8ページ目「この虫な。葉の裏にビッシリいるタイプの見た目してるんよ」
冒険者になって一週間経った。
オレとヒグンは未だに安宿に泊まり続けていた。ただ、もう冬に差し掛かっているので一番安いランクの宿に泊まるのは危険なので、オレの貯金を折半して前よりちょっといい宿に泊まっている。
ここで、二人とも冒険者なのに何故まだ安宿暮らしなのかという疑問はあるだろう。それについて説明する。
冒険者ギルドの依頼の種類は様々で、アイテムの採集や魔獣の退治、街の防衛や要人の警護など多種多様である。
ただ、依頼にも適正はある。適正に合わない依頼をこなして失敗する場合、良くて負傷で最悪は死。その内容に合わせ依頼ごとに募集の職業が設定されている。
早い話、その募集要項にある職業のパーティーメンバーがいない場合依頼を受けることが出来ない。そして、オレ達のような補助型しかいないパーティーだと受けられる依頼はかなり限られてくるのだ。
オレ達が受けられるような依頼。それは、人での少ない仕事の手伝いやアイテムの採集などがほとんどである。これらの依頼の単価はまあ、大体一食飯が食える程度だ。そこそこの宿で一泊するのに大体三つ依頼をこなす必要がある。
うむ、赤字である。緩やかではあるものの、刻一刻とオレの貯金がマイナスに傾いている。面白半分に着いていってなかったらきっとヒグンに大ギレカマしていただろうな。
「くそ〜、なんでこうも食えるキノコは生えてないんだよ〜……」
調合に必要な毒草の大量採集の依頼をこなしながら今日の夕飯に使える物を探す。だがやはり、人里近くの森というのは基本食える物は近隣の村に採り尽くされているから見つかるわけもない。味がない代わりに毒もない、腹の足しにはなるといった植物の茎くらいだ、集まっているのは。
「もうダメだ、動けぬぇー腹減った……」
ヒグンが仰向けになって草原の上に倒れ込む。
「マルエル、僕らこのまま飢え死にするのかな」
「私は別に貯金沢山あるからまだ飢え死にしないけどね」
「はぁ! も〜そこは一蓮托生だろ〜! 僕ら二人で一つだろ、僕のハーレムの一員なんだぞ!」
「はいはいハーレムハーレム。一蓮托生って言うほど絆深めてね〜よ」
「そんな冷たい事言わなくてもいいでしょ」
「そのショックをバネにしてキノコ探しだ〜。ほら、寝てんじゃねーよ」
もう依頼内容の毒草は採集し終えているので、後は自分らの飯集め。だってのにこのやる気のなさ、怠惰なヤツめ。飯食わせないぞこいつめ。
「なあ、提案なんだが。解毒の魔法後でかけてやるから、毒キノコを使って飯を作るってのはどうだ?」
「あー?」
「毒ってのは存外美味しく出来てるって言うぜ。フグもそうだろ? 毒キノコも、食った事は無いが旨味成分がギッシリ詰まっているかもしれん」
「おー」
「ちゃーんと聞けーい」
「うおっ!? 乗るなー! いや、でもこれって考えようによってはご褒美か? マルエルのお尻が僕の腹の上に、バニースーツだからほぼ直接だし……うぉっ、刺激強すぎて股間がっ」
「お前、恥とか無いんか……?」
ため息が漏れる。ったく、美人も三日で飽きると言うが、初めの頃はよく分からない意地で否定したり隠したりしてたのに、もう興奮を隠さなくなるとは。その慣れは別に何のプラスにもならないし黙っていてほしいわ。
「で、どうなん。毒キノコ飯」
「あー。まあ、いいんじゃないですか、飢えなきゃなんでもいいですよ僕ァ」
「本当にやる気ないなお前。あのな、別に惚れてた訳でもないが、あんまりテキトーやってるとまじで愛想尽かすぞ?」
「そうは言われてもさぁマルエルー! 受けても受けても報酬金の安い依頼ばっか、金も貯まらないから職業変えも出来ないし詰んでるじゃないですかあ!! やる気も削げるよそんなんよ〜」
「うわっと!?」
急にヒグンが体を起こすから前屈みによろけてしまった。地面に手を着く。
「ヒーグーン〜!!」
「うおおおおぉぉっ!?」
「! どうしたヒグン、魔獣か!?」
武器であるコンバットナイフを抜き構え、ヒグンを向く。ヒグンはオレの尻を凝視していた。
「……おい」
ヒグンの鼻から血が漏れる。こいつは……1回シメといた方がいいんじゃないか?
