廃都のためのアリア(2)
駅馬車が停車する街や宿場町を楽しく散策しながら、馬車を乗り継ぎ、数日をかけて北境の廃都ベル=サリエルに近い小都市へと辿り着く。
季節はまだ冬ではないが、ここではすでに息が白い。
セリアはこの旅のために仕立てた『或りし日の麗しきエンパイアレディ』と名付けた懐古的なデザインのコートを着用し、ユリウスの手を借りて石畳の道の上に下り立つ。
帝国時代、ベル=サリエルは帝都として栄え、近郊のこの小都市もその恩恵を受けていた。その名残が古典的な建築様式の中に垣間見える。
「お嬢様、まずはホテルへ参りましょう」
「ええ」
ユリウスの提案通り、セリアは富裕層向けの中央市街地へと足を向けた。
「街で一番格式高く、良い部屋を取れ!野営など認めんぞ!」というアデルバルドの言いつけ通り、ホテルの最上階にあるコンドミニアムを拠点にすることを決めていた。
途中、小さな花屋で足を止める。
店先に活けられている花々に目を向ける。
「いらっしゃいませ、お嬢様。何かお探しの花がございますか?」
ユリウスと年端の変わらぬエプロン姿の少女が出てくる。
店の奥には小さな子供がふたりいる。彼女のきょうだいかもしれない。
店には大人の気配がない。彼女が子供たちの面倒を見ながら、ひとりで切り盛りしている店かもしれない。
セリアは素知らぬ顔で彼女に問いかける。
「銀鈴花はないかしら?」
ベル=サリエルにおける、アレアナとの思い出の花。できればリシュアンへの土産として持ち帰りたいとセリアは考えていたのだった。
「銀鈴花……ですか」
花屋の少女は戸惑った顔を見せる。
「昔、ベル=サリエルに咲いていた発光する鈴蘭の一種でございますよね。私も亡くなった祖母に聞いたことはあります。……ですが今はもうどこにも。廃都の周辺は瘴気が濃いので、お花も咲かない場所になってしまいました」
少女は少し表情を曇らせて現状を教えてくれる。
「それに、」
「?」
「祖母の話では、それでも少し咲いていた銀鈴花を高貴な方々が取り合うようにして求めたため、価格が高騰して取り尽くされてしまったと……」
セリアはその様が容易に想像できた。人間の強欲さに嫌悪して眉を寄せる。
「……そう」
少女はハッとしてセリアを見る。貴族の令嬢に話すような内容ではないと気づいて青ざめる。
「も、申し訳ございません……!私ったら無礼なことを……!」
「ああ、いいのよ。教えてくれてありがとう」
「と、とんでもございません」
人も世情も変わらないものなどない。銀鈴花が絶えてしまったのは残念なことだが諦めるしかない。
「そうだわ、花束を作ってくださる?滞在するホテルのお部屋に飾りたいの。花材はあなたにお任せするわ」
セリアはユリウスに目配せし、彼女に銀貨を5枚渡す。
「銀貨1枚分でいいわ。残りはあなたに。……後で執事にとりに来させるから、お願いね」
彼女は銀貨を握りしめて頭を下げる。
「は、はい。お嬢様、ありがとうございますっ」
セリアは微笑んで店先から離れた。
目的のホテルに到着し、コンドミニアムに足を踏み入れ、ユリウスにコートを脱がせてもらうと、振り返る。
「ユリウス、お茶にしましょう。リサは居室を整えてちょうだい」
セリアは儀式のように告げた。
「かしこまりました」
執事とメイドは礼をすると無駄のない動きで仕事に取り掛かる。
少年執事は一旦下がると厨房で湯をもらい、荷物を解いて彼女のお気に入りのティーカップと『花詠茶』を取り出し、手早く準備をして戻る。
「お待たせいたしました」
花詠茶を注いで彼女の前へと差し出す。
セリアはまず香りを楽しむ。
「……ああ、幸せ。幾日ぶりかの殿下のお茶の香り」
とセリアはうっとりする。
そう、この花詠茶はリシュアンが彼女のために調合した紅茶。セリアにとってはどれだけ離れても、彼を感じることができる安らぎの紅茶だ。
ここまでは宿泊するホテルのクラスを下げていたので、リシュアンの茶葉に場がふさわしくないとセリアは避けてきた。
