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伯爵令嬢セリア・エストレラの叛逆 〜前世勇者の令嬢は、前世聖女の王子との運命を切り開く〜  作者: 阪 美黎


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14/22

廃都のためのアリア(4)

 廃都の市街地は広い。

 観光地として整備されていないのであれば、野盗やならずものたちの拠点となっていてもおかしくはないのだが、いつの頃からか亡霊や魔獣たちが跋扈する魔都へと変貌してしまい、今がある。

 帝都に暮らした皇帝一族や貴族の念が未練となってそれらを呼び寄せたと言われているが……真実は謎のまま。

 市場や商店が軒を連ねていた区画に入ると、セリアは霧の煙る街並みをぐるりと見渡す。

「……確か、あちらに武器や防具の店があって、向かいには雑貨屋、裏路地には魔具の店、市場に面した表通りには食事もできる大きな酒場や各種ギルドがあったわ。高台には貴族たちの邸宅、そして皇帝の宮殿。……崩れてほとんど見る影がなくなってるけど」

 現地に来るまでは曖昧だったけど、いざここに立つことで思い出すこともあるのね。

 セリアは指さして執事に説明をした。

「随分と詳しいのですね。記録を見たのですか?」

「……ええっと」

 なんと答えようか迷った時、気配が動いた。

 すぐに大きな足音と振動が彼らに届く。

「……何か来る」

 はっとしてそちらを見ると、霧に紛れてうらぶれた国軍の兵士が二人、必死の形相で喚きながら駆けて来た。

「たたたった、助けてくれーーー!」

「魔獣にぶっ殺されちまうよーーーー!」

「お前がこんな任務つまらねぇからお宝探しをしようなんて言い出したのが悪いんだからな!」

「はぁ?!お前だってノリノリだったじゃねぇか!俺のせいにすんなよ!」

 逃げながら責任のなすりつけあいをしている。任務でないならこの行動は軍規違反である。

 その背後から黒い影がぬっと現れた。

 人間の体躯などゆうに超える、単体の狼犬(おおかみけん)の大型魔獣だ。

 兵士らはセリアたちを素通りし、一目散に逃げていたが、当然魔獣の足には敵わない。

 赤い目を光らせて国軍の兵士たちの前に回り込むと、簡単に捕捉して、力任せに前足で彼らを薙ぎ払った。

「うあ……!」

「が……っ!」

 兵士らは武器を構える余裕もなく、魔獣によって崩れた家屋へと叩きつけられた。

「……どうやら藪を突いて大物を怒らせた先客がいたようで」

 ユリウスは冷静に呟き、ぐったりと倒れ込んだ兵士たちに目をやる。

 兵士たちが動かなくなったことで、魔獣の嗅覚はセリアたちを捉える。

 その赤い眼差しは、どう見ても友好的ではなかった。

 魔獣は身を怒らせて唸り声をあげる。

 テリトリーを侵したものを無事に帰す気などない。

 全員を噛み殺す気満々だ。

「……まあ、そうなるわよね」

 セリアはステッキを握る手に力をこめて臨戦態勢をとりながら、ユリウスに救護を指示する。

「兵士を」

「はい」

 セリアは意識を失った兵士たちから魔獣の注意を逸らすようにして立つ。

「お前の相手は私よ。兵士の質はどうあれ、国軍は国家防衛の要。魔獣に兵士が無抵抗に倒されたとあっては国家の、王家の恥。すなわち殿下の婚約者たる私の恥!……かかってきなさい、犬っころ!」

 声を張りセリアは駆け出す。

 狼犬の大型魔獣は、さすがに亡霊や怨鎧兵とは格が違う。狼犬らしく不規則に左右に飛んで巧みにセリアを翻弄しようとする。

「魔獣といえども犬は犬!それ以上の動きなんて出来ないのよ!」

 こっちはもっと危険な魔獣と過去死闘を繰り広げてるんですからね!(カレルレイスが)

