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婚約破棄無双〜強い男と結婚する事になってる姫だけど、筋肉ゴリラは趣味じゃありません〜

作者: 夢ノ語部

 唯一人の強者。

 マガロ王国を建国した初代マガロ国王は、そう呼ばれていた。


「速い馬から産まれた子は速い馬であるように、強き人間から産まれた子は強き人間になる」


 この名言と共に、初代マガロ王は千人の実子を引き連れ、万の蛮族を素手で殴り倒し、大陸を統一したという。真偽はともかく、マガロ王国が「拳と根性で成り立っている国」であることに、疑いの余地はない。


 以来この国では、あらゆる物事が「力」によって決まる。

 税制の改革も腕相撲、裁判も勝負、果ては恋愛までもがバトル次第。

 貴族の婚約すら、闘技場で相手を倒した者が勝ち取るのが慣例となっていた。


 そして今日。王都マッスルグラードにて、国中が熱狂の渦に包まれることとなる——。


「姫様の結婚相手を決める婚儀闘技祭、開催のお知らせだァアアアッ!!」


 町の広場で、筋肉ムキムキの伝令兵が空に向かって咆哮する。

 人々は歓声を上げ、拳を突き上げ、道端のバーベルを持ち上げて祝福した。


「ついに来たか……」「今年の婿殿は誰だ!?」「ワシの筋肉がうずくぜ!」


 国民は誰一人として疑問を抱いていない。

「姫様が結婚する=誰かが力で奪いに行く」というのが、この国では完全にロマン扱いなのだ。


 だが——その“ヒロイン”である当の王女は。


「はあああああああああああ!?!?!?!?」


 王城の玉座の間に、悲鳴が轟く。

 その主こそ、王女リリア・マガロ。金の長髪に白いドレスがよく映える、美貌の持ち主……なのだが。


「ちょ、待って!? えっ? 婚約!? 闘技祭!? いやいやいや、聞いてないんだけど!?!? 誰が許可したの!? 私じゃないよ!?!?」


 椅子を蹴っ飛ばし、テーブルを叩き割り、書類を空手チョップで裂きながら絶叫する王女。

 その姿はまるで戦場の猛将。実際、先月ひとりで盗賊団を壊滅させたばかりだ。


「リリア様……ドレスでローリングソバットはお控えください」


 淡々とした声で止めに入ったのは、侍従の青年、レイ・カスティア。黒髪で切れ長の目、知的な雰囲気が漂う文官タイプ。

 この筋肉主義国家において、数少ない常識人の生き残りである。


「もーっ……レイ、聞いてよぉ! 私、普通の恋愛がしたいの! 公園デートとか、手つなぎ散歩とか……闘技場じゃなくて図書館で出会いたいんだよ〜〜〜!!」


「お気持ちは痛いほどわかりますが、姫様。建国法で決まった由緒正しき祭儀ですから」


「うぅ……この国おかしいよ、なんなのそれロマンスがないよ」


 乙女な夢と筋肉文化のはざまで絶望する姫。

 だが、伝令兵の叫びはすでに国中に響きわたり、婚儀闘技祭は明後日に迫っている——!

 そして、運命の闘技祭——その受付会場に、猛者たちが続々と集結していた。


「名乗るほどでもないが、村の鍛冶屋だァ! ハンマーで岩を粉々に砕けるぞッ!」

「漁師のジョーだ! 素潜りでサメと殴り合ってるうちに、拳が鋼になっちまったァ!」

「貴族の三男坊、ラッド=ドッコイだ! 二百キロのダンベルを片手で振り回すぜェ!」


 筋肉!筋肉!筋肉!!

 知性より二の腕!マナーより拳圧!告白より、まずフルスイング!!


