6ページ目「おもろそうな方に着いていくぞ〜」
「もしかしたら自分の番に私を撃ってくるかもしれない。ので撃つのは彼に任せてもらおうかな」
勝負が始まった途端、オーナーはそんな事を言い出し自らの傍に立たせていたセキュリティの男にリボルバーを渡した。
「んうぅっ!! んゔうぅ!!」
「静かにしなさいマルエル。これは公正なゲームじゃないか、楽しまないと」
何が公正だ! その男もお前と同じでリボルバーの構造を理解してるだろ! 何発撃てば弾が出るか分かっているはずだ!!
「さあ、始めよう。では手始めに、私を撃ってみたまえ」
「かしこまりました」
セキュリティの男がオーナーにリボルバーを向けて引き金を引く。カチッ、空砲だ。彼はシリンダーを回し、今度はヒグンの方に向けた。
「待ってくれ」
「おや? どうしましたかお客様。やはり、この勝負は辞退致しますか?」
「いや、そうじゃなくて……そのリボルバーって道具、撃たれたら人体はどうなるんだ? 花瓶って意外と割れやすいだろ?」
「あー……試した事はありませんが、頭部に当たったらまず間違いなく即死でしょうね。貫通しますので」
「か、貫通!?」
「はい」
ヒグンの表情はオレの居る側からは見えないが、恐らく青ざめている事だろう。そりゃ至近距離だし貫通はするだろうな……銃を知らないからこんなバカげた勝負受けて立てるんだぞマジで。
「な、なるほど。よし、覚悟決まりました。どうぞ、撃ってください」
覚悟決まりましたってなに? え、なんだこの気持ち、嫌だ。ダークウェブの動画見てるみたいでなんか悲しい気持ちになるぞ? 頼むから早くギブアップしてくれ……!
ヒグンの番、カチッと鳴る。またしても空砲だ。続いて三射目、オーナーの頭部に銃口が構えられる。
「もしこの番も空砲で、君の番も空砲なのだとしたら、五射目私が頭を撃ち抜かれるのは確定しますね」
「……確かに。それは大層恐ろしい体験になりそうですな」
「全く。どうかそうならぬよう、願いたいものです」
空砲だ。弾が出ないのは分かり切っていたことだろう、そう出なきゃそんなセリフ出てこないはずだ! 気付いてくれヒグンっ、次の番には必ず弾が込められてる! 気付いてくれーっ!!
「おっ? 空砲、みたいですね」
カチッ、と音が鳴る。想定とは裏腹に、リボルバーから弾は出ていなかった。
「……そう言えば、先程弾を撃った後に装填するのを忘れていた気がするな……」
なんだそれっ。全身鳥肌立ったわ、翼生えてるし鶏なる勢いだわ。最後の五発目も空砲に終わり、オーナーは「失敬失敬」と言いながらリボルバーを受け取って改めて弾を込めた。
「さあ、ゲームを再開しようか」
シリンダーを回す。あたかもランダムに回転させているように見せかけているが、ヒグンからは見えない位置で小指をシリンダーの角に当てて勢いに制限を掛けているのが丸分かりだ。狙った所で意図的に止めると、彼はまた自分の番から始めようとする。
……やばい。前回のゲームを自分から終わらせ、次のゲームは自分から始める。それを相手の断りも無しに行う事で相手に不信を持たせる作戦だあれ。
「待ってください。さっきのゲームで最後にソレを向けられてたのってあなたですよね。順番で言ったら次は僕からになる筈だ」
ほら釣られた。一慣性の法則の応用みたいなもんか? 姑息な手を使って嵌めにいくし、見事に気持ちよく嵌められてるなヒグンは……。
どうする? もうそろそろなにか行動を起こすべきか? ヒグンが撃たれたとしても回復魔法を使えば助ける事は可能だ、だが問題は『隷属の錠』の存在なんだよな。
魂の隷属っていうのが一体どういうものか分かっていなく、精神に異常を来すものであった場合そっち方面の回復は専門外だ。オレが手をつけたのはあくまで肉体へのアプローチが出来る魔法のみだからな……。
