チェンジで!
ムダに高貴な子ブタが世界が滅んでも良いのかと言ってきた。
私は子ブタと部屋に入ると素早くドアを閉めた。
「何でキャロはあなたの言葉が分かるの!?」
『無礼者!丁寧な言葉で我と話せ』
えー、子ブタ相手に?
子ブタはツンとあっちを向いて断固抗議の構えだ。
私はしょうがないので頷いた。
それを見て子ブタも満足げに頷く。
『我に感謝せよ』
「は!?」
『我が其方を選んでやったのだ』
何だか厄介事の匂いがする。
聞かなくてはダメだろうか?
ああ、でも世界が終わるとかスケールの大きな事を先ほど聞いてしまった……。
『其方には重大な任務がある。……何故耳を塞いでおるのだ?』
うう、やっぱり聞きたくない。
いや、実はこの子ブタのお世話が任務とかそんなスケールだったよってオチにならないだろうか。
私は微かな期待を胸に耳を塞いでいた手を離す。
『第二王子カリム・バラニカと公爵令嬢ユーリカ・フィジマグが結ばれるようにするのが其方の任務だ。さすれば魔王の復活は防がれるであろう』
ん?
公爵令嬢ユーリカ・フィジマグ!?
それは悪役令嬢の名では!?
彼女は炎のような赤髪縦ロールに吊り目でワインレッドの瞳の、美人だがきつい印象を受けるご令嬢だ。
第二王子カリムの婚約者だけど、聖女ルリを虐めて虐めて虐めぬき、最後は修道院に送られる運命だ。
え?
魔王復活!?
そんな設定は乙女ゲームには無かったはずだが!?
魔王なんて出る隙もないくらいなほのぼのモフモフの世界じゃなかったか?
「出現する世界を間違ってませんか?」
『無礼者!我は間違っておらぬ!』
「だってこの世界は瑠璃色ファンタジアの世界でしょ?魔王は出てこないはずですよ」
子ブタがその蒼い目で私をまじまじと見つめた。
『何と、其方は界跨ぎの魂か。さすがは我だ。適当に選んでも叡智が冴え渡っておる』
子ブタが高笑いした。
「適当に私を選んだのですか!?」
『天界から見る人なぞ、そこいらに転がる石ころのようなものだ。適当に選ぶしかなかろう?』
何かイラっとする。
「界跨ぎって異世界転生ってことでしょうか?」
『うむ、そうと言う世界もあるな』
「もしかして、前世を思い出したのはあなたのせいですか!?」
『我は何もしておらぬ。まあ、高貴な我が其方のそばに現れたから影響を受けたのかもな』
くぅ!やっぱりお前のせいか!
前世なんか思い出さない方が、いろいろ考えないで良いのに。
『まあ、よく聞け。あの娘の魂は、何度生まれ変わってもどの世界でもあの男の魂に振られておる。今世で振られると記念すべき100回目だ。そうなってくると積もり積もった負の感情が魔王を呼び起こしてしまうのだ。そして、この世界は終わる…って、何故泣いておる!?』
私はダーッと涙が止まらない。
いや、だって99回も振られるって……不憫過ぎる。
私もクリスマスに振られてチクショーって思ったけど、まさかここにそのさらに上にいくお人がいたとは。
「もう、ユーリカ様は別の人を好きになった方が良いです。ね?そう思いますよね?」
私はハンカチを涙でグシャグシャにしながら言った。
『我もそう思うがの、あの魂は頑固でな。何度生まれ変わっても第二王子の持つ魂しか愛さぬのだ』
一途なんだ。ますます泣けてくる。
「私ユーリカ様、応援します!何をしたら良いですか?」
『さあ?知らぬ。其方がどうにかせよ』
へ?知らぬ?
