受診に至るまで
お互いに子どもが好きだった私たち夫婦は、結婚以前から、子どもは2〜3人欲しいね、と話していた。入籍し、結婚式を終えてから、自然な会話の中で妊娠を望むようになった。
私は結婚以前に偶然受診した産婦人科で子宮腺筋症があると聞かされていて、この先妊娠を望むのであれば大きくならない方がいいと、その進行を遅らせる目的で低容量ピルを内服していた時期があった。
一般的には、⽣殖年齢の男⼥が避妊をせず定期的に性生活を送っているにもかかわらず、1年以上妊娠しない状態が続いたとき、「不妊」と考えられる。当時の主治医には、半年、妊娠を望んでも叶わなければ、病院を受診するように告げられていた。
基礎体温をつけ、月経周期から排卵のタイミングを予想する一般的なタイミング法を行い、月経が来ては落ち込む日々を過ごしていた。それでも、ほんの少し運が悪いだけで、まだ私たちは大丈夫なのではないかと思ってしまう。
当時、夫は研修医2年間が終わったあとの専攻医(内科医、外科医などの専門医を取得するまでの勉強期間。一般的に3年間で、いろんな病院を行き来する)で、私は急性期病院の看護師だった。
当直と夜勤ですれ違う日々が多いことを、子どもを授かれない言い訳にしていた。実際、夜勤と当直が1日ずつずれると、同じ家に住んでいても2〜3日顔を会わさないこともあった。
看護師として医療に携わっていても、自分が不妊であることを自覚し、治療を受けにクリニックへ行くのは勇気がいることだった。
産婦人科という場所への抵抗もあった。通院を続けている今でも、明るい処置室で他人に股を開く内診は、女性としての自分の性をすり減らしているようで、勿論好きにはなれないし、無理に慣れるものではないと、思っている。
病院へ行く決心がついたのは、妊活を始めて9ヶ月ほど経過した、2022年の年末のことだった。
結婚を機に夫の職場に近い場所に引っ越したため、以前ピルのために通っていた産婦人科は遠く、再度病院選びから始めた。夫とも相談し、自宅から近く、不妊治療の評判の良いクリニックを選び、受診することにした。