「んっ、んーっ!!」
「まだ何か言いたげだね。……仕方ない、少しだけなら口を挟んでも構わないよ。但し、ゲームの勝敗に影響が出る発言をすると判断した場合はまたすぐに静かにしてもらうけどね」
オーナーが指示すると、オレの口に当てられていた大男の手が退かされる。
「ぷはっ! ヒグン、こんな勝負やめよう! 馬鹿げてる。少なくとも隷属の錠とこの勝負を結びつけるのは違うよ、私との勝負じゃないだろこれっ!」
「いや、これはマルエルちゃんとの勝負だよ」
「どこがだよ!? オレは全く関係ない、お前とオーナーが勝手に殺しあってるだけだろ!?」
「君は僕が負けると思い込んでいる。だからこそ、これは君との勝負なんだ」
「っ、なんだよそれ! 話にならねぇ!!」
「そうだね、今は君と話す時間じゃない。続きをしましょう、オーナーさん」
「えぇ、ではお客様の手番からですね」
再び口を塞がれる。ふざけるな、言われっぱなしで黙って見てられるか! 今すぐこの大男の腕をへし折って二人の鼻っ面ぶち折ってこんな勝負終わらせてっ。
「大丈夫だから。信じて見守ってて」
オレが暴れだしそうなのを感じ取ったヒグンは、コチラに振り向くと自信に満ちた顔をしてそう言った。なんで、そんな顔を出来るんだ……? 本当に勝てると思ってるのか……?
力が抜ける。これ以上精神の面でこの男に加担するのは下らないと判断した。長生きすれば何人か出会うようなただの変人だ、そんな相手に何を必死になっているのか。やめだやめ、一瞬見所があるなと思ったけど、結局ただの馬鹿だった。それだけの男だコイツは。
「四回目の私の番、ここで弾が出なければ、お客様の負け、ですね」
「えぇ。もし次の番に僕が死ねば、僕の負けです。運命の瞬間って感じですね」
「……ふふ、まったく。大した余裕だ。いいでしょう、君の勇気に私も応えましょう。さあ、引き金を引きなさい」
オーナーがセキュリティに引き金を引く許可を出す。ゆっくりと、重たげな動きで指が少しずつ締まっていき、やがて銃の機構が動く音が静かに鳴り響く。
カチッ。それは、空砲を知らせる音。次の番で発砲されるのが確定した音だった。
ヒグンの敗北が確定した。確定というか、死だ。だと言うのにヒグンは何も言わない。泣く事も喚く事もせず、ただ自分に銃口が向けられるのを無言で待っていた。
「お客様、如何なさいますか? リタイアしても構いませんよ。この銃は、確実のお客様の番に弾丸を吐き出します。運の絡まない絶対の運命だ、こんな所で命を散らせたくは無いでしょう?」
「……はっ。何言ってるんすか」
? ヒグンは自分に勝ちの目が無くなったというのに、なお余裕を崩さずに言い放つ。
「降りないですよ。勝負事なんだ、ちゃんとした勝敗が決するまでは、つまりキチンとこの心臓が止まって僕が敗北するまで、僕は勝負を降りない」
「見事。では、覚悟してください」
おいおい。おいおいおいおい、ヒグンもそうだがオーナー! う、撃つのかよ、本当に撃つのか? 客を? イカれてんのかこの人!?
違う、オレにはどうでもいい話だ。だからここでヒグンが脳をぶちまけて死んだとしてもオレは何とも思わないし気にしない。よくある話として、記憶にも残さないでこの場を見送ればそれでいいんだ。
「どうぞ、引き金? ってやつを引いてくださいな」
ヒグンがそう言うと、セキュリティの男が引き金を引いた。
ドンッ! という爆発音。リボルバーから人の頭蓋を砕く弾丸が吐き出され、それは正確にヒグンの頭部に命中し彼の頭の角度を変えた。
ポタポタ、血が床に零れる。遅れて椅子に座るヒグンの体も机に崩れ落ち……ない?
