廃都のためのアリア(7)
腐敗の女王を背に乗せて疾く駆ける魔獣の狼犬をセリアは追う。
魔獣の疾走に追いつくために、崩れた家屋を足場にして巧みに飛び、壁を走る。
「私を引き剥がせばあのふたりがどうにかなるなんて考えてるなら無駄よ。私の執事があの程度に手間取るものですか!」
素早くセリアは魔獣に追いつき、間合いをとりながら横につける。
「さぁ、追いついたわよ!次はどうするの?!」
鼻で笑って問いかけると、腐敗の女王の口がぱかっと開く。
「アアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーー!!」
女王の絶叫がセリアに向かう。
場の空気圧が変わる。
これは先ほどの亡霊や怨鎧兵を召喚する叫びではない。セリアだけに目掛けて放たれた音による衝撃波だ。
直接喰らえば聴覚神経を直接刺激され、平衡感覚を失い酷い頭痛にのたうつことになるだろう。
過去の経験が瞬時にそれを教える。
「ふふ、味な真似を……!いいわ!」
セリアは衝撃波を狂わせるように、ルヴァルティスを振るってこちらも衝撃波を飛ばす。
互いの衝撃波がぶつかり合い、その場で衝突爆発を起こした。爆発地点では瓦礫が盛大に吹き飛ぶ。
女王の衝撃波とセリアの衝撃波がぶつかり合い、周辺は爆発を繰り返す。
「埒があかないわ。あまりこんなこと繰り返していたら、お父様に叱られてしまうじゃないの」
この体はまだ成長段階なのよ!剣技も大技も出さないように控えめにしてるっていうのに!
「こちらから仕掛けるわ」
見切りをつけると瓦礫と粉塵を目眩しの盾にしてセリアは魔獣たちに肉薄する。
「復帰したルヴァルティスの試し切りにちょうどよさそうね!」
虹色の剣を大きく振り上げて腐敗の女王を斬り伏せようとした瞬間、彼女の胸から膿みが溢れ出た。大量の亡者の腕だ。亡者の腕は内側へと呑み込もうとセリアに伸ばされる。
「気安く触らないでちょうだい!ドレスが汚れるでしょう!」
ヘドロのように溢れ出る腕という腕をセリアはルヴァルティスで一刀のもと切り飛ばす。
「イギャァァァーーーー!!」
女王の口から退魔の刃に焼かれる亡者たちの苦痛が叫ばれる。衝撃にのけ反り、女王は亡者ごと魔獣から転げ落ちる。腐敗の女王はそのまま市街地へと墜落した。
追いかけようとする魔獣をセリアは力任せに蹴り付けて間合いから排除すると、落下の勢いに任せてルヴァルティスを女王へと突き立てようと目論む。
「廃都に巣食う澱みよ!我がルヴァルティスの塵と消えなさい!」
容赦のない眼差しで女王を捉えた刹那、彼女の脳裏にリシュアンの声が天命として蘇る。
『セリア』
……殿下?!
『もし、旅先で自分の心を見失っている者と出会ったら、君の……君自身の〝言葉〟で解放してあげてほしい』
……私の言葉?
『力ではなく、言葉で。……歌うように、ね』
はっとして眼下の女王を見やれば、彼女は自らの頭を抱えて苦しんでいるように見えた。
だが蠢く亡者たちの腕が彼女を離さない。
亡者たちを操っているのは彼女ではなく、彼女は囚われ、操られているだけなのだとしたら……?
「……っ!」
いけない。このままでは、魂を殺してしまう……!
