67頁目「儂の魔力はもうすっからかんなのじゃ」
「陽動作戦ですか」
シガギュラドに戦う為に残った冒険者達がログズバルドさんの元に集まる。魔力の貯蓄が必要だったオレ達とシャクラッチャさんが遅れてやってくると、彼は提案の続きを説明する。
「シガギュラドは高い知性を有する。人語を解し、こちら側を欺き深手を与えてきた。ブレスによる攻撃もより多くの敵を攻撃するのではなく、ブレスに呑まれた敵を確実に殺す事を意識していた。まるで我々人間が害虫を駆除するかのように、奴は確実に敵を絶やさせる方法を使ってくる。普通に戦えば我々の勝ち目は薄いだろう」
とにかく徹底的に焼き潰してたもんな、ブレスを放った時。魔法使い達の結界や防御系の魔法すらも長時間照射する事で中の人達を蒸し焼きにして、その後に火力を上げて一気に炭化させる所までやっていた。
あの行動は野生動物には無い"鬱陶しい相手に対する鬱憤"を晴らすかのような、人間じみた執念を感じた。
オレを狙った際に不意打ちの騙し討ちで殺したのがエドガルさんだったのも、恐らくは偶然ではなく意図した物だ。
高威力の攻撃力と移動速度、周りを見て判断出来る所。シガギュラドの立場になって考えれば確実に一番先に潰しておきたいのはエドガルさんだもんな。
「だからその知性を利用するんだ。題して、マルエル大分裂作戦!!!」
ログズバルドさんがドンッ! と地面を踏んで大きな音を鳴らす。
これは口に出している言葉では無いためストレートに言おう、なんだその間抜けそうな作戦名。リアクションに困るが。
「えーと、説明お願いできます?」
「そのままだ。サーリャ!」
「はい〜。欺きの呪符、発動」
サーリャがログズバルドさんに呪符を貼り、指で印を結ぶ。すると、ログズバルドさんの体が発光し光が収まると翼の生えた灰色の髪の少女が現れた。
「……マルエル?」
「だよね、やっぱこれ私だよね。えっ、なんすかこれ?」
「貼った相手を別の誰かの姿に誤認させる呪符だよ〜。ログズバルドさんにお願いされて、ここにいる全員分量産してきたぁ」
「なるほど。これでマルエルを沢山作り、皆で襲い掛かることでシガギュラドを困惑させるという作戦めね」
「その通り! マルエルは唯一硬度を無視してシガギュラドを殺す事が出来る人間だ! 真に危険を秘めた敵を特定できないというのは、知性ある獣にとってかなりのストレスになるはずだ!」
えぇ〜? いや、結構いい作戦かもしれないけどさ……。絵面をあまり想像したくないかもなあ。
「フルカニャルリはヒルコッコ? と組んでさっきの糸を使った空中戦でシガギュラドの付近を飛び回ってくれ」
「ぼく? なぜ名指しめ?」
フルカニャルリがヒグンの背に隠れてからログズバルドさんに問う。さっき共闘してたじゃん、なんで人見知りを今更発動してるの?
「フルカニャルリの戦闘スタイルは目立つからな。その高い機動力からフルカニャルリの変装は見破られやすい。マークを外されるよりも、もう一人を背負う事で本物のマルエルを背負っていると思わせたい。ヒルコッコを選んだのは、皆より危険度が高いから緊急の避難用だ」
「なるほど……?」
確かに、冒険者では唯一の空中戦が出来る存在だもんな。陽動にはかなりうってつけな人材だ。
「オレからも、いいすか」
そこで一つ策を思いついた。オレは手を挙げ、皆の注目を集めた後に一つの策を提案する。
*
「嬢ちゃん、ヒグンとこの斧使いの子だよな?」
怪我をした人の元へ水を運んでいる最中、知らない男の人に話しかけられた。ヒグンっていうのはぱぱの名前だ。パパのお友達かな?
「あたちメチョチョ!」
「メチョチョか」
「うんー! あ、でもあたち斧使いじゃないよ! 料理人!」
「料理人? でも武器は斧だろ?」
「うん! 尽斧ニグラト、とても強いよ! 見る?」
「いや。……嬢ちゃんさ、結構強いよな?」
「?」
男の人は、手が一本だけになっていた。さっきの戦いで怪我をしたようで、もう戦えないんだ。
……あ! この人、エドガルって人と一緒に戦ってた人だ! エドガルって人と同じ武器を使ってた、弟子? って人だ!
