女難
私達は学園に向けて出発した。
そう、女難に向けて……。
ヒエ〜!女難の相が当たってしまった。
お兄様達にワラワラと押し寄せる競歩の御令嬢達の姿に私とユーリカちゃんは震え上がった……。
――時を遡る事ちょっと前、私達はバラニカ魔法学園に着いた。
近くで見るとますます立派で美しい。
上がまるんとしていてエメラルドグリーンでアラビアンなお城のようだ。
「すごく綺麗」
「うん、もうすぐ僕はここに通うんだね」
初めて見る学園にお兄様も目をキラキラさせていた。
ウメ達もお散歩がてらすぐそばを歩いている。
ミドラ君とシロはウメの上だけどね。
「お兄様、中も見たいわ」
ユーリカちゃんも興味津々だ。
コリムがユーリカちゃんの足元で楽しそうに跳ね回っている。
中に入って少し行った時だった。
「見て!氷の騎士様よ!あ、白金の天使様もご一緒よ!」
え?氷の騎士様?白金の天使様?何?
声を聞きつけた御令嬢達がわらわらとあちこちから競歩のように近づいてくる。
お兄様達の顔が恐怖に引き攣った。
――そして冒頭。
淑女は走ったら駄目だから?
でもその勢いは淑女として許されるの?
私は踏まれないようウメとミドラ君を抱き上げお兄様達から離れた。
ユーリカちゃんもコリムとシロを抱きしめ、私の隣に避難している。
「キャー!麗しいですわ」
「何てお可愛らしいのかしら!」
あっと言う間に囲まれそうになる。
「女難の相?」
私が思わず呟いた言葉を聞いて、走っていないのにスーッと高速移動で近づき、増えていく御令嬢方に呆然としていたお兄様達はハッとされた。
「女難だ。ハウル、避けねば!」
「はい。ご武運を!」
お兄様達は走って御令嬢達から逃げ出した。
肉食の生き物に背中を見せて逃げてはいけないと聞いたことがある。
多分、この行動は悪手だったのではなかろうか。
逃げるものを追うのは肉食系の性だ。
御令嬢達も一斉に追い始めた。
今度はガチの走りだ。
どんどんその背を追う人数が増えて行く。
アイドルを追いかける熱狂的なファンのようだ。
あまりの喧騒に呆気に取られてしまったが、お兄様達が見えなくなってハッとした。
た、大変だ!
「お兄様達が大変だわ!追うのよ!キャロライン!」
「はい!」
護衛さん達も御令嬢が相手では何もできないようだ。
「護衛さん、ウメ達をお願いします」
私とユーリカちゃんはウメ達を護衛さんに任せると、お兄様達の後を追った。
御令嬢の数がどんどん増えていく。
これは大丈夫なのだろうか?
「キャロライン、みんな何故お兄様達を追っているの?」
逃げるものを追うのは肉食系の性なんだよとは言えず、私も首を傾げておいた。
やっと集団に追いつくと、御令嬢のキャーキャー騒がしい声が響いている。
「本当ですの?氷の騎士と白金の天使様に触れることができたら婚約者に選んでもらえますの!?」
「誰かが言ってましたわ!」
え?何でそんな話に!?
というか、氷の騎士様はソル様として、白金の天使様ってもしかしなくてもお兄様!?
「お兄様を捕まえた人が婚約者になってしまうの?そんなの嫌よ!」
「いやいや、公爵家はそんな婚約者の決め方しないですよね?私もお兄様にそんなんで婚約者が決まったら嫌ですよ!」
やっと集団に追いつくとお兄様達はソル様が魔法で出した2階ほどの高さの氷の山のてっぺんにいた。
てっぺんは6畳ほどの広さのようだ。
御令嬢がわらわらと氷の山を登っては滑り落ち、その上を踏み登りと、淑女とは?と聞きたくなるような有り様だ。
「お兄様!」
ユーリカちゃんがソル様を呼ぶ。
「ユーリカ!危ないから離れていろ」
私達は下からハラハラと見るしかできない。
魔法もユーリカちゃんは火だから殺傷能力が高すぎて使えないし、私の魔法も役に立たない。
あ、風魔法を使って1人の御令嬢が登りきった。
団子鼻で、ずんぐりした体格のオレンジの髪の、私と同じくらいの年の女の子だ。
うーん、どこかで見たような?
「グフフ!やりましたわ!ああ、どちらの婚約者になればいいのかしら!?グフ!決めましたわー!」
御令嬢がソル様に突進する。
サッとソル様が華麗に身を翻して避ける。
御令嬢も負けていない。
猛然とまた突っ込む。
わらわら登ろうとしていた御令嬢達も登るのを止めその攻防を見守る。
御令嬢が突っ込む。
ソル様が避ける。
また突っ込む。
避ける。突っ込む。
あ、この動きは。
駄目よ、キャロ!失礼すぎる!
でも、でも、どうしようもなく口がムズムズする。
そして、とうとう私はその動きに合わせて鳴いた。
「ブッモー!」
「ブッモー!」
アハハハ!マタドールみたい!
ユーリカちゃんもプッと笑って、私と一緒にブッモーと鳴く。
お兄様はしれっといつの間にか私達の隣にいた。
あそこは闘牛場のようで危ないからね。
しっかりお兄様もお腹を抱えて笑っている。
周りの御令嬢達もプッと笑い出した。
私とユーリカちゃんの声がソル様にも聞こえたのだろう。
ソル様はスルリとワインレッドのネッカチーフを外して広げた。
御令嬢が突っ込む。
赤いネッカチーフが翻る。
マタドール!
そして勝負がついた。
「ブホッ」
ソル様がその不機嫌な顔から一転笑い出した。
眉間の皺が無くなり、柔らかな表情だ。
陽の光を受け後光が差しているように見える麗しさだ。
今だ!私はその周りに魔法で花を散らす。
どうだ!麗しさ倍増だろう!?
下から見ていた御令嬢達が、次々と尊いと呟いては顔を真っ赤にさせ地面に崩れていく。
そして、もろにその笑顔を間近で見てしまった闘牛令嬢は真っ赤な血潮を鼻からプーッと吹き出した。
「お嬢様ー!?」
後ろから悲鳴のような声が。
「いないと思ったら何で鼻血を噴いてるんですかー!?」
闘牛令嬢のお付きの侍女が慌てて氷の山を登って行くがツルツル滑って落ちて行く。
ソル様が氷の山をそっと消した。
「お嬢様ー!しっかりー!」
「グフフ……一片の悔いなしですわ」
闘牛令嬢が血に濡れた顔で清々しく笑った……。
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