 駆けながら兵士が落とした戦鎚を拾い上げ、魔獣の動きを予測して置き投げた。

 ……が、魔獣は首でそれをふり落とし、戦鎚は破壊される。

「こ、壊れた?!」

 次にもうひとりの兵士が落とした槍で刺突を試みるが、これも噛み砕かれる。

「ええ?!……脆い!脆すぎる!国軍の装備はどうなってるの?!」

 無惨に砕けた槍を打ち捨て、飛び退きながらセリアは憤慨する。

 これはお父様に装備の充実を進言しなければいけないわ。国軍の装備がこんなに脆弱では話にならない。

「グワワワワワワァァァーーー!!」

 魔獣はセリアへ向けて咆哮し、ビリビリとした振動で脳を揺らし場を支配しようとする。

 これで負けたことは一度もないのだろう。魔獣は飛び上がり、セリアに襲い掛かろうとする。だが。

「その程度の威嚇で私が怯むものですか!お前には相応の躾が必要なようね!」

 咆哮の影響を受けないセリアは、距離を詰めて身を屈めると、掬い上げるように魔獣の無防備な腹を斜めに鋭く回し蹴り、上空へ跳ね飛ばす。自らも飛び上がってステッキで素早く打ち据え、最後はステッキを大きく振りあげて瓦礫の中へと叩き込む。

「巣穴へおかえりなさい!」

 これが決め手となって魔獣は力無くその場にうずくまった。

 制圧完了。

 ひらりと落ちてくるセリアをユリウスが受け止める。

「躾、お見事でした」

「兵士は?」

「骨の何本か折れておりますが、防具に助けられて内臓への影響はなさそうです」

 ユリウスの報告に「そう」と小さく安堵した。

 ……と。

 緊張を解いた瞬間、霧を割いて白刃がセリアたちに迫った。

 セリアの眼差しがその白刃を緩やかに追う。

 彼女を片手に抱えたまま、引き下がることもなくユリウスは白刃をダガーで受け止めた。

「太刀筋は悪くないですが……名乗りもせず切り掛かるとは、随分と無粋ですね」

 ユリウスは不快に告げると、剣を向けてきた人物がはっきりとする。

「……あ、あんたたち、人間か……!」

 国軍の北方制服を着た若い将校だ。襟や肩章を見る限り、階級は大佐。

 驚いた表情で瞬きを繰り返ている将校を無視して、ユリウスは剣を弾き、彼を何歩か後ろへと追いやる。

「私たちが亡霊にでも見えるのかしら?こんなに可憐な令嬢が?」

 まさかね、とセリアは軽く肩をすくめて笑い、ユリウスの腕からするりと降りる。

「民間人……いや、貴族か?ここで何をしてる?!ここは禁足地帯だぞ」

「禁足は正式な法で定められてはいないはずだけど」

「……いや、だからって……ここは亡霊や魔獣だらけで……」

 若い将校は場違いな第三者の存在に大いに戸惑いながら、無力化した大型魔獣と倒れている兵士たちに目をやり、眉を寄せる。

「……あんたがやったのか?」

 腕に覚えのありそうな少年執事に問いかけると、彼はしたり顔で答える。

「お嬢様が魔獣の躾を完了させたところです」

「は?!し、躾?!」

 魔獣を?!

「あんたじゃなくて、このご令嬢が?!ば、ばかな……」

 将校は信じられないとばかりに狼狽えたが、セリアは構わず言う。

「あなたのところの兵士が魔獣を刺激したのよ。国軍の軍規はどうなっているの?任務や規律を破って『お宝探し』に精を出すなんて」

 セリアが皮肉ると、後からやってきたらしい兵士たちの声がする。

「大佐、イゼルハルト大佐、どちらですか?!」

「先ほどすごい音がしましたが……何かありましたか?!」

 彼の部下たちだろう。

 将校はセリアたちに「……隠れろ」と目配せする。

 霧に紛れてセリアたちが気配を消すと、彼にやっと追いついた兵士たちが息を切らせてやって来た。

「イゼルハルト大佐、ご無事ですか」

「……あぁ、俺は問題ない」

 イゼルハルトと呼ばれた青年将校は、剣を鞘におさめる。……と、兵士たちが大型魔獣や気絶している兵士たちを見つけた。

「あいつら、やっぱり抜け出してのか」

 彼らは脱走した兵士の足取りを追ってここへ辿り着いた。

「あの大型魔獣……もしかして、ここを縄張りにしてる赤目の獣犬じゃないですか?」

「え、まさか大佐殿があいつを……?!」

「そういえば、ここに来るまでも亡霊たちも見当たらなくて……」

 はっとしたように兵士たちに見つめられ、彼は居心地が悪くなる。

 もちろん自分ではない。

 亡霊たちはともかく、魔獣が暴れていると思って突進したら、そこには生身の人間がいて、どうやら全てが終わった後だった……とはいえない。全てを詳らかにすれば、あの少女たちのことまで説明しなければならない。

