今までのパターンとずれている?
私は爽快感にキャロを離したくない気持ちになった。
「ゴホン」
ハウルに咳払いされ、ハッと我に返り上半身を後ろにそらすキャロを立たせた。
いつの間にかフロアには私とキャロしかおらず、曲が止んだ今水を打ったように静かだ。
謎の空間と空気に内心首を傾げながら、キャロと共にお辞儀をする。
その瞬間ワッとものすごい歓声が上がった。
「すごい!何と見事なダンスだ!」
「あんなフィジマグ公爵令息は初めて見ましたわ」
「あの可憐な御令嬢は誰だ?」
「さすがはフィジマグ公爵令息だ」
昨今フィジマグ公爵家は評判が落ちていたのでこんなにも賞賛されるのは久方ぶりだ。
これも全て素晴らしいパートナーであったキャロのお陰だ。
それにしても人波に囲まれてなかなか進めない。
中にはキャロを次のダンスに誘おうと待ち構えている令息達もいた。
私は威嚇するように睨みながら人垣をこえなんとかハウルのところまで戻った。
「ソル、やり過ぎだよ」
ハウルが呆れたように言った。
「キャロはダンスが得意なようだったからつい本気で踊ってしまった。すまないピョン」
ピッタリついてくるキャロについつい私も楽しくなってしまった。
確かに彼女の体力を考慮すべきだった。
「お兄様、キャロライン。素晴らしいダンスでしたわ」
「ユーリカ。カリム殿下」
私がカリム殿下に礼をとると、慌ててハウルとキャロも礼とカーテシーをとった。
「楽にして。僕は堅苦しいのは好まない」
カリム殿下は王族にあって気さくな方だ。
女神の至高と言われるほど美しく、品行方正で優しい。
ユーリカのことも大切にしてくれている……と思っているのだが、どうしても引っかかるものを感じていた。
それは以前ユーリカが家を抜け出した一件も然り、ユーリカの顔が曇る影にはなぜかカリム殿下がいるのだ。
もちろん、カリム殿下が故意に何かした事はない。
ただ彼がユーリカのために言った言葉、ユーリカの前で溢した言葉にユーリカが思い悩んだり、カリム殿下のために勝手に動いただけだ。
でも、それにより危うく幼いユーリカは心を閉ざすところだったし、今は現に孤立しつつあるのだ。
どうしてもカリム殿下を警戒してしまう。
「面と向かっては初めましてかな?僕は第二王子カリムだ。美しいレディ、名前を聞いても?」
麗しいカリム殿下にキャロも明らかに驚いた様子だ。
嫌な予感がした。
「キャロ」
固まっているキャロをハウルがつついた。
ハッしたようにカーテシーと共にキャロは自己紹介をする。
もうその時にはキャロの目は麗しいカリム殿下にうっとりと言うよりは珍しい骨董品でも眺めるような視線になっていた。
ん?今までの令嬢方のパターンと少しずれている?
心なしかカリム殿下から戸惑いを感じる。
「ヴィゼッタ嬢、先程は見事なダンスだったね。良かったら、僕とも踊ってくれないか?」
「カリム様!?」
これはいつものパターンだ。
それに対してユーリカはいつもその相手に食ってかかるのだ。
そうして悪い噂が立ち、食ってかかられた相手はユーリカから距離をおく。
中には仲良くなりかけた令嬢もいたのに。
「いえ、それは」
カリム殿下と踊るのは令嬢皆の憧れだ。
キャロは気を遣い困ったようにユーリカを見るが内心はやはり嬉しい事だろう。
「カリム様、キャロラインは先程お兄様とあれほどのダンスを踊ったのです。お疲れになってますわ。ね?」
いつもよりは口調は柔らかだが、これではキャロも辞退するようだろう。
ユーリカとしてはキャロとカリム殿下が踊る事を許してしまえば、次回からキャロは踊れたのだから私もとまた令嬢方が群がってしまうのを懸念した言葉だ。
しかし、踊れなくなったキャロはどう受け止めるだろう……。
私は心配してキャロを見た。
わがままかもしれないが、ユーリカを嫌ってほしくないと思った。
ユーリカの唯一の友人なのだ。
「はい!申し訳ございませんが、このような状態では殿下にご迷惑をかけてしまいます」
しかし、キャロの言葉からは想像と違い一つも残念そうな気持ちが感じられない?
それどころか、ユーリカに感謝の視線を送っている?
「そう?残念だな。僕は王族の席に戻っているよ。ユーリカはこのまま兄君にお願いしよう」
片やカリム殿下も想像と違ったのだろう。
一瞬だが、冷ややかな視線をキャロに向けた気がした。
しかし、それは瞬きするほどのほんの一瞬でその表情はいつもと変わらない穏やかで優しいカリム殿下だった。
やはり気のせいか?
「そんな、もう少しご一緒に」
「久しぶりに友人と話すといいよ」
ユーリカはその後ろ姿を寂しそうに見送った。
カリム殿下はよくこうしてユーリカにそっけない態度をとる事がある。
その様子を見た周りが嫉妬深い婚約者にカリム殿下もうんざりされていると騒ぐのだ。
「せっかくカリム殿下が誘ったのをあのように婚約者が邪魔をするなど」
「やはり嫉妬深い婚約者というのは本当だったのだな」
「あの伯爵令嬢も可哀想に」
やはりいつもと変わらないようだ。
コソコソとこちらを見て囁く嫌な空気が流れ出す。
ユーリカは表情には表さないがその両手をキュッと握った。
よく見ると小刻みに震えている。
「ユーリカ」
私は見ていられずユーリカにエスコートの腕を差し出した。
ユーリカは頷き私の腕に手を添えた。そしておずおずとキャロを見た。
「キャロライン」
嫌われてしまったのではないか。
ユーリカの目が不安げに揺れた。
しかし、尽くキャロは想像を裏切る。
「ユーリカ様、ありがとうございます!助かりました!」
それはそれは心からの感謝を元気に述べたのだった。
これにはユーリカも呆気にとられて震えも止まり、私も思わず目を見開いてしまった。
「え?怒ってないの?」
私も疑問だ。
「怒る?何でですか?」
しかし、キャロは心底不思議そうに聞き返す。
「だって、私はカリム様と踊れなくしたのよ」
そうだ。今まではそれでみんながユーリカを倦厭するようになった。
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