平民騎士見習いジャックの独り言 前編
平民騎士見習い君視点のお話です。
「聞こえませ〜ん!」
ああ、また始まったとうんざりしたように同じく平民の騎士見習いのルッツと目を合わせた。
ルッツも鼻に皺を寄せてうんざりした顔をしている。
今まで俺達騎士見習いをまとめていたイリアス様がバラニカ学園に入学し、代わりに妹であるティアラミス様がその立場に立った。
このお嬢様、今まで人見知りが激しいとか馬鹿な理由で碌に訓練にも参加していない箱入り温室育ちってお嬢様だ。いつもオドオドと自信なさげに揺れる瞳に、指示を出すその声も小さく頼りない。
6歳とはいえ、武の侯爵家のお嬢様がこれかと失望に近い気持ちがした。
イリアス様は女好きが玉にキズではあったが、明るく人懐こく平民と貴族分け隔てなく声をかけまとめあげていた。俺達より4歳年下だが、侯爵家の跡取りだし俺達は当たり前に従っていた。
有事の際は俺達をまとめるのはロニドナラ侯爵家で、この小さなお嬢様も例外ではない。自分の命を預けなくてはいけないのに、自分の下である貴族子息達にいいようにされる姿を見ると冗談ではないと思ってしまう。
「ティアラミス様〜、もっと声出さないと〜」
これが貴族かと思うような品なく笑う貴族子息と、それを煽動するルーベルト様のニヤニヤと意地の悪い顔に胸糞悪くなる。しかし、それ以上にこのか弱いお嬢様が腹が立ってしょうがなかった。
「じゃあ、私が代わりに指示を出して差し上げますね。平民〜、訓練場の整備〜!」
ロニドナラ侯爵家の者でもないただの親戚のルーベルト様が偉そうに俺達に命令する。お嬢様の婚約者候補だとかいうが俺達には関係ない。
何でこんな奴の言う事を聞かなくてはならないのか。
イリアス様がいた頃はみんなで訓練場の整備をしていたのに、今は訓練前の整備も訓練後の片付けも全て俺達平民の仕事になってしまっている。
「あ、あの、整備はみんなで」
「おら、早くしろよ!」
お嬢様の小さな声なんか聞こえないかのように俺達にルーベルト様が怒鳴る。
俺達はバレないように諦めのため息を吐いていつものように整備を始めた。
「あ、あの、みんなでやった方が早く終わるので……」
口の中でもごもごしゃべるお嬢様の話など誰も聞こえないふりをする。本当にもっとしっかりしてくれよ。
俺達は整備しながらうんざりした視線をお嬢様に向けた。
小さくフルフル震え、今にも泣きそうな顔のお嬢様の姿に失望しか浮かばなかった。
「今日はよろしくお願いします!」
フワフワのピンクの髪を高い位置でひとつに結び、大きなアクアマリンの瞳に形の良い鼻、紅く小さな唇の、キラキラ輝くような可愛らしい女の子が元気に挨拶した。
ヴィゼッタ伯爵家のキャロライン様だ。
前に訓練に参加した時は、縁談目的のお嬢様とそれに付き合うお兄ちゃんと思って苛立ち睨んでしまった。
俺達は生活がかかっていて真剣に訓練に参加しているのにチャラチャラと来やがってとみんながピリピリとした嫌な雰囲気だった。
しかし、この兄妹がすごかった。
多分キャロライン様への嫌がらせだろう、この広い訓練場を10周走れと言ったレティライト様に普段から走り込みをしている平民である俺達もマジかと思った。
案の定、普段から訓練の甘い貴族子息達からバラバラと脱落し、平民達も少しずつ脱落していく中、2人は最後まで走り切ったのだ。
貴族令嬢が汗だくになって気絶するまで走り切った姿に俺達はみんな感動した。しかも、訓練に参加した理由は縁談目的なんかではなく領民や家族を守りたいという思いからだと言うではないか!
キャロライン・ヴィゼッタ様は俺達平民の騎士見習い達にとって崇拝し、尊敬すべき御令嬢だ。
そのお姿に俺達のテンションが久しぶりに上がった。この澱んだ空気が一気に澄んだ気分だぜ!
しかし、そのウキウキとした気持ちは一瞬で萎んだ。
「み、皆さん、整列してください」
お嬢様のいつもの細く頼りない声だ。
もっと腹から声を出せばいいのに。
一応俺達は動く素振りだけは見せる。
相手は腐っても頼りなくても貴族のお嬢様だからね。
変に逆らってると思われるとこちらが不利だ。
だが、すかさずルーベルト様がわざとらしい咳払いをした。
はあ、やれやれ。くだらない貴族のいざこざに巻き込まないで欲しいぜ。
俺達はオロオロとした雰囲気を出してやり過ごす。
「聞こえませ〜ん」
ああ、また始まった。本当に胸糞悪いお貴族様達だ。
だが、いつもと違った。
俺達はオロオロした雰囲気でやり過ごし、貴族子息達がしつこくお嬢様に聞こえませ〜んとやる流れを澄んだ高い声が止めた。
「私にはしっかりティアラ様のお声が聞こえますが、ここにいる騎士見習いの方々はお耳に何か詰まっているのではないですか?」
キャロライン様だ。
「部外者は黙っていろ」
「何でこんなに小さな声が聞こえてティアラ様のお声が聞こえないのか不思議です。あ、小さな独り言です」
ルーベルト様に臆する事なくキャロライン様が冷ややかに言った。
だが、いつもと違うのはここまでだった。
「おい、平民!さっさと整備しろ!」
「は、はいっ」
ああ、またいつもの流れに戻ってしまった。
俺達は不甲斐ないお嬢様に呆れた視線を向けるのだった。
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