 王国中の脳筋男子たちが、「姫様を嫁に!」と叫びながら、闘技祭の受付に殺到していた。


「うおおおおっ! リリア姫のハートをオレのドラミングで射止めてやるぜぇええ!」

「筋肉の共鳴は、愛の共鳴ッ!!」

「結婚指輪? 新しいプロテインのブランド名でしょうか」


 ——リリアは、そんな男たちを見ていた。

 眉間に深いシワを刻みながら。


「うそでしょ……この中に、ひとりもまともな人いないの……?」


 控室のソファに沈み込み、頭を抱えるリリア。

 となりには、相変わらず冷静なレイが寄り添っていた。


「……姫様は国民的人気ですから。こういう結果になりますね」


「わたし、“理知的で静かなカフェが似合う人”がタイプなんだよ……! 筋肉の脈動で愛を測る人じゃなくて……!」


「ここまでくると清々しいですね。これはもう、芸術の域です」


「やめてっ!? 芸術とか言わないで! レイまで筋肉に染まらないでっ!」


 そんな彼女の嘆きもむなしく、筋肉の群れはどんどん受付をすましていく。

 そんな中、観衆から大きなどよめきが起きた。

 どよめきと共に進み出る、巨大な影——


「名乗ろう。オレの名はゴルド・バルカン」


 場の空気が、一瞬で変わった。


 全身に『筋肉(よろい)をまとった』と呼べるほどに巨大な体躯。

 巨木のような両腕と、地響きのような足音。

 身の丈はリリアの倍近く、首から上も、たくましい岩。


「戦場では千を超える敵を屠った。だが、オレに真の勝利を与えるのは……愛だッ!!」


 バァン!!

 なぜかその場で上着を引きちぎり、筋肉を輝かせるゴルド。


「リリア姫を、戦場に連れていけるのは……このオレしかいないッ!!!」


 沈黙。

 重苦しい空気。

 リリアは、乾いた笑みを浮かべた。


「……ムリ。生理的にムリ。全力でムリ。」


「姫様、御心を強く」


 レイの慰めの言葉は虚しく響いた。

 

――――


「……私、マジでこの国、むりかも……」


 夕暮れの王城の中庭。

 誰もいない噴水の前、リリアは芝生の上に寝転がって、空を見上げていた。


「ドレス着て、手を引かれて、街を歩くの。そういうのが、いいの。なのにあのゴリラ……『戦場に連れていく』って、何それ……お茶会じゃなくて、戦場をデートスポットだと思ってるの……?」


 今日もまた、リリアの心はズタズタだ。


「“筋肉が愛を語る”とか、“プロテインは婚約指輪”とか……違う! 私がほしいのは優しさと知性なの! 誰も筋肉で壁をぶち破ってきてほしいなんて思ってないのにーっ!!」