「こ、この光景はかなり際どいなぁごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
顎の下にナイフを当てる。こんな奴と二人きりって嫌だな、身を危険を感じるわ。早い所テキトーな奴を味方に引き入れないとな……。
「ったく、てか自分で言うのもなんだが、こんな幼児体型の女に上等な興奮向けてんじゃねえよ。お前みたいなやつな、私の居た国じゃロリコンっつって大層キモがられっ……!? キャアッ!?」
「? どうしたマルエル、珍しく女の子らしい悲鳴なんか上げじゃって。……あ、あとさ、お前今日生理っぽ」「死ね! 虫っ、ムシ!!!」
「虫? なんだよそんなの、でっっっか!!」
ヒグンの後方の木の幹に、体色が緑で黒と黄の斑点のような縦縞模様がある、触覚を生やした芋虫がいた。
芋虫のサイズは通常の何倍もある。人間の片腕程の大きさもある芋虫だ。普通の芋虫ですら鳥肌立つくらい嫌いだってのに、このサイズはちょっとゲロすぎる!!
「お、おい。アレ何とかしろヒグン!」
「あん? なにさ、ただのデカすぎ芋虫じゃないか。それにあれは毒のないタイプだぞ」
「毒がなけりゃ無害かそりゃねえぜ旦那ありゃ精神に負荷をかけるタイプの害虫だ駆除しないと全人類がSAN値チェック不可避の毎日を送る羽目になるだから殺せさあ殺せ処してオレの幸せに貢献しろグズ早くしろ」
「お、おい畳み掛けるなよ。あとしがみつくな、また元気になっちまうよ」
「元気になってもいいから早く殺してくれええええ!」
「元気になってもいいとは。ったく、遠くにやってくるから少し待ってな」
ヒグンがオレを引き剥がし木の幹にへばりつく虫に歩み寄っていく。虫はオレ達を観察し、会釈するように頭を垂れた。偶然そう見えただけのただの仕草だ、人間に通じるような意味は無い。
「さあ、怖くないからじっとしててね〜」
「怖イ怖クナイハ本人次第ダト思イメス」
「……えっ?」
「え、な、なんだよヒグン。急に高い声出して」
「いや、僕は何も……」
「は? じゃあ一体誰が」
「二人ダケノ世界トデモ思ッテイルノダロウカ。周リヲ注視シテ見ヨ。ボクハソウ進言スル。誤チヲ犯モノ、周リノ見エヌ愚者デアル事常デアルユエ」
「何言ってんだ。お前誰だ、隠れてないで出てこーい」
「出テキテイルガ。貴様ラヨリズット前カラココニイルガ」
「……あー。なるほど。ちょっといいか、マルエル」
ヒグンが背中を向けたままオレに話し掛ける。ヒグンの向こう側には芋虫がいる、虫がオレに気を使い、見えないようにしてくれているのだろう。
「仮になんだが、人と意思の疎通が取れる虫が居たとしたらどう思う」
「は? 殺しづらくなるからキツイな」
「そうかい。それじゃあ、人語を喋る事が出来る虫がいたとしたら?」
「……冗談がキツイぞ」
「冗談じゃないとしたら」
「………………一旦、会話を試みてみるかな」
「そっか……」
ゆっくりとヒグンがこちらに体を向ける。手の上には先程のデカすぎ芋虫が乗っていた。
「オー! コウシテチャント正面カラ見ルトコリャマタ不思議ナ容姿ダ。人ニ翼ガ生エテイル。翼人トイウ奴メウカ?」
「ひいぃやっぱりキモイぃ想像よりもずっとキツい……」
「失礼ナ! ボクッテバコンナニ可愛イノニ! コノ餅尻ヲ見ヨ!」
芋虫がヒグンの手の上で体を一回転させ、肛門をこちらへ向けフリフリ揺らす。なんだこれ、拷問か?