崩れ落ちない。いつまで経っても彼の肉体は静止したまま、所かゆっくりと頭を上げ、彼は目の前のオーナーを見据える。
「な、なに? 確かに弾は頭部に、眉間に当たったはず……!?」
「死にませんでした。という事で、僕の勝ちです」
「!? ま、待て! 撃たれたら負けと言う話だっただろう!?」
「撃たれたら負けだなんて僕は言ってませんし了承もしてませんよ。死んだら負けと言ったんです。そして、あなたはそれを了承した。こちらが提示する敗北条件に同意した。それに、言ったじゃないですか。僕が死ななかったら僕の勝ちと」
「そんな事言っていたか!?」
「言いましたよ、マルエルちゃんに対してですけど。でも、隷属の錠は外れました」
ヒグンは自分の首から隷属の錠を外し、机の上に置いた。
「少なくとも隷属の錠は、今の勝負僕の勝ちだと判定したようです。隷属の錠は無生物なので、その判断基準に感情の介入は一切なく、公正な視点であったと言える。なので、この勝負は僕の勝ちです」
「ふ、ふざけるな! イカサマだ!! そうに決まってる!!!」
「イカサマですよ? 当たり前じゃないですか、誰が真っ向から命賭けた勝負なんかするんですか……」
「なら、一体どうやって……」
「簡単です。僕、冒険者でして。職業は『重戦士』なんですよ」
「じ、重戦士……? だからなんだ!」
ヒグンはオレの方に歩み寄ると、口を塞いでいる男に「退いてください」と言った。男はオロオロとした様子でオーナーの方を見る。
「説明しろ! 重戦士だからなんだと言うのだ!?」
「冒険者の職業っていうのは普通の仕事とは違って本人の体内、魔力を生成する器官にその職業に対応した魔石を移植するんですよ」
「魔石……?」
「正式名称は知らないので俗称です。で、その魔石は肉体に溶けて全身を巡るようになると、経験を積んだり体を鍛えたり魔力量が増える度に特殊技能を獲得出来るんです。魔法のようなものですね」
「それがなんの関係がある、何の話をしているんだ」
「重戦士の特殊技能、『肉体硬化』を使ったっていう話をしているんですよ」
「肉体硬化だと?」
「はい。重複出来る代わりに体表の硬さと耐える時の筋力だけ限定的に大幅強化する技能です。『身体強化』魔法の亜種ですね」
「……それを使って、弾丸を弾いたのか」
「そういう事。なんでぶっちゃけ、最初から負ける気はしなかったですよ。銃の威力を見た限り、『肉体硬化』二回程度で耐えられると確信したので」
「そうか」
そこまで説明を聞くと、オーナーはセキュリティの男からリボルバーを奪い、慣れた手つきで弾を装填しシリンダーに指を添えた状態でヒグンを背中から撃った。
1発撃つ度に親指でシリンダーを回転させ再装填し、五発全弾ヒグンの背中に叩き込む。だが、ヒグンは崩れ落ちること無く立ったままの状態で振り向くと、オーナーに向かい合った状態で首を鳴らした。
「昔から、魔獣とかいう人間じゃ勝てるわけない相手とばかり殺し合ってきたんだ。こんなの、豆まき程度でしか無いんですよ」
「くっ……! ふ、ふざけるな、ふざけるなよっ! マルエルは将来有望な子だ、近い未来ウチのエースに、それ所かこの繁華街の女王になる素質がある!! お前のような田舎者に渡す訳にはいかないんだよ!!」
「随分高く買ってるんですね、こんな小生意気なメスガキを」
おい、誰が小生意気なメスガキだ。ぶっ殺されたいのかこいつ。
「それに繁華街の女王って、この子まだ子供でしょうが。こんな子供に高級娼婦をさせようだなんて、気持ち悪いんすよ。性癖異常者が」