「あなたは何しにここに来た!?」
思わず、敬語が飛んでしまうほどの衝撃だ。
『よくぞ聞いた!我は女神様に選ばれたのだ!女神様は、あの魂の100回目の転生先がこの世界とは夢にも思われなかったのだ。魔王が復活しては、女神様がせっかくお作りになったこの世界が壊れてしまうであろう?お前で良い。行って来いと言われたのだ』
お前で良いって女神様も適当だ。
鼻高々で言うほどの事でもない。
それでもって、行って来いと言われて来ただけ?
こちらに丸投げと!?
「チェンジで!女神様!こちらチェンジでお願いします!」
『な、無礼者!何がチェンジだ』
「いや、むしろキャロをチェンジで!ヴィゼッタ伯爵家は由緒正しい末端貧乏田舎貴族なのに、どうにかできるわけないでしょうが!」
私と子ブタはしばらく睨み合う。
先に目を逸らしたら負けな気がする。
子ブタがニヤリと笑った。
『せっかく魔法のアイテムを授けてやろうと思ったのに残念であるな』
「子ブタ様、さすがは女神様に選ばれた神使だけありますね!何をくださるのですか?」
私はサッと両手を出す。
子ブタは後ろ足で立つと、そのチョンとした手を合わせて右に左にと斜め上に三回振りふりする。
まん丸お尻もプリンプリンして何か可愛い。
『時の雫の祝福よ。我が手に』
すると、キラキラした光が子ブタの手に渦巻くように現れ段々丸く小さくなり、フッと消えた。
おお、本当に神使みたいだ。
『さあ、受け取るが良い』
「ははぁ」
私は恭しく両手で受け取り、見た。
これは!
……ブタの手のひら?
そこには親指の先ほどの丸みを帯びた、上が2つに別れたよくブタの手のひらのイラストで見るような形のペンダントがあった。
桜貝のように綺麗な色合いだが、ブタの手のひらの形。
これをつけた貴族令嬢……うーん……。
『どうだ!素晴らしいであろう』
子ブタのチョルンとした尻尾がピルピルと得意げに振れている。
「はい、まあ……うん。で、これはどんな魔法が使えるのですか?」
そう、形より魔法だ!
私はウキウキと聞いた。
『聞いて驚け。これは時が巻き戻るのだ』
「おお!」
『3分』
え?3分?それだけ?たった3分でどうしろと?
「……短くないですか?」
『何を言う!破格の魔法であるぞ。本来なら女神の魔法は下界では認められないところを、ギリギリ違反しない範囲で何とか与えられたのだぞ。この罰当たりが!』
いや、だって3分なんてカップラーメンを待つ時間と同じじゃないか。
それで何ができると?
「例えばどう使えば役に立ちますか?」
子ブタがつぶらな瞳で首を傾げた。
『さあ?』
だと思ったよ!
「とりあえず、魔法の行使の仕方を教えてください」
私はがっくりと肩を落としながらも聞いた。
『まずは、呪文を決めよ』
「何でも良いですか?」
『良いが、よく使う言葉にしてしまうとしょっちゅう発動してしまうぞ』
なるほど、普段口にしない言葉か……。
私はまじまじとそのペンダントを見た。
ブタの手のひらにしか見えないが、よ〜く見ると桜の花びらの形にも見える。
「チェリーブロッサム……」
私は口の中で呟いた。
この世界には桜がない。
ほんの少し寂しさがよぎったのは相澤 環奈の心だろうか。
「決めた。チェリーブロッサムにします」
『聞きなれない言葉だな』
「前世にあった美しい花です」
『そうか、良いのではないか。さすれば、その言葉を唱えそのペンダントに口づけよ』
「はい」
私は懐かしい桜を思い浮かべて唱え、ペンダントに口づけた。
ホワリとした光が私とペンダントを包む。
『うむ、上手く繋がったな。魔法を使ってみよ』
「はい」
私はペンダントを首にかけ、チェリーブロッサムと唱えた。
新連載ドキドキしています。
おもしろそうと思っていただけたら嬉しいです(^^)