虎だ
しょうがないので私はルーベルトに向き合った。
さあ、ざまぁが始まります ♪
さて、避ける事もできない相手にどうするか?
前世の私なら喧嘩を売られたら買っていただろう。
喧嘩上等!倍返しだ!
しかし、それでは前世の私と変わらない。
私はもうフワまも女子なのだ。
そう、ここは華麗にフワまもで、ケンカは買うのではなく売らせないのだ。
「おい、お前。俺の邪魔」
「やだ〜!怖い〜!キャロ、泣いちゃう〜。ぴえ〜ん」
どうだ!これぞ、フワまもの真髄。
泣き真似だ。
泣いている相手に何か言うと、何故か自分がどんどん悪くなっていく恐怖の技だ。
ちょっと注意したら泣き始めた後輩のフワまもちゃんのせいで、怖〜!きつ〜!可哀想〜!の3Kで何度責められた事か。
あ、思い出すと目から汗が……。
「俺はまだ何も」
「キャロ、ちっとも悪い事してないのに何で責めるの?ひど〜い。ぴえ〜ん」
だからこそ、この威力を身をもってよく知っている。
平民の騎士見習い君達がその様子を見て、女の子を泣かせてる、ひど〜、最低〜とヒソヒソ始めた。
ルーベルトの周りにいた子息達はさすが貴族、サッと彼から距離を取り関係ないっぷりでそっぽを向いた。
「違う、俺は何も!おい、お前ら!見てただろ!?」
ルーベルトが必死で周りに声をかけるが、もちろん誰も目を合わせない。
ルーベルトが彼らに近づこうとすると、彼らはその分距離を取る。
よしよし、華麗に喧嘩を回避したね。
私は今のうちにルーベルトに話しかけられない距離まで離れよう。
しかし、ここで思いもかけない事が起こった。
「誰?一体誰ですの?キャロちゃんを泣かせたクソ野郎は?」
それはそれは低いドスの効いた声がした。
そこには両手に飲み物を持ったティアラちゃんが立っていた。
あ、あれ?ティアラちゃん?
私はティアラちゃんらしくない声に、後ろに誰かいるのかと彼女の後ろをそっと覗き見た。
もちろん、誰もいない。
「あなた達?」
ティアラちゃんが平民の騎士見習いの子達を見た。
彼らは必死でブンブンと首を振る。
「それでは、あなた達?」
今度はルーベルトの取り巻き達を見た。
ティアラちゃんを見て、あれほど馬鹿にしたうすら笑いを浮かべていた彼らは恐怖に引き攣った顔でブンブンと首を横に振った。
そして、みんな揃って一斉にルーベルトを指差した。
「お、おい!お前ら!」
ルーベルトが慌てた顔でみんなを見回すが、まるで魔獣を前に自分が助かるために新たな獲物を差し出すが如く、彼らは必死で指差し続けた。
その瞬間、ティアラちゃんの顔の上半分が日差しの具合のせいか黒く見えた。
「そう。やっぱりルーベルト様。フフフ……」
フフフが上からではなく、地の底からトグロを巻くように聞こえた。
「ルーベルト様は、地獄は死ななくても見られるって知ってます?」
今までの黒々とした雰囲気を一新、ティアラちゃんがこてりと可愛らしい笑顔を浮かべて首を傾げて言った。
しかし、その背後には目の錯覚か虎が見えた。
え?地獄?あれ?虎?いや、気のせいか?
「キャロちゃん、飲み物をどうぞ。休憩時間がなくなってしまいます。さあ、行きましょう」
ティアラちゃんが優しく私に声をかけ飲み物を渡し、私の腕に腕を絡めてルーベルトに背を向けた。
「おい、まだ話は」
命知らずなルーベルトは懲りずに声を張り上げた。
敵ながら死に急ぐなと言いたい。
ティアラちゃんがゆっくりと振り向く。
そのまま無の表情でルーベルトを見つめた。
あ、虎だ。虎が尻尾をピシリピシリしながらルーベルトの周りをゆっくり旋回する幻が見える。
これだけの人数がいるのに物音ひとつしない。
呼吸の音すら止まり、自分の心臓の音だけがバクバク耳で鳴る。
それは永遠にも一瞬にも感じられた。
「話は……何もございません」
ティアラちゃんはそのまま見つめる。
ルーベルトの汗が尋常ではない。
ガクガクブルブルと震え、顔が土気色だ。
それ人間の顔色じゃないよ!?
ねえ、息してる!?
ティアラちゃんは私に腕を絡めたまま、ゆっくりルーベルトから離れて行った。
そして、虎の幻はゆっくりルーベルトを尻尾でピシリとやってスーッと消えた。
え?ティアラちゃんの魔法?
いやいや、ティアラちゃんの魔法は肉体強化だよね?
ヒィ!怖い!何で虎の幻が見えたの!?
*****
「ラダン様、お願いがございます。是非、模擬戦を希望いたします」
休憩後、ティアラちゃんがすかさず言った。
さほど大きな声ではないのに不思議とその声はよく響いた。
「模擬戦か。ティアラミス様からのご提案とは珍しい。みんなはどうだ?」
ティアラちゃんがゆっくりみんなを見回した。
その目が言う。
返事はイエスかはいだよなぁ!?と。
「イエス!はい!是非、模擬戦をやらせていただきたいです!」
ルーベルト以外の、みんなの腹からの声が訓練場に気持ちよく揃う。
「そうですわ!ルーベルト様とそのご友人達、私とこちらの平民の騎士見習い達でやるのはどうでしょう?」
ティアラちゃんがいいアイデアを思いついた風にポンと手を叩いてみんなを見回した。
その目は、もちろんイエスかはいだよなぁ!?と言っている。
「イエス!はい!是非それでお願いします!」
「戦力差が大きいよう気もするが、みんなが納得しているのならそれでやろう」
ルーベルトの取り巻き達は涙目で助けてと私を見た。
無理!
私は視線を逸らし、そっと空を見た。
こんなに綺麗な青空だったんだね。
「何を勝手な」
ルーベルトが慌てて口を開くが、ティアラちゃんがすかさずラダン様に聞こえないように小さな声で被せる。
「もし、私が負けましたら婚約の話をお受けします。でも、負けたら額を地面に擦り付けてキャロちゃんに許しを乞うてくださいね?」
私が言うのも何だけど自分の婚約を賭けにしちゃ駄目だと思うよ。
そして、そんな土下座の謝罪は重すぎる。
「その勝負受けましょう」
ルーベルトは後悔するなよと私達にだけ聞こえる小さな声で言った。
ねえ、やめた方がいいよ?命大事だよ?
私はチワワを前に舌なめずりした虎の幻が見えた気がした。
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