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平民騎士見習いジャックの独り言 後編

いいか!動くな!しゃべるな!息するな!お前は空気になるんだ!

 みんな地獄は死んだ後に見るものだと思っていなかっただろうか。

 俺もそうだと思っていた。

 だが、それは違う。


 地獄は生きてても見られるんだぜ……。




 休憩時間が終わってティアラミス様がすかさず模擬戦を提案した。

 嫌な予感しかない。

 しかし、不幸中の幸いな事に俺達平民はティアラミス様のチームだ。

 良かった。心の底から良かった。

 一方のルーベルトのチームになった貴族子息達は死相が見えた。

 良かった!俺、平民で良かった!

 俺達は安堵してお互いの肩を叩き合った。


 さあ、作戦タイムだ。

 

 おもむろにティアラミス様が拳を地面に叩きつけた。

 この世の終わりのような音がした。

 ああ、地獄に繋がる穴があいている。

 俺達はティアラミス様が火に飛び込めと言ったとしても従うだろう。

 だって、怖いんだよー!


「ではこの穴の前にこれくらい開けて盾を立てていってください」

「イエス!はい!」

 俺達はこんなに速く動けたのかという動きをした。

 人生で一番最速は間違いなく今だろう。


「ティアラちゃん、これ使える?穴の中にいっぱいどうかな?」

 キャロライン様がコテリと首を傾げて魔法で花を出した。

 彼女の魔法を使うお姿は神々しく清らかに見えた。

 が、その手には棘だらけの見たこともない花が。

「さすがキャロちゃん、素晴らしいですわ!」

 貴族令嬢怖い……。

 俺の心がシクシク泣いた。


「こちらとそちらに二箇所隠れる部分を作ってください」

 俺達は無我の境地でティアラミス様の指示通り穴をあけた時に出た土塊を使って1メートルの高さにどんどん積み上げた。


「この後ろに弓を持って待機。あなた達は弓が得意ですね」

「イエス!はい!」

 俺達は普段の生活の中で弓を使うので弓は得意だ。

 ティアラミス様は知っていてくれたのか。

 それはすごく嬉しかった。



 さて、実際の模擬戦だが――。

 もちろん圧勝だった。

 だってあいつらティアラミス様の予想通りの動きしかしないんだぜ?

 始まる前ティアラミス様は奴らを脳筋とおっしゃられた。


 阿呆みたいに盾を飛び越しては穴に自ら飛び込んでいく。 

 マジか?何でわざわざ飛び越える?盾の脇がいくらでも空いているだろう?

 嗚呼、これが脳筋、なんて哀れな生き物だろう……。

 俺はああはなるまいと誓った。


 そして、あれやこれやという間にルーベルト一人が残った。

「そ、そんな、馬鹿な!?」

 俺が言いたいよ。

 こんな馬鹿達に顎で使われてたの?

 有事の時はこんな馬鹿と一緒に戦うの?

 なあ、言ってもいいか?

 そんな馬鹿な!

 

 とうとうルーベルトの前にいい笑顔のティアラミス様が立った。

 そして次の瞬間ルーベルトの剣が根本からポッキリ斬られた!?


「ティアラ様がルーベルト様の剣を斬った!?」

 誰の声か?無意識にあげた俺の声だったかもしれない。


 俺の目でも微かにティアラミス様が剣を斜め上に斬りあげたらしい残像が見えただけだ。

 なんの力みも感じられない歴戦の達人の動きだった。

「なあ、見えた?」

「微かに?」

「あんなの騎士だって無理だろ?」

 

 あとはすぐさま勝負が決まると思った。

 

 しかし、違った。ここからが地獄の始まりだったのだ。


「ヒッ、こ、降参」

「もちろん将たる者が降参なんて無様は晒しませんね?」

 誰もが耳を疑った。

 え?降参を許さないの?

 確かに実際の戦場だったら将がみっともなくも降参したらふざけるなと思うけど、これ模擬戦だしどう見てもこちらの勝ちだしもう良くないか?


