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66頁目「常識に囚われない心!」

「声が漏れており……」



 シャクラッチャとヒルコッコと共にシガギュラドの様子を見に行って帰ってきて、ヒグン達が見当たらなかったのでどこに行ったのかとサーリャに尋ねたら馬車に戻ってると言われ、傍まで来たらこれ。


 ギシギシと小さな音が鳴る馬車、同時に聴こえてくるマルエルの声にそっくりな小さな嬌声とヒグンの息遣いの音。


 こんな状況で交尾してるめ……幸い音は小さいから馬車の本当にすぐそこまで近付かないと聴こえないけど、外に漏れてるからなぁ……。やはり人間は万年発情期であり。



「フルカニャ! これあげるー! ぱぱとままはー?」

「! しーであり、しー!」

「?」



 メチョチョがとてとてと駆け寄ってきた。手に沢山の瓶詰め食品を持っている、冒険者に貰った物めね。


 ぼくの坐る横の地面を叩きそこにメチョチョをしゃがませる。メチョチョは不思議そうな顔をしながら地面に瓶を置いた。

 メチョチョは瓶の一つを開けて中身を指でつまんで食べ始めた。食べやすく捌いたニシンを酢漬けにしたものめね。



「それ、ちゃんと寄生虫取ってるめか?」

「んー! ちゃんとチェックしてるから大丈夫!」

「……火通した方がよく」

「わかった! スキル、ちょっとの火(フェゴレント)!」



 瓶を持っているメチョチョの手からチョロチョロとした火が発生する。一安心であり。



「フルカニャはこんな所で何してるのー?」

「ヒグンとマルエルが中でエッチしており。入れず」

「え! そうなんだ! 見たい見たい!」

「んー……ヒグンはまだしも、マルエルは嫌がると思うめ、メチョチョに見られるの」

「むー。またあたちだけ仲間はずれ」

「仕方なく」

「むーーー…………」



 長い事唸ったメチョチョが静かになり、焼きニシンの酢漬けをいくつか食べた。ぼくも貰ったけど、味は普通。マルエルとヒグンが作ってくれる料理の方が断然美味しかった。舌が肥えたのかな?



「ねえフルカニャ」

「なにめか?」

「エッチっていつまで続くの?」

「えぇ……? えー……人によると思うけど、30分くらいしたら一旦フゥってなるんじゃないめか?」

「30分? じゃあそれまで待機だね!」

「え、中に突撃するの?」

「しないの?」

「んー……」



 突撃してもいいけど、マルエルはきっと超怒るめな……。


 引き続き待つ事が決定し、集めた枯れ木に魔法で火をつけて焚き火にし暖をとる。露出の多い服はエッチだから好きだけど、やっぱりこの厳しい冬じゃ魔力による体温調節だけじゃ厳しいものがあるんだよなあ。

 お腹出しっぱなしだし、他の冒険者が呆れた顔をするのも理解出来るめ……。



「メチョチョ。あたち、良い作戦を思いついたんだ」

「作戦?」



 未だにギシギシあんあん鳴ってるのを片耳に入れながら、メチョチョの話に意識を傾ける。



「シガギュラドはままの『死の爪』をもう知ってしまってるし、正直ここまでやってあんな傷しか付けられないならシガギュラドはまま以外を脅威として見てないと思うんだ」

「そうめね。隕石もシャクラッチャの魔法も耐え切ったんだから、マルエル以外は大した事ないと思ってるだろうね」

「そう! そこであたちの出番!」



 ズビシッ! ってメチョチョがぼくに向けて指を立てた。酢が飛んでおり。



「あたちって悪魔でしょ? 悪魔には、眷属にした相手の能力を一時的に盗む能力があるでしょ!」

「む、そうだっためね。愛従(サクベール)だっけ?」

「それは眷属を催眠して操る能力! あたちが言ってるのは偏従(イネクッバ)! 眷属の能力を奪う!」

「何にせよ発動にはマルエルを眷属にする必要があり」

「時間指定の仮契約を結べばいいよ! 必要なのはシガギュラドを相手にする時だけなんだし!」

「そうだけど……」



 でも、メチョチョ本人は知らない事だけれどメチョチョの肉体は元はマルエルだったものであり。肉体の素情報が同一である以上、仮の眷属化で本契約並みの効力を発揮するかもしれず……。