「……虫の尻見てどう感想を言えばいいんだオレは」
「可愛イカロ。自分デモ自慢ナノダヨ。チャームポイントッテヤツメウナ」
「どうしようヒグン。確かにこいつ親しみのある喋り方してるけど一向に本能的な恐怖が収まらん」
「お前は可愛いやつだなー!」
「あれー。存外ヒグンにはヒットしていたー?」
ヒグンは猫なで声で巨大な芋虫の頭を撫で、調子良くした芋虫はヒグンに向けて尻をフリフリと振った。その尻の、芋虫の尻の丸みに手を添えるようにしてヒグンが撫でると芋虫は黄色い声で「キャー!」と嬉しそうな声を出していた。なんなんだこれ、オレは何を見せられているんだ?
「君、名前はなんて言うんだい?」
「あるかー虫なんぞに。どうしたヒグン、頭飛んじまってんのかお前」
「無礼ナ! ボクニダッテキチント名前アルゾ! ボクハ森ノ妖精ユエ!!!」
「あるんだ……そりゃ失礼しました」
芋虫が顔を赤くして怒っている、体をピーンと伸ばして。見ようによっては可愛いか? そんな事ない、100の割合でキモイが勝ってる。
「ボクハ森ノ妖精フルカニャルリ!! 完全ナル調和ノ数字、3ヲ司ル火ノ神ノ系譜デアル!!」
「なにー? 虫なのに火の神の子孫なのか? そーかそーか、設定もうちょっとちゃんと練れ」
「設定ジャナーイ! 真実ユエ! ヤハリ鳥ハ駄目ダ、鳥頭トモ言ウシ低脳メウナ。オ前ハ信ジテクレルカ? 人間」
「あー? うん、信じるよー。君は本当に可愛いな」
「キャーン! ボクニメロメロスギル〜、コノ美貌ハヤハリ罪カ……」
「ヴォエッ! 本当にキツいわお前ら……」
「なあマルエル。この子、うちで飼っちゃ駄目か?」
「飼う……? 構わんぞ。オレとのパーティーは解散になるが」
「そんな!」
「お前が芋虫を愛好するのは別にどうでもいいけどよ。現状同じ屋根の下で寝泊まりしてんだ、飼うってのはオレに我慢を強要するって事だぜ。そんなの御免すぎる、同じ部屋に突っ込まれたら即ベロを噛み切って死ぬ」
「そんなにか……仕方ない。君と出会えて良かったよ、フルカニャルリ……」
「待チナサイ。二人トモ、食料ヲ探シテルンジャナイメカ?」
「? そうだが」
「人間ガ食ベル物、大体把握シテイル。ボクガ案内スル場所ニ行ケバ一週間グライ保ツ穴場ニ着クゾ。ドウスル?」
「らしいぞ。どうだ、マルエル?」
「うぇ〜虫の勧める物とか触れたくもねえ……けど、まあ私はともかくお前が食に困るのはガチだもんな。いいよ、着いていこう」
「了解。さあ可愛いフルカニャルリ、僕達をその穴場とやらに連れて行っておくれ」
「! オ前モ一人称ボクナノカ! ボクトオソロッチダ! ヨク、ヨク!」
「あはは。可愛いな〜本当に!」
げんなり。芋虫と冒険者仲間のイチャつきを見ながら木々の深まる森野奥地へ進む。空は既に薄暗くなり、夜に近づきつつあった。
*
「こ、これって、本物の宝じゃないのか!?」
森の妖精を名乗る巨大芋虫フルカニャルリに着いて行った先には洞窟があり、その奥には大量の生物の骨と、山を形成する程の量の金銀財宝が眠っていた。
「最近コノ洞窟ヲ守ッテイタアラクネッテ魔物ガ寿命ヲ迎エタンダ。子ハ全テ洞窟ノ外ヘ出テイッテココハモヌケノ殻、ツマリ所有者ノイナイガラクタ捨テ場ニナッテルメネ」
「さっきの説明じゃ、てっきり食料が沢山ある場所に案内されると思っていたが……」
「コレダケノ宝ヲ換金スレバ一週間ハ保ツダロウ?」
「いや、こりゃ一生分保つぜ。金銭感覚は人間じゃない分合わないみたいだから教えるが、こんな量の財宝、居城を買っても釣りが出るだろうよ」