「黙れ!! 彼女を所望する客は山のようにいるのだ、これからが売り込み時なんだよ!!! 歳がなんだ、この子は身寄りのない孤児だ! 行く所が無くて路頭に迷っていた所を俺が拾って助けてやった! 体売る程度の事、恩返しの為なら何ともないだろうが!!!」
「なるほど。マルエルちゃんを拘束しているあなたも、同意見なんですか?」
ヒグンは急にこちらを向き、オレを掴んだままの大男に問い掛けを投げる。大男は何も言わない。
「マルエルちゃんを離して下さい」
「……」
「聞いてます?」
「……」
「オーナーさん。この人意思とかないんですか? さっきからまったく何も反応しないんですけど」
そう言って目を離した瞬間だった。男はオレを離し、背後からヒグンを羽交い締めにする。
「なにっ!?」
「よし、でかしたぞ! その『肉体硬化』とやらも無限に続くわけではないだろう、それが途切れるまで拘束して、途切れた瞬間に撃ち殺してやる!」
「はあ。それは困る……なっ!」
ヒグンは膝を曲げて両足を上げ、自分の肉体を大男に支えさせると、一気に両足を落として床に両足をつき、大男の腕を掴んだまま前かがみになる。
男の体が浮き上がり、そのまま前方のガラス天板の机に叩きつけられる。自分よりも余程でかい体格の相手を投げたヒグンは何ともない顔で伸びをする。
「貴様っ!!」
「……まぁ、そうなるわな」
ヒグンがセキュリティの男を一人投げたせいで、他の三人の男とオーナーが警戒心MAXでヒグンの周囲を取り囲んでいる。さっきは意外な怪力に驚いたが、流石にパワー系田舎人でも4対1はしんどいよな。
「ヒグンさん」
「マルエルちゃん。待っててね、頑張ってコイツら何とかするから」
「一人では無理でしょ。オーナーはまだしも、他3人は元冒険者とか傭兵とかだよ。全員を相手にするのは流石にアクション映画すぎる」
「映画とは。よく分からないけど、なにか作戦でもあるのかい?」
「ある。とりあえず、何人なら同時に相手できるか教えて」
言いながらヒグンにセキュリティの男からくすねておいた鍵を渡しておく。これでいつでも脱出できるね。
「武器無しだし、二人なら多分勝てる。ちなみに、オーナーさんは数に入れてない」
「おっけ、じゃあ私が2秒数えるから、0になったタイミングでオーナーさんとそっちについてる男気絶させに行って」
「分かった」
流石冒険者、仲間に恵まれて無かったにしても経験値はそこそこ積んでるらしい。対応力が高いな。
「数えるよ。2、1」
「……っ!」
「0になったらって言ったけどぉ!?」
ヒグンはオレが指定したより一瞬早く動く。仕方ないのでオレもそれに合わせて前に迫っていた男の懐に潜り込んで鳩尾をぶん殴って終わらせ、扉側にいた男の蹴りを受け止め、土踏まずに肘を当てて足首に手首を通して捻り壊す。
「がああぁっ!?」
「なむさんっ」
足首がグリングリンになって悲鳴をあげる男の顔面を拳で床に叩きつけて意識をぶっ飛ばす。背後を見るとヒグンが二人のセキュリティの首を絞め上げて落としており、オーナーさんが追い込まれたように壁に背中を付け弾の込められていないリボルバーをヒグンに向けていた。
「ま、待ってくれ!」
オーナーさんの前まで来て、折った机の足を振りかぶったら彼は必死に静止を求めてきた。
「卑怯なゲームをふっかけて殺人未遂。私に黙って売春させようとしていた。許す余地あります?」
「待てよマルエル! こ、困っている時にお前を助けたのは俺だぞ!? 貧民街に居たお前を救ってやった恩を忘れたのか!?」
