その後のヴィゼッタ領
そうだ、その後のソロバンだが……これがとんでもない商品となってしまった。
ある日気づくと、ヴィゼッタ領に願いましてはエンナ〜リや九九の歌遊びが大流行していた。
しかも、子供達はソロバンに見立てた石でソロバンごっこまでしていたのだ。
おじいちゃん達も農作業に加われない分、子供達を見守りがてらソロバンを覚えてしまっていたし、他の大人達もだんだん農作業の合間の娯楽にまでなっていった。
娯楽の少ないヴィゼッタ領だ。
前世の子供達がゲームにはまるが如く、領民全てがはまりにはまりまくっていた。
そして、子供達はごく自然に驚異の暗算力を身につけた。
友達同士で10桁の暗算ごっこをする姿を見て私は驚愕に三度見してしまった。
実はピチカト商会とも悩んでいたのがソロバンの売り出し方だった。
ソロバンを売り出すにしても教えられる人が私とキリル、あとノットさん達と10人もいない。
しかも、みんな忙しい。
そのためソロバンはどんどん作るものの、なかなか売り出せずにいた。
そこに現れた救世主。
ヴィゼッタの領民達だ。
しかし、問題もある。
商人はいいとして、貴族相手に礼儀が分からない領民達では教えられない。
あと、その都度募集するのが面倒くさい。
貴族相手の礼儀についてはすぐに解決することができた。
暇を持て余していたミューレだ。
侍女頭も勤めたミューレが快く礼儀作法を指導してくれる事になった。
キャロライン商会の特別講師だ。
で、いっそ認定試験を作る事にした。
ソロバンと礼儀作法3級以上を取れたら指導できる資格制度を作り、無料で受けられる代わりに指導者登録をしてもらうのだ。
何となく人材派遣会社を思い出してキリルについポロリしたら、ギラギラしたキリルがあっという間に人材派遣部門を作ってしまった。
そうしてピチカト商会とも相談してソロバンの売り出しに1年の準備期間を置く事にした。
ピチカト商会とも商売が被らないよう、王都でのソロバンの売り出しはピチカト商会、ソロバンの指導はうちが有料で行う事となった。
ソロバンの指導もさっさとキリルが特許を取り、ついでに人材派遣のアイデアも特許で速やかに押さえてしまった。
キャロライン商会のみんなの有能さが素晴らしい。
そして、満を辞して売り出したらすごい事になってしまった。
あれだ、パチンコのフィーバーを思い出した。
考えてもみよう。
みんな計算には紙でカリカリ書いて苦労していたのだ。
そこにソロバンが現れた。
予想通り、まず商人と文官が食い付いた。
慣れるまでは大変だが、慣れてしまえば今までと比べ物にならないくらい楽で速くて正確だ。
慎重に様子を見ていた人達もソロバンが出来るようになった人達を見て、我も我もとソロバンに群がった。ある程度在庫を溜めていたのだが、あっという間に売り切れた。
ピチカト商会は笑いが止まらないし、ソロバンを卸すチャスさんは阿鼻叫喚だったようだ。
今ではソロバンを使わない商人はミンドル商会ぐらいだし、文官でソロバンを使えない人はいない。
そして、嬉しい事に人材派遣部門が大当たりした。
年末の書類作成に様々な貴族家から人材派遣部門に仕事が舞い込んだ。
しかも、この時期って農作業が一段落している時期で資格を持っている領民がこぞって出稼ぎに行けるのだ。
ウキウキの臨時収入だ。
そうこうしてヴィゼッタ領の経済が回り始めた。
私は貧乏だったうちの領民達が急に大金を手にして変わってしまわないか心配した。
しかし、全く問題無かった。
領民達は貧乏で大変な時期が長かった分、またいつかそんな日が来ないとは言い切れないと貯蓄と倹約を続けている。
しかも、助け合わなければ冬も越せない貧しさを味わってきたヴィゼッタの領民達は助け合いが息を吸うように当たり前だ。
孤児になってしまった子は村で総出で子育てするし、困った領民を助けるのが普通の感覚なのだ。
貯蓄倹約がモットーで助け合いは当たり前のヴィゼッタの領民が、大金のせいで身を持ち崩す人は出ようがなかったようだ。
そして、ソロバン販売開始の次の年、ピチカト商会に全ての借金を返し終えた――。
*****
『キャロ、ひまわりの種は持ったかの?』
「大丈夫、持ったよ。もし足りなくてもお兄様もいるし、いつでもひまわりの種作れるよ?」
『そうであるの。それにしても、いつの間にか敬語がなくなってしまったの』
ウメがやれやれとため息をついた。
「だって面倒臭いもの。そう言うウメだっていつの間にかキャロって呼んでるでしょ?」
私はクスクス笑ってウメを抱き上げた。
『随分、背が伸びたの』
「そうかも。去年の夏に急に伸び始めたよね」
私は自分の手足を見た。
『プクプクほっぺが懐かしいの』
「ウメのほっぺはプクプクのまんまだね」
私はウメのほっぺにスリスリした。
はぁ、柔らかい。
私は鏡に映る自分の姿を見た。
フワフワのピンクの髪は腰まで伸び、プクプクのほっぺはなくなりすっきりし、大きなアクアマリンの瞳に形よくすっと通った鼻筋、ちょこんと小さな唇はロージアの花の色だ。
白くスラリと長い手足に僅かに膨らみ始めた胸。
随分成長したものだ。
私、末端田舎伯爵令嬢キャロライン・ヴィゼッタ10歳。
とうとう来週、王城の夜会にデビューだ!
これにて第1章お終いになります。
ここまでお読みくださり、心から感謝です。
ありがとうございました。
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本当にありがとうございます。
次回から第2章、キャロライン10歳の物語に入ります。
一週間程お休みをいただき準備してから再開予定です。
どうぞ、もうしばらくお付き合いくださいませ〜m(_ _)m