「城カア、イイメネ。ボクモ城ガ欲シク。造リナサイ」
「これだけあるならもちろん建ててやるともさ! 僕はフルカニャルリ、君の親友になるよ! これも末永く仲良くてくれ!」
「現金な奴だな〜。そいつの言う事は真に受けるなよフルカニャルリ、金の切れ目が縁の切れ目だぞ」
「ネーネー人間。コノ王冠ボク二似合ウ? 高貴?」
「あらぴったり! 似合う似合う、高貴だよフルカニャルリ!! 可愛い〜」
「エヘヘー。ジャア王ノ口付ケヲシテシンゼヨウ」
「おっ、いいのかい? じゃあほっぺによろしく頼むよ」
「ウン! チュッ!」
「ヴォエッ! ウッ、ヴゥオェエ!」
あぶねっ、ちょっと本ゲロ出掛けたわ。喉元まで酸っぱくて熱い感触上がってきた、勘弁してくれ。
「ざ、財宝は有難いけど、飼いはしないからなっ! お前らがこの場で人と虫の垣根を越えた仲になろうと、同居は絶対にしないからな!!!」
「分かってるよ……だがせめて一晩だけ、共にいようよ」
「何?」
「ここはアラクネとかいうやつが最近までいたから他の魔獣は手が出せなかった。つまり安全地帯だ。ここでなら準備の少ない僕達でも安全に朝まで過ごせる。依頼の報告は明日でもいいんだし、ゆっくり体を休めよう」
もっともな意見。オレとしてもこの芋虫が居るからキツいのであって、洞窟で寝泊まりすることに賛成だ。芋虫が居るから一緒に洞窟で寝泊まりするつもりはないが。
「……はあ。まあ、そうだな。ただ、オレは寝床が固いと寝付けないから表の木の上で寝る事にするよ。なんかあったら、1番近くの木を揺すってみてくれ」
「一般的ニハソッチノ方ガ虫イルト思ウガ」
「虫がどうこうじゃなくて本当に寝れないんだよ。フルカニャルリの事は見慣れた、気持ち悪いとか言って悪かったな」
「ヨシ。コノ餅尻ヲ見ヨ!!」
「なんなんそれ、見ねぇよ、他人に尻を見せつけるのやめた方がいいぜ。オスだろうから余計にきちぃわ」
イチャイチャしている二人に手を振って洞窟を後にする。ったく、フルカニャルリが虫の妖精じゃなく、森に住む子供とかだったら全然良かったんだけどな〜。
*
「……ロ、トリ……キロ!」
……? 何か声がする。なんだろう、オレに呼びかけている? 体を揺すられている。
「……なんだよ、もう朝、か……っ!?」
目の前一杯に広がる、芋虫の顔。時間が停止した。喉の奥で、ヒュッという小さな音が鳴る。
「きゃあっ……!?」
「叫ブナッ!」
「んんうぅぅうっ!? んぅうぶふーっ!!?」
芋虫に顔をくっつけられた。これ、マウストゥーマウスでキスしてんじゃないのか? あーおっけ、死ぬわ。おっけおっけ、ベロ噛み自殺いっきまーす。
あれっ? コイツ、なんか怪我負ってないか? 暗くてよく分からないが、触れた感じの芋虫の虫皮膚が酷く傷ついている感じがする。血も流しているみたいだ、虫汁が顔に付いているのは不快だが。
「フ、フルカニャルリ? お前、怪我してるな? ちょっとじっとしてろ」
「ソンナ事ヨリ大変ナンダ、鳥! 人間ガ!」
「人間、ヒグンの事か。アイツにやられたんか? おっけ、シバいてくるか」
「ソウジャナイ! アイツボクヲ庇ッテクレタ!」
「何?」
「他ノ人間来タンダ! ワル人間! 寝テル人間ヲ殺ソウトシタカラ捕マエヨウトシタラ、ヤラレタ!」
「っ、んだよそれっ!!」
フルカニャルリの言葉を解釈するに、悪い奴が来てヒグンの寝込みを襲おうとした。それをフルカニャルリが捕まえようとしたところボコボコにされ、その後に恐らくヒグンが起きてフルカニャルリを庇い、急いでフルカニャルリは洞窟から脱出しオレの元へ来たという感じか。
