あなたを愛する事はないでしょう
それって攻略対象の名前じゃない!?
「マルケット嬢は筋肉をどう思いますか?」
「え?筋肉?どう思う?」
ベラちゃんが目に見えて動揺し、私を見る。
ごめん、その正解は私にも分からない。
「では、質問を変えましょう。お好きな筋肉は何ですか?」
「え?好きな筋肉?」
ベラちゃんが縋るような目で私を見る。
そんなお好きな食べ物は風に聞かれても答えようがないよね……。
気まずい沈黙が二人に流れる。
攻略対象パスカル・リッターソンは宰相の二番目の息子で眉目秀麗、学園トップの頭脳の持ち主である。
小さい頃から勉強漬けだった彼は、さらに女神様の祝福で授けられた魔法は瞬間記憶で突き抜けて頭が良い設定であった。
しかし、ゲームでは一応脳筋枠である。
学園トップの頭脳の持ち主が脳筋枠って何ぞやだが、マッチョで脳まで筋肉な意味の脳筋ではなかった。
筋肉が大好きで脳の中は筋肉のことでいっぱい筋肉オタクという意味の脳筋だった。
むしろ、その体には一切筋肉はついていない。
普段は物静かなインテリタイプなのに筋肉の事にはオタク特有の早口で延々としゃべり続けるのだ。
これでなぜに攻略対象?と私は思うのだが、筋肉を語る恍惚とした表情と普段の無感情とのギャップがいいと一部マニアに人気だった。
私にはよく分からなかったので、さらっと流して攻略はしていない。
私は世界の滅亡阻止について考えた。
ユーリカちゃんがカリムとくっつくためには、そもそも聖女ルリが別の攻略対象とくっついてくれると良いのではないだろうか。
そのためには、パスカル君の好感度が高い方が確率が上がる。
今のままでは、ルリがマニアックでないとパスカル君が選ばれる事はない。
ルリがマニアックってありえるのだろうか?
可能性は、限りなくゼロに近い気がする。
パスカル君は私たちと同じ6歳だ。
まだイメージチェンジが可能なはずだ。
将来彼が脳筋になってしまったのは、大好きな筋肉を抑圧され発散できていないからではないかと私は考察する。
ルリと出会う年のパスカル君はヒョロっとした長身のインテリだ。
大好きな筋肉を鍛えて適度な筋肉をつけられたら、爽やか細マッチョインテリになりオタク設定は消えるのではないか。
間違いなくこちらのタイプの方が万人受けする。
ベラちゃんも乗り気じゃなさそうだし、ここでお見合いが流れてパスカル君とルリがくっついて、ユーリカちゃんとカリム王子が結ばれたら一石三鳥だ。
うん、良いアイデアじゃないか。
「そ、そうですわ、私の友人を紹介いたしますわ。キャロライン・ヴィゼッタ伯爵令嬢ですわ」
ベラちゃんからいきなりのキラーパスがきた。
「キャロライン・ヴィゼッタ伯爵令嬢ですぅ。よろしくね!」
焦ってお兄様直伝じゃない自己紹介が出た。
自然にウィンクして握った手も顎に当てている。
その瞬間、パスカル君の目がカッと開いた。
「違います!顎に入れるならこう!関係ないと思われているかもしれないですが、大胸筋、広背筋、腹筋を鍛えるべきです。素人は腕を使うからと安易に上腕二頭筋を鍛えますが、それでは真に筋肉を使い切ったと言えません。そもそも大胸筋は胸部の筋肉のうち胸郭外側面にある√∂∬♯⌘……」
先程までのアンドロイドの表情が嘘のような恍惚とした顔で筋肉について延々しゃべり続けるパスカル君。
私とベラちゃんは思い切りドン引いた。
ないない、画面越しなら一部マニアックなお方に受けたかもしれないがこれはない。
満足いくまで話しきったのだろう、やっとパスカル君がこちらの世界に戻ってきた。
表情もまたアンドロイドに戻っている。
「マルケット嬢、私は筋肉を愛しています。あなたを愛する事はないでしょう。しかし、父上が私とマルケット嬢の婚約を望みました。故にこの婚約を私は受けるつもりです」
気まずい沈黙を破ったと思ったら、いきなりパスカル君が無感情にぶっ込んできたー!
「ま、まあ……そうですの。そう、そうですわね……政略結婚でしたら当たり前の、あれ?筋肉?愛してる?……そう、当たり前の考え方ですわ……ホホホ……?」
今度は凍りついた冷たい沈黙が流れる。
パスカル君、アウトー!と叫びたい。
始めは混乱していたが、段々頭が理解してきたのだろう。
ベラちゃんは表情を強張らせた。
分かる……私もクリスマスの夜、すぐには理解できなかった。
筋肉を愛しているからベラちゃんを愛する事はない、でも政略結婚はするってこんなふざけた言葉はない。
ベラちゃんを何だと思っているのか。
私はベラちゃんの手をギュッと握った。
「ふざけるな、パスカル!私と勝負だ!私が勝ったらこんな婚約はなしだー!」
「キャ、キャロちゃん!?」
『阿呆!軽々しく喧嘩を売るでない!』
言われてすぐに家族の顔が浮かんだ。
高位の爵位の彼に勝負を挑むなんてまずい。
家族にも累が及ぶ!?
「チェリーブロッサム!」
みんなの動きが逆回転していく。
エレエレキラキラの時はそれどころでなかったが、こうやって魔法が発動するのか。
時間が巻き戻り、先程と同じようにベラちゃんの顔が段々強張っていく。
私はただただベラちゃんの手をギュッと握った。
駄目だ、家族に迷惑かけられない。
グッと唇を噛み締めた。
が、ベラちゃんの目からポタリと堪えきれない涙を見た瞬間、我慢は吹っ飛んだ。
ごめん、お父様、お母様、お兄様、もしも貴族で無くなっても私が責任持ってロージアを売って稼ぐから許して!
ユーリカちゃん、ごめん!貴族でなくなってもどうにか頑張るから!
でも、せめて言葉は丁寧にしよう。
「ふざけるなでございます!パスカル!私と勝負です!私が勝ったら、この婚約はなしですー!」
私は思い切り、叫んだのだった。
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筋肉については筋肉の名前までしか調べてないので、それ以上の記述は参考にしないようお願いしますm(_ _)m