廃都のためのアリア(8)
セリアが執事とアレンのもとに戻ると、亡霊たちや怨鎧兵の姿はなく、すっかり場は鎮まっていた。
「派手な爆音が何度も聞こえたが……一体何があったんだ、ご令嬢」
状況に困惑するアレンにかいつまんで成果を話すと、彼は絶句した。
「はぁ?!赤目の魔獣と腐敗の女王を始末した?!」
「違うわ大佐。殿下の聖なるお力によって彼らの魂を浄化し、救うことができたのよ。この地に巣食っていた亡者たちも媒介になる魂がなければもう悪さはできないわ。この廃都も次第に瘴気が薄れてただの廃墟群になるはず」
そう言いながらセリアはイタズラっぽくアレンを見やる。
「想定外ではあるけれど、この手柄もあなたのものよ、大佐」
「……いや、いやいやいや!これまでどんな猛者もあの狼犬と女王を倒すことができなかったんだ。それを一介の軍人の俺がたったひとりで、しかも何の前触れもなく倒したなんて言っても信憑性がないでしょう?!」
魔獣はともかく、剣で腐敗の女王を斃すのであれば、属性を無視した圧倒的な攻撃力でねじ伏せるしかない。
残念ながらそんな力は持ち合わせていない。
「あなたが狼犬を無力化させたと兵士たちは思い込んでいるのだから、流れとしてはおかしくはないわ」
「白魔法も使えない俺が実力を偽れと?」
眉を顰めて問いかけると、セリアは口角を上げてシニカルな笑みを浮かべる。
「偽り?結構じゃないの。男は『責任』と『騙り』を使い分けて器を磨くものよ。これはまたとない機会、うまくおやりなさいな」
可憐な12歳の貴族令嬢とは思えない強気な発言である。
「……責任と騙りね。それは元英雄を名乗るあなたの経験則か?」
セリアは手にしたルヴァルティスを眺め、次にアレンを流し見る。
「そうかもしれないわね。ただの兵士だった男にとって勇者の肩書きは騙りであり、聖女の剣は重い責任だった。けれど最後は英雄の雛形になったわ。いいこと?大佐。試練を好機と捉えることができない者に、出世の道は拓かれなくてよ」
実の父親にすら諭されたことがない言葉の重みにアレンは嘆息する。
挫折から直視していなかった負け犬根性を見透かされた気分だ。
「…………」
どれほどごねたところで魔獣と腐敗の女王が浄化されてしまった現実が転がっている以上、アレンも腹を括って魔獣と悪霊を倒した将校を演じるしかない。
「やれやれ、仕方がない。結果として俺はあなたの船に乗ることになるわけだ」
「ふふ。廃都はもう北境の守りにはならない。エルセリオ王国、そして殿下の御為、あなたの手で国境警備隊を鍛え直してくださいませね」
にっこり笑ってセリアは続ける。
「それではごきげんよう、イゼルハルト大佐。次にお会いする時は大物になって王都に戻ってらしてね!絶対によ!」
セリアはアレンに手を振りながら執事とともに尋常でない速度で去っていく。
アレンも廃都を出て野営地へと向かう。
セリアに出会う前と後ととでは、廃都の見え方がまるで違う。
「これから北方軍内部は騒がしくなるぞ」
狼犬の魔獣と腐敗の女王は消えた。
廃都に巣食う魔獣や亡霊によって守られていた北境は今後、人間の手で守っていかねばならない。
長年に渡り北境警備を廃都の存在に寄りかかり、不正を働いていた北部軍の上層部はこの変化に慌てることになるだろう。
「廃都の親玉を倒した事実は間違いなくお偉方に恨まれる材料だが、俺も覚悟するしかないな」
ここでの踏ん張りが家名再興につながっている。
後ろ盾がないのであれば絡みついたこの好機、そしてセリアとの出会いの糸に自分を賭けていくしかない。
「近々ご令嬢が上層部の不正を暴くはず。……俺は混乱に乗じて、上層部に食い込むだけだ」
アレンの眼差しに野心の光りが宿る。
彼が再びセリアと見えるのは数年後、北部軍『黒槍団』の若き元帥となって王都に一時帰還を果たし、王太子リシュアンに膝を折り、生涯の忠誠を誓う時となる。
※