 空に向かって叫ぶ姫。

 そのすぐそばに、スッと紅茶のカップが差し出される。


「落ち着きませんか。姫様」


「あっ……レイ……ありがと……」


 いつものように、彼は静かに傍らに座り込んだ。

 そして、彼女の隣にある小さな本を手に取る。


「……これは?」


「乙女系小説。“薔薇色の微睡み”ってやつ。禁書指定されてるけど、城の倉庫からこっそり……」


「姫様、それ、建国法第九条に違反してますよ」


「バレなきゃ犯罪じゃないって初代も言ってたでしょー!」


「初代は“バレても拳で黙らせろ”でした」


「もっとダメじゃん!!」


 そんなやりとりも、彼らの日常だ。

 レイだけは、リリアの“脳筋じゃない部分”を知っている。


「レイはさ……どんな女の子が好きなの?」


 ぽつりと、リリアが呟く。

 少しだけ、目が潤んでいるのは気のせいじゃない。


「そうですね……静かで、優しくて。けれど、強い心を持っている人」


「……わたし、うるさくて、雑で、めちゃくちゃ強いけど」


「知ってます。ですが——姫様は、誰よりも優しいです」


「…………バカ」


 リリアは顔をそむけた。

 でも、頬はほんのり赤い。


 少しの静けさが、二人を包む。

 だけどその時——


「姫様ァァーーーッ!! 闘技祭の参加者リストができましたァアアアア!!!」


 騎士団の伝令が庭に突っ込んできた。

 手にしていたのは、まるで絨毯のような書類の巻物。それを広げながら叫ぶ。


「現在、エントリー数は——五千八百三十二名でございます!!!」


「多ッッ!!!」


 リリアの突っ込みが空に響いた。


「内訳といたしましては、筋肉自慢が三千名、武器破壊自慢が千名、残り千八百三十二名は“愛の筋肉詩人”でございます!」


「そんなカテゴリあるのおおおお!?」


「最年少は三歳、“未来の婿です”と宣言しており、最年長は一一八歳、“ワシの筋肉はまだ現役”と名乗っております!」


「バカしかいないいいいっ!!一人くらい普通の人いないのおおお!?」


「ちなみに五百人が“姫様を背中に乗せて崖を登れます”とアピールしており、三百人が“愛してる”ではなく“鍛えてる”と絶叫しております!」


「誰か、恋の意味を再教育してきてええええええっ!!」


 彼女の中で、何かがぶちっ……と、音を立てて切れた。


「レイ。私、決めた」


「……何をでしょう」


「全部、ぶん殴って黙らせる。で、ゴルドも叩き潰して、誰とも婚約なんてしない。もうそれしかないっ!!!」


「……ようやくマガロ王家らしいお言葉が出ましたね」


「そんな“マガロ遺伝子”いらないよぉおおおお!!!」


 ——こうして。

 マガロ王国・婚儀闘技祭は、五千八百三十二人の婿候補 vs 最強姫という、前代未聞の肉弾戦へと突入することになる。


――――

 

 聖闘技場、開場。

 収容人数五万を誇るマガロ王国最大の肉体芸術施設は、今日、最も野蛮で祝福された戦場と化していた。


「婚儀闘技祭ーッ!! 開☆催ぃぃいッ!!!」

「姫様を娶るのは誰だああああああ!!」


 観客が絶叫し、実況席の床が震える。


 そして——リングの中央に、姿を現す一人の姫。


「……やるって決めたんだから、やるよ。誰が筋肉王国のヒロインになるかっての!」


 戦闘用のドレスに王家のマント、鉄製のグローブ。

 乙女の象徴である金のティアラが、怒れるリリアの額で輝く。


「第一試合ッ!挑戦者ァーッ!“逆立ち五段腹筋砲”こと、ヘクター・ゴロン!!」


「愛してまーすッ!!この腹筋で幸せにしまーす!!」


「うるさーーーいッ!!」


 ドガッ!!

 一撃。腹筋に綺麗な正拳。

 自慢の腹筋は飴細工のように大きくひしゃげて闘技場の壁まで飛んでいった。


「次ッ! “背中でバイオリンを奏でる漢” マルチェロォ!!」


「筋肉で奏でる恋の旋律をお聞きくだs——」


「爆音お断りぃっ!!」


 バキッ!!

 背中の弦、木っ端微塵。

 何故、バイオリンの弦だけを持っていたのか、それで何を披露するつもりだったのか。唯一語れる男は床に倒れ沈黙した。


 「続いてッ!“恋のソイプロテイン・タンクローリー” ラムダ=ゴツオ!!」


「今日から俺が姫様の栄養源だあああ!!」


「私の栄養はスコーンと紅茶なのーーーッ!!」


 ズバァァン!!


 ラムダ=ゴツオ、宙を舞った。着地はスタンドの壁だった。


 その後も、リリアの止まらぬ拳が会場を吹き飛ばす!


「愛を……!」「拳で……!」「負けた……最高……」


 次々と倒れていく参加者たち。

 中には、筋肉で告白のモールス信号を送る者、腹筋でポエムを詠む者、顔面にプロテインを塗ってアートを披露する者までいたが——


 すべて、リリアの拳が答えを叩き込んだ。


「もうやだ……!!こんな婚活、全然ロマンチックじゃないーーーっ!!」


 ドゴォン!!


