平民騎士見習いジャックの独り言 中編
俺達は不甲斐ないお嬢様に呆れた視線を向けるのだった。
「キャロラインー!何をふざけている!?」
本日の指導騎士ラダン様の怒号が飛んだ……。
俺はラッキーな事にキャロライン様のすぐ後ろの位置だった。ルッツの目がずるいと言っているがこれが日頃の行いってやつさ!
前回の訓練で素晴らしい走りを見せたキャロライン様なので、今回の型の訓練ではきっとキレキレの型を見せるのだろうとワクワク見つめた。
が、どう見てもおかしい。初めてでもおかしい。動きがおかしい。
どこをどう見たらこんな型になるんだ!?
ヒョコッ、ヒョコッと気の抜けた擬音が聞こえるようだ。
ふざけている?いや、ふざけようと思ってもこんなにタイミングもずれて全く違う動きをする方が無理だろう。
あ、キャロライン様一人で後ろを向いてしまった。
目が合った。
気まずい。
とりあえず、笑顔を作ったが引き攣っていただろう。
やっと最後の型、キャロライン様は最早謎のポーズで止まった。
笑うな!俺!
しかし、とうとうラダン様が吹き出した。
ひでぇ、我慢してやれよ〜。
やっとこ休憩時間になった。
俺達はいつも通り平民で集まった。
今回の訓練で一番鍛えられたのは腹筋だな。
「ほい、飲み物」
「ありがとう」
ルッツに飲み物を手渡された。
「キャロライン様の動き」
「ブフッ、言うな!思い出すだろ?」
「お前、後ろだったもんな」
「でも、可愛かったよな〜」
「うんうん、変な踊りに見えたけどキャロライン様の必死な顔が可愛い過ぎだぜ」
前回の訓練でキャロライン様は俺達平民に大人気だ。
俺達はキャロライン様の話題で盛り上がる。
「なあ、今キャロライン様が1人だぜ。話しかけてみようぜ」
ミンクが鼻の穴を膨らませて言った。
お貴族様にこっちから話しかける!?
不敬じゃないか!?
ああ、でもこんなチャンスなかなかない。
前回はお兄ちゃんのガードが厳しそうだったし、今回はお嬢様がずっとべったりだった。
俺達は目と目を合わせて頷いた。
「あ、あの」
言い出しっぺのミンクが声をかけた。
「はい?」
キャロライン様がキョトンとこちらを見た。
くぅ!可愛い!
「あの、10周最後まで走り切られたお姿に感動しました!」
「ありがとうございます。でも、気絶してしまってご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
ヘニャンとキャロライン様の眉が申し訳なさげに下がる。
「いえ、私達もがんばろうと励みになりました」
ミンクに続いてルッツがよそいきの声で話す。
「私はキャロライン・ヴィゼッタと申します。どうぞ気楽にキャロとお呼びください」
小首を傾げフンワリと微笑むキャロライン様の愛らしさに俺達の顔が真っ赤になった。
「お貴族様を名前でだなんて」
「同じ騎士見習いです。気になさらないでください。というより普通に話す方が私も楽だから、みんなもいつもの話し方で大丈夫だよ?」
気さくに話してくださるキャロライン様に俺達はもうメロメロだ。
可愛すぎる!優しい!好き!
「ところで、何でみんなはティアラちゃんの指示にすぐ従わないの?」
キャロライン様とあのお嬢様は仲が良さそうだったから、お優しいキャロライン様は気になったのだろう。
「それはログナル様が従うなって。言う事聞かないと痛い目に合わせるとか脅されて、だから、その」
「それにいくら侯爵家の娘だからって弱い奴には従いたくないっていうかさ」
「うん。毎回泣きそうな顔で言われっぱなしの姿見ちゃうとなぁ」
お貴族様相手には当たり障りない事しか話さない俺達だが、キャロライン様には正直に話した。
「あ、ログナル様だ」
ミンクが慌てた声を上げた。
「やばい」
くそっ、せっかく楽しくしゃべってたのに。
ルーベルト様、いやもう様はいらないか、ルーベルトの奴を相手にすると面倒だ。
俺達は慌ててその場から離れた。
「おい」
ルーベルトがぞんざいにキャロライン様に声をかけた。
助けたい気持ちはあるがお貴族様を前に俺達は無力だ。
「あ、ねえ、そういえばこの動きを教えてほしいな」
が、キャロライン様はルーベルトに気づかないのか俺達の方にやって来た。
俺達は慌ててまた距離を取った。
ルーベルトがキャロライン様に近づく。
「あれ〜、分からないなぁ」
キャロライン様が俺達に近づく。
あ、これ、わざとだ。
キャロライン様もルーベルトを相手にするのが面倒なのだろう。
これを何度か繰り返したが、とうとうルーベルトにキャロライン様が捕まってしまった。
「おい、まずくないか?」
「うん」
「どうする?ラダン様を呼ぶか?」
俺達がモタモタしているうちに信じられない事にルーベルトの野郎がキャロライン様を泣かせた!?
詳しいやり取りは聞こえなかったが自分より小さな、しかも女の子を泣かせるなんてとんでもない野郎だ。
男の風上にも置けない。
「俺はまだ何も」
「キャロ、ちっとも悪い事してないのに何で責めるの?ひど〜い。ぴえ〜ん」
しかも、言い訳までして責任逃れをする気か!?
「ひでぇ〜」
「ありえねぇ〜」
「最低〜」
「女の子普通泣かすか?」
「う〜わ〜、ねぇわ〜」
思わず非難の声がこれでもかと上がった。
さすがに普段は金魚の糞のようにルーベルトにくっついてる貴族子息達もササッとルーベルトから離れた。
その時だ。
「誰?一体誰ですの?キャロちゃんを泣かせたクソ野郎は?」
それはそれは低い殺気のこもった声が。
え?お嬢様?
目で人を殺せそうだ。
「あなた達?」
俺達は必死でブンブンと首を振った。
首元に剣を当てられた心地だ。
怖〜、首大丈夫?切れてない?
「それでは、あなた達?」
ルーベルトの取り巻き達もブンブンと首を横に振った。彼らも同じ心地だろう。
俺達は平民と貴族だ。
しかし、初めて心がピタリと一つに合わさった。
助かるには生贄が必要だ!
そして、揃って一斉にルーベルトを指差したのだった。
「そう。やっぱりルーベルト様。フフフ……ルーベルト様は、地獄は死ななくても見られるって知ってます?」
お嬢様、いやティアラミス様の意識から外れて、俺達はやっと恐怖から解放され詰めていた息を吐き出した。
怖ぇ〜。戦場に丸腰で立たされた心境だった。
俺は鳥肌の立った腕をさすった。
「キャロちゃん、休憩時間がなくなってしまいます。行きましょう」
ティアラミス様が吹き出す殺気を消してキャロライン様の腕に腕を絡めた。
そう、今のうちに俺達は気配を消して離れよう。
ゴクリと生唾を飲み込みルッツ達と目と目で頷いた。
「おい、まだ話は」
ヒィ!ルーベルトが声を張り上げた!?
お前死にたいのかよ!?死にたいんだな!?
俺達がもっと離れてからにしてくれよ!
ティアラミス様から吹き出すその殺気に俺達は息もできない。
少しでも音を立てたら殺られる。
俺は空気だ。この無色透明の目に見えないものに溶け込むんだ。
俺達は初めて無我の境地に辿り着いた。
「話は……何もございません」
そうだ、ルーベルト。それが正解だ!
いいか!動くな!しゃべるな!息するな!お前は空気になるんだ!
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