フルカニャルリに回復魔法をかける。完全に治癒するには時間がかかるからとりあえず止血と重要器官の修復だけ行う。
「悪い、フルカニャルリ。戻ったら全身治してやる、ここで静かに待っててくれ!」
「ボクモッ」
「来なくていい! 人の寝込みを襲う奴だ、どうせろくでもない夜盗か何かだろ! 着いてきたらかえって危険だ、ここでじっとしてろ!!」
フルカニャルリを木の上に待機させ、身体強化を足に掛けて木から飛び降りる。三階分の高さから飛び降りたからジーンと小さな痛みが響くが気にしている余裕は無い。洞窟の中を走る。
「っ!」
入ってすぐに人の気配がした。息を潜める。
「こんな所にバスレアの財宝があるってマジなのかよ? どうせまたガセ何じゃねえの」
「頭領が戻ってくるまで分からん。ま、そんなに広い洞窟でも無さそうだし、酒でも飲みながら気楽に待とうや」
「だな。こんな薄暗い森の奥にある洞窟、普通誰も近付かねえしな」
「そうそう。まっ、居たとしてもさっき頭領に襲いかかった芋虫とその飼い主のガキみたいな、ここら辺に住む田舎野郎くらいだろ。気にする事もねぇ」
「間違いねえ。へへっ、あいつボコスカに殴られてるのに虫けらなんか庇いやがって、痩せ我慢なんかしてよ。オマケにペットに見捨てられて、無様だったよな」
「だっはは! 確かに。ペットに大層な名前つけて、強くもねえのにな! だっははははっ……は?」
「か、か……」
「お、おい? お前、口から、なんか生えてんぞ?」
「かひ、か……」
コンバットナイフを横に払い顎から引き切り、二人組みの男の片方を始末する。……一応蘇生しておいて捕まえる程度に抑えた方がいいだろうか? この世界の殺人に対する法の厳しさがどれくらいか分からないからな……。
「な、なんだお前!」
見つかった。松明の火によってこちらが照らされる。
「ガ、ガキ? ははっ、なんだよ。さっきの虫ガキのお友達か?」
「……」
「っ、なんとか言ってみろよクソガキャア!!」
男は持っていた手斧を振りかぶってきた。よかった、あんまり強くない人だ。
手斧のスイングがオレの頭を短冊切りにする前に、相手に自ら飛びかかって手首にナイフの刃を押し入れる。手首がズレ、こちらに倒れてくる手斧を掴み、手を捻って相手の片手首ごと手斧を奪いそのまま脇腹に斧を打ち込んでやった。
「がふっ!?」
まだ生きてる。まあ、たかが手斧で人の胴体を完全に真っ二つには出来ないか。ゲームじゃないもんな。
斧頭に膝蹴りを入れ、胴体の中心線にまで刃をめり込ましいくつかの内臓を破壊する。男は痙攣し倒れ、動かなくなった。
斧を引き抜く。……蘇生はさせておいた方がいいか。
一応人殺しの犯罪者になるのを恐れ、二人を蘇生し完全再生させた後に手足を蛇腹になるくらい細かく粉砕する。これなら、少しでも動こうものなら幾重にも激痛が走って動けなくなるだろう。
「……っ、アレか!」
定期的に出会う盗賊の仲間、恐らく逃げ道の確保と監視のために付けているであろう男共を一人ずつ巨神兵手足にしながら奥へと進んでいたら、沢山の人影が溜まっている所を見つけた。
財宝が投げ捨てられている穴の前には、巨体であったアラクネの居住スペースとなる空間が広がっている。そこに並ぶように五人ほど、穴を覗き込んでいる盗賊の姿がある。