 その叫びとともに、十人まとめて吹っ飛んだ。


「実況席ィィッ!!現在、参加者の約四千名が戦闘不能ッ!!姫様、恐ろしいですッ!!!」

「正直、ちょっと惚れそうですッ!!」


「っていうか惚れてるううううう!!」「これが愛の正拳突きかあああ!!」


 観客は歓喜し、騎士団は目を潤ませ、

 侍従レイだけが、静かに拍手を送っていた。


「さすが姫様……戦いながら、ちゃんとドレスの裾を気にしておられる……」


 優雅さすら保ちつつ、リリアは五千八百三十一人を撃破した。


 そして。

 ただ一人、まだ立っている者がいる。


「……ふふ。ついに残ったのは、我一人か」


 闘技場の奥から、現れた巨影。


「さすがだ。リリア・マガロ……オレの理想、そのままの花嫁だ……!」


 筋肉の巨神。全身が光る肉の鎧。

 ゴルド・バルカン。筋肉と愛の怪物。


「さあ……最終戦だ、姫よ。オレの愛と魂、すべてを君にぶつけるッ!!」


 リリアは額に指を当てて、ため息ひとつ。


「……やっぱり最後はあんたか。いいよ。その筋肉(よろい)ごとまとめて粉砕してやる!!!」


 五千八百三十一人を撃破した最強の姫が、いま最後の男と対峙する。

 闘気に気圧された観客が、声を発する事も身じろぎすら出来なくなり、場内に静けさが戻る。


「リリア・マガロ。やはり、君こそ、この拳で勝ち取りたい相手だ……!」


 筋肉を揺らしながら先に構えをとるのは、隣国バルカン家の将軍、ゴルド・バルカン。

 全身を覆う鎧のような筋肉、その目に宿るのは真剣な意志。


「オレはただ、強いだけの花嫁が欲しいわけじゃない。オレに並び立つ“王”であってほしい。だから——」


 ドンッ!

 足元を踏み締めたその瞬間、地面が軋む。


「全力で行く!来い、リリア!!」


「……あんた、ほんっとにわかってない」


 ドレスの裾を結び、拳を構えるリリア。

 風が、金髪をふわりと持ち上げた。


「私はね、王とか王家とかどうでもいいの。自分の人生を、自分で選ぶために、強くなったんだから!!」


 言いきると同時——両者、同時に踏み込む。その踏み込みは床を粉砕し、塵が舞う。


 拳と拳が正面から激突!


 ゴォッ!!!

 まるで爆発のような衝撃が闘技場を包む!


 リリアの拳がゴルドの顎を打つ。ゴルドの拳がリリアの脇腹を狙う。

 それぞれが命中し、二人とも後ろへ弾き飛ばされた。


 「……っふ、いい拳だ!鼓動が高鳴るッ!」


 「こっちはお腹に響いたんだけど!? てか痛いんだけどぉ!!」


 二人は再び走り出す。

 ゴルドの豪腕が振り下ろされる前に、リリアが足払い!

 しかしゴルド、逆に踏み込んでリリアの肩を掴み、空中へ放り投げる!


「悪いな……俺は、君と本気でぶつかり合いたいんだ!」


「だったら受け止めなさい!乙女☆垂直落下スカイキック!!」


 空中で回転しながら、リリアのヒールがゴルドの肩を直撃する!


「ぐぅ……!」


 しかしゴルドも直撃を受けながら巨腕を振るう。


 ドガァッ!!

 二人とも地面に転がり、砂煙が舞う。


 だが——立ち上がる。

 どちらも膝をつかず、真正面から視線を交わす。


「リリア・マガロ。オレは、力で君を屈服させたいんじゃない。力でしか語れない、この国の愛のカタチを、オレなりに伝えたいだけだ……!」


「……あんた、本当にバカ。でも——」


 リリアは目を細め、拳を握る。


「その拳、嘘じゃないのはわかる。だったらこっちも、全力で返すしかないよね!」


 仕切り直し、誰もがラウンド2のゴングの鐘を聞いた気がした。

 筋肉と信念、拳と乙女心がぶつかる最終決戦、真っ只中!

 

 ドォン!! バキィ!! ゴゴォォッ!!


