あたし達の夢
サリー視点のお話です。
王家のせいで貧乏なこの領地は、だからと言って不幸ではない。
前伯爵様も穏やかで優しかったが、今の伯爵様もお優しく領民達を大切にしてくれるからだ。
お金がないなら税を上げて領民からお金を搾り取る事もできたのにそんなの考えもしないのだ。
結局、伯爵様一家が選んだのは自給自足生活だ。
普通お貴族様ってのは、いっぱい人を雇って傅かれて着飾ってのんびり暮らしているもんだろ?
でもうちの伯爵様一家は、雇っていた人達を前伯爵の信頼しているお貴族様達に雇ってもらい、自分達で身の回りの事をやり始めた。
まるで平民のような生活なのにいつも朗らかに笑っておられる。
前伯爵様御夫婦は伯爵の位を今の伯爵様に譲ると真ん中の村近くの家に住むようになった。そして、領民達の困り事を聞いては伯爵様に伝えてくれる。
伯爵様一家も伯爵様の小さなお子様方は家の近くの村を見回り、伯爵様は馬で遠くの村を見回ってくださる。
おかげで争い事もない。
元々穏やかな気性のヴィゼッタの領民ということもあるが、貧乏ながらも自然にみんなで助け合う平和な領地をみんな誇らしく思っている。
開墾も伯爵様が右腕を怪力にして率先してやってくれるし、伯爵様の奥様も虫にやられた植物は魔法をかけて直してくださる。
あたし達にとって尊敬する領主様だ。
しかし、よそからやってくるミンドル商会の商人達は違う。
うちの領地を馬鹿にして、あたし達が無知な事をいい事に買いたたいたり、高く売りつけたりやりたい放題だ。
もちろん、伯爵様もよく注意して見てくださっている。やつらも一応貴族だからと伯爵の前では大人しくするのだが、いないとやりたい放題は変わらない。
お忙しい伯爵様が全てを見る事は無理だ。
結局、ある程度は我慢するしかなかった。
あたしとチャパとチャスとノットは幼馴染だ。
一番上のチャパが20歳になった時、王都の商会に入ると言い出した。
あたしは12歳、ノットは15歳だった。
チャパ達は自分達で商会を起こすというのだ。
そうしたらヴィゼッタの領民達がミンドル商会に売らなくて済むし、高い金をわざわざ払って買わなくて良くなると。
何だい、それはいい夢じゃないか!
あたしとノットも商会で働いて勉強しながらお金を貯めて一緒に商会を起こす事にしたんだ。
王都のどの商会もツテもない田舎者の私達を雇ってくれなかったが、領地に来ていた顔見知りの商人にお金を渡して何とかミンドル商会に雇ってもらった。
そこで将来の伴侶となるサウドと出逢った。
サウドのお母さんは外国人で小さい頃に亡くなってしまったそうだ。
孤児院の紹介でサウドはミンドル商会の下働きをする事になったらしい。
田舎から出てきた私達と孤児院出身のサウドは、下働きの中でもどうしても浮いた存在だったから自然に仲良くなった。
それから10年だ。
周りが下働きから上がっていく中で、私達だけはいつまでも下働きのまんまだった。
どうやら給金も他の下働きの半分らしい。
文字も計算も仕事の合間に盗み見て身につけていったから10年かかった。
それでも文字も計算も間違いが多いらしく、下働き仲間に馬鹿にされた。
あたしは女だから勉強しても無駄だと、その体を使った方がよっぽど稼げると蔑まれた。
悔しくて悔しくて泣いた。
でも、あたし達はあの優しい領地に商会を立ち上げるのだ。伯爵様が助けてくれるように、あたし達も力になりたいのだ。
血反吐を吐くような10年だったが、終わりは呆気なかった。
あたしのせいだ。
成長と共に無駄に育っていく体のせいでミンドル商会の馬鹿息子に目をつけられてしまったのだ。
愛人になるよう言われ、何度断っても執拗に迫られ体を触られる。
そしてあの日、とうとうしびれを切らした馬鹿息子があたしを無理矢理部屋に連れ込もうとしたところをサウドが殴り飛ばして助けてくれたのだった。
その場でクビだ。
本当に呆気なかった……。
村に戻ったあたし達を何も言わずにみんなはお帰りと迎えてくれた。
あたし達は悔しかったのかホッとしたのかよくわからない涙が流れて止まらなくて困った。