「一つ、頼みたい事があるんだ」
「頼み? あたちに?」
「あぁ」
男の人は真っ直ぐあたちを見る。その心は熱くて、キラキラ輝いていた。綺麗、というよりも強そうな色だ。なんていう感情なんだろう?
「俺はもう戦えない。俺とエドガルさん、二人の技を嬢ちゃんに託す。それを使って、仇を取ってほしいんだ」
「仇を?」
「あぁ。仇を取って、街に住む俺の友人や家族、仲間を助けて欲しい。……頼めるか?」
「んー……技を託すって、あたちでも一日で覚えられる?」
「こっちに来てくれ」
男の人は、自分の胸に斧の刃を向けた。それはただの自分を傷つける行為ではなかった。
あたちは、男の人の心を受け取った。シガギュラドを倒してほしいという意志を貰った。動かなくなる最期の瞬間まで、男の人の心は爛々と輝いていた。
目をそっと閉じさせて、あたちは彼の心を受け取り、飲み込む。魂を売られた以上、悪魔ならその願いを無下に出来るはずもない。
「……うん、分かった。これは契約。必ず仇は取ってみせるよ。だからおやすみ、勇敢な人」
*
何人にも増えたマルエル、つまりオレの姿をした冒険者達が一斉にシガギュラドに攻撃を仕掛ける。
ログズバルドさんの読み通り、最初見せていたシガギュラドの攻めの姿勢とは打って変わり、龍はこちら側の攻撃を躱したり防いだりするのにリソースを割いている。
ただ、メチョチョは魔力温存の関係もあって前線から退いて姿を隠しているからシガギュラドの堅牢な守りを中々突破出来ない。
戦闘能力が突出してしまうとオレではないとバレてしまう為、ログズバルドさんやフルンスカラさんも中々攻めきれず戦況は五分。緊迫した状況が続いていた。
このままじゃジリ貧だ。だが、時は満ちた。今日は満月である。
「う、うう、ううううぅぅうゔゔゔゔ!!!」
狂戦士の冒険者、ルドリカ・ブランシェットという少女が低い唸り声を上げる。前の戦闘の後、狂気を抑え込むことが出来ず予想外の大暴れをしたせいで仲間から大目玉を食らいしょんぼりしていた少女だ。
今度は狂気をだいぶ抑え、彼女は姿を変貌させる。
ルドリカ・ブランシェットは人間ではない。魔獣との混血である『魔狼血族』と呼ばれる種族の出身であり、数ある人狼種の中でも最も凶悪とされる『ヴァナルガンドの子』と呼ばれる人狼種らしい。
よく分からん。けど強いらしいので、前半戦のメチョチョの穴を埋める役割は彼女が担う事になった。
「ゔゔぅぅあ゛あ゛あ゛あ゛ァッハハハハハッ!!! ぎひひ、ぎひひひひゃひゃひゃっ!!」
「抑えろルドリカ! 抑えろ!!」
「わがってるよロビンソン。いっひひ。魔力が、月の光が、あひひ、来た来た来た来たっ!!!」
ルドリカに掛けられていた変身が解け、服が敗れ、全身をボコボコと泡立たせるように隆起させながら背中を曲げ、真紅から黄金に変色していく瞳でシガギュラドを睨む。
「狂狼隔醒・月喰巨壍ッ!!!」
そう叫んだ瞬間、ルドリカの肉体から魔力の爆発が起きて彼女の身体が人から巨大な狼に置き換わる。見上げれば月に届きそうなほどの体躯、一つ一つが研ぎ澄まされた刃のような牙は山肌のように生え揃い、その爪は地を踏みしめるだけで容易に大気を切り開いた。
全身から熱も発しているようで、勝手に背中の毛側が燃え青や緑に変化する炎が絶えず燃え上がる。シガギュラドは初めて周囲にいる小さなオレの偽物を相手にせず、真っ直ぐとある個人に意識を向けた。
「ルドリカ! 作戦は覚えてるか!」
『殺サナイ、程々。他ノ冒険者ニ攻撃ヲ当テナイヨウ立チ振ル舞ウ!!』
「上出来だ! 行くぞ!!!」
『ウン!』
狼と化したルドリカの頭に彼女のパーティーメンバーであるロビンソン・シュラウドという弓術士が乗り、シガギュラドに突貫していく。