 それに、眷属化は魔力を同調する事になる。幼体であるメチョチョがマルエルの魔力を借りて大悪魔に羽化してしまうリスクもあるめ。リスクが大きすぎる。



「どうかな? フルカニャ!」



 メチョチョは真剣な目でぼくに訴えかけてくる。

 確かにメチョチョの判断は合理的だ。マルエルがマークされていて実質奇襲は不可能になった以上、マルエルの能力を他者に複製するのは最適解かもしれない。


 自ら死地へ赴き矢面に立つ事でもあるし、メチョチョの覚悟にきっと裏は無い。そう、人間としての意志では思い込みたいめが。……どうしても、妖精としての側面が判断の決定を遮ってしまう。


 メチョチョの感情を見ても欺こうとする色は見えない。そもそも悪魔としての契約でヒグンが困る事、悲しむ事は出来ない事になっているから裏切るなんて絶対有り得ない。


 けれど、それでも。悪魔だからっていう条件があるだけで、今以上の力を蓄えるのを良しとするのはどうなのかと考えてしまう。



「うーん……うーーーーん……」



 ポクポクポク、考える。正直、相手がメチョチョというのを抜きにして考えてみれば、悪魔を羽化させかねない行為を行うのは愚行としか言えない。大悪魔が羽化してしまうと、シガギュラドがどうこうところの話ではなくなってしまう。


 大昔、この世界に君臨し全権を握っていた『魔王』という輩も大元はただの悪魔だったと聞くめ。それが力をつけ続けた結果、世界を征服し、殺されるまでの数百年間支配するに至った。



「うーん……」



 問題となるのは、眷族契約時に互いの魔力を同調してしまうということ。つまり、契約の瞬間だけマルエルの魔力をメチョチョと同じくらいにしておけば、魔力量が吊り合っている関係上メチョチョは強化されず今の状態を維持できる。



「ひらめき!」

「んぅ?」

「メチョチョ、ぎゅーしてもいいめか?」

「! いいよ! きてきてー!」

「ぎゅー」



 メチョチョにしがみつき、妖精の機能に切り替えて不可視の鱗粉を全身から放出しぼくとメチョチョを包む。魔力が外に漏れ出すのを滞らせる力場を作り、メチョチョの体内を分析、魔力量を測る。


 ……すくなぁ。子供の肉体だからというのと、戦って魔力を使ったからか相当魔力が少ない。



「メチョチョ、『死の爪』作戦を使うから、もうそれ以外の魔法は使っちゃダメであり」

「え? ニグラトを出すのは?」

「アレは大食らいであり。使用禁止」

「えー! あたちのあいでんてぃてぃ!」

「そもそも奇襲するなら目立ってはならず。次の戦闘では出番が来るまで隠れてるめ」

「えーん!」



 泣き真似をするメチョチョを離し「ここで待ってるめよ」と言って待機させ、バッ! と馬車の中に入る。



「ぎゃああぁっ!?」

「えっ!? なぁんだ、フルカニャルリか。驚いた……」

「驚いた……じゃねぇよ! 見られてる見られてる!」

「続けてもよく」

「目が怖い! 違うから! いや、何も違くないけど、これは!」

「続けてもよく」

「ヤンデレ怖いぃ……ぃゔんっ!? あっ、あんっ!? ヒグン!?」

「続けてもいいって」

「素直にっ、続け、んっ! あっ、続ける奴がっ、んぁっ、だめっ、そこやばっ」



 うむ。乱れており。よく。とりあえず一度区切りが来るまでぼくは二人を鑑賞しつつ待つ。



「フルカニャッ、目が、据わってますけどっ!? 怖いんですけど、殺されそうなんだけどっ!?」




 *




「というわけで。メチョチョと眷属の仮契約を交わしてほしく」

「うん事情は分かったが。そういう話なら別に外で待てたよね。なんでいきなり入ってくるかな」



 マルエルの冷静なツッコミをつーんと無視する。ふん、だって長いんだもん。ヒグンはぼくのであり、独り占めダメ!



