第2章
カチャン……
学校のロッカーを開ける音が響いた。
燈花は制服の襟を直しながら、ふっとため息をつく。
昨日の出来事が、まるで悪い夢のように思えた。
だが、それは紛れもない現実だった。
祖父の家での襲撃。
祖父の死。
そして、左腕に宿る刃。
(……私は、普通のままでいられるんだろうか?)
「おっす、燈花! 昨日、剣道の稽古休んだだろ!」
陽気な声がかかる。
振り向くと、クラスメイトの高宮が立っていた。
彼は剣道部のエースであり、燈花の良きライバルでもあった。
「……うん、ごめん。ちょっと色々あって」
「お前が休むなんて珍しいな? まさか、負けるのが怖くなったとか?」
「バカ言わないで」
燈花は笑いながら、軽く高宮の肩を叩いた。
だが、その瞬間――。
バチンッ!
左手が、一瞬だけ震えた。
「っ……!」
咄嗟に手を引っ込める。
(まずい、また……!)
幸い、高宮は気づいていなかった。
燈花は心の中で安堵しつつ、拳をぎゅっと握る。
(……私は、本当に普通のままでいられるんだろうか?)
放課後、燈花は家に帰ると、すぐに部屋にこもった。
そのまま、机の上に置かれた祖父のノートを開く。
「石は“力”を宿している」
「人間と融合することで、“刃”を与える」
ページをめくると、さらに新しい記述が見つかった。
「この力は、持ち主の“心”によって形を変える」
「それゆえに、制御を誤れば――」
そこから先のページは破れていた。
(……制御を誤れば? どうなるっていうの?)
燈花はノートを閉じ、額に手を当てる。
「お姉ちゃん、何してるの?」
不意に、楓が部屋に入ってきた。
「えっ、いや、別に……」
「隠し事してるときの顔してる」
楓は鋭い目をして、燈花をじっと見つめた。
「お姉ちゃん、なんか変だよ。昨日から、何かあったでしょ?」
燈花は言葉を詰まらせる。
昨日のことを話すべきか――
それとも、妹を巻き込みたくないという気持ちを優先するか。
だが、その迷いを見透かしたかのように、楓はこう言った。
「……私は、お姉ちゃんの味方だからね」
その言葉に、燈花は心が揺れた。
その夜――。
カチャン……
玄関の扉の外から、小さな物音が聞こえた。
燈花は布団の中で、目を開く。
(……気のせい?)
だが、その直後。
ガチャ……ギィ……
何者かが、玄関を開けようとしている。
燈花は飛び起き、左手を握る。
この感覚は――昨日、祖父の家で味わったものと同じだった。
(また、来た……!)
恐る恐る窓の外を見る。
そこには、黒い影があった。
「……あの石の力を持つ者よ……」
低く、不気味な声が響く。
「お前の力は、まだ覚醒しきっていない……」
燈花の背筋に冷たい汗が伝う。
(何……こいつ……!?)
「だが、それも時間の問題だ……。お前の刃が、誰を斬るのか……それは、お前自身が決めることだ」
その言葉を残し、影は闇の中へと消えていった。
燈花はしばらく動けなかった。
だが、ただ一つ確信したことがある。
(私は……狙われている!)
翌朝――。
燈花は、一晩考えた末に、ある決意を固めた。
このまま普通の生活を続けるのは、もう無理だ。
自分の力を知り、制御しなければならない。
そして、祖父の死の真相を突き止める。
燈花は、拳を握りしめた。
「……逃げない。絶対に、逃げない!」
その言葉は、誰に向けたものでもない。
ただ、自分自身に誓った言葉だった。
こうして、燈花は戦うことを決意した。
だが、それがどれほど危険な道なのか――まだ、この時は知る由もなかった。