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5ページ目「コイツはヒグンっていうらしい」

「ちょっと待っていて」



 次のゲームを始める前、ヒグンは「別のゲームをしよう」と言い出した。彼は席から離れると階段を下りていく、どこに行ったのだろうか。


 しばらく待っていると、ヒグンは手にコップ受けと沢山のサイコロが入ったグラスを持ってきた。彼はそれらを机に置く。



「勝者が次のゲームを決められるルールだ。自分の得意な、カジノには無いゲームを指定しても問題ないよな?」

「……どんなゲームをするんです?」

「簡単なゲームさ。このコップ受けに順にサイコロを乗せていく。コップ受けからサイコロが落とした方の負け。単純だろ?」

「確かに。……ちょっといいですか?」



 コップ受けを手に取る。特に妙な細工はしていない、指で擦ってみても滑りは均一。口縁も普通だ、欠けや変な出っ張りもない。


 続いてサイコロ。これも特に細工は無い。重さは均等で揺らしても音はしない。この店で使われている物と同じだ。


 サイコロをグラスの中に戻す。一応グラスも確認したが何も無かった。



「確認はもう大丈夫かな?」

「一応、ヒグンさんの手のひらも確認させてください」

「ああ、分かった」



 了承を受け、彼の手を取って手のひらを触れて確かめる。何も隠していないようだ。

 逆の方の手を確認する時、彼は手に持っていたチョコの詰まったマシュマロ菓子の袋を机に置いた。1文無しとか言ってなかったか? お菓子を買う余裕はあるのかよ、結構金あるじゃないか。



「……何も無し、か。この勝負ならイカサマ無しで私に勝てると?」

「娯楽の少ない村で育ったもんで。物を積み上げて賭ける遊びはうちの村じゃ皆やってる。都会育ちにゃ負けないよ」

「単純なゲームに慣れなんか関係ないですよ。動揺して器を揺らさなかった方の勝ち、ただそれだけです」

「そんな単純なものじゃないさ。先行後攻はサイコロの出目で決めよう。より大きい方の先行で」

「分かりました」



 マシュマロを食らいながら、彼はサイコロを一つ取る。オレも彼に続き一つ取って、手の中で6の目を上にする。


 同時にサイコロを投げる。捻って横に回転をつけて意図的に6を出す。相手の出目は4、当然オレの勝ち。



「これが本勝負じゃなくて良かったですね。もし出目の大小で賭けていたら、今頃ヒグンさんは私の靴を舐めてましたよ」

「もしそうだったらという話だがね。さあ、ゲームを始めよう」



 彼がそう言うので、オレはグラスを掴み手のひらにサイコロをぶちまける。乗った数は5つ。その5つのサイコロを空のコップ受けに乗せてやる。コップ受けの底面は埋まり、サイコロの段が出来た。



「初めから大胆に行くね」

「一つずつとは言われなかったのでね」

「ああそうだね。一つずつとは言わなかった。そして、受け皿に触れてはいけないとも言っていない」



 そう言うと、彼はコップ受けを傾け傾斜にサイコロを寄せる事でスペースに余白を作り、そこに二つのサイコロをはめ込み、角度を水平にしてからサイコロの段の上に、曲げた指の間と関節に挟み込んだ5つのサイコロを乗せた。


 これ以上傾けたらサイコロが零れてしまう感じに調整されてしまった。なるほど、手馴れているのも頷ける。こりゃ相当やり込んでるなぁ。



「手が大きいの狡いな……」

「悔しかったら畑仕事をする事ですね。今より倍手がでかくなる」

「なるかぁ。誇張しすぎなんですよ、まだまだ責めますよっと」



 手のサイズがハンデになるなら、両手を使えばいい。片手縛りじゃないしね。机に落ちているサイコロを両手で挟み手のひらに集めていく。それらを一気にコップ受けの上に落とす。



「っとっと。よし、セーフッ」

「勝負師だねぇ。それとも怖いもの知らずなのかな?」

「怖いものと言っても私はまだ一敗しかしていないですし? そもそも負けないですし、どんなけ無理な事をしても勝利に収束するので恐れる必要が前提としてありませんね」

「プレッシャーをかけるのに余念が無いな……さては君、あまり勝負事強くないな? イカサマ頼りなのが良い証拠さ」

「……ははっ」



 逐一気に触る事を上手く返してくる奴だ。ヒグン・リブシュリッタ。精神面での絶対性は彼の方が勝っているらしい。これがドラマや映画なら、この勝負も彼が勝利する流れだな。


 だが現実は非情だ。例え運でオレに勝ろうとも、技量で勝敗を捲ってやればいい。オレは、オレが気持ちよくなれる勝負しかやらないんだよっ!!



