第1章
――目を覚ました瞬間、燈花は違和感を覚えた。
(……夢……?)
仰向けに倒れていた。
天井が見える。
汗ばんだ額に、冷たい風が触れる。
風鈴が、かすかに音を立てていた。
「あれ……?」
ぼんやりと呟く。
身体を起こそうとしたが、全身が鉛のように重い。
まるで何か大きな出来事があった後のような、強烈な疲労感が残っていた。
目をこすりながら、ゆっくりと起き上がる。
(私は……何を……)
記憶が混濁している。
だが、すぐに――。
血。
祖父の倒れた姿。
失われたはずの左腕。
刃となって敵を斬った瞬間。
すべてが、鮮明に蘇った。
「じいちゃん!!」
燈花は跳ね起き、辺りを見渡した。
しかし――
祖父の家の中には、もう襲撃者たちの姿はなかった。
祖父の倒れていた場所には、ただ、乾いた血の跡だけが残っていた。
(……そんな……)
燈花の喉が、乾いた音を立てる。
何かが、おかしい。
いや、すべてが狂ってしまった。
燈花は、恐る恐る左腕を見た。
そこには――
何事もなかったかのように、いつもの左腕があった。
「……は?」
一瞬、状況が理解できなかった。
だって、確かに――左腕は、あのとき切断されていたはずなのに。
それが、まるで何もなかったかのように、元通りになっている。
震える手で、左腕を握る。
温かい。確かに、自分の腕だ。
「……どうなってるの……?」
その時だった。
カチャッ……
どこからか、小さな音が聞こえた。
燈花が身をすくめる。
誰かが、まだいるのか?
しかし、音がしたのは自分の左腕だった。
「えっ……?」
見ると、左腕が微かに震えている。
まるで、中に何か別のものが存在するかのように――。
恐る恐る、燈花は右手で左手首を握り、ゆっくりと引いた。
その瞬間――
シュッ!
燈花の左腕が、まるで鞘から刀を抜くように変化した。
「っ!?!?」
それは、間違いなく、日本刀だった。
光沢のある刃が、燈花の左腕から伸び、微かに輝いている。
燈花は、呆然と刃を見つめた。
「な、何これ……?」
燈花は震える手で、再び左腕を握った。
すると、刃はふっと消え、元の腕に戻った。
(……私の左手……何かがおかしい……)
混乱しながら、祖父の部屋へ向かった。
祖父が守ろうとしていた黒い石。
それはもう、そこにはなかった。
しかし、床の間には、一冊の古びたノートが残されていた。
表紙には、墨で書かれた文字がある。
『覚書』
燈花は、そのノートをそっと開いた。
ページをめくると、そこには祖父の筆跡でこう書かれていた。
「石は“力”を宿している」
「人間と融合することで、その者に“刃”を与える」
「しかし、この力を持つ者は――」
そこまで読んだところで、ページが破れていた。
燈花は、冷や汗をかきながらノートを閉じる。
(私の左腕……この石と、何か関係がある?)
祖父は、この石のことを知っていた。
そして、それを守っていた。
だが、襲撃者たちは、それを奪おうとしていた。
(あの人たちは……いったい何者なの?)
疑問が次々と湧き上がる。
そして、燈花は決意した。
祖父の死の真相を突き止める。
この左腕の謎を知る。
奪われたものを、取り戻す。
それが、燈花の新たな戦いの始まりだった――。