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75頁目「弱い奴を狙うのは駄目だよね」

「ようやく見つけたぞ。アランの言っていた羽付き……!」



 半年程前から仲間のアランの消息が途絶えた。奴隷貿易組織の稼ぎ頭であったアランが失踪した事で組織の経営が傾き、俺の属する組織解体の危機に瀕している。


 アランは世にも珍しい"人間の腕と翼腕が共同しているハルピュイア"を見つけたと言って姿を消した。

 趣味に走って組織抜けをしたのかと噂した者も中にはいたが、組織に所属する死霊術師(ネクロマンサー)が「アランはもう死亡してる」と言い切った事でその噂は瞬く間に終息した。


 アランは界隈では顔の利く奴隷商人だった。アランの裏切りの噂が消えると、今度は奴の死は奴隷貿易を良しとしない者の犯行だと噂された。


 奴隷商人自体はまだ法でその存在を許されているが、奴隷を集めて保有し売り捌く目的の組織の存在は違法となっている。アランが他殺されているとしたら、ソイツは組織の情報をアランから抜き取り殺害した可能性が高い。野放しにするわけには行かなかった。


 そうしてアランの足取りを追跡した所、半年の期間を経てようやく奴が目をつけていたハルピュイアを見つけた。中央都に住んでいるとは。



「妊娠しているのか……」



 ハルピュイアの腹は大きくなっていて、傍に旦那と思しき若い男がいた。……ハルピュイアは数多く見てきたが、アレはガキじゃないか? まだ100歳もいってなさそうに見えるが……。



「身なりはそこまで金をかけていないように見える。中央都住みで貴族じゃないってことは冒険者か」



 少々面倒だ。冒険者は大抵ゴロツキ上がりか騎士や戦闘系の仕事からの下ってきた荒くれ者の傭兵集団だ。非力そうに見えて俺達が束でかかっても勝てない強さを持つ奴だっている。


 ……あのハルピュイアは恐らくそっち側だ。長年沢山の人間や亜人を見てきたから分かる、アイツは平然と人を殺せるし戦闘自体にも慣れている。隣にいる旦那よりもむしろ危険なくらいだ。



「仲間を集めて数日様子見だな」




 *




「や〜、つわりが収まってよかっためね、マルエル!」

「本当にその節はどうも、ごめんね皆。めちゃくちゃカチキレてたわ私」

「本当だよ! まま怖かった!」

「ごめんごめん」



 妊娠してから初めての夏。あんなに辛かったつわりから来る気持ち悪さは次第に収まり、熱っぽさや怠さ、失われていた食欲も復活してきてすっかり体調が安定してきた。


 腹がぽっこりでかくなってきて中で生物がいる蠢きを感じる。いやはや、凄いな人体。本当にオレのこの腹ん中にチビガルーラいるのか、実感湧かねえや。


 フルカニャルリはオレよりも体が小さくて余計に腹の膨らみが目立つ。尻は大きいから「安産でありな!」って自信満々に言っていたが、そんなすんなり産めるかなぁ……いててててっ、考えたら悪寒走るわ。やめよやめよ。



「ご飯出来たよー」

「できた! ふたりともたべてね」



 ヒグンとファウナが飯を作って持ってきてくれた。オレ達が妊娠してから色んな人に聞いて回って妊婦に良いとされる栄養素を摂れるような料理を作ってくれる。何をするにも手伝うか代わりにやってくれるし、至れり尽くせりだ。



「いや〜、このままだと全部人にやってもらおうとするダメ妖精になっちゃいそうであり」

「だよなぁ。王様気分だぜガハハ」

「あはは、そのくらいの気持ちでいてくれた方がいいよ。ストレスは子供にもお母さんにも良くないからね」

「なんかヒグンの喋り方、前に比べて優しくてちょっとゾワッとなるめ」

「分かる。あとお母さんって言われるのもゾワゾワくるな。なんでだろ」

「二人して僕の心を辻斬りするのやめようか」



 飯を食い終えて食器を片そうとしたらそれもファウナに取られてしまった。


 ヒグンを除けば見た目で一番年上っぽく見えるのはファウナだ。本人もそれを自覚しているようで、最近は「わたしはおねえさんなので!」と言って家事を頑張っているようだ。最年少なのにね。



