地獄は死ななくても見られると言ったでしょう?
「再び右手を挙げたらまた後ろに待機。そして――」
最初の何も考えない突っ込みで貴族子息10人のうち4人しか残っていなかった。
本来なら一度陣地に戻り、体勢を整える事がセオリーだ。
しかし、負けるはずのない平民騎士見習い君達にやられた彼らはくだらないプライドが邪魔をして、撤退などできなかった。
「始めの策がうまくはまっただけだ!怯むな!進めー!」
しかも、ルーベルトからまさに脳筋といった何にも考えてないただの力押しの指示がとぶ。
「おおー!」
無謀にも4人は突っ込んで来た――ティアラちゃんの以下同文。
ティアラちゃんはサッと手を挙げ、2本指、3本指を出す。
その指示に土塊を積んだ所で待機していた平民騎士見習い君達が2人組、3人組となり、あっという間に貴族子息達に模擬戦用の剣で斬りかかる。
ちなみにこの模擬戦用の剣は弓同様斬っても怪我もしない痺れるだけの優れものらしい。
私達は誰一人欠けることなく無傷で残っている。
という事はどうなるか?
数の暴力ってやつになる。
1人に対して2〜3人で対峙できるのだ。
いくら魔法が使えるといっても、相対する平民騎士見習い君達は平民の中でも見所があるから騎士見習いの訓練に参加しているいわばエリートだ。
私も3メートルほど積み上げた土塊の上の旗の前から模擬戦用の剣を振るう子息達の前に、お邪魔虫よろしく眼前にロージアを出しまくる。
ロージアを出すのはもうお手のものだ。
「うわっ!花が!?よく見えない!ギャッ!」
もう貴族子息達は肉体強化の魔法を使ってもフルボッコだった。
あっと言う間に模擬戦用の剣で斬られて痺れて動けなくなっていく。
貴族子息達のこの負けっぷりはさすがにやばくないだろうか?
ラダン様の貴族子息達を見る目が怖い。
しかし、1人運良く抜け出して私の立っている旗の前に飛んで来た。
そう、真っ正面――ティアラちゃんの以下同文。
標的はここだよ!打てー!な真っ正面。
これは外しようがない。
バサバサとロージアをぶつけ飛んで来た子息を旗の前に落とす。
もちろん、前に落としただけではすぐに反撃に手を伸ばすだろう。だって、目標の旗は目の前だし。
しかし、この土塊の山、私の立っている所と子息が落ちた所は似ていて全く違ったりする。
私の所は崩れないように土塊を積んでいるのだが、その少し前は土塊は表面だけ、中身は砂が積んであるだけだ。
そんな所に足を乗せたら?
「わあぁぁ〜!」
貴族子息は蟻が蟻地獄に落ちていくように私の前から消えていった。
しかも、その下はこれまた2メートルほどのティアラちゃん作の大きな穴が。
辛うじて顔だけ出して埋まっている所をすかさず平民の騎士見習い君が容赦なく弓で射った。
そして、あっという間にルーベルト1人が残ったのだった。
「そ、そんな、馬鹿な!?」
本当にそんな馬鹿だったね。
見事に何も考えずGo!だったもの。
あっけに取られるルーベルトの前にゆっくりティアラちゃんが前に進み、模擬戦用の剣を彼に向けた。
ティアラちゃんがまるで愛しい人に向けるような笑みを浮かべた。
そしてルーベルトと剣が合わさる?と思った瞬間、まるでプラスチックのオモチャの剣が根本から取れて壊れたようにルーベルトの剣は根本から取れていた。
え?模擬戦用の剣壊れてた?
というか、何が起こったの?
瞬きしたら、ルーベルトに向けていたはずのティアラちゃんの剣がまるで斜め上に斬り上げたように空を向いているよ?
「ティアラ様がルーベルト様の剣を斬った!?」
平民の騎士見習い君が恐怖の声を上げた。
え?斬ったの?斬れる物なの?
いやいや、そんな脆い物じゃないから恐怖の声なんだよね?
「ヒッ、こ、降参」
「もちろん将たる者が降参なんて無様は晒しませんね?」
ティアラちゃんがニッコリ退路を断った。
ルーベルトがグッと降参と言いかけたのを飲み込む。
こんな風に言われて降参宣言は貴族にはできない。
「言ったでしょう?ルーベルト様。地獄は死ななくても見られると」
愛を囁くように甘やかなティアラちゃんの声が、虎が咆哮のように聞こえた。
ああ、とうとう幻聴まで聞こえたよ……。
そこからはまさに虎がネズミを痛ぶるようなものだった。
わざわざティアラちゃんは模擬戦用の斬られても痛くないお優しい剣を捨てた。
そう、捨てたの。
拳でいった。
まずは恐怖を存分に与えるようにルーベルトの横の地面を拳で粉砕、落とし穴の時の比でない穴をぽっかりあけた。
ルーベルトは飛んで来た土塊と風圧に飛ばされてキャーと乙女のような悲鳴をあげた。
ティアラちゃんは倒れたルーベルトの頭を掴んで持ち上げて立たせるとニッコリ笑った。
「ちゃんとじっとしていないと砕けますよ?はあっ!」
そして、気合いの声と共に全て寸止めの空手の型のように先程の私が全く出来なかった基本の型をルーベルトに向けた。
寸止めといっても1ミリの寸止め、ビュッ!とかビャッ!とか鋭い風を斬る音に加えて、だんだん速くなっていくの。
あれだ、手を広げて小刀で親指の外側から指の間を順番にいって返ってトントンやるあれの恐怖感と似ている。
ヒェ〜。最早ルーベルトは訓練用の藁人形のようだ。
その顔色は藁色じゃなくて土気色だけどね。
倒れたらあの拳が当たると思うとルーベルトは倒れる事もできない。
最後に寸止めで蹴り上げ、鼻前で寸止めし、爪先でピッと鼻を蹴った。
鼻が赤くなる程度の蹴りだが、ルーベルトは力が抜けたようにへたり込んだ。
その股座がじわじわと濡れ地面の色を変えていった。
「お漏らしだ」
誰かの小さな声がシンとした訓練場によく響いた。
「う、う、うぇ〜ん」
土気色だったルーベルトは真っ赤になって泣き始めた。
「泣く前にする事があるでしょう?さあ、早く地面に額を擦り付けてキャロちゃんに謝罪しましょうね?」
ティアラちゃんが聖母のような微笑みを浮かべた。
ああ、虎が、虎が見える……。
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