兄ソルフォード
ソルフォード視点のお話です。
私に妹が出来たのは4歳の時だった。
母上の胸に抱かれ、父上と同じ朝焼けのような綺麗な赤い髪、母上と私と同じワインレッドの瞳の赤ちゃん。
小さな手にチョンと触るとキュッと握ってきて、とんでもなく愛らしかった。
私はユーリカを一生守っていこうと心に決めた。
しかし、残念な事にユーリカは大きくなるにつれ私を避けるようになった。
私の顔は父上によく似て普通にしていても睨んでいるようで怖いらしい。眉間の皺も何故か出来てしまうのだ。
私はユーリカを怖がらせないよう、そっと影から見守るようになった。
ユーリカはすくすくと大きくなり、いつしか彼女は側室腹のカリム第二王子殿下を慕うようになった。
そして、ユーリカの6歳の誕生日に王家からカリム王子との縁談の打診がきた。
私と同じく普通にしていても不機嫌な顔なので父上もユーリカに避けられているが、ユーリカを溺愛しておられる。
たまに物陰からユーリカを見守る私と鉢合わせして、お互い気まずい思いをすることがあるが気持ちは痛いほどわかる。
我がフィジマグ公爵家は王太子派と第二王子派のどちらの派閥にも加わらない中立派であったが、父上は可愛いユーリカのためその婚約の打診を承諾した。
その代わり、バランスを取るため私は御正室であられるメアリー様のお子の王太子シグラ様の側近になる事となった。
もちろん、可愛い妹のためだ。父上から言われてすぐ諾と答えた。
「何!?ユーリカがいない!?どういう事だ!?」
部屋で珍しくお昼寝をすると言うユーリカがベッドにおらず、屋敷の中にも庭にもいないと言うのだ。
ユーリカは一人で外出をした事がない。
いつも侍女と護衛と一緒だ。
まさか攫われたのか!?
「コリム様も一緒におられません」
と言う事は自ら屋敷を抜け出した可能性が高いな。
まだコリムを飼い始めたばかりだが、2人はいつも一緒だ。
「公爵邸の外もくまなく探せ。父上には知らせたか?」
「いえ、今日は王城で大事な会議があると……」
「構わん。父上に急ぎ早馬を出せ」
「は!」
「ソル!リカがいなくなったとは本当なの!?」
母上が真っ青な顔色で駆け込んで来た。
「母上、お腹の子に触ります。落ち着いてください。今、父上にも早馬で知らせを送りました」
「ああ、リカ……」
母上は懐妊しており来月は産月だ。
しかも、お体もあまり丈夫ではない。
私は母上をそっとソファに座らせた。
少しして父上も王城から戻られた。
「ソル、ユーリカは見つかったのか!?」
「まだ、知らせは入っておりません」
父上が帰って来たのなら私も外を探しに出たい。
「父上、私も探しに……」
「だ、旦那様!お嬢様が見つかりました」
家令が慌てて飛び込んで来た。
後ろには見知らぬ男性が二人いた。
一人はきちんとした身なりの平民で、もう一人は服は着古した印象を受けたがその綺麗な所作から貴族だろう。
「お久しぶりでございます。フィジマグ公爵」
「ヴィゼッタ伯爵、久しいな。王都に出ていたのだな。して、ユーリカはどこにいるのだ!?」
どうやら父上と顔見知りのようだ。
「はい。お一人でドルモンドにいらしていたところを娘のキャロラインが見つけました。今はキャロラインと一緒にドルモンドの一室で待っております」
「本当に無事で良かった……私が迎えに行きます」
「ソランはお腹に子がいるのだ。横になって待っておれ」
「父上、私はひと足先に馬で向かいます」
私は待ちきれず、それだけ父上に言い部屋から飛び出した。
ドルモンドに着き案内された部屋を開けると、楽しそうなユーリカの姿が目に入った。
思った通り、ユーリカの愛猫のコリムも一緒だ。
気難しいコリムには珍しく隣に座る少女の膝に乗ったりしている。
良かった。無事だ。
「ユーリカ」
私は思わず声をかけると、それまで和やかだった空気がピシリと凍った。
ユーリカは体をビクリとさせ、お兄様……と言ったきり固まってしまった。
その怯えた表情に私も動けない。
この空気をどうしたらいいのだ?
