廃都のためのアリア(6)
……ところがだ。
名乗りをあげたセリアに対して、執事は冷静なままであり、国軍の大佐に至っては少々引き気味である。
双方に共通しているのは、無言。
静かすぎる。
セリアは剣を下げて小首を傾げた。
「あら、おかしいわね。あなたたち、ここは『な、なんだって?!セリア嬢が勇者の生まれ変わりだってぇ?!』……と、どよめきながら大袈裟に驚くところよ」
期待した反応を得られなかったセリアはユリウスを見やると、彼は少し考える姿勢をとり、口を開く。
「つまり。お嬢様の前世はこの墓の主で、さらには言えば物語に登場する英雄の雛形であり、寓話の通りにその剣で魔王を討ち取った勇者ご本人であると?お嬢様はこの廃都でご自身の墓を探していたということですか?」
「そうよ、ユリウス。これがあなたが知りたかった私の真実ね。明かしてしまえばなんて事のない話でしょう」
セリアが微笑んで頷くと、ユリウスは思案するように瞳を伏せる。
「……いや、いやいやいや。勇者の生まれ変わりって……ありえないでしょう。寓話の読みすぎなのでは?」
アレンは簡単には信じない。
「その剣が見事な得物であることは認めますが……勇者……ねぇ」
実在性を疑うようにアレンは墓の骨とセリアを見比べて続ける。
「それほどの剛の者と聖女がいたのなら、歴史書に一文でも残っているはずです。ですがそんな記述はどこにもない。……と俺は記憶していますよ」
さすがは痩せても貴族。歴史書には目を通しているようだ。
「王の治世は常に輝かしいものでなければならないわ。歴史書は功績を……要は自身の偉大さを後世に残すためにあるのよ。そこに魔王という厄災が発生して国が荒れたなんて記したくなかったのでしょう。となれば、勇者も聖女も記されることはないわよね」
セリアは肩をすくめる。
「ではあなたが勇者の生まれ変わりという前提でお尋ねしますが、魔王とは何です?」
アレンの問いに彼女は瞬きを繰り返す。
「いいのかしら大佐。それを聞いてしまったら、あなたは私と同じ船に乗ることになるのよ」
「……あ」
踏み込みすぎていることに気づいてアレンは口を押さえる。
「ふふ、なんてね。……でも、信頼を得たいのなら、まずは自分から胸襟を開かなければいけないわね」
セリアは笑みをおさめ、慎重に口を開く。
「……あれは存在そのものが厄災。あれが通ったあとは農地は枯れて草も生えず、疫病が蔓延して無数の死が横たわる。どこから湧くのか大型の魔物が跋扈しはじめる。だから足取りを追うのは容易かった。ただ、土地を浄化して人々を救い、魔物を倒して進む道のりにはどうしても時間を要したわ」
「勇者は生まれながらに剛の者だったので?」
「いいえまさか。元はただの兵士よ。……そして、とても弱かった。何度も死の淵に立っては聖女様に癒され守られ、研鑽を重ねて限界を超えていったの。……あらゆる魔を払うこの剣を作り、相応の力を手に入れるまでに年月を要した。あれとは何度も何度も戦い、ついに斃した。長い、長い攻防だったの」
戦いの中で、闇に蝕まれ、肉体は何度も狂いそうな苦痛に焼かれた。
涙ながらにカレルレイスを癒すアレアナの姿だけが彼に正気を留めさせていた。
アレアナいなければ、カレルレイスは早々に正気を手放していたことだろう。
彼女の涙顔は思い出すたびに、切なくなる。
「…………魔王とは、軍勢ですか」
「いえ、あれは単一の存在よ。恐ろしいことに、魔獣の類ではなく『人間』だったわ」
「……に、人間?」
「ええ」
寓話では悪役の記号として邪悪な魔物の姿をして現れるが、厄災の正体が同じ人間だと知り粟立つ。魔王という異物が人間の中から発生し、厄災を撒き散らしたというのか。
おぞましい厄災と長く苦しい死闘を繰り広げ、一介の名もなき兵士は不屈の英雄となった。その魂がこの令嬢の中に宿っていると……?
