魔力枯渇
そうしてやっと部屋からティアラは出て来たのだった。
いやぁ、狙い通りに気絶はできたものの罪悪感が半端なかった。
世界のためとはいえ、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
懲りずにやるけどね!
あの後は引き止めるロニドナラ侯爵をお兄様がキラキラした笑顔で振り切り、速やかに侯爵邸を後にした。
家に着くと心配した家族にすぐさまベッドに押し込められそのままぐっすり寝てしまった。
起きてから、お高い魔石をわざわざ使って通信魔道具でロニドナラ侯爵から謝罪の通信があったと聞いて申し訳なさがつのる。
詳しくは分からないがお父様もかなりお怒りだったそうだ。
いやでも、明らかに気絶狙いで行った私が悪い。
このまま通えなくなったらまずいので、どうしても自分を鍛えたい、このままでは不甲斐ないからと通いたいアピールをひたすら頑張り、渋々だが訓練続行をもぎ取ったのだった。
社交シーズン明けから2週間に一度のペースで通える事になったうえに、侯爵家の馬車の送迎付きが確約されて万々歳だ。
ちなみに社交シーズン明けには王都の学園の寮に入るお兄様は、長期お休みで帰って来た時に参加予定である。
私は心配させてしまったティアラちゃんにもイソイソとお手紙を書いて送った。
一週間くらいで届くかな?
「ねえ、ウメ。気絶する直前に時を戻す魔法をばっちり使えてましたよね?」
私はウキウキとウメに確認した。
『うむ。初めてにしてはスムーズであったな』
それは乙女の命が懸かっていたもの必死にもなる。
私はヨッシャーとガッツポーズをした。
「気絶するまで体を鍛えたけど、今だったらどれくらい巻き戻りますか?」
『そうであるな……うむ。30秒ほどであるかの』
よし!一回の気絶で30秒って事は後5回も気絶すればバッチリだね。
「例えばですけど、3分巻き戻しが最長だけど3分巻き戻した後またさらに巻き戻していくっていうのは可能ですか?」
『理屈では可能であるが連続で戻すにはとんでもない魔力が必要であるぞ』
「でも、一回の気絶で30秒分の時を戻す魔法分の魔力が増えるなら、このまま頑張って気絶していけばいけそうじゃないですか?」
『ん?魔力量が増えるのではなく魔力を貯める器が大きくなるのだぞ?』
え?魔力量=器の大きさでないの?
私が首を傾げていた。
『器は雨水を貯める穴、雨水は魔力と思うと分かりやすいかの。小さな穴では少ししか雨水は貯められぬであろ?大きければそれだけたくさんの雨水を蓄えておけるということだ』
「そもそも魔力はどうやって貯めるのですか?」
『この世界には女神様から漏れ出るお力が恵みの雨のように降り注いでおる。それを器で受け止めて魔力に変えているのだ。女神様に感謝せよ』
なるほど。確かにそれは女神様に感謝だ。
「じゃあ、ひたすら貯め続ければ連続いけますかね?」
『生きている限り貯め続けるのは無理だの。魔法を使わずとも器から魔力が生命力として使われておる。まあ、もし使えても二回が限度であろうな。巻き戻ったとしても魔力枯渇で動けぬと思うからあまりお勧めはせぬぞ』
じゃあ、とりあえず二回巻き戻し分の器の大きさを目指してあと11回頑張って気絶するか……。
頑張れ、私!ファイト〜!
さて、今までユーリカちゃんのお返しのロージアばかり出していたが、お花屋さんを視野に入れるなら他のお花も出せるようにならないとね。
そもそも私の魔法ってどんなお花が出せるのだろう?
ロージアは庭に唯一咲くよく知っているお花だ。
じゃあ、他のよく知っているお花は出せるかな?
私はお金にはならないが、よく知る野の花のタンポポによく似たポポタタを思い浮かべた。
難なくポポタタが出る。
うん、知っているお花は楽に出せるようだ。
じゃあ、前にチラッとみたカーネーションに似たカルネはどうかな?
うーん、記憶があやふやだ……。
いくら出ろ出ろ思ってもうんともすんともない。
やっぱりあやふやなイメージでは出なそうだ。
カルネよりよっぽど前世のカーネーションの方がイメージしやすい。
と、思った瞬間出た!?