「言ってなかったがな、確かに天涯孤独だし死ぬほど借金も負ってたけど生活に困窮していたわけじゃねえし、あんたに貰った恩より貸しの方がでけぇんだよ。人としてすら扱われてなかったのを知った今、何を言った所で私はお前をボコすのをやめねぇ」
「く、くそっ! この、社会を知らぬクソガキが!!! お前のようなケツの青いガキが自分ひとりで生きていけるとでも!? 収入の安定しない冒険者の青二才に寄生してマトモに生きていけるとでも思っているのか!? お前らのような頭の足りない、夢ばかり見て現実を見ようともしない若者は山ほどこの世に居る。そういう奴らから脱落していくのが社会なんだよ!!! すぐに後悔することになるぞっ、この街で俺の言う事に従っていた方がマシだったと心から後悔する日々がすぐに来る! その時になって縋られても俺はお前など」「長ぇ」
フルスイングした。オーナー……元オーナーの頭はひしゃげ、即死したのを手に伝わる感触で理解する。
「……えっ。いやいや、えっ!? 殺したのか!?」
元オーナーを殺害し終えると、他の男達を縛っていたヒグンが慌てた様子で近寄ってきた。
「や、やばいよやばいよ! 勢い余って殺人を犯してしまったよ僕の冒険者仲間(仮)〜!!! 連帯責任で有罪は免れないのでは!? 嫌だ〜僕のハーレム伝説の一歩は始まったばかりだと言うのに!!!」
「まだ仲間なるって言ってませんけど」
「えっ!? そんな馬鹿な! いや、待てよ。僕は三回勝負に勝ったのだからマルエルちゃんに対して絶対的な命令権を所有しているはず。つまり仲間になれと命じればそれだけで」「隷属の錠貸してください」
「隷属の錠? 何故?」
「いいから」
隷属の錠を受け取り、元オーナーの死体の首にカチャンとはめてやる。
「あぁ。殺した相手の尊厳まで破壊しようってのか……ちょっとここは義憤に燃えて君を叱るべきなのだろうか」
「違うわい。人の事ド鬼畜野郎扱いするんじゃないよ。……囚魂回帰」
死体に魔法をかける。人間が使えない類の、法改正されたら使用禁止になるであろう魔法だ。自分が殺した相手限定で、殺してから五分以内なら蘇生出来るという魔法。それを掛けると、たちまち命の消えた元オーナーの傷が修復され、空となった肉体に魂が宿った。
「ぐっ……こ、ここは」
「生き返った!?」
「こんな下らん所で殺しなんかしないっての。おい、元オーナーさん。いや、グラディオ・アルフォンソさん」
「マルエル? ……っ! 思い出したぞ! お前、俺への恩を忘れて机の椅子なんかで人を殴りやがって! おかげで死ん……死んでない? ど、どうして死んでないんだ? 俺」
「蘇生させました」
「蘇生……?」
「はい。私、ちょっと特殊な魔法使いでして。自分がぶっ殺した相手なら何回でも蘇らせられるんですよ」
「は? ……ははっ、何を馬鹿な」
「ヒグン」
「あ、あぁ」
「刃物なんかない? 持ってきて」
「え!?」
「ちょ、ちょっと待てマルエル! お前何をするつもりだ!?」
「死んでも何回でも生き返れるよーって、証明してあげようかなと思って」
そう言うと一気にグラディオの顔から血の気が引く。肉体再生しか直後は生命力が活性化され皮膚が赤っぽくなるのだが、その赤みも気にならなくなるぐらいの見事な青ざめだ。
「待ってくれ、話をしよう!」
「嫌ですけど?」
「頼む! わ、分かった! 君が店を辞めることに対しては何も言わないしもう関わらない事を誓う! だから妙な事はしないでくれ!」
「って、言うだけなら簡単ですけど。油断した所で私を攫って内臓バラそうとか考えてませんか?」
「そんな事考えていない!」
「証明出来ないですよね。なので、これから私の身が安全になる為の策を弄します。ヒグンさん?」
