お祖父様、格好いい!
「はい!これからも末永くよろしくお願いします」
「旦那様、提案なのですがヴィゼッタ領の借金をミンドル商会から借り換えいたしませんか?」
「それは可能ならしたいが、借りる先がないほどの金額なんだよ」
「ピチカト商会です。王都に行った時にノットさん達とソロバンの利権を抵当に借り換えをもぎ取ってきました」
「それは本当かい?」
「はい。ピチカト商会との商談をフィジマグ公爵様が間に入っていただけなければこの話はないものという事でしたので、先にお伝えできず申し訳ありませんでした」
ミンドル商会の借金はとにかく毎年加算されるその利息がとんでもなく高い。
それを借り換えられれば、毎年加算される利息が抑えられるから助かる。
だって、未だに利息しか払えていない。
正直、お兄様の代になっても利息分を払ってそうだ。
「キリル、ピチカト商会の利息はどれくらいなの?」
「無利息です」
「え〜!?」
家族で声が揃ってしまった。
無利息?無利息なの?何で?こちらに都合が良すぎて怖い。
「ピチカト商会は、なぜヴィゼッタ伯爵家が借金を負われたかご存知です。だから、元金のみで良いそうです。先代様に感謝を伝えて欲しいと言付かりました」
「そうか……」
お祖父様が静かに頷いて目をつぶり俯いた。
その体が小さく震えて、やがて嗚咽が漏れ始めた。
お父様が座るお祖父様の元へ行き強く抱きしめて、その姿を隠したがそのお父様の目も潤んでいた。
お祖母様はハンカチで目元を押さえ、お母様もお祖母様の元へ行きその背を優しく撫でた。そして、やはりお母様の目も潤んでいた。
私は訳が分からず、お兄様も見るとお兄様もボロボロ泣いていた。
そうか、借金の原因になった話をまだ私だけが知らないのだ。
「お父様。前にお父様は何があって多額の借金を負う事になったか、私が10歳になったら教えてくれると言ったけど、今私も知っておくべきだと思う。お父様、教えて」
お父様の目に迷いがあり、しばらく見つめ合う。
「父上、キャロが商会を率いるのですから話すべきです」
「……そうだな、少し早いが知っておいた方がいいかもしれないな。ソルフォード様はお父上から聞いていますか?」
「ああ、聞いている」
お父様は一つため息を吐かれて頷いた。
「本当はハウルと同じように10歳になってから話すつもりだったんだけどね……」
いやもう、あと3年待ってねは無理だ。
家族のみんなが泣くほどの事なのだから、きちんと知っておくべきだ。
「17年前にこの国で飢饉が起こったことは知っているね?」
私は頷く。
私が産まれるよりずっと前の事だ。
その年は稀に見る異常気象だった――。
芽吹きの月なのに雪が降り、水の月は雨が例年より降り続け、太陽の月は酷い猛暑で作物が一切育たなかったのだ。
その時、当時王太子だった今の王様が前王を説き伏せ、颯爽と国庫を開き蓄えを無償で民に分け与えた。
現王の英断に国民は深く感謝して、人気も鰻上りになったらしい。
飢饉の最中、前王が病になり隠居して現王が即位する事になったが国民みんなが歓迎したと聞いた。
「キャロのお祖父様は天気予報の魔法だろう?父上は魔法で事前に異常気象が起こる事を知って王家にすぐに進言したんだ」
お父様がお祖父様を見ると赤い目のお祖父様も頷かれた。
おお、お祖父様すごい。
お祖父様の天気予報の魔法は百発百中で、今でもうちの領地に欠かせない。
それで、王家は食糧を蓄えたのかな?
「でも父上の進言は信じてもらえなかったんだ。飢饉に備えるとしたら莫大なお金がかかってしまうからね」
「わしのような末端田舎伯爵家の当主の言う事じゃったからなぁ」
あれ?じゃあ、常に王家は食糧を蓄えていたってこと?
じゃなければ、あの飢饉で食糧なんて出せないよね?
「いくら言っても王家は馬鹿にして笑うだけで信じてくれない。万が一、飢饉が起こっても王家の備蓄があるから大丈夫だと言ったそうだよ」
では、やっぱり王家は備蓄があったという事だろうか?
