王城の夜会 前編
ちょっと時を戻して、ハウルが王城の夜会に参加した時のお話です。
ハウル視点となります。
10歳になった僕はとうとう王城の夜会に参加することになった。
僕の家は伯爵家とはいえ、王家のせいでど貧乏だ。
父上にも周りの貴族に馬鹿にされてしまうだろう事を先に謝られている。
しかし、馬鹿にされる覚悟をした僕に母上は朗らかに言った。
美しさは最強の鎧!と。
確かに僕の家族は、僕も含めて美しい容姿をしていると思う。
妹のキャロは容姿も言動も何から何まで全てが天使だ。
父上も普段は頼りなさげなぼんやりさんだが、きちんと前髪をセットした今は浮世離れした甘やかなハンサムになっていた。
時たま不安げに揺れる瞳は、マダム達の庇護欲をくすぐりまくるだろう。
母上はキャロに似て、いつも美しい。
しかし、化粧を施され豊かな胸と細い腰を強調したドレスを着た母上は、360度死角がないほど完璧な美だった。
確か母上が着ているドレスは、どこかの貴族夫人が一度袖を通してもう着ないと売りに出されたドレスを節約のためリメイクした物だ。
しかし、もし元の持ち主がそれに気づいても何も言えないだろう。
言ったが最後、この完璧な美を前に微笑まれるだけで返し技一本それまで!となる未来がはっきり見える。
なるほどと納得だった。
父上は天然物だが、母上は分かっていて儚げな美を作っている。
普段の母上は容姿は儚げだが、頼もしい印象が強い。
分かりました、母上。
僕も今宵は美の鎧を纏えば良いのですね!
行く前にキャロが僕を天使と褒めてくれた。
僕は天使の鎧を身に纏おう。
肩に乗せたミドラ君にフンワリと微笑んだ。
面倒な王族とのご挨拶を家族でキラキラした微笑みで乗り越えて、いよいよ社交タイムだ。
真ん中の広い所では音楽に合わせて貴族達がクルクルと踊り、待機場所では犬や猫、爬虫類に鳥にとバラエティーに富んだ動物達が王城のビースターメイド達に世話をされている。
キャロがいたら飛んで行くであろうご馳走が載ったテーブルの周りでは、いくつかのかたまりを作って貴族達がワインを揺らして胡散臭そうな笑顔を貼り付けて談笑し、足元や肩には動物達がいた。
ゴルとレトは大人しく父上達の足元に、ミドラ君は僕の肩にチョンとのって時折ペロリと愛らしく舌を伸ばす。
「ヴィゼッタ伯爵、久しいな」
整った容姿だが眉間の皺がくっきりの不機嫌な顔をした貴族の男性と、同じく整った容姿だが不機嫌な顔をした僕と同じくらいの少年が側に立っていた。
しかし、2人の肩には白いフワフワのハムスターが乗っていて、そのギャップがどうにも腹筋を刺激する。
「これはフィジマグ公爵、お久しぶりでございます」
ん?フィジマグ?
「ヴィゼッタ伯爵、先日は娘が世話になった」
威圧感のあるフィジマグ公爵がお礼を述べた。
あ、やっぱり。キャロが保護したユーリカ嬢の件をお礼に来てくれたようだ。
フィジマグ公爵夫人は、産後なので今回の夜会は欠席とソルの手紙に書いてあったのでこの場にはいない。
「いいえ、その後お嬢様とは?」
父上がすっと声を落とす。
「ああ、貴公に相談して良かった。娘とおしゃべりできるようになった」
「それは何よりです」
「また、手紙を書いても良いか?」
「もちろんです」
「ヴィゼッタ伯爵夫人も妻からまた相談の手紙を送りたいと言づかった」
「私でよろしければ喜んで」
なんと父上と母上も文通をしているようだ。
僕は自分の文通相手を見た。
艶やかな蒼みを帯びた銀の短い髪、鋭い切れ長の三白眼はワインレッドの瞳、お父上と同じ不機嫌そうな眉間の皺の彼は間違いなく、あの妹大好き同盟の僕の文通相手ソルフォード・フィジマグだろうと思う。
だが、妹とのほのぼのエピソードや、こんな時妹にどう接すれば良いのだろうと弱りきって相談してくる文面を思い出すと、どうにも目の前の彼との一致が難しい。
「父上、ヴィゼッタ伯爵令息と向こうで話して来てもよろしいでしょうか?」
「ああ、お前も手紙のやり取りをしているのだったな。ヴィゼッタ伯爵、よろしいかな?」
「もちろんです」
父上が僕に目配せする。
「フィジマグ様、よろしくお願いします」
僕は本当にこの彼が文通相手?と心の中で首を傾げながら、さっさと進む背中に着いて行く。
他の貴族子息達がいる所も過ぎ、バルコニーに出た。
「一応初めましてだな。私はソルフォード・フィジマグ公爵令息だ。手紙書いた通りソルと呼んでくれ」
あ、やっぱり文通相手で間違いないようだ。
「はい。改めまして、お初にお目にかかります。私はハウル・ヴィゼッタ伯爵令息です。ソル、お会いできて嬉しいです」
「ああ、私も嬉しく思う」
本当に?と聞きたくなる不機嫌な顔だ。
これは小さなユーリカ嬢が誤解なさるのも納得だ……。
「早速だが、私の顔をどう思う?」
正直に怖いですとは言えない。
「……整っていらっしゃるお顔立ちだと思います」
考えて考えて無難に返した。
「そうではない。怖いか?」
ずばり聞いてきた。
回避不可能だ。
何て答えづらい質問だろう。
「……はい」
僕はウロウロと視線を彷徨わせた後、スッと視線を逸らして正直に答えた。
「やはりか。どうしたらいいと思う?」
「何かユーリカ嬢とありましたか?」
「キャロライン嬢に頼られて一緒にソロバンという物を作ったと書いていただろう?私もユーリカに頼られたい。しかし、怖い顔では頼りづらいだろう」
あ、キャロラインがお兄様、一緒に作って、お願いって来たソロバンの一件が愛らし過ぎて手紙に書いたからか。
妹大好き同盟の彼だから、うらやましく思ったのだろう。
段々と目の前のソルと文面が一致してきた。
「笑顔で何かしてほしい事はないかと訊ねるのはどうですか?」
「笑顔……」
「こうです。キャロ、何かしてほしい事があったら言ってね?」
僕はいつものようにフワリと微笑んだ。
キャロを思うと自然に笑顔が出る。
ちょっと離れた場所から御令嬢がキャアと華やいだ声が上がる。
あ、天使の鎧。
僕は声がした方にフンワリ微笑んで小首を傾げておく。
「笑顔、笑顔……どうだ?」
それはそれは不敵で凶悪な笑顔を浮かべたソルがいた。
「分かりました。無理はやめましょう」
「やはりか」
ソルが、がっくりと肩を落とす。
「僕はキャロを抱っこしたり、おでこを合わせて大好きの気持ちを伝えます。とにかく顔は怖いけど大好きだよと伝えまくるとかどうですか?」
「おでこか。それは良いな。ぜひ、試してみよう」
話していくうちに、怖いと思った顔の印象が不思議と可愛らしいものに変わっていくのだった。
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