ルヴァルティスを取り戻したセリアは、早速北部軍上層部の腐敗と不正との証拠をユリウスに集めさせた。
叩けば叩くほど埃が出るのだから失笑と苦笑が止まらない。
北部軍上層部の不正を暴くことは、軍部全体の意識の引き締めにも繋がるはずだ。
執事が情報収集で暗躍している間、セリアはメイドを連れて観光とショッピングを楽しんだ。
同時に花屋にも立ち寄る。
到着時に立ち寄ったあの小さな花屋だ。
「あ、この間のお嬢様……!」
花屋の少女は、店先に立ったセリアに気づいて作業の手を止め、奥から駆け寄る。
「この間はたくさんのお花のご注文をありがとうございました」
「こちらこそ素敵なブーケをありがとう。今日はあなたに渡したいものがあって来たの」
「え、わ、わたくしに、でございますか?」
「ええ……リサ、あれを」
「はいお嬢様」
メイドのリサは小さな布袋に入った花の株を少女に差し出す。
「……あの、これは……?」
少女は首を傾げる。
「銀鈴花よ」
「……っ!……ぎ、銀鈴花……?!これが?!」
彼女は驚いて花の株とセリアとを交互にする。
「で、でも、銀鈴花は絶えたはずです……!信じられない……!」
「私もそう思っていたの。けれど廃都観光をしていて偶然見つけたのよ。だからあなたにひとつ差し上げるわ」
「え……ええ?!」
驚く少女にメイドは手渡す。
「……ど、どどど、どうして」
絶えたはずの銀鈴花。
希少な花を惜しまずに差し出しすセリアの行動が理解できないとばかりに花屋の少女は瞬きを繰り返している。
「独り占めは私の性分ではないの」
セリアは廃都に向かう前、リサにこの少女が切り盛りする花屋について調べるよう指示をしていた。
リサの聞き込みにより、両親は病で倒れ、小さなきょうだいたちの面倒を見ながら彼女はひとりで懸命に働いていることを知った。
袖振り合うも多生の縁である。ささやかな出会いにも、セリアは意味を見出すようにしていた。
「その銀鈴花をどうするかはあなたにお任せするわ。希少な株を貴族に売って対価を得るのもいいでしょう。……でもそうね。かの廃都が再び銀鈴花で彩られたなら……私は嬉しいわ」
皇妃様も、きっとお喜びになるはず……。
「……お嬢様……」
「ああごめんなさい、気にしないで。これは私の自己満足、強欲な者たちへの嫌がらせ。たくさん育てて、銀鈴花の値を暴落させてくださいな」
銀鈴花は鈴蘭の一種。
一度深く根を張れば、瞬く間に群生するはずだ。
「ごきげんよう」
セリアは微笑んで踵を返した。
花屋の少女は惚けたようにセリアを見送った。
少女に手渡した銀鈴花は、金満家や貴族に売却されることはなかった。
魔獣や亡霊たちが去った廃都では後に廃墟観光が階級を問わず活発化し、周辺地域に富をもたらす。そして城壁の外には、かつての帝都の栄華を彷彿とさせるように、群生する銀鈴花が人々の目を楽しませることになるのだ。
※
澄んだ夜空に浮かぶのは金色の月。
星は天の川となって広がり、月光を浴びて群生する銀鈴花の絨毯は仄白く輝く。
ベル=サリエルは壮麗な帝都の佇まいでそこにある。
城や街、城壁には人々の営みの明かりが常夜灯となり、闇夜の中でも威風を損なわない。
失われたベル=サリエルの幻想的な景色。
セリアは懐かしさと同時に切なさを覚え、これが夢だと悟る。
「帝都の夢を見るなんて。……殿下から頂いた日記に夢中で廃都での出来事を書き込んでいたから?」
銀鈴花はセリアの足を埋もれさせて咲いている。
皇妃に託された銀鈴花の残りの株は、リシュアンに捧げると決めていた。
「昔はこんなにも自然に咲いていたのに」
戻らない帝都の姿に小さくため息を漏らす。
……と、背後で銀鈴花をかき分ける静かな足取りに気づいて振り返る。
「こんばんは、セリア。とても美しい夜だね」
「……っ!リシュアン殿下……!」
なんと、そこにいたのはリシュアンだった。
これも直前まで彼に思いを馳せながら日記を書いていた名残か。
「まあ!殿下がお出ましに……?!なんてロマンティックな夢……!」
