ユーリカとお出かけ 前編
引き続き、ユーリカちゃん視点です。
「ねえ、私に手紙は来てない?」
専属侍女のリタに訊ねる。
「ヴィゼッタ様からまだお返事は来ておりません」
「べ、別にキャロラインのお返事を待っているわけではないわ」
「失礼いたしました」
リタがスッと頭を下げる。
濃い緑の髪をきちんとシニヨンに纏め、背筋をいつもピンと伸ばし、その黒い瞳は常に冷静な20歳の侍女だ。彼女は元は王城に勤めていたので、その所作も洗練されている。
カリム様が王子妃になった時に新しく侍女を付けるより、慣れた侍女が良いだろうと公爵邸に寄越してくださったのだ。とても頼りになる侍女だ。
「ユーリカ、今日もお店を回るのか?」
「お兄様、もちろんよ」
お手紙を出したのは一昨日だから、まだキャロラインから返事は来ていないが来てからでは間に合わない。
最高のお店を案内するのだ。
それにはちゃんと自分で確かめなくては!
「リタ、準備して」
「かしこまりました」
「私も行こう」
「今日はリタと行くわ」
お兄様が今学園に行く準備でお忙しい事は知っている。
それでも、昨日は一日中私と一緒に回ってくれたのだ。
「そうか」
心なしかしょんぼりした声だ。
「ほ、本当は一緒に行ってほしいけど、お出かけに一緒に行けなくなったら嫌だから今日は我慢する。お兄様も今日は学園の準備を頑張って」
肩を落として部屋に戻るお兄様の背中に声をかけて、私は急いで自分の部屋に戻った。
だって、恥ずかしいもの。
「リタ、どこかお勧めのレストランはある?」
「王都で一番有名なのはザーマズです」
「じゃ、そこをまず見に行くわ」
「王族の方も好んで行くレストランですので確認の必要はないかと思われます。他にもお店を見て回るのですよね?」
「そうよ。キャロラインに素敵なお店を案内するの」
「でしたら、全てのお店を回るよりザーマズ周辺のお店を中心に回られてはどうでしょう?近くにはバラニカ学園もありますし、近くのお店を紹介した方が喜ばれると思います」
確かに、キャロラインのお兄様の事を考えると学園近くのお店を知っておけると助かるだろう。
「リタ、そうするわ」
私はバラニカ学園のある南側の大通りのお店を回ることにした。
ザーマズは王族も行くというレストランなら回らなくても大丈夫だろう。
その分、他のお店を回ろう。
*****
とうとう今日はキャロラインとお出かけの日だ。
馬車に乗ってヴィゼッタ伯爵邸に向かうとドキドキしてきた。
キャロラインとはずっと手紙のやり取りをしていたが、会うのは半年ぶりくらいだ。
本当は迷惑に思っていたりしないだろうか。
本当は私の事を嫌がっていないだろうか。
だって、私はわがままで意地悪なところがあるもの。
緊張と不安で胸が苦しくなる。
「ユーリカ?緊張しているのか?」
「き、緊張してない」
強張った私の顔を見てお兄様が声をかけてきた。
「大丈夫だ。今日のために一生懸命お店も調べたのだろう?」
そうじゃない。キャロラインは私とのお出かけを嫌がっていないか心配になってしまったのだ。
でも、本当の事を言ってお兄様を困らせたくない。
私は頷く。
ヴィゼッタ伯爵邸に着くと、私達は柔和な笑顔の家礼に出迎えられた。
応接室に案内されると、すぐにヴィゼッタ伯爵がやって来た。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞ本日はよろしくお願いします」
白金の髪を緩く後ろにまとめた萌葱色の瞳の整った顔立ちの優しそうな男性がキャロのお父様のようだ。
ドルモンドで会った事があるが、あの時はすぐに公爵邸に知らせにいってしまいあまり印象に残っていなかったが、雰囲気がキャロラインによく似ているように感じた。
お兄様とご挨拶をした後は、護衛達から今日の日程を伝える事となった。
私達は先にエントランスホールに向かった。
「ユーリカ様ー!」
元気な声で名前を呼ばれ、見上げると階段でブンブンと腕を振り満面の笑みのキャロラインがいた。
どう見ても、とても嬉しそうだ。
キャロラインはその笑顔のまま勢いよく階段を駆け下り、思い切り蹴つまずいた。
まだ高い位置だ。
階段からキャロラインの体が放り出されるように落ちていく。
隣のお兄様が咄嗟に落ちて来たキャロラインを抱きとめ、勢いを受け流すように後ろに倒れた。
周りが騒ぐ中、私はあまりの出来事に固まって動けなかった。
それなのにキャロラインは能天気にお兄様にすまんでござると謝ったりしている。
「キャロライン、大丈夫!?」
やっと声が出た。
びっくりしすぎて、緊張やら不安は全てふっとんだ。
「はい、大丈夫です。ごめんなさい。ユーリカ様に会えて嬉しすぎて急いじゃいました」
キャロラインはヘラリとした気の抜けた顔で笑った。
「そ、そう。それでは、しょうがないわね。気をつけなさい」
その半年前と変わらない笑顔にどうしようもなく顔が緩んだので、ツンと顔を横に向けたのだった。
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