勝負
私達が2人を捕まえるまで勝負は続行なのだ。
ハッハッハッ!
ベラちゃんがコソッと私に耳打ちするので、私もコソッとベラちゃんに耳打ちを返した。
私とベラちゃんは小さく頷く。
「では始めましょう。よーいドンで開始です。いいですか?」
「ちょっと待ってください。この距離から始めるのは逃げる側が不利です」
さすがにパスカル君は気づいたか。
「では、10数えてからスタートでどうですか?」
「相手は女だぞ。すぐスタートでいいだろ?ハンデだ。どうせ、お前が捕まったって俺が逃げ切ればいいんだ。ほら、さっさと始めろ」
おお、サントス君、見事なまでのフラグを立てるね。
「では、どなたか開始の合図をしてくださいませ」
「では僕が」
パスカル君が言葉を挟む前にさらっとベラちゃんが開始の合図を頼む。
あぁと小さな声でパスカル君の嘆きが聞こえるが知ったことではない。
「よーいドン!」
「はい!タッチ!」
「うわっ」
私は開始と同時にパスカル君にタッチした。
残念ながらパスカル君、頭は良いが筋肉ゼロだ。
魔法も瞬間記憶だから鬼ごっこには全く向いていない。
しかも、サントス君のナイスアシストのおかげでこんなすぐそばからスタートだ。
呆気なくも瞬殺だった。
一方サントス君の方は、スタートと同時に風魔法を使ってあっと言う間に遠ざかっていた。
「おい!!いくら何でも捕まるの早過ぎだろうがー!うぉっ」
遠くから元凶のサントス君が怒鳴るが、同じく風魔法で加速したベラちゃんにタッチされそうになって慌てて避ける。
よし、計画通り。
開始前にベラちゃんの耳打ちでサントス君が風魔法使いと聞いたので、私がサクッとパスカル君をタッチしてベラちゃんにはサントス君をお願いしたのだ。
そして後は2人でサントス君を追い詰める。
私もサントス君の前に回りこむ。
あと少しでタッチだ。
『キャロライン、足元だ』
ウメの声に慌てて足元を見ると、サントス2号が足に突進して来ていた。
「キャッ」
危うく転びそうになるところを何とか堪えた。
「よくやった!サントス2号!」
サントス2号がブニャーと鳴く。
風魔法でさらに加速するサントス君をベラちゃんも同じく加速して追いつく。
あと少しと言うところで、サントス君がベラちゃんに何と風魔法で攻撃した。
「キャッ」
ベラちゃんが慌てて風で薙ぎ払ううちに、また遠ざかる。
「ハッハッハッ!女が俺に敵うわけないだろ」
まさか攻撃までするなんて!
そっちがそうなら……私は思い切り魔力を溜めてためて……
「てーい!!」
「ギャッ」
私は加速して逃げるサントス君の顔面めがけてありったけのロージアの花を出した。
驚いたサントス君はゴロンと潰れたカエルのような格好でひっくり返りロージアに埋もれる。
ちょっとメルヘン?
何とか起き上がろうとしたサントス君の顔を追いついたベラちゃんはいい笑顔で踏みつけた。
うん、これもタッチで良いのかな。
「やりましたわ!キャロちゃん!」
「やったね!ベラちゃん!」
私達はハイタッチした。
「イザベラ、よくも俺の顔を踏んだな!?」
「勝負なのですからしょうがないですわ。ホーホッホッホッ」
イザベラちゃんが高笑いした。
「こ、こんなのインチキだ」
ヨロヨロと起き上がったサントス君が往生際悪くいちゃもんをつける。
「いえ、彼女達の勝ちです」
パスカル君の方は潔い。
これだけのギャラリーの前で負けたのだ。
貴族としてこれ以上ここで無様を晒せない。
サントス君にごねたられたら同じチームのパスカル君も巻き込まれ事故になるものね。
「おい」
「私はリッターソン侯爵が息子パスカルとして潔く負けを認めます」
「こ、侯爵!?」
名前を出して速やかに収束にもっていく。
こちらとしてもありがたい。
「どうなさいますか?」
「くっ、ま、負けを認める」
さすがにこれ以上はごねられずサントス君も折れた。
「では、サントスお兄様、土下座してキャロちゃんに謝ってくださいませ」
「いや、土下座は」
「約束しましたわ」
ベラちゃんが青筋を浮かべた笑顔で迫る。
「謝ってくだされば土下座は結構です」
「ううぅ、悪かった!これでいいだろ!?」
怒鳴るように謝ってサントス君はサントス2号を抱き上げると覚えとけよーと叫びながら逃げ出した。
さて次はパスカル君だ。
「分かっています。この婚約は」
「私は婚約を受けますわ」
え?ベラちゃん?
「キャロちゃん、ありがとうございます。もう大丈夫ですわ」
ベラちゃんはすっきりした顔をしていた。
もう、不安な様子は見られない。
そして、パスカル君に向き合いしっかり目を見つめた。
「リッターソン様、一番は筋肉で構いません。私もマルケット領が一番ですから。ただ、二番はお互いになるように努力いたしませんか?」
パスカル君はじっとベラちゃんを見つめた後、フッと小さく微笑んだ。
「約束します。私の二番はイザベラ嬢です」
美形の笑顔の破壊力よ……。
ベラちゃんは真っ赤になった。
丸く収まったのかな?
じゃあ、イメージチェンジはしなくても良いか。
いやでも、私にあっさり捕まるほどの筋力で大丈夫なのだろうか?
それにこんなに好きな筋肉を我慢した状態も精神的に平気なものなのかな?
「あの、パスカル様はこんなに筋肉がお好きなのにご自分の筋肉は鍛えたりなさらないのでしょうか?」
ベラちゃんも気になったようだ。
「それは父上が望んでいません。私は未来の宰相になるために学ばねばならなのです」
私の問いにパスカル君の顔からスンと感情が消えた。
ベラちゃんがそんなパスカル君の顔を心配そうに見つめた。
せっかく良い雰囲気だったのにまた沈黙が流れる。
ここはフワまもで切り込むか。
フワまもはこんな時、空気を読まないでグイグイ入っていくよね?
「お父上様に言われたくらいで筋肉を諦めちゃうピョン?」
グッと奥歯が噛み締められた。
「あなたに何が分かるというのですか」
パスカル君は悔しげに私を睨んだ。
「それは筋肉への裏切りだピョン」
パスカル君が愕然とした顔で裏切り……と復唱した。
「真に愛しているなら貫くべきピョン。お父上様が学べと言うならより完璧に学ぶピョン。その上で愛を貫いたら良いピョン」
「そうですわ、パスカル様!そんなに筋肉を愛しているのですから我慢することはございませんわ!」
パスカル君がじっと考え込む。
よし、もうひと押し!
手でウサ耳もつけよう!
「いつまで筋肉を日陰者にしておくピョン!?そんなんでベラちゃんに相応しいと思うピョン?筋肉は健気にも我慢しているピョン!!本当は思い切り鍛えられたいっピョーン!!」
最後に私は頭に手でウサ耳をつけたまま跳んだ。
どうだ!?
「そうです!私は筋肉を真に愛しているのです!もう我慢しません!私は生まれ変ります!イザベラ嬢、私を支えてくれますか?」
「はい!任せてくださいませ」
パスカル君とベラちゃんが手を取り合う。
何となくみんなの目が残念なモノを見る目な気がするのは気のせいだろうか?
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