王城の夜会 後編
「おでこか。それは良いな。ぜひ、試してみよう」
「そう言えば、ミドラ君を紹介してませんでしたね」
僕は肩のミドラ君を手に乗せて見せた。
今日のミドラ君は、キャロが赤いリボンを結んでくれたからおしゃれ美トカゲだ。
「鮮やかな緑色のトカゲだな。私も紹介しよう。ペットのハムスターのシロだ」
フワフワの新雪のような真っ白なハムスターだ。
「とても可愛らしいですね。でも、意外です。どちらかというとソルは大型獣がペットというイメージがあります」
何故かソルは神妙な顔になった。
「それは血の呪いに抗うためなのだ」
え?呪い?聞いて大丈夫だろうか?
「一体何の呪いをかけられているのですか?解呪できないのですか?」
ソルは静かに首を横に振った。
「代々フィジマグ家の男子にかかる呪いで解呪は不可能だ」
一体どんな呪いなのだろう?
「眉間に皺が深く刻まれ、人から威圧感があって怖いと思われる血の呪いだ」
は?
「父上からこの顔でも肩にハムスターが乗っていると怖い顔が緩和されると勧められた。もちろん、お祖父様も父上のペットもハムスターだ」
確かに、ペットが大型獣だったら似合いすぎて威圧感マシマシだろう。
ソルの肩に乗ったシロがキョロンと首を傾げている姿にほっこりする。
「グッチョイスだと思います」
ソルがしっかりと頷いた。
「ソル、そろそろ王太子殿下の元に戻る時間だ」
肩にハムスターを乗せたソルより血の呪いが濃ゆいフィジマグ公爵がソルに声をかけた。
後ろに父上と母上、足元にはゴルとレトもいる。
確か、ソルは第一王子である王太子殿下の側近をしていると手紙に書いてあったような気がする。
少しの時間抜けて来ていたようだ。
「ハウル、話せて良かった。また会おう」
「はい。私も楽しかったです」
呪いの話を聞いた後だと2人の強面を見てもほっこりする。
フィジマグ公爵親子と別れ、僕達はホールに戻った。
「ソルフォード公爵令息とはどうだった?」
「はい。楽しく話せました」
「ハウル、お友達ができて良かったわね」
のんびり話していたその時、何かが突進してきた。
「ヴィゼッタ伯爵ー!すまなかったー!」
いきなり声をかけてきて、土下座せんとばかりに声を張り上げて謝ってきたのは見習い騎士訓練でキャロを気絶に追い込んだ勘違い野郎ロニドナラ侯爵だった。
気まずげに隣の鬼畜侯爵夫人も頭を下げている。
ロニドナラ侯爵のペットはジャーマン・シェパードだが、飼い主のせいか強そうなのにアホっぽい。
頭を下げるロニドナラ侯爵の背中に乗って、何?何?何の遊び?とばかりにブンブン尻尾を振ってその背中を前足で掘っている。
頭を下げた夫人の頭にとまっているペットは文鳥のようだ。
『騎士道とはー、騎士道とはー』
と、夫人そっくりの声でしゃべっていて、どうしよう……2人を前に僕は吹き出しそうだ。
「どうか、ロニドナラ侯爵、頭をお上げください」
父上が困ったように眉を下げる。
確かにキャロが縁談目当てと勘違いされ、気絶までさせられたと聞いた時はお怒りだったが、父上はいつまでも根に持つ質ではない。
ブンと頭を上げたロニドナラ侯爵の背中からジャーマン・シェパードが滑り落ちた。
それが楽しかったようで勢いよくロニドナラ侯爵の背中に登っては滑り落ちる。
結構大きい犬なのにびくともしないロニドナラ侯爵にちょっと引く。
「私の手紙の書き方も何か誤解を生む表現があったのかもしれません。どうぞ、お気になさらず」
「そうですわ。キャロが訓練中に気絶したと聞いた時はショックで倒れるかと思いましたが、キャロが私達と領民を守りたいと訓練に参加した結果ですもの。どうぞ、お気になさりませんよう……」
母上は根に持つ質だ。
フルフルと震えながら目を伏せ、哀しそうな声でしゃべるその言葉は的確に相手を抉っている。
ゴルとレトが哀しそうにクーンと鳴く素晴らしい演出を見せた。
さぞかし、侯爵夫婦は罪悪感を苛まれている事だろう。
僕はなるほどと母上から表現を学んでいく。
「ハウル君もすまなかったね」
「いいえ。僕の方こそ、キャロが気絶して心配のあまり失礼な態度を取ってしまいました。申し訳ありませんでした」
僕は母上の表情を真似て哀しげに目を伏せながら頭を下げる。
「いや、当然の反応だ」
ロニドナラ侯爵は慌てて僕の頭を上げさせる。
「キャロは領地に帰ってから、気絶なんかして訓練のお邪魔をして申し訳ない、こんな不甲斐ない自分ではみんなを守ることができないと泣いておりました……」
手を胸でキュッと握り、震える声で話す。
ロニドナラ侯爵夫人がますますズーンと沈み込む。
その上を文鳥が『クソがー、クソがー』と飛び回る。
え?どこでそんなセリフを覚えたの?
「僕は家族や領民を守れるように強くなりたいと思います。どうぞ、これからも訓練をよろしくお願いいたします」
僕は強く侯爵を見つめて言った。これは本心だ。
そして最後に小首を傾げてフワリと微笑んだ。これは養殖だ。
どうだろう?
チラと母上を見ると小さく親指を立てている。
よし!
「ウオー!ハウル君!任せてくれー!」
泣きながら侯爵が僕の手を握り、夫人も涙ぐみながらうんうんと頷いていた。
足元ではロニドナラ侯爵のウオーに興奮したのかジャーマン・シェパードが遠吠えをして、文鳥も真似してウォー、ウォーと鳴いてすごい騒ぎだ。
会場中の犬科のペット達が釣られて遠吠えを始めた。
至る所で遠吠えがあがる中全く気にする事なく、近くで聞き耳立てていた貴族達がパチパチと僕に拍手をした。
夜会ってワイルドですごい……。
もちろんこの日、誰も僕をど貧乏伯爵令息と馬鹿にする者はいなかった。
慎ましやかに僕は白金の天使様の称号を得たのであった。
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