もうそんな時期
キャロちゃんは魔力枯渇でヒェ〜となりました。
「もう……もう、我が伯爵家はおしまいだ。すでに貴族の生活とほど遠いし、諦め時なのかもしれないな……」
たまに雪が降るようになったある日の食事時、お父様が力なく言った。
え?私、伯爵令嬢じゃなくなるの?
じゃなくて、もうそんな時期か。
お父様のぼやきは毎年恒例の風物詩だ。
氷の1の月に王城に提出する書類がいつも間に合わないとぼやくのだ。
この世界は前世の3〜5月を芽吹きの月、6〜8月を太陽の月、9〜11月を実りの月、12〜2月を氷の月と言う。
例えば12月は氷の1の月、1月は氷の2の月、2月は氷の3の月と呼び、季節は普通に春夏秋冬がある。
そして前世で言う12月の、氷の1の月に領地の収益を計算した書類を王城に提出しなければならないのだ。
毎年この時期だけは書類の作成に5人ほど雇って一気に仕上げるのだが、いつもいつも計算が合わない。
今年も大変なんだね。
「もう、そんな時期なのですね。あなた、頑張りましょうね」
「父上、僕も手伝います」
「キャロもお手伝いするよ」
いつもならこれで浮上するお父様なのだが項垂れたままだ。
「雇った者が風邪でダウンしてしまったのだ」
食卓がシンとした。
「ひ、一人減ったくらい大丈夫です。家族みんなで協力すれば何とかなりますわ」
5人でもギリギリなのに何とかなるものなのか?
いや、何とかしないと本気でまずいが……。
お父様がそっと指を四本立てた。
ま、まさか?
「ダウンしたのは4人だ。残りのうち1人も微熱が出始めて咳鼻水がつらそうだから、明日から休ませる事にした」
サッとみんなの顔色が悪くなった。
現在提出期限1週間前……これは、本気でまずい状況ではないか?
「しょ、書類はどれくらい残ってらっしゃるの?」
「計算が全く合わない……」
お父様が顔を覆ってシクシク泣く。
ガタガタと椅子を立った。
「のんびり食べてる場合じゃありません!あなた、しっかり!」
「もう……もう、みんなでのんびり平民になろう」
……今の生活も平民みたいなものだし、貴族の柵が無くなった方が気楽かも?
お花を出す魔法で商売ができそうだし、家族3人細々とやっていけそうだ。
うん、別に悪くないね。
私がオッケーとゴーサインを出すのを遮るようにお兄様がお父様ににじり寄った。
「父上、キャロを平民にするなんて絶対駄目です!こんなに天使なんだから平民なんかになったら変態貴族に攫われてしまいます!」
「そう……そうだよな。キャロは養子先を見つけるか」
「絶対いや!お父様とお母様とお兄様と離れない!」
「僕だって離れたくない。キャロはずっと僕の大事な妹だ!」
「お兄様〜」
私が抱きついてウワァと泣くとお父様もシクシク泣き、お兄様も私を抱きしめボロボロと泣き始めた。
「そんなこと言っている暇があるなら書類をさっさと仕上げましょう」
お母様が冷静につっこんだ。
確かに!あ、私が平民になってしまったらユーリカちゃんと接点が消えてしまうじゃないか。
何としても書類をどうにかしなくてはいけない。
世界が滅んでしまう。
「お父様、早く書類をどうにかしよう!私も計算をやる」
「キャロ、ありがとう。でも、キャロは計算がまだできないからお皿を片付けて。私とハウルで計算は頑張るから」
「できる!私に任せて。お願い」
お父様とお母様が困ったように顔を見合わせた。
どうやって諦めさせようと考えているのだろう。
だが、本当に私は計算ができるのだ。
前世の私の数少ない特技、それは珠算だ。
そう、ソロバンだ。
私は暗算が計算機より早くできたのだ。
そして、前世の記憶と共にそれも思い出されているのだ。
「キャロにやらせてみましょう。できなかったら他のお手伝いをお願いすればいいんです。むしろ、存在するだけで僕は頑張れます」
「そうね。あなた、やらせてみましょう」
早速、執務室に移動するとお父様から書類を一枚渡された。
三桁から五桁の数字が5つほど並んでいる。
私はサッと目を通す。
「キャロ、これを足し算しなくてはいけないんだよ。ね?難しいよね?気持ちだけ」
「49536」
「え?」
「49536でしょ?」
「ちょっと待って」
お父様が紙にカリカリと筆算を始める。
「あ、合ってる!」
「すごいよ!」
「でも、いつの間に計算ができるようになったの?」
いつの間に?前世を思い出した時とは言えない。
「お、お兄様がお勉強している時に私も一緒に勉強していたらできるようになったよ」
「さすがキャロは天使だね!」
――さて、その後どうなったか?
「キャロ、これも任せた」
「はい!」
ばっちり戦力だ。むしろ、主砲だ。
そして、思わぬ後方支援が。
レトとゴルだ。
彼らは野生に返ったように狩をして来てくれるのだ。
私達が書類にかかりきりな分、森で鳥やらウサギやら貴重な肉を調達してくれるのだ。
精がつくお肉料理に毎晩涙が出そうだ。
ありがとう!レト、ゴル!
ちなみにウメはミドラ君を頭に乗せて執務室で丸くなって寝ている。
自称癒しなのだそうだ……。
まあ、確かにほっこりするが何か釈然としない気がする。
さて、雇ったものの風邪でダウンした彼らが計算した書類なのだが、それはひどいものだった。
この世界に計算機なんていいものはない。
ひたすら紙に筆算か一年生の算数風景のように指を使う。
雇った5人は簡単な計算を任されていたようだ。
しかし、何で15+7が12になるの?なぜ減るの?11-8が9てどういう事?
まさかの雇った5人は二桁以上になると繰り上げと繰り下げの間違いがとにかく多かったのだ。
まずは総出で5人が計算した書類から見直しする事となった。
出るわ出るわの間違いだらけ。
一桁は正確なんだけどね。
道理で毎年計算が合わなかったわけだよ。
今まで書類が仕上がっていたのが奇跡のようだ。
そこから一週間、私はひたすら人間計算機になった。
目を瞑っても数字が瞼に浮かぶほど頑張った。
食事と睡眠以外は計算計算計算の日々だった。
家族一丸となって書類に立ち向かった。
みんなの目の下の隈が日に日に濃くなる。
きっと今ならゾンビに混ざっても違和感がないだろう。
かくして書類は仕上がった。
私達はやり遂げた。
しかし、思った。
いやもう懲り懲り。
私は領地にそろばんの普及を心に誓ったのだった。
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