 軍規違反をした兵士が出ただけでも彼の責任問題なのに、これ以上厄介ごとを増やされてはたまらない。

「……と、とにかく、あいつらを連れて野営地に戻ってくれ。軍規違反を問う前に、まずは手当が必要だろうからな。俺はもう少し、廃都の中を警邏していく」

「はっ」

「お気をつけて」

 彼らは敬礼をすると、魔獣を遠巻きにしながら兵士たちは衛生兵を呼び、彼らを担架に乗せ廃都から出ていく。

「あのふたり以外は、北境警備兵はまともだと思いたいわね」

 立ち去った兵士たちを目で追うようにしてセリアは呟き、イゼルハルトの元に戻ってくる。

「逃げなかったのか、黒衣の令嬢」

「逃げる理由がないわ。えーっと、イゼルハルト大佐、だったかしら?」

 ちらりと執事に視線を送り、説明を促す。

「アレン・イゼルハルト大佐。家格は子爵。爵位持ちではありますが家禄は少なく、没落寸前。家名再興のため、エルセリオ王国正規軍に12歳で入隊。優れた知性と魔獣討伐の目覚ましい戦績により花形の王都第一騎士団へ配属。19歳という若さで大佐へ昇進。……が、これを妬んだ者たちとの軋轢により国境警備隊へと異動。実質的左遷先で燻りながら、王都へ返り咲くため魔獣掃討に精を出している。……というのが現状かと」

「……な……っ」

 イゼルハルト……いや、アレンは絶句顔でユリウスを見た。

「……どうして俺のことを知っている」

「執事の嗜みです」

 涼しい顔でユリウスは答えた。昨晩のうちに駐屯している国軍の兵力と士官の情報は入手済み。

「第一騎士団出身。19歳で大佐だなんて、都落ちしたとはいえ素晴らしい経歴だわ。貴族らしく見目もよいし。いつだって出る杭は強く打たれるものよね。わかるわ」

「……あんたたち、何者だ。返答次第では……」

 賞賛を無視し、警戒心をむき出しにしたアレンを見返して告げる。

「おやめなさい。次にその剣を私に向けて抜けば、私の執事のダガーがあなたの首に迫るわよ」

 冷静な少年執事は瞬きもせずイゼルハルトを捉えている。

 おどしではなく、事実を彼女は語っている。

「…………」

「大佐、私は魔獣狩猟隊『紅牙団』の元将軍にして、王政府の次官アデルバルド・エストレラ伯爵が娘、セリア・エストレラ。わけあってこのベル=サリエルを執事のユリウスと散策中よ。身の証しはこれにて」

 セリアの言葉に合わせてユリウスが彼女の身分を証明するメダイ『身誉章』をアレンに見せた。

 身分を明かしたことで、アレンはますます混乱する。

「エストレラ伯爵って、かつては第一騎士団や近衛騎士に狂犬将軍と恐れられた、あの……?その令嬢がここに……?本物か?!ますますわからなくなった」

「混乱させてごめんなさい?私、探し物をしているの。それを見つけ次第、退散するわ」

「探し物?伯爵令嬢が、こんな辺鄙な枯れた都で、ですか?」

 口調を改め、アレンは訝しむ。

「ええ、貴族らしく気楽な廃都観光と洒落込みたかったのだけど。……ところでイゼルハルト大佐、しばらくの間、私に同行してくださらない?私たちが妙な動きをしないように見張る、という名目でいいわ」

「……なぜです」

「ここでの私の痕跡を消し、全てあなたの手柄にするためよ。倒れた魔獣を見た兵士たちはあなたが倒したと勘違いしている。勘違いするだけの武力があなたにはあるのでしょう?なら、私にとってもこの出会いは好機よ。あなたはここでの手柄をそっくりそのまま上層部に報告なさい」

