廃都のためのアリア(3)
夜明け前。
リサに留守を頼むとセリアは執事と共にホテルを出て、他に向かう人もない北境の廃都へと歩き始めた。
まずは観光客が目指す物見の高台を訪れ、そこで朝のティータイムと洒落込む。
「事前情報通り、この季節は霧が濃いですね。城門と王宮のふたつの塔……国軍の旗と天幕は東側の森の入り口に見えます。ここから視認できるのはそれくらいですか」
ユリウスは手にしていた偵察用のオペラグラスから目を離した。
「隠密活動にはちょうどいいわ。兵士たちが起き出して小型の魔獣を掃討する前に、目的を果たしたいわね」
ユリウスが朝食のために用意したハムとチーズを挟んだ小さなパンを品よく齧りながら、湯気が立つお茶を味わう。
「城門より奥は、亡霊と魔獣の巣。藪を突いで大物を刺激しないようにしなきゃね」
セリアはすっと立ち上がり、執事は片付けを始める。
本日のセリアの装いは。
廃都と、そこに眠る前世の英雄に敬意を示し、やはり懐古的なエンパイアスタイルを踏襲した、喪服を思わせる全身黒のベルベッド生地のドレス。細身の手ぶくろをはめた手には銀細工が施されたステッキを持ち、結った髪には葬送のレースがついた小さな帽子を乗せ、特に踵を強化した同色のリボンが結ばれたブーツ。
「本日のお嬢様の装い……不運にも遭遇した亡霊や魔獣を墓穴へと強制送還するエレガントさですね」
「褒め言葉と捉えておくわ。いついかなる時にも、極めて令嬢らしくあれ。お父様の教え、私の矜持よ」
それに、日記を介して殿下には美しい私を見ていただきたいもの。
……ああ、これぞ恋する乙女心!
ドレスの内側におさめているリシュアンの護符に触れて、頬を染める。
すうっと息を吐くと、セリアは霧がかった廃都へ目を向ける。
「行くわよユリウス」
「御意に」
セリアとユリウスは物見の高台から飛び降りて、過去の栄華が崩れ落ちた廃都へと駆け出した。
城門に近づくと、霧の中に瘴気が混じり始める。
「お嬢様、昨晩先んじて索敵いたしましたが、城門周辺にいるのは亡霊と瘴気によって念が増長した兵舎の怨鎧兵ばかりです。いかがなさいますか?」
「殿下の護符があるとはいえ、神聖なご威光を盾にするのは私の主義に反します。故に、」
「故に?」
「只、前進制圧あるのみ!」
セリアは手にするステッキを握力で軋ませながら、走力をあげて廃都へと入場する。
そして霧と瘴気の中、瞳を爛々と輝かせて、彷徨う亡霊と怨鎧兵の群れへと自ら飛び込んでいくのだ。
「ごきげんよう、廃都に巣食う魑魅魍魎の皆様!お邪魔いたしますわ!」
「……やれやれ」
……隠密行動とは一体……。
呆れるユリウスの目の前で、セリアはステッキを振り上げては怨鎧兵を次々に破壊し、風化させていく。
「わらわらと!通行の妨げよ、おどきなさい!」
錆びついた武器で彼女に襲いかかる前に依代の鎧がバラバラにされていく怨鎧兵の無情感。
亡霊たちも束になって取り囲み、彼女から生気と正気を奪おうと嘆きと恐怖の悲鳴をあげる。その連鎖にセリアは薄ら不快な表情を浮かべ一喝する。
「あなたたち、おしゃべりが過ぎてよ!お黙りなさいっ!」
その発声は圧力となり、亡霊たちは気迫負けして一斉に破裂し、霧散する。
そうしてユリウスが加勢するまでもなく、市街地へつながる広場を彷徨っていた亡霊と怨鎧兵は、セリアの力技よって一掃されてしまった。
この場の瘴気が薄まる中、ユリウスは軽く手を叩く。
「流石はお嬢様。清々しいほどに理性よりも膂力の美学が光りましたね。いえ、主義でしたか」
婉曲しているが、これは盛大にセリアを『脳筋』だと皮肉っている。
セリアはムッとした。
「言ったわね、ユリウス!……私にそんなことを宣ってもいいのはリシュアン殿下だけよ?!」
「王太子殿下はこのようなことをおっしゃいますので?」
「品性溢れるあの方が皮肉などおっしゃるわけがないでしょう!」
「でしたら、あなたにお仕えする私だけの特権というわけですね。光栄です、マイレディ」
うっすら笑を浮かべ優雅にお辞儀をする執事に「まったく、口ばっかり達者になって……」と唇をへの字に曲げた。
セリアは常々、ある程度の無礼発言をユリウスに許している。
命令に忠実な番犬が欲しいだけなら彼でなくてもよい。だが、死地を共にするかもしれないのであれば主人に忠告と諫言をする胆力を持ち合わせていなければならないからだ。
私を暗殺しに来た頃は無口で無表情だったのに、2年ですっかり人柄が変わったわね。
だが彼をこのようにしてしまったのは、セリアが振り回したからだということには気づいていない。
「お嬢様、これは真面目な話になりますが……。私たちの存在を国軍の兵士に気取られぬように、あまり亡霊や怨鎧兵を相手にせぬ方がよろしいのではないかと」
「うっ……それは、正論ね。つい暴れてしまったけど、これより先は制圧力をさげて……」
言いかけた時、視界の隅で霧が動いた。
「?」
そちらへ目をやると、霧を纏った白い影が現れた。それは四脚の獣の姿をしている。……馬だ。
ふわふわと舞うように、彼らの前を駆け抜けていく。
セリアは目を見張る。
「……霧の馬が……」
「噂のフォーチュンホース、ですか。……こんなにもあっさり目にできるとは運がいいですね」
ユリウスは感動している様子もなく呟く。
霧の馬はセリアたちを見つめるように足を止め、中央広場より先へと誘うように首を振って奥へと消える。
「?……あの馬、私たちを誘ってるの?」
ふたりは怪訝に首を傾げた。
「馬の意図ともかく、お嬢様の目的とする墓がこの廃都のどこかであるのであれば、先へ進むしかないのではありませんか」
「ええ、その通りだわ」
頷くとセリアは市街地へと歩き出した。
イベント参加準備のため、更新頻度が落ちております(申し訳ございません)。
今週はこの更新のみです。
「これより制圧力をさげて……」とか言っているあたりで、「制圧しない」わけではないお嬢様の方向性(笑)。