「わしはヴィゼッタ領の分を備蓄していったんじゃ。領民にも農作物を蓄えておくように伝えて、伯爵家としても農作物の出荷を抑えて蓄えるようにした。その時、家の資産を大分使ったんじゃが領民の命には変えられないからの」
「私は学園で友人に備蓄するよう呼びかけたんだけど、笑われて終わってしまったよ」
きっとお父様は友人に必死で訴えた事だろう。
でもそんな大事なら王家から指示が出されるはずだと思われてしまったのだろう。
王家さえ信じてくれれば良かったのに……。
話を聞いているだけの私でも悔しいのに、お祖父様とお父様はどれだけ悔しく歯痒かっただろう。
「そしてあの異常気象が起きた。わしは王家が備蓄を出すと思っていたが、食糧はなかなか配布されなかったんじゃ」
は?王家は何してたの?
「それでロニドナラ侯爵家を始め、飢えに苦しむ近隣の領地の貴族家に父上は食糧を差し入れていったんだ。それに気づいた前王は父上を秘密裏に呼び出した」
秘密裏?何で?備蓄はちゃんとあるんだよね?
一気にきな臭くなって私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「前王は全ての蓄えを買い取るから王家に渡せと言ってきた。どうやら備蓄をしていなかったようなんじゃ」
え?備蓄なかったの?
まあ、無償で差し出せじゃないだけ良心的なのか?
「わしは国民を助けたいと思った。幸い自分達の分を最低限残して領地中からかき集めれば国民を助けられるだけの備蓄をしておったからな」
うちは国一番の農家の領地だから確かに可能だ。
「父上は領民達に頭を下げて自分達の分を最低限だけ残して買い集めたんだ。私も一緒に回ったけど、どの領民も快く差し出してくれたんだよ」
お祖父様は穏やかで今でも領民にも慕われている。
「さすがに領民全てから買い集めるのに伯爵領の資金だけでは到底足りなかった。その時どこから聞きつけたのかミンドル商会が金を貸すと申し出てきたんじゃ」
ミンドル商会はやたらとうちにでかい顔をしている、ノットさん達5人に意地悪した商会だ。
それで、ミンドル商会なんかに借金したのか。
「一年後から高い利息がつくけど、その前に返せば利息はいらないと言われたそうだよ。父上は王家が支払うという言葉を信じてミンドル商会に借金をしたんだ」
あれ?でも、王家が払うって言ったんだから大丈夫なはずじゃ……?
「それで買い集めた食糧と伯爵家で備蓄していた食糧を差し出した。それを現王は王家が備蓄していた物として宣言して配布したんだ。父上がした事はなかったことにされてしまった……」
え?どういう事?まさか王家はうちを騙したの!?
「もちろん、父上も抗議した。でも、飢饉の最中だったから王家を信じて書類は後回しにしてしまっていたから証拠もない。前の王様とのやりとりも人払いして父上だけだったから証人もいない。前の王様は知らんぷりしてさっさと隠居してしまったから、泣き寝入りするほかなかったよ……」
そして、あの莫大な借金が残ったのか……。
「我がヴィゼッタ伯爵家は名誉も何もなく、ただただ貧乏くじを引かされてしまった。でもね、父上はとにかく国民が助かって良かったって最後は笑われたよ」
ああ、優しくお人好しのお祖父様らしい。
「キャロも貧乏なヴィゼッタ伯爵家だと他の貴族家から下に見られ馬鹿にされるかもしれない。でもね、その貧乏を誇ってほしい。我がヴィゼッタ家はみんなの命を救ったのだから。そして、ピチカト商会のようにちゃんと分かってくれている人達もいることに感謝しよう」
お父様は赤く潤んだ目でしっかりと私の目を見つめて言った。
いつの間にか私もボロボロ泣いていた。
悔しいのと誇らしいのと心がごちゃ混ぜだ。
でも、はっきり言える。
確かにヴィゼッタ家は貧乏だ。
でもそれと引き換えにみんなの命が救われたのなら貧乏くじでもいいじゃないか。
ちゃんと分かっている人は分かってくれているのだ。
これから、また頑張れば良い!
「お祖父様、格好いい!」
「おう、キャロのじいじじゃからな!」
私はぐいと涙を拭ってお祖父様と笑い合った。
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