今はあれのことより、とセリアは続ける。
「そこに勇者と思しき男の墓があり、そしてここに彼が使ったかつての聖剣がある。あなたが今見ているもは寓話ではなく現実。そうでしょう?」
「……それは……」
言い淀むアレンをユリウスが見る。
「英雄は死して伝説となり、神となる。……これを為政者や教会がよしとしなかったのであれば、魔王ともども記録を抹消し、人々の記憶からも消す。……ありえることかと」
「ただし市井では惜しまれ、寓話として後世に広く語り継がれることになったってことか?……まあ、ご令嬢方の言い分はわかった。……だがすぐに受け入れるのは難しいな」
「構わないわ。今となっては英雄なんて物語の中の存在。だから今は私がそう思い込んでいる、とでも片付けておいてちょうだい」
「……はぁ。あなたが勇者なら、聖女も生まれ変わっているので?」
「あら大佐、私はリシュアン殿下の御身と来る治世をお守りする剣なのよ。かつての勇者が聖女様をお守りしたように、ね」
含みを持たせて小さく笑うセリアに、アレンははっとする。
「……ま、まさか……」
王太子殿下が、聖女の生まれ変わり……?!
絶句するアレンにセリアは言う。
「私たちがこうして生まれ変わったのであれば、厄災も再び芽吹くかもしれない。もし芽吹いたとしても、殿下がすぐにお気づきになるはずよ。私はこの剣と共に、その啓示を粛々と待つだけだわ。そして必要とあらば、何度でもこの身を焼いて戦うだけよ。昔のようにね」
セリアはリシュアンの剣。迷いはしない。
「……私はお嬢様の言葉を信じます。お嬢様の出鱈目な強さ……それが前世に由来しているならば、私には不思議と腑に落ちるものがあるのですよ」
セリアはただ強いのではない。
ユリウスが踏んだ場数や修羅場など比較にならないほど、戦い慣れすぎている。
2年前、暗殺を仕掛けたことで尋常ではないセリアの一面を見せつけられた。
別人格のようなセリアの口調と、見開かれた瞳の真っ黒な狂気と笑み。
殺意なく、死神のように命を刈り取る暗殺者の自分よりも、もっと深淵に沈んでいる者の目。
他の誰も知らない、セリアの横顔。
セリアを飛び越えて顔を出した勇者の人格が、必ずしも清廉ではなく、穢れを抱え込んだ人物であることをユリウスは感じ取っていた。
寄る辺のない彼はその底知れぬ闇にこそ強く惹かれ、執事に従事した。
闇より濃い闇。セリアという美しい穢れを秘めやかに観測するために。
「……ではさて。お嬢様の探し物も無事発見し、あなた様の正体がはっきりしたところでひとつ申し上げたいのですが」
「なにかしら?」
「その剣、英雄に相応しくとても素晴らしい得物ではございますが……極めて令嬢らしからぬ持ち物かと」
執事の冷静な指摘に、セリアは目を見開く。
「……うっ……やっぱりそう思う?!」
セリアは取り戻した聖剣を眺めて、口元を歪める。
「実は、私も薄々そんな気がしていたの。令嬢がこれを担いでお散歩なんかできないわ!剣なんて王宮にも持ち込めないし、かといって屋敷に飾っていては取り戻した意味もない……!このままでは殿下をお守りできない……どうしましょう……!」
困った、とセリアは頼りなく眉を寄せた。
その刹那、廃都に狼の遠吠えが響きだす。
距離があってもびりびりと振動するその遠吠えは、先ほど制圧した狼犬の魔獣のそれだ。
「どうやら魔獣が目を覚ましたようですね」
ユリウスはうっすら眉を寄せる。
魔獣は遠吠えを繰り返し、反響する。
「……何かを呼んでいるみたい……」
