちは大変ありがたく。ですが、殿下のお心を煩わせるのは大変不本意でございまして……」
珍しく歯切れの悪いセリアにリシュアンは軽く覗き込む。
「セリア、僕は君のことで煩わしく思うことなんてひとつもないよ。ましてや婚約者として、頼られない方が寂しい」
「さ、寂しい?!殿下が?!」
「うん、寂しい。君は強いから、なんでもひとりで解決しようとしてしまう。それは美点であり、時に欠点ともなる。君はもう少し、僕や周りの者に甘えることを覚えた方がいいかな」
優しく諭されて、セリアはそっと肩を落とす。
「……はい」
カレルレイスの思考の癖が私にも継承されているものだから、殿下に悩みを打ち明けたり、頼ることは不敬だと思い込んでしまっている。
「私は、もうアレアナ様の随伴者ではございませんでした。反省いたします」
「そうだよ。それに、君はまだ12歳だってことも忘れないで。さぁセリア。反省をふまえて、僕に甘えてごらん」
リシュアンは繊細なまつ毛を揺らして甘く微笑んだ。
ああああ、甘えてごらん、だなんて……!
セリアの胸は高鳴り、震える。
……ああ!私を甘やかしてくださる殿下のお優しさとお強い心根……素敵!……頬がだらしなく緩みそうになってしまうわ……!(ダメダメ、極めて令嬢らしからぬことよ!)
油断大敵!
セリアはまたひとつ自分を強く律した。
騒がしい心を懸命に落ち着け、やっと悩みを打ち明けるに至る。
「では、お言葉に甘えて……。殿下のご助言もあり、先日無事にルヴァルティスは私の手にもどりました」
「うん、僕も喜ばしく思う」
リシュアンは頷き、先を促す。
「ところが、勇者であった男には相応しい形であるものが、今の私には不適当。令嬢らしからぬ持ち物となっておりまして……」
遠出して取り戻したというのに、アデルバルドが用意してくれた剣飾りに掲げられているだけの状態となっている(お父様は聖剣の素晴らしさを興奮気味に手放しで褒めてくださったけど、私の心は晴れませんでしたわ)。
令嬢たちが手にしているのはハンカチか扇子か、小さなバッグ。剣など論外。
騎士でも兵士でもないものが往来で剣を携えていては、噂が醜聞となって瞬く間に広まるだろう。貴族社会は異質であることを極端に嫌う。セリアに悪評が立てば、アデルバルドだけではなく、リシュアンにも影響が及ぶことになる。
それだけは、絶対に避けなければならない。
「ルヴァルティスを公に携帯できないのであれば、私は殿下の剣である決意を果たせません。これからどうしたらよいものかと頭を悩ませているのでございます」
厄災の芽吹きを懸念し、リシュアンの身と未来の治世を守るためにルヴァルティスを欲したというのに、部屋に飾られているだけでは本末転倒だ。
セリアはしゅんと萎れる。
「なるほど。勇者の威風を現す聖剣が、今の君には大きな文鎮にしかならないのだね」
文鎮、と表現されてセリアは「その通りです」と頷く。
「それは確かに由々しきことだ。あれは君のために作られた剣。ルヴァルティスも不本意だろう」
リシュアンは黙り込み、思案するように瞳を伏せる。
繊細な横顔が再びセリアに向くまで静かに待っていると、リシュアンは口を開いた。
「セリア。ルヴァルティスの問題は、僕が解決させられるかもしれないよ」
「……!……と言いますと?」
「ルヴァルティスを精錬する際、アレアナは聖剣に祈りと祝福を捧げた。あの姿は彼女の祈りの形でもある。……ならば、僕にも干渉可能なのではないかと思うんだ」
「アレアナ様の祈りを引き継ぐ殿下のお力で……?」
「うん」
リシュアンは薄らと笑を浮かべ、瞬きを繰り返すセリアに盲た眼差しを向ける。
「君を秘密の逢瀬に招待するよ」
「ひ、秘密の逢瀬?!」
背徳の匂いを感じる響きに、セリアは頬を染める。
「そう。楽しみに待っていて」
意味深な言葉を彼女に残して、この日の接見を終えたのだった。
このエピソード2話展開です。今回は王子様たくさんご登場。
簡易人物紹介(本編外設定など)をエブリスタで公開しておりますので(スター特典扱い)、よろしければそちらもご覧いただければ嬉しいです。