! ヒグンの姿もある! あ、あいつ、全身ボロボロにされてるじゃないか、集団リンチに遭ったようだ。あれじゃ、回復魔法を掛けてもしばらくは高熱で動けなくなる怪我だな。間の悪い奴……。
「とりあえず上げれるだけ上にあげて、外の奴に荷車を持ってこさせてこの場で詰め込むか。おーい、誰でもいい。表に待機させている奴に荷車を持ってくるよう伝えてこい! 二つの馬車に載せられるだけの量載せるぜ!!」
「へい! 俺行ってきやす!」
一人の男がこちらに近付いてくる。小柄の男だ、オレとの身長差は10センチ程度だろうか。
「へへへ、あんだけありゃ遊んで暮らせるぜ……がっ!?」
角を曲がり、他の盗賊たちがいる場所から死角になる位置に入った瞬間に顎下からナイフをぶっ刺し脳天と壁をキスさせる。
即死だろうが、一応ナイフを引き抜きうなじの凹みにも横向きでナイフを入れて脊髄周りの神経をこそげ取っておく。神経をズタズタにしておけば、蘇生してもその時のファントムペインというか、感覚が残っているから上手く動けなくなるのだ。悲鳴をあげられたらバレるからな、蘇生だけしておいてコイツは起こさずに置いておこう。
さて。さてさてさて、早速だが死霊術師のスキルの使い所が来ましたな。
男の服を脱がし、バニースーツの上からその服を着る。パンプスを脱ぎ、裸足になった状態で足首ごと切断した男の足にオレの足裏を合わせ、手をかざす。
「スキル発動。死体細工」
スキル、死体細工。死霊術師が持つ初歩スキルの一つで、30cm×30cm×30cmの空間内に収まる、機能停止した生物の肉体を素材はそのままに別の造形物に加工する能力だ。
他の材料があれば銃を作れたり鎧に出来たりもするらしいが、今はとりあえず身長を盛って、この男のフリが出来たらそれでいい。靴の中に男の肉だった物を詰めて余白を埋めることでシークレットブーツに加工し、それを履いて何とか身長を誤魔化す。
さて、これでとりあえず盗賊に化ける事は出来た。一人ずつ後ろから闇討ちするでもよし、皆を一箇所に何とか固めて魔獣遭遇用の爆弾で一網打尽にするもよし。どんな手を使って懲らしめてやろうか……。
「んなっ!?」
穴の方へ近付こうとしたら、急に穴の中から男達が大量に出てきた。財宝を上にあげる為に戻ってきたのだ。その人数、ざっと数えただけでも30人はいる。馬車二つって言ってなかったか!!?
馬で移動している連中か。大名行列かなんかかよ、クソッ。精々10人程度だろうとタカをくくっていたら三倍もいる。アレは……流石に奇襲を仕掛けるのは不可能だし騙し討ちも難しいな。
「このガキはどうするんですかい?」
「あぁ? まだ死んでねえだろ。生きたまま内臓取って、新鮮なまま売りに出せば高い金で売れるんじゃねえか? あの女なら喜んで買い取りそうだろ」
「ベサリウスの所の娘ですか。いいですよね〜アイツ、エロい体してるし」
「はっは。このガキの内臓売ったら礼に一発ヤらせてくれるかもな、巷でもビッチで有名だしな」
「そっすねぇ。顔も体も申し分ないけど、病気貰いそうなのがな〜」
「俺らが言うんじゃねえって話だろうがな! がはははっ!!!」
おいおい、なに愉快そうに人身売買トークしてんだあいつら。怖ぇよ、こんなのが人里近くの森に普通に居るとか怖すぎるよ。だが、グズグズしてると本当にこの場でヒグンの解体ショーが始まりかねないし、もう動き出した方がいいよな……。
……! そうだ、いい事考えた!
この姿で騙し切れれば失敗する確率は低くなる妙案を思い付いた。少しヒグンが心配でもあるが、今は洞窟の外に行って荷車を持ってくる事にしよう!