「ファウナ、僕も手伝うよ」

「わたしはおねえさんなのでわたしがぜんぶやる!」

「数多くないか?」

「へいき! わたしおしごとないから家事するの!」



 元気よくそう言ってファウナは行ってしまった。偉い子だなあ、お小遣いの額を増やしてやろう。



「ファウナって誕生日いつなんだ?」

「分からない、本人も知らないって」

「えぇ。じゃあいつから冒険者なれるんだよ?」

「自己申告が弾かれるってことは、ギルド側の基準があってそれに則って15歳以上である必要があるめな。そこが分からない以上なんとも言えず」

「あたちでも冒険者なれたのにね。不思議ー」



 メチョチョは飴を舐めている。棒付きの渦巻き模様の結構大きな飴だ。この世界にもあるんだな、それ。



「そういえば、メチョチョは妊娠してないのめね?」



 フルカニャルリがメチョチョの腹を見ながら言う。デリカシー若干アウト判定な話題だろそれは。



「結局エッチはしなかったのめか?」

「したよ!」

「ぶほふっ」

「どこに興奮して鼻血出したんだよお前」

「思い出し鼻血がね……青肌ロリのつるぷにボディ、中々扇情的だったよ」

「久しぶりに聞いたな〜。お前のキモすぎ発言」



 本当エロ漫画の人間やってんなコイツは。20歳の男と考えたら、まあ性欲の滾りは妥当だけど。こんなずんぐりむっくりな子供連中にもそれを当てられるのまじで危険すぎる。そこら辺の子供に欲情する前にやっぱり去勢だけしとくか……?



「エッチはしたのに中には出さなかっためか?」

「うん。よくよく考えたら、ままとフルカニャが大変な時期を控えてるのにあたちまで妊娠してたらぱぱの負担が凄いことになるので」

「おー、まともな理性。それはヒグンから言ったのか?」

「んーん。ぱぱってばすごい興奮しちゃってて、あたちが眠らせなかったら止まらなかったよ」

「お前……」

「英雄色を好むからね」

「英雄らしい事をしてから言えや」



 英雄じゃなくてただの女好きなんだよ、変態ロリコン性豪男なんだよな。この世界が誰かの物語なんだとしたら、お前は本編に出られない同人誌に巣食う悲しい生物だよ。



「この後僕ら買い物に行くけど、二人は何か欲しいものある?」

「ぼくは小腹が空くので軽く食べられるものが欲しく!」

「私は特に何も無くていいぞ」

「マルエルの分の食べ物も欲しく!」

「あれ〜」

「了解。あとアロマとかも買っておくよ。前のが切れかけだろ?」

「夏だぞ?」

「夜は冷えるし香りがあった方が寝れるだろ。というわけで、メチョチョ、行くよ」

「うん!」



 ヒグンとメチョチョが買い物をする為家を出ていった。



「フルカニャ、これからどうする? なんかするか?」

「うんー、今日は眠く」

「妊娠してから寝てばかりだなお前」

「うーん、虫に近いのかもしれず。前の肉体が虫だった故な」

「ふーん。あ、立つなよ。ファウナに怒られるぞ」

「めー。やっぱり人間は過保護であり〜。妖精が孕んでも普通は放置であり」

「それはそれで良くないだろ。放置されるより大切にされた方がいいだろうが。ほら、座りな」

「むぅ」



 お姉さんぶっているファウナは本当に怒ると怖い、長々と「どうしてそういう行動を取ろうとしたのか」とか「もしもの想像ができないのか」という点をねちっこく聞いてくるからな。あのほぼ全文ひらがなで表現されそうな発音たどたどしい感じで。誰を参考にしたんだろうね。


