奴らは脳筋です
私はチワワを前に舌なめずりした虎の幻が見えた気がした。
右の陣地がルーベルトチーム、左の陣地がティアラちゃんチームで別れる。
お互い赤と青の旗を1本立て、それを先に奪うか相手を全滅させた方の勝ちとなる、魔法もあり、何でもありの模擬戦だ。
ラダン様が訓練場の真ん中に魔道具を置いて起動の呪文を唱えると、半透明の仕切りが現れて左右を区切った。
これで互いの事は見えないし、音も聞こえないそうだ。
作戦タイム1時間を取った後に開始となる。
ティアラちゃんチームは平民の騎士見習い達のチームなので、魔法が使えるのはティアラちゃんと私だけだ。
どう見てもティアラちゃんチームの方が不利だ。
しかし、平民の騎士見習い君達は誰一人不満も不安も言わない。
だって、心底ティアラちゃんのチームで良かったと思っているもの。
いや、というよりティアラちゃんの敵にはなりたくないと本能が訴えている。
ティアラちゃんが作戦を話し始める。
もちろん誰も否と唱える事なく、何故とも聞かない。
完全に上官と下級兵士のそれだ。
平民の騎士見習い君達は、全てにイエス!はい!と揃った気持ちの良い返事を繰り返した。
その動きも無駄なくキビキビとスピーディーだ。
ちょっと前までティアラちゃんに従うのはなぁなんて言っていた彼らと同一人物とは思えない素晴らしく従順で素直な返事と動きだった。
どんどん訓練場の地形が変わり、罠が張り作っていく。
私も遅ればせながら魔法を使って協力する。
「これで準備は良いでしょう。みんな、配置につきましょう。さあ、楽しい地獄の始まりです」
ティアラちゃんが心底楽しそうにうっそりと微笑んだ。
あ、また虎が見える。タシーンタシーンと尻尾を楽しげに振っているね……。
私達?もちろん、イエス!はい!一択だ。
*****
笛の合図と共に魔道具で出した半透明の仕切りが消えた。
「行けー!」
ルーベルト様の怒号と共に取り巻きの子息達が一斉に突っ込んで来た――ティアラちゃんの予想通りに。
「こんな盾で止められるものか!」
横一列に並んだ10ほどの盾を前に取り巻き子息達が馬鹿にしたように言った――ティアラちゃんの予想通りに。
盾と盾の間は隙間が大きく開いているのにわざわざ次々と飛び越えていく――以下同文。
「ギャー!落ちる!痛!刺さった!?」
次々に面白いように穴にはまっていく。
端から見ているとまるで自ら落とし穴に飛び込んで行くようだ。
ごめんね、その穴は私のせいで痛いよ?
ティアラちゃんはスッと無言で右手を挙げる。
すると1メートルほどの高さに土塊を積み上げた後ろから音もなく平民騎士見習い君達が飛び出し、それぞれ無表情で穴に向けて弓を構えて射る。
模擬戦用の弓は魔法が掛けてあり、刺さると痺れて動けなくなる仕様で、そうなったら実戦だったら死んでたねという事になる。もちろん、模擬戦が終わるまで痺れて動けないまんまだが、怪我はしない優れものだ。
ティアラちゃんは再度右手を挙げると平民の騎士見習い君達はスッと土塊の向こうに消える。
その一糸乱れぬ動きは練度の高い熟練の騎士のようだ。
踏みとどまれたのは半数。残り半数は穴で痺れて動けなくなっていた。
指導騎士のラダン様は危険がある場合はすぐ対応できるよう構えていた。
間違いなく、気弱なティアラ様を、戦力外の私を、魔法を使えない平民騎士見習い君達をいつでも助けられるようにとの配慮のはずだったろう。
しかし、蓋を開ければ全く逆の様相だ。ラダン様は口をあんぐりと開け何の言葉も出なかった。
――ちょっと時間を戻し、作戦タイムの様子を見てみよう。
「奴らの頭は筋肉です。きっとルーベルトを陣地に残し、後は何も考えずみんなで突っ込んでくるでしょう」
ティアラちゃんは冷え冷えとした瞳で言った。
そうか、脳筋って生き物か。
ティアラちゃんはおもむろに立ち上がり、はあ!っと掛け声と共に右拳を地面に叩きつけた。
ドゴン!と地面が揺れ土塊が飛び散り、もうもうと砂埃が舞う。
それを横並びに10回繰り返した。
少しの間の後砂埃が収まると3メートルほどの穴がぽっかりあいていた。
え?ここの地面すっごく硬いよね?
こんな拳一つで穴ってあくの?
ティアラちゃんは特に痛がる事もなくパンパンと手についた土をはらった。
その手にはもちろん傷一つない。
えー、これは騎士の普通?
私は騎士見習い君達を見た。
みんな顎が外れそうなくらいあんぐり口を開けている。
そうだよね、違うよね!
「ではこの穴の前にこれくらい開けて盾を立てていってください」
「イエス!はい!」
速やかに見習い君達が立てていく。
「きっとあの脳筋達は後ろにあなた方がいると勘違いしてこんな盾で止められるかとか阿呆な事を言って、これみよがしにこの盾を飛び越え自らこの穴に落ちるでしょう」
そうか、阿呆なのか。
あ、いい事を思いついた!
私は一つの花を見本に出す。
「ティアラちゃん、これ使える?穴の中にいっぱいどうかな?」
「さすがキャロちゃん、素晴らしいですわ!」
私は穴の底が隠れるようアザミを出していった。
アザミは学校の帰り道によく生えていたから魔法ですんなり出せる。
これトゲトゲで痛いんだよね〜。
「こちらとそちらに二箇所隠れる部分を作ってください」
「イエス!はい!」
騎士見習い君達は本当に無駄のない良い動きだ。
穴をあけた時に出た土塊を使って1メートルの高さにどんどん積み上げる。
「この後ろに弓を持って待機。あなた達は弓が得意ですね」
「イエス!はい!」
これは勢いのイエス!はい!ではなく本当に得意なのだろう。
平民は自ら森や山で弓で狩りをするからね。
「私が右手を挙げたら、穴に落ちた獲物を射なさい」
「イエス!はい!」
容赦ないね……。
「再び右手を挙げたらまた後ろに待機。そして――」
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