「厨房でこの都市周辺で取れる木の実を使ったクッキーをいただきましたので、こちらもどうぞ」
「ありがとう」
小皿に乗せたられたクッキーは、失われた銀鈴花や雪の結晶をモチーフにした愛らしいものだった。ひとつつまみ、ゆっくりと噛み砕く。
「んー、素朴だけど美味しい。王都の華やかなお菓子もよいけれど、土地ごとに特色のあるお菓子も好きよ。屋敷の者たちへのお土産にしたいわね」
「ではそのように手配を」
「お願い」
セリアが一息ついたのを見計らってユリウスは口を開く。
「先ほど厨房におりた際、お嬢様のことをホテルの者がさりげなく探りを入れてきました」
「ふうん、なんて答えたの?」
「“変わり者のお嬢様がどうしても廃都観光をしたいと駄々を捏ねて、嵐のように暴れ回ったため、止むを得ず旦那様の許可をいただきやってきた”……ということにしておきました」
アデルバルドが用意した身分を証明する『身誉章(特殊金属と宝石で作られたメダル型の装飾品)』を提示しているため、本気で不審がられてはいないだろうが……客観的に見れば、12歳の貴族令嬢が少年執事とメイドだけを連れての宿泊は不自然と取られても仕方がない。
「半分は間違いではないけど……それにしたって、もう少し言い様があったのではないのかしら?」
「手のつけられないわがまま貴族娘という印象を与えた方が彼らを納得させやすいものなのですよ、お嬢様。実際、彼らは納得し、私に同情すらしてくださいました」
ユリウスは大人たちの同情を誘う悲壮な演技まで加えたはずだ。
「その涼しい物言いが小憎たらしいったら。……で、他の情報は何か聞き出せたの?」
「この時期は亡霊や悪霊、魔獣の活動が活発化するので、廃都観光をする貴族やブルジョワは皆無。……と、親切に教えてくださいましたよ」
「わがまま貴族娘が何も知らずに遊びに来たと誤解しているのね。こちらはそれを狙って来たとは言えないし」
現在の廃都は貴族や金満家たちの観光スポットともなっている。物理的にも崩壊があり危険地帯なので遠巻きに物見台から眺めるだけなのだが、かつての栄華の夢の跡、遺跡群と成り果てた都は一見の価値あり……なのだろう。
「運が良ければ、フォーチュンホースと呼ばれる馬の幻影が見られるとか」
「ふうん?馬の幻影ね……」
「これを目撃すると幸運が訪れると言われているようですね。亡霊や魔獣とは異なる属性のモノのようです」
「……希望の馬、なんて言われているくらいだから、人間を襲うわけじゃないのでしょうね。まあいいわ」
セリアの邪魔をしないのであれば、幻の馬が駆け回っていようが暴れ回っていようが問題はない。
「それから」とユリウスは続ける。
「数日前から現地では北境警備の国軍小隊が駐留しているとのことです」
「……国軍が?どうして」
セリアは怪訝に眉を寄せる。
「彼らは廃都周辺の小型の魔獣を不定期に掃討しているとか。そのタイミングに我々がかち合ったようですね」
「……訓練を兼ねた観光地の治安維持ってところかしら」
「この小都市は避暑地としても有名で、廃都観光も夏場の収入源。小型でも魔獣が増えて人を襲うとなれば、たちまち悪評がたって貴族やブルジョワの足が遠のきます」
「国軍の動きは気になるけど……私の目的は廃都の中。彼らと顔を合わせることはないでしょう」
「…………だとよいのですが」
この主の向かうところには、トラブルの種が散らばっていそうな気がするのだ。
「?何か言った?」
「いえ。明日は早朝から動かれますか?」
「当然。……朝とお昼にいただく軽食を作っておいてね。デザートも忘れちゃダメよ」
「お任せください」
心得ているようにユリウスは頭を下げる。
「とはいえ令嬢たるもの、まずは廃都に入場する装いを決めなくちゃ何も始まらなくてよ。ユリウス、まずはお花を引き取って来て。リサ、私のドレスパレットを用意してちょうだい!」
「はい、お嬢様」
「ただちに」
花に囲まれて、ファッション会議の始まりだ。
今週は2回更新にしました。楽しんでいただければ嬉しいです!