 微笑むセリアに、アレンは困惑する。

 初対面も甚だしい少女は軍の将校相手にも動じず、大人顔負けの口調で取引を持ちかけている。

「どんな意図です?」

「大佐、まだ公にはされていないけれど、私は王太子殿下の婚約者なの」

「あなたが……?」

「ええ。殿下が私を選んでくださいました」

 セリアは頬を染める。

「……殿下は大物だな……」

 アレンはボソリと呟く。

 ……どういう意味だろうか。セリアは首を傾げながらも続ける。

「将来的に、殿下の足元を盤石にしておくためにも、国軍との間の風通しをよくしておきたいの。ところが私にはまだ足掛かりがない」

 なるほど、『政治』か。アレンは腑に落ちる。そして少し話を逸らす。

「あなたには私軍を持つ父上がいるではりませんか」

「お父様の元部下や息がかかってる者は宮廷や近衛、軍部に警戒されているから。エストレラ家と関わりのない、あなたのような軍閥に属さない若いエリート将校と仲良くしておきたいところだわ。家名を再興するためにも私に協力してくださらない?あなたにとっても、私との関わりは損にはならないはずよ」

「…………」

 思いもよらない場所で、思いもよらない遭遇。降って湧いたような提案、願ってもない話。

 王都に戻り、出世しなければ家名の再興はならない。痩せた領地の貧乏子爵のまま。

 しかし一度都落ちしてしまうと、手柄を立てても周囲に足を引っ張られ、這い上がるのが難しいのが現実である。

 エストレラ家……いや、未来の王妃を後ろ盾に持つのは確かに悪い話ではない。ないのだが、なんとも彼にとって都合のよすぎる内容ばかりだ。

「まるで魔女の甘言だな」

 アレンは皮肉な笑みを浮かべて肩をすくめた。

「ご令嬢、あなたとは出会ったばかりだ。条件は素晴らしいが、信用できない」

「あら」

「あなたの身分は信用しますがね。俺はそれほど簡単な人間じゃありません。うまい話には落とし穴がつきものだ。俺をそこいらの世間知らず貴族と一緒にしないでくださいよ」

 貴族でありながら、国軍の一兵卒から始めたのだ。これまで、いくつもの辛酸を舐めてきたのだろう。提案に高揚することもなく受け流す。

「……ふーん、簡単には乗ってこないわね。その猜疑心に感謝するわ。合格よ大佐」

 有無を言わせぬ勢いで畳み掛けたのは、彼の思考性と判断力を試すためでもあった。

 セリアは頷き、続ける。

「私は提案を取り下げないわ。これは好意での提案ではなくて、契約よ。だから私の話に乗るかどうかは、行動を一緒にしてから決めてちょうだい。とはいえ、これから見るもの聞くものは、全部あなたの胸の内におさめておいてね」

「ここで生者の伯爵令嬢とその執事に出会ったと言っても、十中八九、誰も信じてはくれませんよ。いたとしてもそれは亡霊。報告義務はありませんね」

「頭が柔らかくて助かるわ。じゃあ、行きましょう」

「ご随意に」

 アレンは息をついて、執事を見る。

「……あんたの主人は、一体なんなんだ?」

 魔獣を制圧し、落ち着き払って堂々とアレンに交渉を仕掛けてくる令嬢。

 彼女の身の上は理解したが、泰然としたセリアの存在自体は得体がしれない。

「ご覧の通り、御年12歳の伯爵令嬢ですよ。着用するドレスが決まらないという理由だけで、殿下に相応しくないと悲観して不貞寝をする方です」

 いや、そうじゃなくて……と言いかけてアレンは諦めた。

 主人が主人なら、執事も執事。聞くだけ無駄だった。

今回は区切れるところがなかったので、そのまま長めの更新です。

お嬢様の持っているステッキは、かなり特殊な素材で作られたものだと思います。

ここに至るまでに何本も試しては折れて……を繰り返して仕上がった至高の逸品となっているはず。

耐久値が高い分、攻撃力は低いのですが、彼女のステイタス値が天元突破しているので……まあ、はい(笑)。

ユリウスは基本的武器はダガーですが、暗器をそこかしこに仕込ませているはずです。


来週は更新をお休みするかもしれません(そうなったら申し訳ないです。汗)。

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