 フルカニャルリは怒っている時のファウナを思い出して座った。眠りに着くまできっとずーっと説教が続くからな。枕を涙で濡らしたくないのだろう。




 フルカニャルリはファウナの手を借りて二階の自分の部屋に戻って行った。きっとこれからお姉さんぶった童話読み聞かせタイムが始まるのだろう。


 フルカニャルリもなんだかんだでまだ子供のマインドが残っているから、読み聞かせタイムになると静かになるんだよな。ファウナが唯一ちゃんと本当にお姉さん出来る瞬間だ、邪魔はしないでおこう。



「……魂感応(オリチャ)



 死霊術師のスキルを使い家の周囲の気配を感知する。窓のそばに居る五人の正体不明の魂がある。誰だろうねえ、この人達。



「二階に三人移動、二人がオレの事見てる、と」



 魂感応を使いながら、そっと立ち上がって階段に向かって叫ぶ。



「ファウナー!! 敵ー! ヒグンの部屋の窓側から二人、逆側から一人そっちの部屋に向かって移動してるー! 水路側の窓から顔出して焼いてやれー!」

「わかった!」



 上からファウナの返事が聴こえて、すぐにボワッ! という結構強めの音がした。すぐに悲鳴とドサドサッという二つの落下音が響いた。



「もう一方の窓のすぐ横に敵がいる! その壁ごとぶち抜いて相手の腹に風穴空けてやれー!」

「ころしていいのー?」

「一応半殺し! やばそうなら私が治すから!!」



 凄まじい破壊音が響き、これまた凄まじい悲鳴が家中に響き渡る。


 悲鳴の内容を聴いてみると、どうやら腹をぶち抜かれたまま内臓掴まれて家の中に引きずり込まれたらしい。痛そう。



「さて、こっちもお片付けしますか」

「マルエル! へんなこときんし! わたしがそっちいくからね!」

「あー……じゃあ敵の位置教えるから捕まえてきてー。全員で五人ね」

「わかった!」




 *




「クソが!!! 離しやがれ!!!」



 旦那の男が家から離れ、妊婦二人とガキ一人になったから集めた仲間で奇襲を仕掛けようとしたら、失敗した。


 相手はまるで予めこちらがいるのを知っているかのように先制攻撃を仕掛けてきて、隠れている位置を正確に当ててきやがった!



「クソがぁ……!!!」



 年長に見えるガキが俺らをシバキ回し、一番ちっこいチビガキ妊婦が俺達を謎の糸で縛った。

 武器も何故かぬいぐるみやお菓子に変わっていてロクな抵抗も出来ず、家の中に一人ずつ縛られていた。



「が、ぐはっ……!」

「! お、おいガキども!!」

「あ? 口の利き方気を付けろよ人攫い共。今お前らの寿命は誰よりも短いんだぜ?」

「ご、誤解だ! 人攫いなんかじゃない!」

「じゃあなんだよ」

「その前に仲間を助けてやってくれ! そっちの怪力女に腹をぶち空けられて、もう死にかけてるんだよ!!」

「そうだね。よし、助けてあげよう」



 巨乳のガキ妊婦が仲間に歩み寄り、その首にそっと手を添えた。



「た、助け……止血をっ」

「自決?」



 ゴキッ! という音が鳴った。腹に穴を空けられ今際の際をさまよっていた仲間は、その妊婦によって首を折られて絶命していた。



「な、何やってんだてめぇこのやろおおおお!!!」

「ファウナー、ソイツの顔面の皮剥がしてやって」

「おっけー!」

「は? な、おいやめろ、近付くなやめっ、ぎゃああああっ!!!」



 ファウナ、と呼ばれたガキは俺の顎に爪を食い込ませると、腕を怪物のように鋭いものに変化させ鋭利な爪を皮膚の下に沈み込ませた。


 肉と皮膚を爪で断ち切られ、引っ張られてビリビリと音が鳴る。壮絶な痛みに自分でも驚くほどの高い悲鳴を出してしまう。



囚魂回帰(シミティエール)