「で、マルエルは眷属化? の契約ってのは交わすのかい?」

「うん。メチョチョの言う通り、私はもう警戒されてて簡単には近付けないだろうからな。妥当な案だと思うよ」

「一応、メチョチョの方に過剰に魔力が入っていかないよう、マルエルの魔力は一旦ぼくが吸い上げておくめ。眷属化が済んだ後、この魔力は返すめね」

「魔力を吸ったり出したり出来るんだな〜。本当便利だな、妖精って」



 感心したようにマルエルが言う。妖精が当たり前のように出来ることを人間は出来ないから一々感動するらしい。

 まあ、妖精は人間程体が頑丈じゃないし頭もそこまで良くない。文明を築く能力も桁違いだし、ぼくとしては人間の方が凄い生物だと思うめが。龍なんかが居なければ多分人間が生態系の頂点でありな。



「それじゃ、一旦吸い出すめよ」

「おう」



 マルエルのうなじに手を置いて、そこからマルエルの魔力をすいあげる。吸い上げた魔力はぼくの肉体に満ち、肉体に収まりきらない過剰分はぼくの背中から吹き出し羽のような楕円の環を形成する。



「うおっ、羽だ」

「すごいな。やっぱりフルカニャルリって蝶の妖精なのか?」

「全然違うよ。ぼくは……まあ純妖精なので種族的な物は存在しないめが、敢えて近いのを挙げるならドヴェルグであり」

「ドヴェルグ?」

「純妖精と人間の混血種族だね。ドヴェルグは大陸の北部に集落を持つ種族だったかな」

「詳しいめねヒグン」

「僕の村に、同じ混血妖精のエルフが一人住んでいてね。よく聞かされたよ。ドヴェルグ、ニンフ、サラマンダー、エルフが主な派生先なんだっけ?」

「でありな」

「へぇ〜。妖精の子供は同じような妖精になるわけじゃないのか?」

「ぼくやシャクラッチャ、ヒルコッコみたいな純妖精の大元は信仰を持つ存在の分霊であり。その代の純妖精が消失すれば、同じ能力と序列を引き継ぐ純妖精が再製造される感じめ」

「あ、だから変な口上持ってるし、妖精モードの時のお前らってなんか機械みたいなんだね」

「機械ってなにめ? 悪口めか?」

「違う違う」



 なんか言い方に悪意を感じた気がしたけど、本人は否定しているし感情の色は見ないであげるめ。



「なあ。フルカニャルリのその魔力分配能力さ、他の人の魔力を私に突っ込むって使い方も出来るのか?」



 魔力を一定量吸い切り、手を離しメチョチョとバトンタッチしようとしたらマルエルから質問が飛んできた。



「出来るめよ」

「! 何人分もいける感じか!」

「や、流石に羽が大きくなりすぎると動けなくなるので、人間なら精々同時に移せるのは三人までであり」

「なら何回にも分ければ私にぶち込めるんだな!」

「そうめが……魔力にも貯蔵限界量があるめよ? 正直マルエルって結構な魔力を貯め込んではおけるけど、数十人分とか貯め込んだら破裂すると思い」

「ふふふ。考えはあるさ……」

「?」

「じゃあ私がメチョチョと契約している間、先の戦いで戦意喪失したり帰ろうとしたりしてる奴らから魔力をぶんどってきてくれ! 容れ物は用意しとくからよ!」

「容れ物……?」



 イマイチ何を言いたいのか、何を企んでいるのかは分からなかったけれど、マルエルの頼みだし言う通り魔力を集めよう。シガギュラドの監視はヒルコッコに任せ、シャクラッチャにも協力を頼み逃げようとする人達の魔力を片っ端から頂戴していく。



「おえええぇぇっ!!!」

「なんじゃ? うぬの旦那、吐いておるぞ」

「め!? ど、どうしたのヒグン!」



 ぼくとシャクラッチャの魔力吸収量が限界に達したので馬車に戻ってくると、地面に手を着いて嘔吐しているヒグンの姿があった。



「だ、大丈夫? なにがあっため?」

「マ、マルエルが……」

「! マルエルになにかあったの!? メチョチョの事!?」

「違うんだ、そうじやなくて」

「よぉ、おかえりフルカニャ。カミナリ様もどうも」

「誰がカミナリ様じゃ。畏れ多いわ」



 馬車からマルエルが出てくる。マルエルの手には二人の人間の頭髪が握られていた。

 マルエルが馬車から投げ出して地面に叩きつけたのは、人間……のような、人間じゃないような、よく分からない二つの肉の塊であった。



「なにめか、このグロテスクなやつ」

「私の腕を切り落として再生と細胞活性の魔法でテキトーに作ったクローンもどき。脳は無いけど心臓は稼働してるから、まあ生きた肉袋って所かな」

「ヒグン、ぼくマルエルが何言ってるのか理解出来ず」

「僕もだよぉ!!」

「なんでだよ。だから、生きてる肉袋なんだってば」

「マルエル普段ぼくにサイコとかマッドアルケミストとか言ってるけど、その両手に握られてるものは正しく生命の冒涜だと思わないめか」

「常々言ってんだろ。冒涜しなきゃ医者なんかやってねえって。何のために私が人を治してると思ってんの、殺してきた奴らに慈悲深い私の姿を見せつけて死後も苦しめる為だろうがよ」



