お兄様との別れ
忘備録
⭐︎ノット→キャロラインにソロバンを教わっている、山賊のような見た目だけど眉が八の字の気の優しいおじさん。
社交シーズンも終わり領地に帰って一週間、お兄様がいない生活にも慣れてきた今日この頃。
私はいつもお兄様と薪を集めていた森にゴルとレトとウメと来ていた。
ひと通り薪を集めた私は少し森から出た蓮華の野原でゴロンと横になって休憩だ。風が柔らかく花の匂いを運び、空は薄い雲と青い空が混ざり私とお兄様の瞳の色のようだ。
ゴルがクワリ欠伸して寝そべり、レトは蝶々を追いかけて飛び回っている。
ウメは私にお腹に乗っかってダランとして可愛い。
はぁ、平和だ〜。
『あの日のキャロラインはすごかったの』
おもむろに、ウメがニヨニヨと笑いながら言った。
私はバッと起き上がる。
ゴロンとウメが転がり落ちるがそれどころでない。
「やめてー!忘れてー!本当にお願いします!」
私は思い出しては、ギャー!と赤面するのだった……。
――思えば、私のそばには産まれてからずっとお兄様がいた。
領地を回るのも一緒。
遊ぶのも一緒。
おうちの手伝いをするのも一緒。
おはようから始まって、おやすみまでお兄様と呼べばすぐに声が届く距離にお兄様がいた。
お母様はお父様と共に領地のお仕事がお忙しかったから、私はお兄様に育てられたと言っても過言ではない。
私のおしめを一番多く替えたのもお兄様だし、離乳食を食べさせてくれたのもお兄様だし、泣いたら真っ先に抱きしめてくれるのもお兄様だった。
私が初めてしゃべった言葉はもちろん"にいに"だ。
社交シーズンが終わり、私達が領地に帰る日からお兄様はバラニカ魔法学園の寮に入る事になっていた。
それは別に昨日今日決まった事ではない。
ずっと前から聞いていた事だ。
うちの領地からじゃ遠いから、お兄様が寮に入る事は私もちゃんと理解していた。
今思うと、お世話になったミューレ達と前日にお別れできたのは本当に幸いだった。
そう、私はちゃんとお兄様が寮に入る事は分かっていたし、理解をしていた。
でも、実感はしていなかったのだった。
お屋敷を状態維持の魔法で閉じ、ミドラ君を肩に乗せたお兄様が大きな荷物を持って、お父様とお母様に学園に行くご挨拶をしているその姿を見たその瞬間。
私は急に実感してしまったのだ。
お兄様がいなくなると……。
ジワジワと視界が滲む。
ヒウヒウと変な息が漏れる始め、私の足元のウメが不思議そうに見上げた。
「ピ」
『ピ?』
ウメが首を傾げる。
「ピッギャア゛〜!!!!やだやだやだやだ、お兄様、いが、いがない゛で〜。ピギャア゛〜〜〜」
私は大音量で泣き始めたのだった……。
涙と鼻水で顔中が大洪水だ。
『キャ、キャロライン?如何した?大丈夫か?』
その泣きっぷりはあのウメがオロオロするほどであった。
いや、本当にミューレ達が前日に帰っていて良かった。
家族以外に見られていたら、もう穴を掘って絶対出ない自信がある。
お父様とお母様はやっぱりねと顔を見合わせていた。
「キャロ?ハウルに行ってらっしゃいしよう?太陽の3の月になったら会えるから」
お父様が私を抱っこするが、私は大暴れだ。
「お、お、おに゛〜ざま゛がい゛い゛〜、おどうざま嫌い゛〜!ピギャア゛〜」
『キャロライン、おち、落ち着くのだ』
下からウメがオロオロと声をかけるが無理だ。
「キャロ?ハウルが寮に入らなくてはいけないのは分かるわよね?」
お母様が優しく頭を撫でるが無理だ。
だってお兄様が行ってしまう。
びっくりした顔で私を見ていたお兄様が大きな荷物を下に置き、その上にミドラ君を乗せた。
そしてお父様に抱っこされている私においでと手を伸ばす。
「ヒウッ、ヒウッ」
やっと大好きなお兄様に抱っこされ、くっつく事ができて少し落ち着く。
「よしよし、キャロ、大丈夫だよ」
私は離れないようにお兄様の首にギュッとしがみついた。
お兄様がトントンと背中をあやす。
「父上、母上。決めました。僕は領地から通います」
お兄様がはっきり宣言した。
領地から?通う?
「いやいやいや、王都まで半日かかるのに無理だよ?」
「こんなにキャロが泣いているのに寮になんか入ってられません!」
お兄様の剣幕に、逆に私は冷静になっていく。
「領地から通うのは夜中に家を出て、夜中に帰って来て、寝ないで行くようだよ!?」
「そんなの授業中に寝れば大丈夫です」
え?学園に寝に行くの?
「そうだ!いっそ病気になった事にして学園に行くのはキャロに合わせましょう!」
グッドアイデア風にお兄様が言った。
さすがにそれは駄目な事と私でも分かった。
「お、お、お兄様!ごめんない〜!キャロはもう大丈夫!ちゃんと行ってらっしゃいできる!太陽の月まで我慢できる!」
「キャロ、別にいいんだよ?」
お兄様の目が本気だ。
私はブンブン首を横に振った。
「じゃあ、お兄様、いっぱいお手紙を書いてくれる?そしたら、本当に大丈夫」
「うん。いっぱい書くよ。キャロも書いてくれるかい?」
「もちろん!」
お兄様はコツンとおでこを合わせた。
「キャロ、離れていても大好きだよ」
「うん!キャロも大好き。お兄様、心配かけてごめんなさい。行ってらっしゃい」
――こうしてやっとお兄様は学園に向かい、私達は領地に帰ったのだった。
「もう本当にウメ、忘れてくださいね!?」
私はゴルとレトの背中に拾った薪をいれた籠を乗せ、ウメを抱きあげておでこを合わせる。
ウメはクックッと笑って返事をしてくれない。
まだまだ揶揄う気のようだ。
私はやれやれとため息をつき、ウメを薪の上にポイッと乗せて家に帰ろうとした。
その時、遠くから私を呼ぶ声がした。
随分慌てている様子だ。
「お嬢〜、お嬢〜、行き倒れでさぁ!」
「えー!?」
ノットさんの背中に誰かがおぶわれていた。
短い黄緑色の髪のメガネをかけた華奢な少年?
はて?この子どこかで見たような?
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