「ひいぃ〜グロく、えげつなく……」

「今更だろそれは。フルカニャ、蘇生したコイツの口も塞いで。喋るのはカオナシくんだけでいいからさ」

「分かり……」

「きゃはははっ! このかわたべてもいい? マルエル!」

「不味かったらすぐぺってしなさいよ」

「おのこししない! おねえさんなので!」

「そうですか」



 俺の顔の皮を剥がしたファウナは、そのまま口を開いて俺の顔の皮を放り込んだ。皮はノコギリのようにギザギザした凶悪な歯で咀嚼される。飲み込み終えると、鮫のような凶暴な笑顔でファウナはにぃっと俺の顔を覗き込んだ。



「ちのにおい……きゃははっ、おいしそう」

「それ以上食ったら喋れなくなるからストップねー」

「うー。わかった。がまん」

「フルカニャはそっちにいる男と女の性器合体させて、熱したナイフで皮膚を焼いてくっつけておいて。扱いやすい人質に出来る」

「鬼めか?」

「妊婦いる家にやってくる悪党だぜ? 残虐な行為をしたとて誰もオレらを責めねえよ」

「めー、しかしやりすぎは……」

「お前とヒグンの愛の結晶がぶっ壊されてたかもしれないんだぜ? どう思う?」

「コイツらで子供を作らせるめ。その子供を料理にして、コイツらに食べさせよう」

「うん想定した答えを軽々と超えるのやめてね。それやったらむしろこっちが悪人なのよ」

「善悪など関係なく。大切なのは、相手に"取り返しのつかないことをしてしまった"という後悔を抱かせる事め」

「怖いって」



 フルカニャ? と呼ばれたガキが仲間二人の下を脱がせ、股を付けさせる。凄惨な拷問が始まり、口を塞がれた二人の悲鳴と泣く声が家中に響く。


 その二人を見て、ほかの二人も自分にされる拷問を想像し騒ぎ始めた。……ん? いやおかしい、一人は先程殺されたはずなのに何故生きている!?



「私よ、自分が殺した相手なら何回でも甦らせることが出来るんだ」

「く、来るな」



 巨乳妊婦が、蘇った仲間の髪を持って引きずりながらこちらに来る。もう一人の仲間は、この女に許可を得たファウナによって体を少しずつ指で千切られ、食べられている。



「顔、痛えよな。私の手にかかれば、あんたのその傷も治してやれるぜ?」

「……な、治してくれ」

「その前に、あんたらが誰の差し金でここに来たのか言ってもらわないとな」

「誰の差し金でもない、我々は自分の意志で集まりここに来た」

「ほーん。何故?」

「アラン、という男を知ってるだろ」

「アランさんか。そういえば最近見ないな」

「……お前が殺したんだろう」

「なんでだよ。知らんわ」

「とぼけるな! アランは次の標的にお前を据えていた! 何も知らないはずがない、奴を殺したのは」

「違う違う。今お前らはデコと銃口がキスしてる状態、私の指は引き金を軽く握ってる状態だ。そんな場面で声を荒らげちゃダメだろ。妊娠中の女は短気なんだぜ?」

「ゔんんんっっ!!?」



 巨乳妊婦がナイフで仲間の胸を刺し、そのままへその方へと刃を力ずくで滑らせていく。



「お前らが自発的にしていいのは命乞いだけ、私からの質疑には静かに、早急に、分かりやすく応じないと。殺しても復活させられる、それってつまり、あんたが一つ間違える毎にお友達は殺されて蘇らされてを繰り返すって事なんだぜ」