あ、ついてきたサウドはあたしが責任持って婿にもらったよ。
お父さんもお母さんも大歓迎だったさ。
――あたし達はやらかしてしまった……。
毎年書類の作成で雇われるのだが、この年はあたしが風邪なんかひいたせいで他の4人にもうつしちまって仕事ができなかったのだ。
いくらお優しい伯爵様だってそりゃあ怒るだろうさ。
伯爵様の家に呼び出されて怯えるあたし達に天使が微笑んだ。
「初めまして。ヴィゼッタ伯爵が娘キャロラインです」
ヴィゼッタ領のお嬢だ。
うちらの村は少し離れているからあまりお目にかかれないが、とにかく可愛いらしいお姫様だ。
ヴィゼッタ領のみんなは親しみを込めてお嬢と呼んでいる。
その兄君様は坊だ。
「みなさんに質問しちゃうぞ〜。15足す2はな〜んだ」
緊張するあたし達のためにお嬢がおもしろいしゃべり方をする。
「――じゃあ〜、15足す7はな〜んだ」
「……2?」
「12?」
桁が大きくなると途端に分からなくなる。
誰に聞いても馬鹿にして教えてくれなかった計算だ。
ミンドル商会で散々馬鹿にされた事を思い出して、みんな体が固くなる。
しかし、お嬢はブ、ブ〜と言うと木の実を15個出して見せた。
その高く可愛らしい声にフッと体の力が抜ける。
「みんなで数えるよ〜。い〜ち、に〜い……」
何が何だかわからないが、お嬢の声に合わせて数える。
「じゅうご〜!じゃあこれに7個合わせると〜?」
お嬢が今度は7個の木の実を出していく。
あっ!分かった!そうか!そう考えるのか!
「22!」
みんなの声がはもった。
「正解〜!」
その後、伯爵様にお嬢に従うように言われた。
一体何をするのかとみんなで思わず身構えると、お嬢は見事な顔芸を見せた。
片目をつぶってもう片方は半目で顎にアッパーだ。
お嬢が捨て身で笑いを取りにきた。
おかげでまた緊張がほぐれる。
本当に気遣いのできるお嬢だ。
「ジャジャ〜ン!」
あたし達はお嬢のよく分からない効果音と共に運命の出会いをした。
それはソロバンという名らしい。
坊とお嬢の手作りだそうで始めは一体何なのか全く分からなかった。
しかし、お嬢があたし達が教えてほしくて仕方がなかった計算をソロバンを使って教え始めるとドキドキが止まらなくなった。
これはすごい物だ!何だこれ!そうか!すごい!分かる!やっと分かった!
「お嬢!分かったでさぁ」
「「なるほど!分かりました!お嬢」」
「分かるした!お嬢」
「すごいよ、お嬢!あたしも分かった!」
何だよ……何が女には分からないだよ。そんな事ない。
あたし達は馬鹿じゃなかった。
あたし達は決して馬鹿でも無駄でもないんだ!
「嬉しい……。やっと、理解できた。あいつらはあたしが女だから教えるだけ無駄とか言ってたけどそんな事ないじゃないか」
ああ、駄目だ……涙がどうにも止まらない。
あたしはこの瞬間を生涯忘れないだろう。
見ると、サウドもチャパもチャスもノットも涙で顔がグジャグジャだ。
ハハハ……不細工で幸せそうな顔してらぁ。
そんなあたし達をお嬢が一人ひとり抱きしめていく。
「そんな環境で10年も踏ん張って、自分で文字も計算も覚えたみなさんを私はすごいと思います。心から尊敬します。みなさんは学べばもっとできます。これから一年、一緒に頑張りましょう」
あたしはあの10年は無駄じゃなかったとやっと思えた。
あの日々があったから今この時があるのだ。
そうして、お嬢はあたし達にソロバンを任せると言ってくれた。
こんなすごい物をあたし達に任せてくれるなんて。
感動で胸が震えた。
「お嬢の信頼に応えられるよう頑張るでさぁ!」
ノットの返事に合わせて、あたし達は力強く頷いた。
あたし達はお嬢の信頼に応えて、ヴィゼッタ領にソロバンで商会を立ち上げてみせる!
いいね、ブックマーク、評価をありがとうございました。
キャロは、自分の分のソロバンは作ってね〜任せるよ〜と言ったつもりでしたが、サリー達はこんなに素晴らしい商品を自分達に任されたと張り切っています。