「マ、マルエルちゃん? 流石に刃物を使うのはちょっと……」
「……じゃあ扉の方に居て。キツかったら目瞑って耳閉じてなよ」
「ひえぇ……」
ヒグンは俺に言われた通り、扉の前でしゃがむと目を瞑って耳に手を当てた。本当に冒険者か? 情けない奴め。
オレは自分でグラディオの机に入っていた折り畳みナイフを持ってくると、グラディオの頬にナイフの刃を置き刃先を眼球に近付ける。
「魂への隷属を受け入れる、って言え」
「隷属の錠か……! お、俺なんかを隷属させて何を」
「一生私らに近付かないって誓わせるんだよ。たったそれだけの事だ、構わないだろ?」
「ふ、ふざけるな! 誰かに魂を隷属させるというのは、生殺与奪から何から何までソイツに握られるということなんだぞ!? そんな簡単な話を鵜呑みに出来るか!」
「そう。あんまり苦労して来なかったタイプか、グラディオは」
「へっ?」
ナイフを眼窩に潜り込ませる。まだ眼球が溢れてもいないのに悲鳴が零れる。
「うわあああぁぁぁぁっ!! がっ!?」
「顔に刃物を当てられているのに強気な態度なんか見せちゃダメだろ〜? 下から出ないと、誤って殺されちゃうぜ?」
「う、ぐ、ゆ、許してくれ」
「うん。だから、今回の事は不問にしてやるから隷属しろって言ってんの。ほら、リピートアフターミー。魂への隷属を受け入れる。さんはい」
「……魂、への、隷属を、受け入れる」
グラディオが力ない声でそう唱えると、隷属の錠が光り仮契約が終了した。
「よーし。じゃあそのまま、『グラディオ・アルフォンソは、マルエルに対し一生涯を掛けて隷属する事を誓います』と言え」
「ほ、本気なのか……?」
「本気じゃない奴が目玉抉るか? 蘇生能力があるからと、人を殺すか?」
「……グラディオ・アルフォンソは、マルエルに対し、一生涯を掛けて隷属する事を、誓います」
二度の隷属の誓言を口にした事、名前を付けた縛りを加えた事により『隷属の錠』の本契約が適用される。錠はグラディオの喉に沈み込むように肉体に溶け込んでいき、グラディオの喉には契約の首輪の刻印が記されていた。
「く、そ……」
グラディオが項垂れる。これからグラディオは、オレが命令する事には絶対逆らえないしオレに対し害意や悪意を向ける事すらペナルティを受ける身体となった。オレに対し危害を与えようとすれば耐え難い苦痛が全身に迸り、戦意を喪失するという仕組みだ。よく出来た道具である。
「それじゃ、今から命令するからよく聞いていろよ?」
*
「で、結局なんて命令したんだい?」
店を出た後、オレはヒグンが泊まっている宿にお邪魔する事となった。前まで住んでいたのが『黄金不夜』の社宅だったから、もうあそこには居られないしな。
自分の部屋から最低限これは必要だろうという荷物と金の入った荷を下ろし、彼が座ってもいいと言ったのでベッドに腰掛ける。格好はバニースーツのまま、上にジャケットを羽織ったままである。あの後直接ここに来たしな。
「私とヒグン、その周辺人物に近付いたり害を成そうとしたり、動向を探るような真似はしないこと。私の事は円満退職したと他の従業員に説明し、ボコしたセキュリティ達にももう関わらないよう伝えておくこと。そう伝えたよ」
「徹底的だなぁ。まあ、そうでもしないと事件として取り扱われるか、今後の事を考えたら妥当だね」
「まあね。……あと、まあ稼がせてもらったのも事実だから、本当に困った事があって人手が欲しい時だけ連絡してきてもいい、とも言っておいた。一応ね」
「頼りたくても頼れないでしょ、一回殺されて目玉まで抉られたんだぜ? トラウマになってるだろうよ」
