いつもと違う大好き
イリアス君視点です。
この騎士見習い訓練には、貴族に限らず6歳から15歳の騎士を目指す子供達を受け入れている。
みんな騎士目指して必死で鍛えているところに、明らかに文官系の少年と縁談目当ての御令嬢の存在だ。
そんな2人にみな苛立ったり、侮蔑の視線を向けている。
「ごめんね?みんな真剣だから空気が悪いよね」
「いえ、さすが騎士を目指している方々ですね。きっと素晴らしい騎士になるでしょう」
"真剣な場に君らは場違いなんだよね"
"そんなに器が小さくちゃ騎士になってもたかが知れてるね"
嫌味に嫌味を返され、顔が引き攣る。
「イリアス様も素晴らしい騎士にきっとなれますわ」
そこに意味が通じているのか、それとも本心から言っているのか分からない純粋な笑顔でキャロライン嬢がとどめを刺して来た。
"ちっせえ男だな、騎士になってもたかが知れてるわ"副音声が聞こえた……。
「あ、あのヴィゼッタ様、頑張ってください」
人見知りの引っ込み思案でなかなか自分から話しかけるなんてできないティアラが、珍しくキャロライン嬢に声をかけた。
可愛い物好きの妹はよっぽど彼女を気に入ったのだろう。
ティアラが無事名前で呼び合えるようになって兄としても嬉しかった。
「じゃあ私の事はイリアスと。ね?キャロ」
いつも女の子にしているように俺もキャロライン嬢に声をかけた。
母上にもいつも通りと言われたしね。
政略結婚のお相手でなければ、キャロは可愛いし恋人に加えても良いのに残念だ。
「はい。イリアス様」
「イリアスで良いよ」
「イリアス、では私の事もハウルとお呼びください」
すかさず、兄の方が俺の名前を呼んだ。
男に気安くイリアスと呼ばれて鳥肌が立った。
お前じゃない!
「整列!」
母上の声に俺はいつも通り先頭に並ぶ。
今日の担当は母上か。もしや、ここで何か仕掛けるのか?
「まずは訓練場を10周」
は!?いつも1周なのに!?で、剣の素振りして模擬戦して体術の型って流れだろ?
キャロライン嬢に無理な訓練をさせて、もう来させないようにする作戦か?
でも、俺らもきつい。
俺は肉体強化の魔法を密かに使う。
案の定、4周目に入り騎士見習いの貴族令息の半数以上が遅れだした。
ゼハゼハと呼吸がやばい。
「もう、無理……走れない」
キャロも限界のようだ。
当たり前だ。
訓練している騎士見習いの男でもきついのだ。
キャロの手前頑張っていた少年の数人が、もう彼女もリタイアするだろうと気が抜け行き倒れていく。
だが、そこからキャロは粘りを見せた。
無理とは口にするが走り続けていく。
意外な事に文官系で体力もなさそうな兄の方はまだまだ余裕そうだ。
6周、7周とどんどん騎士見習いが倒れていく中ヴィゼッタ兄妹は走り続ける。
リタイアした騎士見習い達の見る目が段々変わり、二人を応援しだした。
しかし、8周目に入るとキャロがいよいよ辛そうになってきた。
汗だくになり、呼吸も荒い。
「キャロ、大丈夫?」
「キャロ、本当に無理しないで」
思わずハウルが支える反対からその背中を支えた。
その背中はぐっしょりと汗だくで、そして想像したよりもずっと華奢だった。
何かが胸に込み上げた。
「キャロライン、ズルしないで自分で走りなさい。イリアス、ハウルはスピードを上げて」
母上の叱責が飛んだ。
いくらなんでもこれはやり過ぎじゃないか。
思わず母上を睨んだ。
「はい!……お兄様、イリアス様ありがとうございます。自分で最後までがんばります。私の事は気にせず先に行ってください」
しかし、彼女は健気にも心配させないように笑みまで浮かべて言った。
後ろ髪引かれる思いでスピードを上げ10周走り切る。
騎士見習いの中でゴールできたのは俺の他わずか3人だけだった。
少し遅れてハウルもゴールする。
キャロは残り1周だ。
ヨロヨロと今にも倒れそうになりながら懸命に走る姿に訓練場は水を打ったように静まり返った。
まさか、本当に走り切るのか?
そこでふと疑問がよぎった。
縁談目当ての御令嬢がこんなに真剣に訓練に参加をするものなのか?
普通適当に参加して俺に媚びを売ってくるのではないか?
もしかして、俺達はひどい勘違いをしているのではないか?
そして、とうとう彼女は走り切った。
フッと満足そうに笑顔を浮かべると崩れるようにそのまま倒れた。
俺は慌てて駆け寄り抱き起こした。
「おい、しっかりしろ!キャロ!」
必死で呼びかけるが荒く息を吐くだけで目を開けない。
「どいてください」
思わず誰の声?と思うようなドスの効いた声が訓練場に低く響いた。
ハウルはシャツを脱ぐとサッとキャロライン嬢の顔を隠した。
確かに意識のない顔を晒すのはよくなかった。
上気した頬に震えるように長いまつ毛を下ろすその顔は危うい色気がある。
動転してそんな事も気づかなかった。
上半身裸になったハウルは想像と違ってしなやかな筋肉が付いていた。
ハウルは難なくキャロライン嬢を抱き上げた。
「な、何をしているの?さっさと水をかけて起こしなさい」
「母上!いくら縁談を断らせるためとは言え、さすがにやりすぎです!」
俺は思わず怒鳴り返した。
「……あ゛?」
それはそれは地獄の門番のような地を這う低い声が響く。
「キャロが訓練の参加を望んだのは自分が父上と母上、私、そして領民のみんなを守りたいという思いからです」
俺は頭をガンと殴られたような気がした。
やはり勘違いだったとはっきりしてしまったのだ。
こんなにも優しい少女を前に俺達は何てことを!
「父上が手紙にご子息との縁談をと書いたのですか?そんな事はありえない。父上は貧乏で我慢ばかりさせてしまうキャロに、せめて好きになった男と結婚させると言っているのだから」
今まで笑顔で本心を隠していたハウルがはっきりと怒りを浮かべ、俺達を見た。
「我がヴィゼッタ家を舐めるな!」
「これは一体どういう事だ!?」
騎士団の訓練を見ていたはずの父上が怒りに震えながら母上を見た。
そばにティアラがいるということは、様子のおかしい訓練に急いで父上を呼びに行ったのだろう。
「……ん?」
「キャロ、気づいた?」
良かった、気づいたようだ。
キャロライン嬢がかけられたシャツをどかし、ゆっくりとそのアクアマリンの瞳を瞬きした。
どんな宝石よりも美しいと思った。
「お兄様、下ろして」
キャロライン嬢はシャツをハウルの肩にかけると真っ直ぐ父上を見た。
「申し訳ございません。私が不甲斐ないばかりにご心配をかけてしまいました。このままいてもお邪魔になってしまうので今日はこのまま帰ります。騎士見習いのみなさま、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……」
キャロは父上に頭を下げると、騎士見習いのみんなにも深々と頭を下げた。
騎士見習いの中には平民も混ざっている事はその服装で分かるだろう。
それでもキャロは頭を下げるのか。
心臓がドクリと鷲掴みされたような気がした。
眉が下がり涙目の彼女を今すぐそばに行って抱きしめ守ってあげたいと思った。
女の子はみんな可愛い、大好きだ。
でも、キャロは違う。いつもの大好きと違う。では何が違う?
俺は首を傾げながら、うるさいほど心臓が鳴るのを感じたのだった……。
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