セリアは身を翻して落下位置をずらし、女王を害さぬように着地した。
亡者の腕をいくつか切り飛ばして攻撃力を削いだからか、女王はセリアに攻撃することも忘れて、苦しみながら唸っている。
「……自分の心を見失っている者……それは、あなた……?」
戸惑い問いかけると、セリアに蹴り飛ばされた狼犬が再び女王を背負って駆けていく。
今度は守り、逃げ出すように。
「あの動き方……」
ただの魔獣と思われた狼犬には意思と判断力が残っているようだ。
「使役されているわけではないの?だとしたら……お前、まさか……ずっと彼女を守ってここに……?」
つぶやくと、セリアの中で遠い記憶が既視感となって疼く。
「何?………何か……奥に引っかかってる」
魔獣の狼犬……そして廃都の貴婦人……。
どこかで……そう、どこかで……見たことが……。
「……あっ……!」
セリアのものではない、カレルレイスの記憶が閃く。
狼犬は皇帝一族が愛し、侍らせていた象徴的な獣。
この都が斜陽へ向かう最中、アレアナと訪れた際にカレルレイスは大きな狼犬を目にした。
皇帝が皇妃に与えた白い狼犬。
狼犬は常に彼女と共にあり、歌と詩を愛した彼女を守っていた。
遠い昔、彼女は聖女アレアナに励ましの言葉をかけて、旅路を見送ってくれたのではなかったか。
奇しくも、彼女は最後の皇妃としてこの都に最後まで残ったのだと後に聞いた。
「……まさか、腐敗の女王は皇妃様なの……?」
あの方は、あれからずっとここに囚われているの?自分が何者かも忘れたままに……救われることもなく。
『自分の心を見失っている者と出会ったら、君の……君自身の〝言葉〟で解放してあげてほしい』
「あまりに変容していて見抜けなかった……。そうか、殿下のお言葉は、このためにあったのだわ」
力ではなく、私の言葉で、歌うように……。
曇りなき虹色のルヴァルティスを見つめて、セリアは頷く。
「……はい、殿下。あなた様の導きのままに」
セリアは確信をして顔をあげると狼犬と女王の気配を探り、駆け出す。
かくして獣と貴婦人はすぐに見つかる。
狼犬はセリアを害する気がないのか、がむしゃらになって襲ってくることはない。
「お前、待っていたのね。彼女を救えるかもしれない人間を……」
セリアを横目にする狼犬の目は赤く染まっているが、狂っているわけではなさそうだ。だとしたら、自ら望んで魔獣に身をやつしたというのか。彼女のそばに侍り続けるために。
「泣かせる忠犬ぶりよ。突いたり蹴ったりしてごめんなさいね。お詫びに彼女を亡者どもから解放するわ。極めて令嬢らしく、ね」
カレルレイスのように戦うことだけが『救い』ではないわ。
今の私だからこそ、できることをするのよ。
彼女が愛した歌の力で、彼女に捧げる歌を。
考えるのではなく、感性のまま。
セリアはすうっと息を吸って、声に力を乗せて歌を……詩を紡ぐ。
哀れな皇妃に光を届けるために。
「〝白銀の玉座に咲きしは 陽の光すら畏れたる 帝都の華。
七つの月を指にまとい 万の民の夢を統べし 月影の皇妃。
薄絹の帳より覗くその微笑みは雨を鎮め 風を眠らせ 剣も盾も膝を折る“永遠”の美を持つものなり。
黄金の城門に花弁は舞い 幼き声は清き泉に歌いしを いまや誰が覚えていようか。
焦土に咲くは ただ独りの残響──忘れられた栄華。
臆、皇妃レメリアよ。
あなたの笑みを知る者が今もこの地に在り あなたの涙を受け継ぐ者がこの胸に生きる。
されど時は逆さに流れず あなたが抱いた永遠は鏡のなかで凍りしまま。
けれど願わくば いま一度──鐘の音に耳を澄ませ。
花の香に心をほどき。
銀鈴花の庭を忘れぬ者の 謳いを胸に どうかその魂……甦れ……!〟」
「あなたはレメリア。あなたの名前は、レメリアよ」
セリア自身も寸前まで忘れていたその名を投げかける。
苦しみに頭を抱えていた腐敗の女王の目が初めて開き、セリアを見る。
「……あ……」
名を呼ばれ、編まれた詩に宿った力によって鎮まり、彼女は瞳を振るわせ確かに言葉を発した。
ヘドロの涙が流れる。
「……わ、……わた……わたくしは……わたくしは……」
「あなたはレメリア。レメリア様、皇妃様、どうか……お目覚めを!」
彼女の瞳は光を取り戻そうとする、だがすぐに頭を抱える。
「わたくしは、レメ……ぐ……」
亡者たちの腕が彼女を離すまいと地下へと引き摺り込もうとしていた。地上に干渉するための依代の魂を奪われまいとしているのだ。
「……もう少しなのに。忌まわしい亡者共め」
狼犬がセリアを見る。
「わかってるわ。ただ……」
ルヴァルティスは全ての魔を切り伏せてしまう。亡者を切ることは容易いが、レメリアの魂までも無に帰してしまっては彼女が救われない。
「剣は使えない。ならば」
セリアはドレスの襟元からリシュアンの護符を取り出す。
「殿下。リシュアン殿下、不甲斐なき私にどうかお力をお貸しくださいませ。あなた様の清きお力でレメリア様をお救いください」
