フワまもへの第一歩
王都の神殿で女神様の祝福、楽しみだ。
いよいよ、今日は神殿で女神様の祝福を受ける日だ。
私はお父様と辛うじてうちにあるおんぼろ馬車に乗って、半日かけて王都に来た。御者は日雇いだ。
うちは執事も侍女もメイドも料理人も下男も必要な時に日雇いである。
普通の貴族は前の日から王都に一泊して神殿に行くものだが、うちにそんな余裕はない。
ちょっと大変だが日帰りで行くことになった。
ウメはさすがに今日はお留守番だ。
最後まで一緒に女神様にご挨拶に行くと騒いで大変だったが、レトがパクッと咥えて連れて行ってくれた。
賢いレトに感謝だ。
神殿の馬車停めに着き、私は馬車から降りてささっと髪とドレスを整えた。
ドレスはお母様が今日のために手直ししてくれた明るい水色のドレスだ。綺麗な純白のレースも付いている。
髪は下ろして、余ったレースでリボンを作って飾りにしてみた。
フワフワピンクの髪に純白のリボンはよく合う。
お父様達は可愛い可愛いと私をたくさん褒めてくれた。
目の前の神殿はお城みたいにドドーンと大きくて、それでいて華やかというよりは厳かなといった雰囲気だ。
神殿の中に入ると案内の神官さんがいて、私はお父様と手を繋いで女神様の祝福の儀の広間に向かった。
中はステンドグラスがいたる所にはめ込まれていて神秘的だ。
案内された祝福の間は、体育館ほどの広さだろうか。
前に壇上があり、そのすぐ下に長椅子が二列並んでいた。壇上の後ろは総ステンドグラスで、前に鎮座する天井まである大きな女神像の後光のようだ。
すでに20名ほどの子供達が中にいて、ワイワイといくつかのグループになりおしゃべりをしていた。
きっと私と同じく女神様の祝福を受ける子供達だろう。
「じゃあ私は待機室で待っているからね」
「はい」
お父様は私の頭を撫でると出て行った。
私はドキドキと中に進んだ。
みんながなぜか私を見てザワリとする。
何だろうと小首を傾げていると、5人グループの女の子達が近づいてきて私のドレスを見て鼻で笑った。
「ご機嫌よう。私はマルケット伯爵家令嬢イザベラですわ。平民は祝福を受けられませんわよ」
綺麗な黄色のドレスを着て、オレンジ色の髪をツインテールにした一番偉そうなイザベラちゃんが言った。
クスクスと周りが笑う。
私はあ゛!?とケンカを買いかけて踏み止まった。
そんな声を貴族が出してはいけない。
というか女の子がそんなケンカ腰では前世と同じだ。
私はフワフワ守ってあげたい系の女の子を目指すのだ。
これはその第一歩だ。
で??フワフワ守ってあげたい系の女の子の言動とは??
私は前世の友達を思い出してみる。
駄目だ、奴らはみんな同類だ。
背中に喧嘩上等のTシャツを着た仲間だ。
参考にならない。
「黙ってないで挨拶なさいよ」
「ご機嫌よう……。私はヴィゼッタ伯爵家令嬢キャロラインです」
頭の中でフワフワ、フワフワと考えながら挨拶したので小さな声になってしまった。
フワフワ守ってあげたい系女子の言動ー!!
わからなすぎて涙目になる。
そうだ、何かテレビで観たアイドル達!
それを真似よう!
「おい、止」
「ひど〜い、どうして意地悪言うのぉ?キャロ、泣いちゃう。ぴえん」
私はそう言って泣き真似をした。
いつの間に近くにいたのか、何か言おうとしていた男の子の声と被さった。
だが、私にそれを気にする余裕はない。
どうだ!この渾身のフワフワ守ってあげ、長くて面倒だな、略してフワまも言動はどうだ!?
チラリと泣き真似の手をずらして見てみる。
何だろう?みんなの顔が引き攣っている?
近くに来ていた男の子がスッと何事もなかったように遠ざかって行った。
あ、知り合いと間違ったか。あれ、恥ずかしいよね。
私にケンカを売ってきたイザベラちゃんは何かを言いかけて口を閉じた。
気のせいか、何かを訴えるような目で私を見ているような?
もう一声を待っている?
まだこれでは足りない?
もう一押し?
