マチルダの呪い
「はい。喜んでお受けいたします」
その後はマチルダ姫がキェ〜!と叫んで失神して王様が慌てたり、王妃様と第一王子が小さくガッツポーズをしているのを偶然目撃したり、周りの御令嬢方の悲鳴に犬科の動物達が遠吠えしたり、鳥達が頭上を飛び回ったりと、収集のつかない阿鼻叫喚の様相だったから当事者の私達は速やかに撤退した。
次の日には婚約の書類にサインして私とソル様はスピーディーに婚約とあいなった。
しかし、婚約したからと安心したら駄目だ。
前世の私も10年も付き合ったんだからそのまま結婚だろうと安心してたところのあのクリスマスだ。
思えばデビュタントでは初の夜会とダンスに頭がいっぱいでフワマモをすっかり忘れていた。
なんたる不覚だ。
この婚約もフワマモ女子で何としても結婚まで漕ぎ着けるのだ!
『そういえば其方デビュタントの夜呪われておったぞ』
は?呪い?あの丑三つ時に蝋燭を頭に飾って白い着物着て神社とかで釘打つやつ?
え?この世界神社あるの?
っていうかリアルでそんな格好する愉快なお人がいるの?
いやいや、そうじゃない!
「私呪われてるの!?」
『いや。呪いが飛んできたが神使たる我がいるのだぞ?さっさと呪ったやつに返しておいた』
おお!素晴らしい!
初めてウメが輝いて見えたよ!
「誰が私を呪ったの?」
『さあ?我は知らぬ。地上の人間なぞ無象の蟻のような物よ』
そこは安定のウメだった。
私を呪いそうな相手は盛りだくさんだ。
誰かは特定無理だろうなぁ
「ちなみにどんな呪いが飛んできたの?」
『ん?一生結婚できない呪いだ』
ヒィ!何て恐ろしいな呪いだろう!?
ハッ!もしかしてその呪いは前世にも飛んだんじゃないか?
「ウメ!その呪いって前世の私にも飛んだ可能性は!?」
『あるわけなかろう』
ですよね〜。やっぱりあのクリスマスの悪夢はあくまで私が奴に振られたって事実だけか……。
改めて私はフワマモがんばろうと心に誓ったのだった。
◆
時はデビュタントの夜に遡る。
「キィ!あの忌々しいキャロラインめ!」
豪華で豪奢な部屋であったがその基調は紫に黒とお世辞にも良いご趣味ですねとは言えない一室で、黒髪を振り乱し頭に蝋燭を立てデビュタントの白いドレスのまま一心に呪いの呪文を唱える少女がいた。
はい。マチルダ姫です。愉快なお人です。
マチルダの女神の祝福は黒魔術だった。
祝福なのに黒魔術ってというつっこみはごもっともだが授かりものなのでしょうがない。
マチルダのこの祝福はおおっぴらにはできないので公には祈りで願いを叶える力とマイルドに公表している。
嘘は言っていないが真実も言っていない。
マチルダはこの力をもって結構地味に嫌がらせを続けてきた。
自身より綺麗な令嬢にはおでこにニキビができる呪いや、気に入らないメイドには笑ってはいけない場面で笑い出す呪いなどなど。
そして、今回は今までで一番の呪いを祈った。
そう、キャロラインが一生結婚できない呪いだ。
ソルフォード・フィジマグ公爵令息。
蒼みを浴びた銀の髪は夜の闇によく似合い、紅い瞳はマチルダが呪いの媒体に使うルビーと同じ色でこれはもう運命としか言えないではないか!
眉間の皺もいい。
陰があり素晴らしい。
陽キャはマチルダの天敵だ。
そんなマチルダの運命であるソルフォードをシマシマの女神など偽り奪ったキャロラインはその報いを受けなければならない。
そう、この日のために女神はこの祝福を授けたのだ。
運命の愛を邪魔するキャロラインを呪えと!
そうしてブツブツニヤニヤと呪いの呪文を一心に唱え、マチルダは髪振り乱して怪しく踊り(どじょうすくいをイメージしていただくと近いかと)、とうとうその呪いの媒体である大粒のルビーをその拳で粉々にした。
これでキャロラインは呪われた。一生結婚できなくしてやったわ!ククク……。
と思った瞬間砕いたはずのルビーが元に戻りスコン!とマチルダのおでこに飛んだ。
「あた!」
マチルダがルビーの当たったおでこを見てみると……ブタの蹄の跡がくっきり残っていた。
「何よ!?これ!?」
ゴシゴシと擦るが全く消えない。
一週間経ってもくっきりだ。
さすがのマチルダもこれはやばいのでは思ったので、王様に泣きついた。
王様は鑑定の祝福のある魔導士を秘密裏に呼び寄せた。
「畏れながら申し上げます。マチルダ姫は呪われております」
「何と!?どこのどいつが私の可愛いマチルダを呪ったのだ!?」
自分の呪いが跳ね返ってきたとは言えず俯いてダラダラと汗をかいた。
「して、どんな呪いだ?」
「はい。一生結婚できない呪いです」
「なっ!?」
王様はワナワナと震えた。
「何と陰険な呪いだ!この呪いを放った奴は性格が捻じ曲がっている。親の顔が見てみたいものだ!」
マチルダの胸にスコンと性格が捻じ曲がっているの言葉が刺さり、王様の頭上にはコイツという矢印が浮かんだような幻が見えた。
呪いが解ける日は来るのかな……?
このままでもいいかな?
◆
そしてまたまた時は遡り、マチルダのデコにブタの蹄が浮いた同刻。
「――、いるか?」
「は〜い、マスター。お呼び?」
「あれは邪魔だ。始末しろ」
「え〜、あんなに可愛いらしいのにもったいな〜い」
――はペロリとその紅い唇を舐めた。