ユーリカも私もついでにコリムも動けない中、動きを見せた存在があった。
シャオラの花のような薄いピンクのフワフワした髪にパッチリとした目鼻立ちの、ユーリカと同じ年頃の目を惹かれる可愛らしい少女だ。
気を遣ってか、そっとこの部屋から出ようとする少女をユーリカが腕にしがみつき、コリムもドレスを口に咥えて引き止める。
親しげにコショコショと小声でやり取りを始めた。
こんなユーリカの姿は初めて見た。
「君は?」
十中八九、この少女は先ほどお会いしたヴィゼッタ伯爵の御令嬢だとは思うが尋ねた。
「わ、私の事はどうぞお気になさらず」
何を恐縮しているのか名乗らないので再度尋ねた。
御令嬢は気持ちを切り替えるように大きく深呼吸をした。
見知らぬ貴族相手に緊張しているのだろうか。
しかし、その後の自己紹介は私の想像を遥か上に突き抜けた。
「私は伯爵令嬢キャロライン・ヴィゼッタですぅ。よろしくね!」
パッチリした片目を瞑るともう片方は半目となり、自分を鼓舞するように顎に拳を入れた?
本当に訳が分からない。
いや、彼女がやはりキャロライン嬢なのは分かったか……?
「君はおかしいと人から言われた事はないか?」
何と言って良いか分からず、思わず正直な思いを口にしてしまった。
いや、ユーリカの恩人に何を失礼な事を言っているのだ。
「失礼した。私はユーリカの兄ソルフォード・フィジマグだ。妹が世話をかけた」
「だ、大丈夫だピョン?」
ピョン?
キャロライン嬢は手を頭に当てている。
……あ、ウサギか。なぜここでウサギ?
私は尋ねたかったが、失礼かもしれないとそのまま続けた。
「君がユーリカに気づいてくれたと聞いた。感謝する」
「と、とんでもござらん」
ござらん?ますます困惑する。
だがその時、彼女の目に覚悟を決めたような闘志が宿った。
何かは分からないが、私も覚悟を決めた。
よし、来い!
「君が見つけてくれなかったら妹は攫われていたかもしれない」
「無事で何よりニャン」
「ユーリカとはずいぶん仲良くなったようだな」
「嬉しいピョン」
「こんなに楽しそうなユーリカは初めて見た」
「私も楽しいウキッ」
「本当に感謝する」
「とんでもござらん」
油断したところに死角から鋭い突きを受けた気がした。
私は腹筋に力を込めてやり過ごした。
よし、まだまだ!
「君の父上は今、私の父上とこちらに向かっている」
「分かったメェ〜」
「もうすぐ来るだろう」
「了解……」
なぜか溜めを作る彼女を私は見つめた。
大技が来る予感がする。
私は耐えてみせる。
来い!
「了解ブー!」
「ブホッ」
私の完敗だ……とうとう堪えきれず、私は横を向いて口元を隠し笑い出してしまった。
「お兄様が笑った……フフ」
ユーリカが笑った?
それは赤ちゃん以来の笑顔だ。
私と目が合ってもケラケラと笑っている。
私も嬉しくて一緒に笑い続けた。
ひとしきり笑った後、私は言った。
「ユーリカ、心配した。無事で良かった」
「私を心配……?お兄様は私が嫌いなのに?」
私はなぜそんな風にユーリカが言うのか分からず、ユーリカを見つめた。
瞳が不安そうに揺れるユーリカに、またもや何も言えなくなる。
少し離れた方が良いだろうか。
ユーリカに背を向けようとした私を先ほど笑いの渦を巻き起こしたキャロライン嬢が引き止めた。
そして、そのまま腕を引かれユーリカの隣に座らせられた。
「何か分かりました……。えっとですね、私にもお兄様がいるのですが、私はお兄様が私を大好きな事を知っていますし、お兄様も私がお兄様を大好きな事を知っています。なぜか分かりますか?」
「……貴重な読心の魔法持ちか?」
とても残念そうな目で見られた。
ハズレのようだ。
「お互い大好きって言葉でも行動でも伝えているから分かるのですよ。お兄様はいつも大好きと私に言いますし、抱っこしてくれたり、ほっぺにキスをしてくれます。もちろん、私もします。フィジマグ様もユーリカ様も読心の魔法を持っていないのに、なぜ何も言わないしないで大好きな気持ちが相手に伝わると思っているのですか?」
大好き?ユーリカも?
ユーリカがオズオズと私を見た。
今の私達は同じ表情をしているだろう。
「私は……何よりもユーリカが大切で大好きだよ」
ジッと私を見上げる吊り目のワインレッドの瞳が揺れ、みるみる涙が盛り上がる。
ああ、こんなにも不安にさせてしまっていたのか。
私はユーリカを抱き上げゆっくり背中をさすった。
最後に抱っこしたのは赤ちゃんの頃だ。
こんなにもお互い距離をとってしまっていた。
「すまない。不安にさせていたのだな。私は目つきが悪いから怖がらせてしまわないか不安だったのだ。ずっと大切で大好きだったよ」
肩に顔を埋めてユーリカが何度も頷いた。
小さく小さくユーリカが言った。
「お兄様、大好き」
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シャオラの花は水仙の花の部分が八重桜のようなお花です。
ユーリカちゃんは大好きなお母様が妊娠中で甘えるのを我慢しています。お父様とお兄様には疎まれ嫌われていると思っていました。