「俺が牽制する! お前は目の前のシガギュラドに攻撃をする事、人間をスライスしない事を意識して動けよ!!」
『ワカッテルッテ! 今回ハマトモダカラ!』
シガギュラドの腕にマシンガンのような速度で矢を撃ち込み、ピンポイントでバリアを破壊しながらその奥にあるシガギュラドの爪や鱗同士の間に矢が刺さる。
あまりにも精密な射撃、生物の痛覚を熟知した攻撃を繰り出すロビンソンさん。シガギュラドも堪らず呻く、そこにルドリカの強大な暴力が襲いかかる。凄まじいコンビネーションだ。
「今なら意識も分散しているだろうっ!!」
ログズバルドさんが強力な斬撃をまたしてもシガギュラドの足に繰り出す。バリアが剥がれ、鱗が剥がされていく。
「足刀流、延髄抜頭!!」
フルンスカラさんが龍の外殻を軽々と登り、空中で回転しながらシガギュラドの後頭部を蹴り抜く。え、延髄って技名に付いてた? 殺意高すぎじゃないかそれは?
あと、明らかにただの力任せの蹴り技なのにシガギュラドの頭部から肩にかけての鱗が弾けて刃物で斬られたような傷が生まれた。どういう事。
「前回は木偶の坊扱いされたから、今回は僕も参加するよ!!」
そう言ってフルンスカラさんが蹴ったシガギュラドの先に待ち構えていたのはヒグンだった。
彼は盾を地面に向けると、グルングルンと大きく二回ほど回転した後に飛び上がり自分から倒れ行くシガギュラドに接近した。
超巨大な質量がヒグンを襲う。盾にミシミシと衝撃が伝わっている、しかしヒグンはそれを少しも意に介さず、そのままなんでもないような声音で単語を口にした。
「攻撃反転」
ドガアアァァァンッ!!! という大きすぎる衝撃音がシガギュラドの顔面に張ってあるバリアから響いた。バキバキにバリアが割れ、その衝撃は相殺されずにシガギュラドの顔面を穿ち、龍の顔が大きく仰け反り天を見ていた。
「俺と力比べをしようってのか!? 望む所だ!!!」
「それは違うな! お前が僕に挑戦するんだぜフルンスカラ!!!」
「言っていろ!! 拳鎚流、遊撃星乱打!!!」
ドゴゴゴゴゴッて物凄い衝突音が高速で鳴り響く。工事現場の地面を平らにするランマってやつ、アレの数十倍くらいの破砕音がシガギュラドの後頭部のバリアを粉にし頭をぶっ叩く。すごい激しくシガギュラドの頭が揺れている、当然皆引いている。
一度地面に着地すると、ヒグンは大きく息を吸って吐くと、地面を砕く程の力を以て跳躍した。化け物か。
「よーいしょっ!」
彼は跳躍の勢いが死んでくると、不意に体をぐるっと回転させて天向いていた前身を地面側に向けると、思い切り盾を振るって空気をぶっ叩いた。浮いた。嘘でしょ、化け物か。
「攻撃っ、反転っ!!!」
ヒグンは盾の端を持つことで長めに装備した盾を遠心力で思い切りシガギュラドに叩き込んだ。少し遅れてシガギュラドの頭にもう一度衝撃が入り、再び龍の頭が天を向いた。
……え? 今のってもしかして、自分で殴っておきながら殴った時の"反動"を自分が受けた攻撃だと解釈して相手に返したの? ズルじゃんそれは。メガガルーラみたいな事じゃん。やばアイツ。
「ッ! シガギュラドが消えたぞ! 瞬間移動だ!」
「違う、"時間の跳躍"です! ヒグンとフルンスカラさん、着地に気をつけて!」
指示を飛ばし二人を安全に着地させる。
ずっと違和感があったのだ。ただの瞬間移動にしては他の物質の位置に影響を与えすぎている。a地点にあったものが、本来到着しているはずのb地点の更に先にあるc地点に到着している。そんな光景を何度も見てきた。
シガギュラドが使っているのは瞬間移動ではなく時間の跳躍、攻撃を回避した先の時間軸にスキップしているんだ。そして恐らく跳躍中他人に干渉することは出来ない。自分の意思で選択できるのは"跳躍するかしないか"だけで、跳躍している間の時間軸に対する意図的な干渉は一切出来ない。