「人を無知で扱いやすいオナホ候補として見てたんだからそれくらいしてもいいだろって。ふぅー……んっ!」
腕と背中、ついでにたたみっぱなしだった翼も伸ばし、ヒグンのベッドに仰向けで倒れ込む。余計な気苦労をした一日だった、普段よりもドップリと疲労してしまってるな。風呂入るのがめんどくさい。
「で、今日どうするの?」
「ん? なにが」
「なにがじゃないよ。私はお前を選んで仕事を辞めてきた。お前の言うことに従ったんだ、他に命令があればなんでも聞くよ。今日限定でね」
「あー、そういえばそうだった」
目を閉じたまま話す。三日前と今日とで大体分かった、ヒグンは欲望に正直すぎる所やエロへの渇望が凄まじい所があるが、ピュアで真っ直ぐな人格を持っている。男のベッドに露出度の高い格好で寝転がるなど据え膳みたいな物だが、こんな姿のオレを見てもコイツは何も手を出してこないだろう。
「……さっきの話だけど、僕と冒険者をしてくれ」
「んー。いいよ」
「! いいのか!?」
「いいよ。ちゅーかその為に着いてきたんだし。ハーレムだっけ? その1号になってやってもいいよ、見てる分には面白そうだし」
「!!! ハーレムの方まで承諾するのか!!?」
「んー? いいよ。どうせ、女に手を出す度胸なんて無いだろお前」
「失礼な! 合意だったら手だって全然出す気だよ僕は!!!」
「ふーん」
ならば、と。オレはバニースーツの胸の部分を指でつまみ、片方だけピラッと捲ってヒグンに見せた。
「ほれ」
「っ!? な、なななななななにやってるんだおっぱ、見えてっぶほふっ!?」
「きゃははっ。胸見た程度で鼻血出すような奴が女とヤレるとは思えね〜。裸なんて見た日にゃ出血性ショック死するんじゃねーの?」
「ぐぬぬ……」
悔しそうに歯噛みをするヒグンを見て満足したので、体を起こして風呂に入る身支度をする。
普段はぶっちゃけ裸族だが、流石に女体の状態で男と同じ屋根の下で裸になる訳にはいかないので寝間着は買った。この世界の寝間着、肌に合わないんだよな。生地の悪い作務衣って感じ? 固いんだよ、だから今まで裸で寝てたってのに……。
「あ、そうだ。マルエルちゃん」
「? なに、今からお風呂だけど」
「うん、今日一日僕の言う事は絶対聞くってルールがあるから先に言っとくね。マルエルちゃん、今後の普段着はバニースーツ固定で」
「………………」
………………。
「………………え? なに? なんて?」
「うん? だから、これからも普段着は基本バニースーツ着用ね」
「なんで……?」
「いやほら、僕のパーティーはハーレムをテーマに人数を集めていくわけでしょ? 正装としてバニースーツを着ていた子なんてレアだし、バニースーツって服装がもう大富豪が侍らせる女の服みたいじゃん? ということで、これからは基本僕がいいよって言うまではバニースーツ着用ね?」
「………………殺されたいの?」
「今日1日何でも言う事聞くって言ったよね???」
「……それは今日一日だけ適用するって話で」
「今日一日絶対適用されるという条件の中で今後の方針を決定したとならそれは今後遵守するべき掟になると言っても過言では無いと思いますだってもう既に"決定"してしまった方針なので」
「コイツ……」
早口でまくし立てられたが、まあ、言わんとしてる事は分かる。ランプの魔神の3つの願い事の一つに願い事を増やすことを願うようなものだよな……。
バニースーツが呪われた装備に変化しました。マルエルはユニークスキル『痴女』を獲得しましたってか。死ねコイツ、この変態クソ野郎が。