 衝撃が連続する。

 拳と拳がぶつかり、空気が割れ、闘技場の床が崩れる。


「く……っ、オレの拳が……ここまで押されるなんて……!」


「あんたなかなか、根性あるじゃない……ッ!」


 汗、砂、血のにおい。

 けれど――その中に、確かにあった。

 言葉じゃない、拳の奥にある“心”の温度。


 リリアは、ゼェゼェと肩で息をしながら、ふっと笑った。


「ちょっとだけ……わかった気がするよ。あんたの言ってたこと」


「何……?」


「筋肉で愛を語るっていうの、正直、ずっとギャグかと思ってた。でも今、こうしてぶつかって、やっとわかった」


 拳を握り直す。

 その目は、さっきまでの怒りじゃない。まっすぐな――対等な意志。


「言葉にできない想いを、拳に込める……そういう生き方も、アリなんだって」


「おぉ……リリア姫……!」


「――でもね!!それとこれとは別ッ!!!」


 ドガァァン!!!


 リリアの渾身の回し蹴りがゴルドの顎を撃ち抜く!


「“結婚”は!!!私が!!!決めるのおおおおおおッ!!!!」


 ゴルドが膝から崩れそうになる。しかし、意識を必死に繋ぎとめ、倒れないようにと一歩前に出た。

 だが、そこはリリアの間合い。


「いくよ必殺! 恋乙女☆流星鉄拳プリンセススターパンチ!!」


 ズガァァァァァン!!!!


 ゴルドの巨体が、吹き飛ぶ。

 空中でぐるっと一回転し、リングの端に沈み込んだ。


「ま……まいった……ッ!!これが……乙女の……覚悟……ッ……!」


 ――決着。


「勝者あああああああ!!姫君リリア・マガロォオオオオ!!」


 実況が絶叫する。

 観客が、騎士団が、王族たちが、誰もが立ち上がって拳を突き上げた。


「初代の再来!!」「いや、初代を超えたぁああ!!」「恋と筋肉の革命じゃぁああ!!」


 その中心。

 リリアは拳を下ろし、フーッと深く息をついた。


「はぁぁ……もう、ほんとしんどい……汗でドレスくっついて気持ち悪いし……」


 そして――倒れたゴルドを見て、少しだけ、微笑む。


「でも、あんたの拳。嫌いじゃなかったよ。ありがと。強かった」


 ゴルドは、静かに親指を立ててから気絶した。


 そして、その場に現れたのは――


「姫様」


 侍従、レイ・カスティア。

 砂の舞うリングの縁から、彼女を静かに見つめていた。


「お見事でした。……婚約、破棄成立ですね」


「うん。やっと、自由になれた気がする」


 リリアは、リングの真ん中に立ち尽くす。


 血と汗のにおいの中。

 でも、その胸には、確かにあった。


 自分で選んだ、自分の“未来”が。


――――

 

