行き倒れの少年の正体
「お嬢〜、お嬢〜、行き倒れでさぁ!」
ノットさんにおぶわれた行き倒れの少年はそのままうちに運ばれた。
ノットさんは私にソロバンの事を聞きに来る途中で行き倒れた少年を見つけたそうだが、また出直すと帰って行った。
見た目は山賊のようだが優しいおじさんだ。
「あれ?ウメ、この子見覚えあります。うーん、出そうで出ない?」
私は少年の眼鏡を外してベッドサイドテーブルにのせて、ベッドで眠る少年の顔を見て首を傾げた。
『その子供は男の子の格好をしているが、女の子であるな』
ウメがさほど興味なさげに言った。
ん?女の子?
あ!キリルだ!
短い髪に惑わされてすぐに分からなかったが、よくよくその顔を見たらキリルではないか。
黄緑色の髪をばっさり短く切った、王都のお屋敷のメイドのキリルだ。
そう、暇を持て余した私の話し相手になってもらったり、ロージアの花を売りに行ってもらったり、いろいろお世話になったあのキリルだ。
侍女頭のミューレの孫であり、美容担当の侍女のライラの娘のまだ12歳の女の子だ。
確か、ライラは雇われている伯爵家に戻り、キリルは引退したミューレと王都の端のお家で暮らしているのではなかったか?
何故髪をこんなにばっさり短く切って一人でうちの領地に行き倒れているのだろう?
「キャロ、ノットさんから連絡をもらったわ。行き倒れていた少年はこの子?」
領地の畑に魔法を使いに行っていたお父様とお母様が、連絡をもらってすぐに帰って来た。
「お父様、お母様、それがこの子キリルみたいなんだけど……」
2人はギョッとして寝ているキリルを覗き込んだ。
「本当にキリルだ」
「何でここに?」
「もしかして、ライラ達に何かあって助けを求めて来たとか?」
「いや、2人からは元気にやっていると手紙をもらったばかりだ」
うーん?謎だ。
「うーん?」
私達の声がうるさかったのかキリルが起きたようだ。
母親譲りの榛色の瞳がパチリと開いた。
みんなに覗きこまれたこの状況に目をパチパチさせた。
「えーと?眼鏡メガネ」
キリルは起き上がり、眼鏡を探して布団の上に手を彷徨わせる。
私はベッドサイドテーブルに置いた眼鏡をキリルに渡した。
「ありがとうございます」
キリルはスチャッと眼鏡をかけて私達を見回すとヒエ〜と小さな声をあげた。
「だ、旦那様方!?じゃあ、ここはヴィゼッタ領のお屋敷?無事着いた!?あ、言葉遣い」
キリルは転がるようにベッドから降りて土下座した。
「こ、ここに、キャロラインお嬢様の側に置いてください〜」
え?私!?
「キリル、とにかくどういう事が説明なさい」
お母様がキリルを立たせてベッドに戻す。
「ミューレとライラはあなたがここにいる事を知っているの?」
キリルが気まずげに首を横に振った。
え?黙って来ちゃったの!?
「あなた!早くミューレとライラに連絡を入れてください」
お父様が慌てて部屋を飛び出した。
多分、緊急用の通信魔道具で連絡するのだろう。
「キリル、私の側に置いてってどうして?」
「お嬢様、私はお金儲けが好きなんです。こよなく愛しています」
ごめん、ちょっと意味が分からない。
「お嬢様と過ごした日々が忘れられません。毎日お嬢様が魔法で出したロージアを売りに行って一割をいただいて。本当に夢のような毎日でした」
あ、それはお母様の前で言ったらまずい奴。
「キャロ?」
「ピャ!ごめんなさい。ちょっとお小遣い稼いでました」
お母様に睨まれて速やかに謝る。
「ちゃんと大人に言ってからやらないと駄目よ?」
「はい。次回から気をつけます」
「キリル、それだったら何もキャロじゃなくても王都にいてどこかに働きに出ても良かったのではないの?」
「いいえ」
キリルが厳かに首を横に振った。
「キャロラインお嬢様はお金の匂いがします!」
本当ごめん、この子は何を言ってるの?
お母様も頭に手を添えて首を横に振っている。
「何もないところから魔法でロージアを出してお金に変える。本当に素晴らしいです」
「えっと、楽してお金を稼ぎたいなって事かな?」
「違います!そんなのはロマンがありません!」
キリルが目をクワッと開いた。
瞳孔が開いてる!?
「いいですか!?いかにお金を稼ぐかのプロセスがゾクゾク〜ッとするのです。今回は時間が限られていたので、お嬢様が魔法でロージアを出して私が売りに行くだけでしたが、もっと時間があればもっと稼げました。何通りも方法が浮かんで私はずっと幸せでした。それが!お嬢様と離れ離れになってしまってからの虚無感と絶望感と言ったら……」
キリルはそこで言葉を失ってハラハラと泣き始めた。
どうしよう?全く同情心が起きない。
「もう、限界でした。片時もお嬢様から離れていられませんでした」
『キャロライン、此奴から少し離れた方が良いのではないか?』
私はウメをギュッと抱きしめて一歩後ろに離れた。
怖いんだけど!?
「キリル、一回深呼吸しましょうか?落ち着いて?」
お母様かそっと私を後ろに隠す。
「ミューレ達と連絡が取れたよ。捜索願いを出すところだったみたいだ。明日には来るそうだ。って、どうかしたかな?」
連絡がついて部屋に戻ったお父様は、怯える私と目を爛爛と輝かせるキリルと困った顔のお母様の異様な空気にちょっと後ずさりした。
「嫌です!帰りません!お嬢様のお側を離れたくありません!」
ヒィー!ミューレー、早く回収してー!
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