その後のお話
「お兄様、大好き」
領地への帰る予定の時間が大分遅くなってしまっていたので、ユーリカちゃん達が落ち着いたら、挨拶もせず帰る非礼を伝えてもらうようお店の人にお願いして店を出た。
御者は日雇いだから超過料金がかかってしまう。
だからと言ってあの感動の場面に声をかけるなんて無粋な真似はできないしね。
お店を出て、お父様は右腕が怪力になるよう魔法を使って私を抱っこして猛ダッシュした。
「もう、間に合わないかも……」
「お父様、頑張って!諦めないでー!」
貴族の体面って?という格好だが、超過料金の前には些事である。
元々貴族の体面はポイした暮らしだ。今更気にするものでもない。
馬車に飛び乗り、御者を急がせ猛スピードで王都を後にした。
ガタゴト大変な揺れだったから、私はそのままお父様の右腕に抱えられた。
今日は朝も早かったし、いろいろ疲れた。
お父様の胸にくっつきトクントクンと心臓の音を聞くうちに、私はいつの間にか寝てしまっていた。
そして、目が覚めたら自分の部屋のベッドだった。
ちゃんと寝巻きにも着替えている。
お母様が着替えさせてくれたのだろう。
超過料金は大丈夫だったかな?
ウーンと伸びをして、ふとウメの寝る籠を見るとフルフルとまん丸お尻が小刻みに揺れている?
「ウメ?」
バッとこちらを見たウメはダバーと号泣していた。
え?私と離れてそんなに寂しかったの?恋しくなっちゃったの?
可愛い。
「ウメ、置いて行ってごめんね……寂しかったね」
私が抱き上げようとしたらウメが泣きながら猫パンチのように叩いて来た。
そうか、そうか、そんなに寂しかったか。
可愛い!
「この馬鹿者が!だから我を連れて行けと言ったのだ。せっかくの女神様からの神託を伝えられなかったではないか!」
そう叫ぶとまたオイオイと泣き始めた。
どうやら寂しくて恋しくて泣いていたわけではないようだ。
いや、ちょっと待て。
「ウメは女神様にご挨拶したいからついて行くって言ってたでしょ!?神託云々なんて一言も言ってない」
「言った!」
「言ってない!」
「絶対言った!」
「絶対言ってない!」
私達はしばらく睨み合ったが、言った言わないは不毛だ。
答えが出ない争いだ。
「今更だけど、どんな神託が下ったの?」
ウメは恨めしげに私を見ながら、おでこに桜花弁型の手を当ててきた。
もちりとして柔らかい。
いきなり頭の中に映画を観ているような感覚で映像が流れ始めた。
知らない紳士に馬車で立派なお屋敷に連れて来てもらうユーリカちゃん、手には見覚えのある草で編んだ4つの袋。
ユーリカちゃんがそうっとお屋敷に入って行く。
てことはここはフィジマグ公爵邸?
中では大騒ぎになっていた。
ユーリカちゃんと同じワインレッドの瞳、ソルフォード様と同じ蒼みを帯びた銀髪の、優しそうな顔立ちのお腹の大きな女性がユーリカちゃんに気づいて駆け寄り腕を伸ばした。多分、ユーリカちゃん達のお母様かな?
しかし、ユーリカちゃんのお母様はユーリカちゃんを抱き締めようとした寸前で倒れた。
目の前で倒れる母親を前に呆然と立ちすくむユーリカちゃん。
そこから場面が飛び、父親に厳しく叱責され、泣くこともできず固まるユーリカちゃん……。
叱責の内容から、一人で屋敷を抜け出したユーリカちゃんを心配しすぎて多大な負荷がかかり、どうやらお腹の赤ちゃんは産月より早く産まれ死産となってしまい、お母様も生死を彷徨っているようだった。
その様子を冷たく見つめるソルフォード様……でも、実際の彼に会ったから分かる。
どうして良いか分からなくて、彼もまた固まってしまっているだけだ。
でも、映像の中のユーリカちゃんはソルフォード様に目をやり絶望の表情を浮かべた。
そこでふつりと映像が消えた……。
なんて事だろう!?
あの後こんな事が起こってしまうの!?
……って、あれ?おかしくない?
ユーリカちゃんが一人で帰って来た今の映像は昨日で間違いない。だって、映像のユーリカちゃんは手に草で編んだ袋を4つ持っていた。そう、4つ。
それに、もうユーリカちゃんが抜け出さないように公爵邸の人達は注意を払うだろうし、もし万が一またユーリカちゃんが抜け出す時はソルフォード様を頼りそうな気がする。
だから、絶対この映像は昨日別れた後で間違いない。
あんな感動の場面の後、一人でユーリカちゃんを帰したりするだろうか?
もし、ユーリカちゃんのお父様に急用が入ったとしてもソルフォード様が一緒にいないとおかしい。
もしかして、この映像は私に出会わなかったもしもの世界?
私に出会ったことによってユーリカちゃんの未来が変わった?
あ、でもまだユーリカちゃんのお母様とお腹の赤ちゃんの無事はわからない。
どうか、ご無事でありますように。
あの映像のような絶望の顔をユーリカちゃんにして欲しくないと強く願った……。
――なんと!すぐに私の願いが叶っていた事を知る事ができた。
身支度を整えて(もちろん自分でだ)オイオイ泣くウメを抱いて食事室へ行くと、すでにお父様とお母様とお兄様は揃っていた。
その食事の時にお父様から昨日別れた後のお話を聞くことができたのだ。
挨拶もせず別れたが、朝早く通信魔道具を使ってフィジマグ公爵からお礼の通信が入ったそうなのだ。
通信魔道具は貴族家に設置義務がある魔道具だ。通信をする側に高い魔石がかかってくるから、うちは専ら受けるのみの魔道具である。
ユーリカちゃんのお母様からも感謝の言葉があったとお父様が話していたからご無事だ。
それを聞いてオイオイ泣いていたウメがピタリと泣き止んで私を見た。
『何で未来を無事変えたとすぐ言わないのだー!』
いや、だってはっきり分からなかったしね?
私は笑って誤魔化したのだった。
さて、その数日後だが、ユーリカちゃんからお手紙とお約束のお花の図鑑が届いた。
お手紙にはなんで何も言わないで帰ってしまったのかとお叱りと、ソルフォード様と仲良くやっている惚気話が延々と10枚の紙に綴られていた。
あと、お母様のお腹の赤ちゃんがポコポコ動いた!と最後に付け足してあった。
この手紙を出す直前の感動なのだろう。
そしてお花の図鑑なのだが……超高価な全162巻の世界のお花の図鑑がどどんと届いた。
思ったのと違う!
これ白金貨くらいの価値があるんじゃなかろうか?
でも、返すわけにもいかないので私はせっせと魔法でロージアのお花を出しては、せめてものお返しにとお手紙を添えて送っている。
私が知っているお花の中で一番高いお花がロージアだ。
で、お返しにまたユーリカちゃんからお手紙とお菓子が届く。で、また私がお返しにとロージアを送る。で、お返しのお返しにと……。エンドレスで続いているのだ。
それから不思議な事にお兄様にもソルフォード様からお手紙が届き、二人は文通しているようだ。
どうやらソルフォード様は妹と仲良くなる秘訣をお兄様から教わりたいらしい。
チラッとお手紙を見せてもらうと二人とも妹自慢を延々と書いてあった。
全く何をしているのだか?
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ユーリカちゃんを公爵邸に送って行った紳士はいったい何者なのか?それは、もう少し先で分かります。