 婚儀闘技祭から、三日後。

 王城の庭園には、静かな陽射しと、紅茶の香りが漂っていた。


「ふぅ〜〜……しあわせ〜〜〜……」


 リリアはお気に入りのティーカップを手に、深いため息をついた。

 目の前のテーブルには、焼きたてのスコーン。

 ドレスではなく、ラフなワンピース。戦いの気配は、どこにもない。


「……これよ、これ……私が欲しかったのは、こういう午後……ッ」


 もはや誰も戦いを挑んでこない。

 なぜなら、闘技祭での“無双伝説”が王国中に知れ渡り《王女に告白する者=勇気ある殉教者》とされてしまったからである。


「……筋肉バカたちの口癖が“姫様は俺には過ぎた女”になってるって聞いたときは、吹いちゃったよ……」


 ぽつりと笑うリリアの向かいに、そっと座る影がひとつ。


「それは……“姫様”は“最強”ですから」


 現れたのは、もちろんレイ・カスティア。

 涼やかな表情で、紅茶を注ぎながら、いつものようにリリアの隣にいた。


「……それ、本当にやめて欲しいんだけど。わたしはただ……」


「ええ。同時に、“お茶と物語と恋に憧れる一人の乙女”であるとも、私は知っています」


「……バカ」


 そっぽを向いて、スコーンをかじるリリア。

 でも耳は、ほんのり赤く染まっていた。


「レイさ……あの時、闘技祭に出た私を見て、どう思った?」


 少しだけ、震える声。

 戦いは平気でも、こういう問いには、ちょっとだけ弱い。


 レイは一瞬だけ目を伏せ、紅茶の香りを胸いっぱいに吸って――言った。


「……誇らしかった。美しかった。そして……惚れ直しました」


「ぶはっ!?!?」


 スコーンを吹き出しそうになった。


「な、な、な、なにっ、い、今の!?!?」


「事実を述べただけですよ。私は嘘が嫌いなので」


「そ、そっか……なら……い、いいけど……」


 ごにょごにょと視線を彷徨わせるリリア。

 レイの前でワンピースというラフな姿でいるのが途端に恥ずかしくなり、少し姿勢を整えたあと、ちらっとレイを盗み見る。


「……あのさ。今度、王城の外に、新しくカフェができるんだって」


「そうなんですね」


「そこ、テラス席があるんだって。静かで、緑がきれいで……えっと、行ったら、きっと楽しいかなって……思っただけだから……」


「――はい。ぜひ、ご一緒に」


「…………うんっ!」


 その一言に、リリアは小さく拳を握った。

 戦いとは違う、けれどたしかに彼女にとっての“勝利”。


 それはきっと、誰にも負けないくらいの、ささやかでまっすぐな――恋の第一歩だった。

 

――――

 

 マガロ王国、王都マッスルグラード。

 闘技祭の終結から一ヶ月。


 街の様子は変わった。

 筋肉たちは恋愛の意味を学び、プロテインを送る代わりにラブレターを書くようになった。

 最近では「デートはまず図書館で」という新常識まで広まりつつある。


 ――つまり、恋愛革命が起きたのである。


「“姫様の拳が我々の恋愛観をぶち壊した”って全国紙の見出しになってましたよ」


「……ちょっと待って、それ私のせい!?」


 リリアは王城のテラスで、今日も紅茶をすすっていた。

 隣には、当然のようにレイ。


「筋肉文化の象徴だった王国が、乙女文化を輸入するとは……」


「え、何? わたしに殴られて頭でも打った? ……頭を打ってはいそうだけど」


「ですが、姫様が望んだ“自分で未来を選べる世界”には、一歩近づいたのでは?」


「……まあね。まだ“恋バナ”ってだけで筋トレ始める人いるけど……」


「国民性ですから」


 二人はクスリと笑い合った。


 その時、遠くから城下町の広場の方でなにやらざわつきが聞こえた。


「ん?なんだろ……」


 窓の外を見ると――


「俺もお茶会したい!」「恋とは、言葉にするものらしいぞ!」「腹筋だけじゃ足りなかったんだ……!」


 かつての婿候補たちが集まって何かを見ながら闘志を燃やしている。

 彼らの視線の先には、新しいマガロ王国で行われる祭儀“乙女フェス”のポスターが貼られていた。


「なに……あれ……?」


「新たな王国の文化革命が始まっているようです」


「筋肉から恋文へ!?ってキャッチコピー、誰が考えたの……?」


 かつての闘技場は、今では“乙女フェス”の準備会場に様変わり。

 筋肉詩人たちが共同制作した恋愛詩集『拳よりキスを』が全国でベストセラー。


 あまりに世界が変わりすぎて、リリアは頭を抱えた。


「ねぇレイ……私、なんかやっちゃった……?」


「姫様はただ、やりたいように拳を振るっただけです」


「なんか嫌な表現……でも、たしかに……そうかも」


 ——世界は今日も、ちょっとだけおかしくて、でも心地よくて。

 リリアの目指した未来は、きっとこの先も、騒がしくて楽しい。


 そして、その隣には。


「そうだ、明日のカフェデート……絶対にスコーンあるお店にしてね?」


「承知しました。姫様」


 変わらぬ笑顔で、レイが応える。


 ふたりの歩む道は、筋肉にも、政治にも、闘技場にも縛られない。


 ただ――自分で選んだ、自由な未来。


 婚約破棄無双

 〜強い男と結婚する事になってる姫だけど、筋肉ゴリラは趣味じゃありません〜

 

 完

圧倒的ハッピーエンド!!

良いと思った方は評価・感想など頂けましたら幸いです。


今後また週1を目指して、笑ってほのぼのできる作品を投稿していきたいと思います。

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