苛烈で嫉妬深い婚約者
そんな私にユーリカちゃんがプッ吹き出し扇子で口元を隠して笑った。
ソルフォード視点のお話です。
久しぶりのユーリカの心からの笑顔に私はホッとした。
ここ数年のユーリカの社交場やお茶会の評判は酷いものだった。
苛烈で嫉妬深い婚約者。
それがユーリカに付き纏う評価だ。
カリム殿下は美しいうえに品行方正で穏やかなご気性の方だ。
誰からも慕われ、令嬢方は一言だけでも会話を、叶うならダンスをしたいと群がる。
それを許さないユーリカは苛烈なまでに追い払っていくのだ。
公爵家という高い地位、その他を圧するような美貌に相まって、令嬢方はなんと嫉妬深いと噂を流す。
その噂を聞いた誰かが、面白おかしく尾鰭をつけてまた噂を流すのだ。
そうして噂を半信半疑で聞いていた者も、ユーリカがカリム殿下に誰も近づかせない振る舞いを見て、噂を信じていく。
悪循環でどんどんユーリカの評判は地に落ち、今では誰もがユーリカを遠巻きにし、その言動を嫌な視線で見てはヒソヒソと噂する。
もちろん、ユーリカにも非があるだろう。
カリム殿下から令嬢方を執拗に遠ざけるのはやりすぎだ。
だが、ユーリカとしては自分のためではなく全てカリム殿下のためなのだ。
社交場やお茶会であまりにも人に群がられ大変な思いをされるカリム殿下の負担を少しでも減らして差し上げたい。ただ、それだけなのだ。
それはカリム殿下も理解しており、折々に触れユーリカを庇ってくださるのだが、またそれも逆効果だった。
お優しいカリム殿下が嫉妬深い婚約者を庇っているようにしか取られなかった。
お忙しいカリム殿下にこんな気遣いまでさせてと皆がユーリカに厳しい視線を向けた。
ユーリカはカリム殿下の婚約者としていつも毅然と前を向いて隣に立っているが、もうその心はボロボロだ。
噂に傷つかない訳がない。
それでも、カリム殿下の負担を減らしたい。
その一心だった。
少しでもユーリカの気が紛れるようにと、私も父上も母上もユーリカを誘いよく出かけた。
しかし、どこに行ってもユーリカには嫌な視線が付きまとう。
買い物をしているだけなのに、わがままを言って高価な物を買い漁っていると噂されてしまう。
私達もユーリカのわがままに振り回される愚か者と噂される。
ユーリカは私達のために、一緒に出かけるのを止めた。
カリム殿下と会う以外は屋敷に引きこもるようになってしまった。
もちろん、公爵家としても噂を消そうとした。
だが、当のユーリカがカリム殿下に人を近づかせない行為を繰り返すのだ。
噂が消える訳もなく、逆に娘の悪行を消そうと必死で気の毒な事だと笑われる始末だった。
ユーリカは自分のせいで私達にまで迷惑をかけてと自分を責めた。
そうして、ユーリカは心から笑う事ができなくなっていった。
しかし、その表情がホッと緩む時があった。
キャロからの手紙だ。
その手紙を読む時だけは肩から力が抜けて柔らかく笑みを浮かべた。
「ソル!いた!やっと見つけた!なんでこんな分かりづらい場所にいるんだい?」
息を切らせてハウルが俺に声を掛けた。
「すまない。何か用か?」
ダンスに誘われるのが煩わしく、私はバルコニーに出てシロにひまわりの種をやって和んでいた。
こんなに必死に私を探すという事は何か緊急事態か?
「キャロのダンスの相手が一人足りない。悪いが、踊ってくれないか?」
キャロにはユーリカがお世話になっている。
もちろん、否なはない。
「いいぞ」
私はハウルにシロとひまわりの種を渡した。
シロはハウルの胸ポケットに収まった。
「ありがとう。じゃあ、キャロと踊る注意事項を言うよ」
注意事項?ダンスに?
私は首を傾げたが、いたってハウルは真面目な顔をしている。
言っている内容も意味不明だった。
キャロに絶対合わせるなと?
普通ダンスは相手に合わせるものではないか?
巻き込まれるとは何に?
しかし、詳しく確認する時間がない。
もう曲も始まりそうだ。
そうして、所在なさげに立っていたキャロを見つけ私は声をかけた。
振り返り、安堵の笑顔を浮かべた彼女に私は驚いた。
元々容姿の整った幼児だったが、今まさに咲こうとしている花のように可愛らしさを残しつつ美しく成長していた。
フワフワとしたシャオラの花色の髪は艶やかで、その顔は春の陽射しのように愛らしく、ほっそりとした白く華奢な首筋に長い手足の美しい少女となっていた。
思わずその美貌に目を奪われた。
しかし、次の瞬間ガラガラと崩れた。
受け身は取れますか?って一体何の質問だ?
中身は変わらず昔のままと分かり嬉しく思う自分を不思議に思った。
そして、その嫋やかな手をとり踊り出す。
よく分からないがハウルに言われた通りキャロに合わさず、自分の踊りたいように大きく一歩を踏み出す。
キャロはすかさず私にピタリとついてきた。
全てを信頼され任されているような感覚に私は心地良さを感じた。
驚いた。キャロはダンスが得意なようだ。
しかも、私についてこられるほどの腕前だ。
私は嬉しくなり、斜めに開いたスペースに向けステップを踏みながら駆け出した。
すごい。これにもピタリとついてくる。
キャロとのダンスは思いのほか楽しかった。
いつも鬱々としていた社交場でこんなにも晴れ晴れとして気持ちになったのは初めてだ。
私は思う存分キャロとのダンスを堪能した。
最後に私の足にその足を絡めるポーズにドキリとしたが、そのままその華奢な体を持ち上げ最後の一音に合わせキャロの体を倒した。
しっかりとした体幹のキャロはその体勢でも美しくポーズを保つ。
最後までパーフェクトだ。
私は爽快感にキャロを離したくない気持ちになった。
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