何かが今、イザベラちゃんと通じ合った気がした。
「あんまり意地悪言うとプンプンだぞぉ」
プクッとほっぺを膨らませる。
これでどうだ?
イザベラちゃんと一緒にいた子達が一斉に彼女から距離を取った。
うんうん、意地悪な子の仲間と思われたくないものね。
イザベラちゃんは涙目で周りを見回すが、みんな目を逸らした。
で、後は何も思いつかない。
見つめ合う私とイザベラちゃん。
遠巻きに見つめる子供達。
この空気どうすれば!?
「お待たせいたしました。ただ今より、女神様の祝福の儀を始めます」
まさに神のタイミングだった。
女神様、ありがとう!
*****
私は伯爵令嬢イザベラ・マルケット。
お母様のお話では、今日神殿で女神様の祝福を受ける貴族の中で一番位が高いのは私なのだそうですわ。
だから、私が一番偉くて注目されるでしょう。
案の定、近くにいる御令嬢達に名乗るとみんな私の機嫌を取ってきましたわ。
何て良い気分かしら。
しかし、それを脅かす存在が現れましたわ。
綺麗な純白のレースの飾りリボンを付けた淡いピンクのフワフワした髪、春の青空のように澄んだアクアマリンの瞳、唇はロージアの花びらのように柔らかな紅で、みんなその清純な可愛らしさに感嘆の声を小さくあげました。
みんなの注目が私からあの子に移ります。
このままでは私の負けでは?
お母様はおっしゃっておりましたわ。
貴族はマウントを取ってなんぼと。
私は早速その女の子の粗を探しました。
すぐに見つけましたわ。
そのドレスは流行遅れで、何回も袖を通しています。
貧乏貴族ですわ。
「ご機嫌よう。私はマルケット伯爵家令嬢イザベラですわ。平民は祝福を受けられませんわよ」
周りで私の機嫌を取ってきた子達がクスクス笑いました。
バッチリですわ。
女の子はフルフルと震えました。
その様子は、何とも言えず可憐で悔しい気持ちになりました。
「黙ってないで挨拶なさいよ」
「ご機嫌よう……。私はヴィゼッタ伯爵家令嬢キャロラインです」
女の子は涙目になりながら、震える小さな声で一生懸命答えました。
その姿はいじらしく庇護欲を誘います。
とうとう、様子を見ていた御令息の数人が女の子を守ろうと意気揚々と鼻穴を膨らませてやって来ました。
何よ!これじゃ、私が悪者みたいじゃないですの。
「おい、止」
「ひど〜い、どうして意地悪言うのぉ?キャロ、泣いちゃう。ぴえん」
私を止めようとした御令息の声に被って女の子が言いました。
え?
一気に女の子のフワフワした庇護欲くすぐる可愛いらしさがガラガラと壊れました。
空気が凍ったのを感じますわ。
そして、何と言う事でしょう……その中心にいるのはあの子と私!?
女の子を守ろうと意気揚々と来たはずの鼻穴膨らませた御令息達はスッと遠ざかりました。
見事な危機回避ですわ。
思わず、ずるいと声を出しそうになりました。
どうしたら、どうしたら良いのでしょう。
私、この女の子の残念な渦に巻き込まれてますわよね!?
嗚呼、お願い。これ以上何もしゃべらないで。ストップですわ!
私は祈るような気持ちで女の子を見ます。
女の子の目が分かったと言っているような気がしました。
今、私達通じ合いましたわね?
「あんまり意地悪言うとプンプンだぞぉ」
いえ、全く通じ合ってないですわ!
女の子はアホの子のようにそう言って、プクッとほっぺを膨らませました。
全く私の祈りは伝わってません。
思わず遠い目になった隙に、ご機嫌を取っていた子達がささっと私から距離を取りました。
待って、置いて行かないで。私とこの子を二人にしないで。
私は助けを求めて周りを見回しましたわ。
これだけ人がいて誰とも目が合わないとはどういう事でしょう!?
唯一目が合ってしまった女の子と私は見つめ合うことになってしまいました。
それは永遠に感じる時間でした。
もう、これは走って逃げるしか!?そう思った瞬間でした。
「お待たせいたしました。ただ今より、女神様の祝福の儀を始めます」
ああ、女神様ありがとうございます!
私はこの先、マウントなんかとらず、人に優しく生きていきますわ。
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