「言ったでしょう?ルーベルト様。地獄は死ななくても見られると」

 ティアラミス様からブワリと吹き出した殺気に俺達も地獄を感じた。

 本能的な恐怖にちびりそうだ。


 真ん前に晒されたルーベルトの恐怖を思うと想像に絶する。

 ラダン様!何やってるの!?止めないの!?魂飛ばしてる場合ではないよ!?


 そこからはまさに虎がネズミを痛ぶるようなものだった。

 ティアラミス様はとことんルーベルトを地獄を見せるおつもりなのだろう。

 ルーベルトのすぐ横の地面を拳で粉砕、地獄に続く穴をあけた。


 彼は哀れにも飛んで来た土塊と風圧に飛ばされてキャーと倒れた。

 ここで嘘でもいいから気絶すれば良かったのに、そこまで知恵も回らない奴はティアラミス様に頭を掴まれて持ち上げ立たされた。


「ちゃんとじっとしていないと砕けますよ?はあっ!」

 ヒィ!当たってる?当たってないの?皮一枚分の寸止めって人間にできるものなの!?

 どうしたらそんな風切り音か出るの!?

 怖い!絶対、対戦したくない。

 あれ当たったら冗談抜きで砕け散る。粉砕される!

 お願い、スピードアップしないでー!

 

 あまりの恐怖に永遠にも感じた時間、やっと最後の型だ。ティアラミス様は寸止めで蹴り上げ、鼻前で寸止めし、爪先でほんの軽くルーベルトの鼻先を押した。

 たったそれだけの動きだが、ルーベルトはへなへなと地面に尻をついた。

 その股座がじわじわと濡れ地面の色を変えていった。


「お漏らしだ」

 誰かの小さな声がシンとした訓練場によく響いた。

 ルーベルトは恥も外聞もなく泣き始めた。

 そんなルーベルトを前にしてもティアラミス様は容赦なかった。

 

 その後キャロライン様が必死にティアラミス様を止めてくださり、俺達も懇願した。

 こうして、やっと地獄が終わった。

 しかし、俺達はみんなこの地獄を忘れないだろう。


 その証拠に、これ以降ティアラミス様の指示はイエス!はい!一択になったのだから。


 

 

 ――さて次の騎士見習いの訓練の日、ルーベルトはオドオドと訓練場に現れた。

 貴族子息としてあれほどの惨めな姿を晒したのだ。

 ルーベルトは訓練場の隅で小さくなっていた。


 しかし、馬鹿にする者は誰ひとりいなかった。


 だって、俺達は生きながらにして地獄を見た同士だ!


 いや、あれは漏らすよな!誰でも泣くよな!


 俺も正直ちびったし泣きそうだったよ!


 お前よく来たよ。あんな目にあったのにすげーよ。


 ティアラミス様が訓練場に現れると奴隷の如く付き従うルーベルトの姿に何とも言えない思いが胸に広がった。


 俺達は温かい目で彼を見守った。


 


 


いいね、評価、ブックマークをありがとうございました。


明日はただモブの投稿をお休みします。


代わりに短編「会っても無視か嫌味を言って馬鹿にして笑う婚約者と結婚して幸せになれるか考えよう」を投稿する予定です。


「王太子が公爵令嬢に婚約破棄するのを他人事で見ていたら後日まさかのとばっちりを受けました」のスーザンのお話です。本編を読んでいなくても短編としてお読みになれます。

企画に参加したく番外編ではなく短編としての投稿です。


良かったらこちらも読んでいただけたら嬉しいです。


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html>   html>   好評発売中 ♪
― 新着の感想 ―
[一言] ティアラ様無双が兵たちに刻まれ、ションベルトも更生出来そうで何よりです。 逆にチャラいだけの花畑兄、阿呆スケベなだけのサントスだと半端だから反省するほど追い込まれてなくて変われてないのかな?…
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