 女が仲間の心臓を引っこ抜き、俺の顔にそれを擦り付ける。



「や、やめっ、やめてくれ!」

「何故? この心臓に回復魔法をかけた、お前がお仲間さんの心臓を食べれば傷が全快するんだぜ?」

「ふ、ふざけるな! 誰がそんな!」「声が大きい」



 ナイフが股間に落ちる。下腹部にゴリッという感触が響き、筆舌に尽くし難い痛みが全身を駆け抜けた。



「ッッッッ!!!? アッグ、ギ」



 ナイフが股間から引き抜かれ、軽やかな動作でサクッと喉を切り裂かれた。声帯が破壊されたのか声が出ない。目の前の女はニヤニヤしながら、まだ生きている仲間の心臓を再び俺の口のすぐ前に持ってきた。



「このまま、放置して殺してやろうか? 他にもお前の仲間は4匹残ってるしな。どうする? 臨終しとく?」

「ッッ、ハッッ、アッ」

「なにー? 目線だけじゃ分からないって。喋るのならこの心臓食って回復しよーや? どうせ蘇るんだ、仲間殺しにはならないだろ」

「……」



 仲間は俺を見て、必死に首を横に振っていた。大の男が玉のような涙を零し、笑えないくらい必死に声を出しながら懇願するように首を振っている。



「大丈夫。心臓なんて、食われてもそんなに痛くねえから」



 妊婦のその言葉を聞いた瞬間、オレの中で最後の線が切れた。

 自分の仲間の心臓に食らいつく。痛くないというのは嘘だったらしく、動物のような音の悲鳴が仲間の口から漏れていた。


 激しく体を揺さぶっている、しかし食べる事に体の痛みは引いていき、傷が治っていくのを感じた。


 心臓を全て食い終えると、仲間の死と同時に俺の肉体は完全に再生した。



「お、おい。何やってんだよ、蘇らせてくれ!」



 俺は、俺の心臓を食べる光景を愉しそうに見ていた妊婦に言った。

 妊婦は「んー」と考えるような挙動を取ると、仲間の遺体の髪を掴んで俺の顔のすぐ前に顔が来るように持って戯けた声で言う。



「私ぃ、自分が殺した相手なら何回でも蘇生出来るって言ったじゃん?」

「そ、それがなんっ……」

「コイツ殺したの、お前じゃん」



 煽るような口調でそう言ったあと、妊婦は仲間の遺体をテキトーにぶん投げた。まるで人とは思えない雑な扱いをされた仲間は、人形のような力ない姿勢のままそこに放置された。



「ひ、卑怯だぞ!」

「卑怯か?」

「お前は人間じゃない、悪魔だ!」

「妊婦二人、ガキ一人の家にフル武装五人で押しかけようとしたお前らよりも、普通に返り討ちにした私らの方が卑怯で悪魔なのか。変わった物の見方だね」

「黙れ黙れ! この悪魔め!!! 殺してやる、殺して」「じゃあ怖いから次はお前ね」



 妊婦のナイフが耳の後ろにサクッと入る。刃の根元までは入っていないが、刃先が入って少しずつズブズブと沈んでいってるのがわかる。



「ま、待ってくれ、待ってください!」

「やだ。めんどくさい」

「お、俺達は奴隷貿易組織の人間なんだ!!」



 大声でそう言う。すると、暖炉の方で拷問していたチビガキ妊婦がこっちを見た。もう一人は相変わらず体を千切り取って遊んでいる。



「奴隷貿易組織? 固有名詞が無いな、それだと特定出来ないだろ」

「お、俺達の組織は非合法だから特に名称は存在しない。ただの奴隷貿易組織、その一つに過ぎないんだ」

「嘘ついてたら」「嘘はついていない! この状況で嘘なんかつけるはずがないだろ!?」



 必死にそう言うと、巨乳妊婦は俺の耳裏からナイフを引き抜いた。



「……で、その奴隷屋さんがなんでウチを襲撃する。その動機は?」

「さっき言っただろ、アランを殺した相手を探している。それがお前達だと思ったからだ」

「仇討ちって事か?」

「いや。仇とかはどうでもいい。ただ、今お前達がしているような拷問で、アランから組織の情報を抜き取られた可能性を考えた。組織が解体されるかもしれないこの時期に情報が漏れると、色々厄介なんだ」