「オイ」
「うわっ!? フルカニャルリ! お、お前、何でこんな所っ、てかなんで私だと気付いた?」
「妖精ハ生物ヲ魂デ判別スル。ソンナ事ヨリ、ボクニモナニカ手伝ワセロ」
「はあ? いや、だから、危ないから隠れてろって。お前みたいな虫けらが勝てる相手じゃねーだろアイツらは」
「……」
「な、なんだよ。睨んでる? 睨んでるとしたら睨むなよ、寒気がする……」
「アノ人間、ボクヲ庇ッタ」
「? そうかよ」
「オ前、ボクノ事気持ワルガッテル。ノニ、怪我ヲ治シテクレタ」
「そりゃな。人間なら誰だってそーするよ、だから大袈裟に受け止めんな」
「ソレハ違ウ」
「あ?」
「他ノ人間ハボクタチヲ汚物ミタイニ扱ッテ、見タダケデ虐待シテクル。同胞ハ皆人間ニ殺ラレタ。人間ト同ジ形ヲシテイテ、ボクト会話シテクレタノハオ前達クライダ」
「そうなんだ。しんどい過去をお持ちで」
「初メ、ボクハオ前達ニ復讐シヨウト思ッテイタ。ダカラ近付イタ。……オ前モ、アイツモ、ボクノ悪意ニハ気付イテイタ筈ダ」
淡々とフルカニャルリが語る。そりゃまあ、他人の悪意には敏感だから気付いていたとも。もう200年以上生きてるしね。相手が虫だし、何も出来ないだろと見くびって何もしなかった訳だが。
「ナノニ普通ニ接シテクレタ。話シ相手ニナッテクレタ、遊ンデクレタ。……コンナノ、初メテダッタンダ」
「……話長い。もういいか?」
「ダカラオ前達ヲ見捨テテ隠レテルナンテ出来ナイ! ボクニモ何カ手伝ワセロ!」
「だーかーら。何ができるってんだよお前」
「魔法使エル!」
「あ? 魔法?」
「ソウダ! 物ニ変身出来ル魔法、銃ヤ剣ヲ石コロニ変エル魔法トカソウイウノ! アト、糸モ出セル!」
「……なるほど」
物に変身出来る魔法、そりゃ潜伏するには有能な魔法だ。剣や銃を石ころに変える魔法? それが本当なら相手を無力化出来る。ただ、どちらも聞いたことが無い魔法だ、信ぴょう性はない。
……だが、糸を出せるというのは虫ならまだ出来そうかもしれない。よし、それなら考えがある。
「……分かった。一つ、頼みたい事が出来た」
「! ソレハナンダ! 早ク指示シロ!」
「まあ待て。まず、相手がどこに宝を運び出すか、その移動ルートを絞ってからだ。……ちなみにお前、安定して出せる移動の最高速度はどれくらいだ?」
「糸ヲ使ッテ、木々ヤ崖ヲターザンミタイニ移動スレバ馬ニ匹敵スル速度ハ出セル。ガ、今ハ夜デコノ時期ハ気温ガ著シク下ガッテイルカラ風モ強イ筈。出セテモ最高、人間ノ全力ダッシュクライダ」
「人間の平均的な最高速度くらいか? ふむ……おっけーだ、じゃあ暫くここで待機だ。後で追って説明する」
「分カッタ」
「もしヒグンに危険が危険が迫ったらその糸吐きとやらでバレない程度に妨害してくれ。効果が薄くても時間稼ぎにはなる筈だ」
「ソノ時ハ相手ヲグルグル巻キニシテヤル!」
「駄目だ。相手は30人近くいる、拘束が間に合わないだろ。お前がヒグンを助けたいと思ってるように、ヒグンもお前を助けようとしてああなってるんだ。捨て身の攻撃とか絶対するなよ、それで死んだら犬死だからな」
「……分カッタ」
「よし」
「……オ前、良イ奴ダナ」
「人間だったら割と皆同じような事言ってたよ。お前の知る人間がゴミしか居ないだけだ。過大評価は辞めてくれ、頼むから」
割と本気でお願いする。この芋虫こそ心根は良い奴なのだと理解は出来るが、芋虫は結局のところ芋虫だ。話してる間ずっと鳥肌立ってたし、懐かれたらと考えたらゲボが出そうになる。オレは足早にその場を離れた。