つまり、罠が張り巡らされていも跳躍中に意図してそれを躱すことは出来ないし、罠を無視して向こうの地点に辿り着くことも出来ない。
シガギュラドが戦っていた位置の四方八方には術式による罠が無数に展開されている。まんまとシガギュラドは引っ掛かったのだ。
シガギュラドの悲鳴が聴こえる。奴は戦闘地点の西側の森に滑り込むように倒れていた全身には濡れた石灰のような物がこべりついており、固まりつつあるためかそこから脱せないようだった。
「汚名を返上しないとね……! いでよ、暗雲よ!」
魔法使いのキュレルって人が出てきた、隕石を落とす魔法を使ったトラブルメーカーさんだ。反省したようで今回の魔法詠唱はそこまで長くなかった。
空に暗雲が立ち込め、雷が鳴った。なるほど、落雷によって攻撃するつもりらしい。
「キュレルさんキュレルさん」
「なによ、私のすごい魔法見せてあげるって時に邪魔しないでよ!」
「一応聞きますけど、この魔法、雨とか降らないですよね?」
「え? 降るわよ。雨のない時の雷魔法より、雨を伴った雷魔法の方が威力高いもん。ちゃんと勉強した?」
「えっと……多分すけどシガギュラドを拘束してる魔法、水をかけたら粘液に戻っちゃいますけど……」
「え」
え、じゃないが。なんでそこでやばそうな顔をする? 勉強してるだろ、なら分かってたはずだろ。
「中断お願いします」
「……」
「キュレルさん、中断を」
「ど、どどどどどうしよう! この魔法、あくまで雨雲を呼んで敵に落雷を集中させる力場を作る魔法だから、後はもう自然現象に任せるタイプのだから中断出来ないよ……!!」
「馬鹿なの!? なんでさっきからそういうのばっかなんすか! 見栄張るのやめてくださいよ!!」
「だって! ヒグンが来てるんだもん!! 久しぶりに昔の仲間のよしみとしてかっこいい所見せたいもんっ!!」
この人オレと出会う前のヒグンの仲間かい! なんだよその見栄! もっと他に大魔法色々あるだろ!
「雨で拘束を解かれるのであれば、動けなくなる程の強力な雷を落とし続けてやれば良いじゃろ」
「シャクラッチャさん」
「呵呵ッ。おい、魔法使いの娘。うぬの雨雲借りるぞ」
「えっ……? ど、どうぞ?」
シャクラッチャさんが歩きながら、バチバチと音を鳴らして背中にでんでん太鼓を召喚する。ガワがオレだから、腰から生える翼に雷のでんでん太鼓でなんか見た目がごちゃごちゃしてしまっている。
「人間共、下がっておれ」
バチバチ音は先程よりも大きく、シャクラッチャさんの雷から発せられる光は先程よりも強くなっている。既に人の肉体を通過すれば即死させてしまう程に電力が強まっている事だろう。
「魔滅妖精の悪戯」
雨が降り、シガギュラドの拘束が溶けて液状化する。シガギュラドは危険を察知しすぐさまその顎でシャクラッチャさんをすり潰そうとするも、シャクラッチャさんがでんでん太鼓を叩く方が早かった。
ボンボンッ、という軽快な音と同時に空が光った。
「雷霆穂先」
空から柱が落ちた。音すら落ちた瞬間に知覚できないほどの凄まじい衝撃が置き、シガギュラドは大地に押し留められる。
雷の音しか聞こえない。常にゴウンゴウンという爆発音が鳴っている。誰の声も聴こえない。誰も身動き一つ取れない。
ただ一人、シャクラッチャさんだけが涼しい態度で背中のでんでん太鼓を叩いた。もう既に彼女自身の濃密すぎる魔力によりオレの変化は剥がされている。それでもお構い無しに、彼女は手のひらの上に雷を圧縮した玉を作り、それをシガギュラドに対し蹴り放つ。
シガギュラドの姿が掻き消え、同時にシャクラッチャさんが居た先の森が更地となった。




