キリルと掛け算
あ、ちょっと早まったかも?
話し合いの結果、キリルはひと月お試しで私の侍女兼メイドをしてもらう事となった。
普通メイドと侍女は全く仕事内容が違うので兼任なんてありえないのだが、うちは家族でメイドの仕事も全てしなくてはいけないからね……。
炊事洗濯などなどをみんなで分担している貴族家は、ヴィゼッタ家くらいじゃなかろうか。
キリルは、このひと月の間に私が魔法で出したお花を使って自分のお給金を稼ぐ事が継続的にできると示せればそのまま採用、できなかったらきっぱり諦める事を契約書に交わした。
だいたい銀貨10枚が目安かな?
もちろん契約書には、もしキリルが侍女兼メイドはきつい無理という場合もひと月でおしまいと織り込まれている。
ミューレとライラは私達に深く頭を下げ帰って行った。
キリルの気持ちがよく分かるライラはキリルを応援しているようだ。
ミューレはちょっと考え込んでいたから何か思う部分があるのだろう。
「キリル、今日からよろしくね」
今日のキリルは脛丈の水色のお仕着せにフリフリのついた白いエプロンをつけている。
水色のお仕着せは状態維持の魔法をかけて仕舞い込んでおいた物で、エプロンはお母様が昨日縫った物だ。
昨日行き倒れていた時のキリルは、自分で適当に髪を切ったせいで短いざんばら髪だったが、ライラが帰る前に綺麗に整えたので清潔感があるショートカットだ。
榛色の一重のクリッとした瞳にまん丸眼鏡のこりすのような可愛らしさのあるキリルにとても似合っている。
「はい。よろしくお願いいたします。キャロラインお嬢様」
「キャロラインお嬢様だと長いからキャロで良いよ」
「はい。キャロ様」
「じゃあ、早速魔法でお花を出そうか?」
「いえ、まだ大丈夫です。もう少し妄想、じゃなくて考えをまとめてからお願いします」
妄想って言いかけた?
「あの、キャロ様はロージアのお花以外のお花も出せるのですよね?」
「うん。私が知っているお花で一番ロージアが高いからロージアを出すことが多いだけで知ってるお花なら何でも出せるよ」
「では、ロージア以外のお花でもよろしいのですよね?」
「もちろん、いいよ。私が出したお花を使って、毎月キリルが自分のお給金分のお金を稼げれば大丈夫」
「分かりました。ありがとうございます」
今日は午後からノットさん達の初めてのソロバンのお勉強会だ。
「ソロバンの勉強会とは何ですか?」
「うーん、私のソロバンは見本で渡してしまったから説明が難しいのだけど、ソロバンという道具を使った計算の練習会だよ。見た方が早いかな?」
「分かりました。何か準備する事はありますか?」
ノットさん達に出した宿題の状況を見て掛け算に入ってしまうつもりだ。
「じゃあ、この紙に書いてあるものを写してもらっても良い?」
「かしこまりましたって何ですかこれ!?お金の匂いがしますー!」
キリルがエサを前にして腹ペコペット状態だ。
「これお金の匂いするの?」
「はい!」
とってもいいお返事だ。
でも掛け算はこの世界にない物だから取り扱い注意だ。
「キリル、あのね。もしお金の匂いがしてもそれが莫大な利益や影響が大きい物だとうちの領地がプチってされちゃうから気をつけてね?」
「プチッ?」
「そう。うちの領地は末端貧乏田舎伯爵家だからね?目をつけられたらプチッてされちゃうかもしれないから、何かする前には私やお父様達に相談してからにしてね?」
「了解いたしました」
うん、これで大丈夫だろう。
「それで掛け算とは何ですか?」
「キリルは計算はできる?」
この世界の計算は足し算と引き算の事だ。
「もちろんです。計算できないとお金の良さを肌で感じることができません。得意です!」
キリルが得意なら私と一緒に教える方に回れるね。
キリルは商業学校を卒業しているから頼りになりそうだ。
早速、掛け算と割り算を覚えてもらおう。
もし、お給金分稼げなかったとしても知っていて損するものではないしね。
「掛け算は計算を楽にするためのものだよ。例えば、ここに2個ずつ木の実が4カ所にあるとするでしょ?」
私は今日の勉強会に使う予定の木の実を2個ずつを4つ並べる。
「はい」
キリルが興味津々で覗き込む。
「これは2+2+2+2って事だよね?」
「はい。あ、でもこれがお金ならパッと答えが頭に浮かびます」
キリルの頭の中を一回覗いてみたい。きっと9割お金が詰まっていそうだ。
「これを掛け算でやると2個ずつの木の実が4つあるから、2×(かける)4って表すの」
私は紙に2×4と書く。
「で、はい、この紙見て」
「あ、これと同じですね」
キリルが九九表の2×4=8と書いてあるを部分を指差す。
「そう。読み方も書いてあるからこれを呪文のように唱えていけば覚えやすいよ。これ全部覚えておいたら楽だと思わない?」
キリルがブルリと身悶えた。
「す、す、すごいです!ゾクゾクです!」
「キリルも覚えておいてね」
「こんな素晴らしい事を無料で教えてもらっても良いのですか?」
「キリルにも教える時に手伝って欲しいから覚えてくれると助かるよ」
「はい!喜んで!」
キリルはどこかの居酒屋風に元気に返事をしたのだった。
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