護符を両手に包み込んで静かに祈ると、呼応するように護符は緩やかに、そして眩い光を放ち出した。
セリアはリシュアンを信じてただ祈り、光のあるがままに両手を開く。
するとリシュアンの浄化の光がレメリアを包み込み、邪悪なる亡者たちの腕を瞬く間に焼き払った。
声なき絶命を果たし、亡者たちは掻き消える。
そうして、本来あるべき皇妃の魂を取り戻すと浄化の光はすうっと空気に溶けていったのだった。
「いかなる邪悪な亡者もアレアナ様のお力を引き継いだ殿下の護符には勝てはしない。……お力添え感謝いたします、リシュアン殿下」
護符に謝辞を述べると、ドレスの中へと仕舞う。
一方、亡者の依代となっていた腐敗の女王は、麗しい都の皇妃の姿となってゆるゆると立ち上がる。
「……わたくしは、……今まで何をしていたのか……」
半ば呆然とするレメリアは、剣を置き、お辞儀をして彼女の言葉を待つセリアに気づく。
「名乗りや」
「レメリア殿下、わたくしはセリア・エストレラと申します。この身に宿る魂は聖女アレアナの剣、忠実なる僕……カレルレイス。かつてのお姿を取り戻しましたこと、お喜び申し上げます」
「……聖女……アレアナ……」
つぶやく皇妃は、はっとしたようにセリアを見た。
「……そうか、そなたは聖女のそばにいた勇者か……なるほど、その姿。ずいぶんと時が過ぎたようじゃな……」
彼女は周囲を見渡し、悲しげに顔を歪めた。
「……わたくしの目は、この都がいまだ華やかなまま時を止めている。なれど、わたくしが愛した都はもうないのであろうな」
「…………」
「愛した都を失うことへの悲しみから死してなおもこの地に縛られ、亡者たちの贄となったか。情けないことじゃ」
皇妃は彼女を見つめる魔獣に目をやる。
すぐに目を開き、笑みを浮かべた。
「ああ、そこにいたのか。わたくしの狼……“レイグ”」
真名を呼ばれた狼犬は魔獣の肉体が腐り落ち、かつての白い毛並みの美しい狼の魂へと還る。
嬉しそうに鼻を鳴らして皇妃の周りをくるくると巡る。
「……待たせてしまったのうレイグ。悲しいが、ここはもうわたくしたちのいるべき場所ではないようじゃ。我らが去れば、この地も浄化されるであろう。……世話をかけたな、勇者よ」
「もったいないお言葉でございます、殿下」
「そなたの詩にも感謝を。礼にはならぬが、そなたにあれを託したいと思う」
皇妃は自らの根城であった塔を指差す。
セリアは戸惑いながらも「おまかせくださいませ」と首を垂れる。
「そなたが新たな肉体と魂を得たということは、聖女の魂を持つ者もあるのだろうな?……再び世は荒れるか。……だが古き過去の魂である我らは黙して去るのみよ」
諦念を受け入れた皇妃の頭上は晴れ、霧の廃都に光芒が差し込む。
天上の世界が彼女に門を開いたのだ。
「さらばだ勇者よ。……ゆこう、レイグ」
笑みを浮かべて皇妃が声をかけると、白い毛並みの狼は彼女を背に乗せて光芒を駆け上がっていく。
次第に彼らの姿は空と溶け合う。
セリアは彼らを見送って、小さく笑みを浮かべた。
「よかった。……全てはリシュアン殿下のお導きのおかげね」
レメリアと狼犬が召されたことによって、この土地の瘴気と霧が徐々に薄れていくのがわかる。
魔獣は数を減らし、亡霊たちも皇妃同様に安らぎを得るはずだ。
安堵をすると、セリアは皇妃が指差した崩れた塔へと向かう。
託されたものを探して瓦礫だらけの皇妃の塔内部を見渡すと、剥き出しの地表を光芒がそっと照らす。
そこには小さな花の株が肩を寄せ合って咲いていた。
セリアは瞳を震わせる。
絶えたと思われていたあの銀鈴花だったからだ。
「……ああ……!」
皇妃様は、ずっと守っていらしたのだわ。亡者たちに自我を奪われ、瘴気を纏いながらも枯らさぬようにこの小さな花たちを懸命に……。
レメリアの心を慮り、セリアの目に涙が浮かぶ。
その涙を指先で拭って、後ろ髪を引かれながらもセリアは一旦その場をあとにした。
ユリウスとアレンの無事を確認するために。
お嬢様は基本的に魔法は使えません(この世界には魔法の概念があります)。
魔法や治癒、浄化は聖女様の領域だったので、剣で絶命させることはできても、魂を救えはしないんですよね(汗)。
いずれお嬢様も別の形で魔法を装備するかも?
体の成長の妨げになるので大きな技は使えませんが(今回は衝撃波出してますが)、お嬢様はレベルキャップが解放された『ぶっ壊れ』な上に、最終武器を手にしたチート状態ですから、ほぼ無敵です。
今回も救わないでいいのであれば、そのまま切り伏せただけですね(汗)。
(お嬢様が狼犬を放置したのはいつでも始末できるという意識と、周辺の魔獣たちとのパワーバランスを考えたからでした。なんでも絶命させればいいというわけではないので)
今エピソードは次回で終了です。