不意のリシュアンの登場にセリアは瞳を輝かせる。
「ふふ、会いに来てしまったよ。この度の遠出により、ルヴァルティスが君の手に戻ったこと、僕も嬉しく思う」
「光栄でございます」
セリアは軽くお辞儀をした。
リシュアンは周囲を見渡し、微笑む。
「銀鈴花が咲き誇る壮麗な帝都ベル=サリエル。……とても懐かしい、それでいて花の香りを残す甘美な夢。君と僕の記憶を重ねることで、こんなにも鮮やかに世界は蘇るのだね」
リシュアンは独り言のように呟いて、瞳を細めた。
夢の中のリシュアンは、景色を直接的に眺めることができるようだ。
リシュアンはセリアに視線を向けると話し出す。
「セリア、君の日記で皇妃様のことを知ったよ。彼女を暗闇から解放してくれたのだね。ありがとう」
「勿体無いお言葉。これも殿下のご助言と祈りのお力があばれこそ」
皇妃の魂を亡者たちから救ったのはリシュアンの浄化の光だ。
「私は殿下におすがりし、祈りを捧げただけでございます」
「謙遜を。君の言葉……紡いだ詩が皇妃様の心を呼び起こさせたのだよ。君の詩を、ぜひ僕にも聞かせてほしい」
「詩でございますか?」
「うん。……美しい夜空と銀鈴花に囲まれてふたりきり。愛の詩を囁き合うのも悪くないね、僕の可愛いセリア」
リシュアンはセリアにそっと近づき、耳元で告げた。
肩を震わせ、セリアは顔を真っ赤にする。
「可愛いだなんて!しかも愛の詩を……?!うう、私ったらなんてことを殿下に言わせて……!不敬よ!ああ、でも嬉しくて頬がだらしなく緩んでしまう……!」
心の声が漏れ出て、葛藤が渦巻く。
「殿下と愛の詩をやりとりなんてしたら、心臓が壊れてしまうわ……!」
夢の中のリシュアンはセリアの願望と想像の産物(恐れ多くも)。
セリアの夢である以上、リシュアンに破廉恥(?)なことを言わせているのは自分自身。
欲望に羞恥して両手で顔を覆う。
もちろん、このリシュアンはセリアの欲望でも願望でもなく、護符を介して夢に訪れているリシュアン本人の意識であることなど彼女は知らない。
セリアの葛藤と狼狽え様にリシュアンは小さく吹き出した。
普段は勇ましく、令嬢然と振る舞う彼女とは打って変わり、初なセリアの反応や情緒がリシュアンには可愛らしくてたまらない。
「ああ……、君の心臓が壊れてしまってはいけないから、今夜はこれくらいで我慢しておこうかな」
と、リシュアンは愛おしい気持ちでセリアの手をとる。
「殿下?」
「ここでは僕が君の手を引いてあげられる。……歩きながら話そうか。夜明けまではまだ時間がある」
リシュアンは微笑んで歩き出す。
「はい……!殿下のお望みのままに」
セリアは微笑み返し、火照った頬のまま素直に頷く。
夢の中であったとしても、リシュアンが手を繋いで歩いてくれることが、ただただ嬉しい。
銀鈴花を小さく弾かせながら、思い出をなぞるように寄り添い歩く。
過ぎ去った聖女と勇者の感傷と、再び生を得た小さな恋人たちの希望を重ね合いながら。
王子様は登場しないの?とご不満だった方(いるのか?笑)には、今エピソードでの登場でご納得いただきたく……(できるのか?笑)。
お忘れかもしれませんが、お嬢様は12歳、王子様は14歳です(笑)。
お嬢様が王子様からもらった日記は、王子様が持つ日記と一対になっていて、彼女が書き起こした文章はそのまま彼の側に転送されます。さらには魔法道具なので読まなくても情景がサードアイで見えるという便利さ(魔法を使える人に限る)。
ちなみに。お嬢様が護符を手に祈りを捧げた時、遠方にいる王子様の方はお散歩中にいきなり体がペカーっと光り出して「うおぉぉ?!殿下に神が降臨したぁぁ?!」と仕えてる皆さんが慄き震え、拝み始めた……みたいな妄想をしています(王子様は聖女時代から『よくあること』として、「まあいいか」と彼らを放置)。
今エピソードはここまで。
次回更新は少し間が空くかもしれません。