その遠吠えにセリアは神経を研ぎ澄まし、呟く。
「……っ!来るわ……!」
「何がです?」
アレンが問いかけると同時、遠吠えに呼応するように崩れかけている宮殿の塔が破裂し、真っ黒い塊が飛び出す。
瞬く間に黒い塊はセリアたちの元へと飛来する。
「……避けて!」
三人がそれぞれ飛び退くと塊は着弾し、衝撃によりカレルレイスの墓ともども周辺の遺跡も吹き飛ぶ。
当然、アレアナがたむけてくれた花も千々に飛び散った。
「……ああ、アレアナ様のお花が……!」
カレルレイスの骨はどうなっても構わないが(自分だから)、枯れていても花は花。アレアナの真心を無惨にされたことに愕然とする。
着地した黒い塊は、蠢きながらゆっくりと起き上がる。
その塊は全身が腐り、虫が集るように瘴気のヴェールを纏わせたドレス姿の女のように見えた。
彼女のたなびくドレスの裾からは、亡者たちの不穏な腕が地下より無数に這い出て、生者を引き摺り込もうと不快にざわめく。
「……これは……」
瘴気の濃さと禍々しさにアレンが顔をしかめた。
「気をつけろご令嬢!こいつは廃都の主、亡霊たちの親玉『腐敗の女王』だ!気を抜くと体が腐って魂を取られるぞ!」
「ああ、この方が犬の飼い主様ですか」
ユリウスは冷静にダガーを取り出す。
「ルヴァルティスを取り戻したら速やかに退散する予定だったけど、これは難しそうね」
セリアが小さくため息を漏らすと、腐敗の女王はパカっと歪な口を開いて、壮絶な悲鳴を上げる。
「アアアアアアアアアアアーーーーーー!!」
途端、それまで沈黙していた亡霊と怨鎧兵が地中から一斉に噴き上がって来るではないか。
「お仲間を呼んで、歓迎会の始まりというわけね」
セリアがルヴァルティスを構えると、瓦礫の間を縫うようにして狼犬が現れ、駆け抜ける。と同時に女王をその背に乗せて飛び去った。
セリアを誘うように一瞥を残して。
「私をふたりから引き離したいのね。……いいわ、誘いに乗ってあげる」
狼犬と悪霊の貴婦人を目で追い、執事に言いつける。
「ユリウス、ここは任せるわ。必要とあらば大佐を連れて安全圏まで撤退なさい。私はあれを追う」
「お気をつけて」
執事の一礼を待たずにセリアはルヴァルティスを手に駆け出した。
セリアは俊足で霧の中に消える。
「あんた、追わなくていいのか?」
アレンがユリウスに問いかけると、涼しい顔で告げる。
「大佐、これは手柄を被せるあなたを無駄死にさせられないというお嬢様のご配慮です」
アレンはぎょっとした。
セリアが執事をアレンの護衛に残したというのか?
「は?!し、失礼な!俺は軍人だぞ!そこまで弱くない……!」
「ええ、そうでしょうとも」
ユリウスはしたり顔で頷いた。
亡霊と怨鎧兵の数に圧倒されながらもアレンは剣を抜き、小憎らしい少年執事と共にこの状況を対処することになるのだ。
久々に更新したような気持ちになっております(汗)。
この物語、全体では10万〜12万字くらいを目処に完結させたいと考えています。が、今現在すでに46000文字くらい消費しており……できるのか?と震え上がっております(汗)。
エピソードを削ればいけると思いますが、削っていいものかも迷う。
このお話がさらに長編になるかどうかは、まだ状況が読めないです(まずは完結を目指します)。
いつの間にか記述されなくなったステッキの行方について。
お嬢様が持ってたステッキは執事があずかってます。そういうことにしておいてください(笑)。