え?え?え!?
これはどう見てもカルネではない。
前世で母の日に毎年送っていたカーネーション!?
違う世界のお花だ!
「ウ、ウメ!出た!前世の世界のお花!」
『ほう、綺麗な花であるの。其方の魔法はイメージ出来る花を出せるようであるな』
私は試しに薔薇もイメージする。
出た!
ロージアとよく似ているけど微妙に花びらが小さく色が赤ではなく紅だ。
おお!すごい!
そうだ!一回も見たことの無い植物図鑑のお花はどうだろう?しっかり見てイメージ出来たら出せるかな?
私は早速分厚い植物図鑑を開き行ったことも見たこともない他国の花に挑戦する。
グングンととんでもない魔力が無くなるのを感じる。
出そうで出ない。
熱い……物凄い汗が吹き出す。
でも、もう少しな感じがしてやめられない。
来い来い、出ろ出ろ!
『阿呆!ストップせよ!』
スパンと頭を叩かれた。
ぐるぐるんと部屋が回り立っていられず床に蹲る。
何これ?洗濯機で回されているみたいな、回転がえぐいジェットコースターに乗せられているようなひどい眩暈がした。
ビュンビュンと回る周りの景色に目を開けてられない。
でも目を瞑っても回っている。
「ヒエ〜、何これ?」
『魔力枯渇だ。イメージできてそうでできぬ花を無理矢理出そうとするから器の魔力が空になっておる。今、誰か呼んで来てやるから待っておれ』
魔力枯渇。これは、やばい。熱い。辛い。冷や汗が止まらない。
フッと途切れそうな意識を大好きなマルリラを思い浮かべて繋ぐ。
甘い、美味い、甘い、美味い……。
「キャロ、ウメがピギピギ来たけど何かあった?」
のんびりしたお兄様の声。
「お、お兄様、助けて……」
何とか声を絞り出す。
「キャロ!?」
慌ててお兄様が私を抱き上げる。
部屋に散らばる花を見てお兄様はすぐに察してくれたようだ。
「もしかして、魔力枯渇!?」
私はコクリとどうにか頷く。
お兄様にギュッと抱きしめられ魔力をグングン送り込まれる。
まるで乾いた砂に水が吸い込むように器に吸い込まれていくのを感じる。
はあ、どんどん熱もおさまり眩暈もおさまっていく。
『そこまでにせよ!ああ、遅かったか』
お兄様から力が抜けて私は床に落とされお尻をぶつけた。
「お兄様!?」
お兄様の体が尋常でなく熱く、なのに顔色が真っ青でおでこに冷や汗がびっしりだ。
『早く魔力を返さぬか』
「は、はい!」
私はお兄様が私にしてくれたようにお兄様を力一杯抱きしめた。
「どうやるの!?」
『魔力を器に入れるイメージをせよ』
「はい!」
私はザブザブと器に水を入れるイメージをする。
『よし、もう大丈夫であろう』
私はイメージをストップした。
「お兄様、大丈夫?」
「はぁ……ごめん、助けるつもりがキャロに助けてもらっちゃったね」
「私も助けてもらったよ。お兄様、ありがとう」
魔力枯渇がこんなに辛いとは……もう2度とごめんだ。
「キャロの魔力量は僕より多いかもしれないね。まさか、僕の魔力が空になるとは思わなかったよ。すごいね」
あ、きっと気絶した分お兄様より魔力が多くなったのかもしれない。
「お兄様、どうやら気絶するまで体を鍛えると器も大きくなるみたいだよ」
「器?」
あ、そうか。私はウメに聞いたけど、一般的には器とか知られていないんだ。
「間違えた。器じゃなくて魔力量、そう、魔力量が増えるみたい。この前気絶した後から魔力量が少し増えたような気がするよ」
「そうなんだ。僕も次の訓練の時にやってみるよ」
あ、勝手に言ってまずかったか?
『別に隠す事でもない。構わぬぞ』
ウメはそう言うとクワリと欠伸して日向に丸くなった。
ネコみたいな子ブタだね。
こうしてヴィゼッタ兄妹は訓練で気絶するまで体を鍛え、周りの騎士見習い達に尊敬の眼差しと共に震撼されるようになるのだった。
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