「はーん、なるほどな。事情は分かった」



 妊婦はそう言うと、俺の上から退いてファウナ、フルカニャの拷問を止めさせた。巨乳妊婦は俺の仲間達を一箇所に集めると、順に回復魔法で傷を再生させていく。



「私らはアランさん殺しには何も関与していない。あんたらの情報とやらも持っていないし、あんたらの存在もすぐ忘れるだろう。と、ここで言った所であんたらは信じて私らを見逃すか?」

「み、見逃す」

「嘘だな。どのみちあんたらの仲間は一人死なせちまった。全員が等しく拷問に遭っているし、許す事なんて出来ないだろう。そのうち報復に来るはずだ」

「……じゃあ何故聞いたんだ」

「意思表示でお前らの憎しみ度を測ったんだよ。素直に『ぶっ殺してやる』とでも言ってくれりゃ、そのまま全員暖炉の薪にしてた。でも頭使って返答したからな、その勇気には多少免じるべきだろ」



 巨乳妊婦はファウナに声をかけ、俺らのすぐ前でファウナをしゃがませた。



「な、何をするつもりだ」

「隷属の錠、持ってんだろ。それ出せ」

「も、持っていない」

「嘘だな。私は世にも珍しい翼のある人間だぜ? 奴隷商人なら、商品にしたいと思う筈だ」

「ほ、本当だ! 持っていない!」

「フルカニャ」

「分かり。三妖精の悪戯(エンシェントマジック)脱げ(ミリーロア)



 巨乳妊婦が距離を取り、フルカニャが魔法を唱える。すると、俺とその仲間とついでにファウナの服が体を透けて通って床にパサパサと落ちていった。



「!? なんでわたしをまきこむのばか!」

「あ〜、言うの忘れてため」

「ちゃっかりマルエルははなれてるし!」

「お腹の子供のためにね」

「ばかばかばか! あほばかあほ!!!」

「怒るなよファウナ。ほら、着替えて着替えて」

「くっ、なんで服が……!」



 まずい、脱がされた服はいくら触っても手をすり抜けて着直すことはおろか場所をズラすことすら出来ない。目の前のファウナは普通に着替えられているのに、何故……?



「さて、それじゃあファウナ。コイツらの服の中から、メチョチョが普段着けている首輪の小さい版みたいな物がある筈だ。それを探し出してくれ」

「わかった!」

「ぼくも手伝うめよ」

「おい妊婦、お前は体を曲げちゃダメだろ。前屈み禁止じゃ」

「めー……」



 ファウナが俺達の服を探り、妊婦二人はクッションを敷いてそこに腰を下ろしていた。もう終わりだ、仲間達もそれを悟り、全員が意気消沈としていた。



「あった! メチョチョの首輪のおもちゃ!」

「よーしよし。そいじゃ試しに一つ取って魔力を流してみてくれ」

「うん! ……わっ、大きくなった!」

「よし。じゃあ、今から言うセリフを覚えてなー。『今日出会った人達と彼女達が親しく思う相手には今後二度と近付かず、その人達に害を与える目的で第三者に頼ったり、この首輪を外そうとした場合には自害します』、覚えられたかー?」

「ながいよ! おぼえられるわけないでしょ!」

「だよな。仕方ない」



 巨乳妊婦が立ち上がり、既に発動してしまっている『隷属の錠』を俺の首にカチリとはめた。



「お前、名前なんて言うんだ? 正直に言わなかったらまた仲間を食わせるぜ」



 巨乳妊婦は、少女の顔に一層残忍な悪魔のような笑顔を浮かべてそう言った。


 今日の出来事は生き残った俺達四人のトラウマとなり、アランの存在と共に記憶の奥底に封じ込められ二度と話題に上がることは無くなった。

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