 ちょっと引いため。友達だし家族だから我慢しておくめが、性格やばすぎであり。



「ま、吐きたい気持ちも分かるよ、メチョチョですら吐いてたし。でもよ、これがこの先の鍵になるわけよ」

「どういう事?」

「私も考えてたんだよ。もう私が奇襲しても空振りに終わるだろうって。なら、トドメを刺す役割は誰かに譲り、どう動くべきかをね」



 他の肉塊も馬車の中から出すと、泣きじゃくっているメチョチョが出てきた。可哀想に、メチョチョはヒグンにしがみつこうとしたが、吐いている姿を見てぼくの方に軌道を修正した。


 吐いたあとの子供の匂いがするめ……くさぁい……。



「メチョチョが私の『死の爪』を使えるってんなら、私がするべきはメチョチョが抜けた穴の補填だろ? でも私の自前の攻撃力じゃ逆立ちしてもメチョチョにゃ適わねえ。って事で、ナワリルピリのもう一つの必殺技を使います」

「ナワリルピリ……」



 それはぼくとマルエルで倒した不死身の怪物の名前だった。女王ナワリルピリ、忘れられ、歴史の失われた古代の国の女王。人間への復讐を誓い、一万年以上存在し続けたアンデッドの長でありな。


 死の爪も本来はナワリルピリの能力だった。もう一つの必殺技というと……?



「あの猛毒の霧であり……?」

「団体戦で使えねえだろ。それに、その能力は趣味じゃないので奪ってないよ。ちゃんとチート技じゃねえかあれ」

「まあ、毒の魔法の使用は基本的に厳しく法律で取り締まられてるし、使い所は無さそうめよね」

「そ。私が言ってんのはアンデッド大召喚の方だよ」

「?」



 なんだそれ。ぼく知らないめ。



「……あ、そいやフルカニャ、あの時は錬金術の計算? だかでこっち見えてなかったか。まあアレだ、大量の亡者を地獄から召喚し、シガギュラドに突撃させます」

「悪役サイドの技じゃな」

「いいでしょうが悪役みたいな技使っても〜! 勝ちゃいいんすよ勝ちゃ。でもその為にはアホほど膨大な魔力が必要なんすわ。なんで、この肉塊を魔力電池にします」



 マルエルが肉をポンポンと叩く。ブニュブニュと凹んでヒグンとメチョチョが顔をしかめる。マルエル、もう少し周りに気を使った方がよく。



「なるほど、ソレに魔力を入れて保存しておく事で大規模な魔法を展開する魔力素材にすると。そういうわけか。考えたのぉマルエル」

「折角こんなに人がいるんでね、一回くらいパーッとやってみたかったんすよねぇ! ゾンビ大召喚!!!」

「凄惨な絵面が目に浮かぶめね」

「怖いのやだぁ〜! ぱぱぁ……!」

「うぉえっ」



 ヒグンとメチョチョがガタガタ脅えているめ。何をニコニコしながらまた手にナイフを添えているめかマルエルは。



 その後、マルエルの作る魔力電池に100人以上の冒険者の魔力を詰め込み、他の冒険者は街に帰っていった。


 残ったのは数十名。上級ランクの冒険者や、シルフィを失ったフルンスカラ達と似た境遇の冒険者のみが残った。


 残った人員で行われた作戦会議は、リカルドのマルエルへの文句やその他の衝突も多少あれどログズバルドのおかげでなんとか纏まり、ぼく達は所定の位置に着く。



 夜。シガギュラドの姿が見えた。



「まずは相手の精神を削る。皆、構えろ!!」



 ログズバルドが叫び、サーリャが指で印を結ぶ。



「欺きの呪符、一斉発動!」



 サーリャの声に呼応し、姿を見せている全ての冒険者の姿がマルエルの姿に変貌する。欺きの呪符、符を貼った対象の姿を別の誰かに誤認識させる呪符である。



「さあ、掴まるめよ」



 ぼくは別働隊。マルエルを背に乗せ、そのまま正面から迎え撃つ本隊とは別行動を取る。


 浄域龍シガギュラドとの二回目の戦闘が始まった。

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