「ならば僕も、豪快な君に倣おう」

「なっ、馬鹿なんですか!? あ、ごめんなさいつい口がっ」

「構わないよ。馬鹿げてると思われる行動こそがギャンブルを盛り上げる。僕はやり遂げるぞ、必ず……!」



 ヒグンも両手を使ってサイコロを集める。数は8つ、慎重に載せていかないと、落とした時の衝撃で端のサイコロが落ちるだろう。だと言うのに彼は、全く零れる恐れも見せずに両手を開いた。


 バラバラとサイコロが落ちる。彼の落としたサイコロは上手い具合に隙間にハマったり、跳ねてもギリギリ落ちずに済んだりして、神懸り的なバランスを見せた。


 これは、やばいな。そろそろ載せる個数を減らそう、中心に向けて山を作るように載せないと……。



「たったの三つ? おいおいマルエル、マルエルちゃんよ。それはビビり過ぎなんじゃないかい?」

「リスク管理ですよ……って、ちょっヒグンさん!?」



 ヒグンは人差し指、中指、薬指の間にサイコロを三つずつ挟み、親指と人差し指、小指と薬指の間にサイコロを二つずつ挟んだ。


 手指の長さに感心している場合じゃない。合計10個のサイコロを一気に載せる気か? 馬鹿げてる!!



「馬鹿な……っ!」



 彼は見事に10個のサイコロをコップ受けに載せた。あまりにもアンバランスなのに見事に乗っかっている。その道のプロか? 慣れとかの次元じゃなく、最早ちょっとした手品じゃないか!


 ……いや、そうだ。これは手品だ。だって、指に挟まったサイコロ同士が未だにしっかりとくっついているし。な、なんだ? 手のひらに何か、糊のようなものを付けていたのか!?



「手、見ますか? 怪しんでますよね」

「はい、確認させていただきます!」



 ヒグンの手を取り手のひらを確認する。ちゃんと指を擦り付け、摩擦で溶ける糊が付いていないかまでしっかりと!



「な、ない。普通だ……」

「ははは、じゃあもういいですかね?」

「待って。……何か、手から甘い匂いが」



 手の平に鼻を近づけ匂いを嗅ぐ。ふむ、確かにチョコのような匂いがする。一応味も……。



「うひゃあっ!? なななっ、なんで手を舐めるんですか!!?」

「甘い……」

「マシュマロですよ、マシュマロ!!!」

「待ってそれはおかしいですよ。だって普通、マシュマロを食べる時は指で摘んで食べますよね? 手のひらから甘い味がするのはおかしい」

「手遊び程度に握りこんで食べる癖があるんですよ育ちがあんまり良くないのでね! もういいですか! 猫みたいに人の手ぇ舐めたりしてっ……!」



 握りこんで食べる癖……そういう事もあるのか。

 考えてもどういうイカサマをされたか全く分からない。考えるのは止そう。看破してズルを指摘するより、こちらも郷に従うとしよう。



「ヒグンさん。ちょっと着いてきてください」

「? どうしたんですか?」

「飲み物が欲しくなっちゃって。でも席を外したら何をされるか分からないので、一緒に来てください。一杯奢るので」

「なるほどね。分かった、着いてくよ」



 ヒグンを伴って下のバーまで来る。隣の男がやたらに視線を集めている。そうだよなぁ、バニースーツ姿の男だもんね。一般的な比喩表現するなら化け物だもん、そんなのが居たら当然視線も集まるよ。


 オレとヒグン、二人分の酒の入ったグラスを持って上にあがる。



「まさか、酒に酔わせて勝とうって算段じゃないだろうね」

「酔わないタチでしょ、見てたら分かりますよ。単に喉が渇いただけです」



 酒を煽り、サイコロを手にする。そして、指に付いた水滴をサイコロの面に塗り込む。



「……よし」



 表面張力だかなんだか知らないが、サイコロのようなツルツルとした物同士は濡れていると引っ付きやすくなる。小さくて軽いというのもあってその力は余計強固になっているから、普通なら滑り落ちるような角度でもサイコロを乗せることが出来た。


 もうコップ受けの上のサイコロのバランスは限界だ。少しの揺れがあればそれだけで零れ落ちてしまうだろう。



「よし、よし。どうですかヒグンさん! もうどこに乗せても滑落は阻止できない! あはははっ、私の勝ちです!!」

「……」



 黙って腕を組みサイコロを睨むヒグンに勝ち誇ってやる。ふはは、安心したまえよヒグン・リブシュリッタ、魂の隷属が適用されたら向こう一年の生活費を稼がせた後にその魂を解放させてやるぜ!



「うーむ……」



 ヒグンは腕を組んだまま微動だにしない。ただひたすらに紙一重の均衡を保ったサイコロの山を睨んでいる。



「暑いな……」



 彼は立ち上がり、先程座っていた場所から右手側の席に座り直した。日が落ちて西日がダイレクトに窓から差しているから暑かったらしい。ヒグンは酒を煽る。



「手詰まりですか? どれだけ時間稼ぎしても根負けしませんよ、私」

「大した自信だ、まるでもう勝ちを確信しているようだね」

「えぇ確信してますよ。残念ですねぇ、10年は私の為に必死で稼いでもらいますよ〜。自由を失う前におっぱいでも揉んどきます? 乳揉み童貞位は卒業させてやりましょうか」

「君は本当にっ、楽しそうに人を煽る奴だな!!」

「ぎゃははっ。酒も入ってテンション爆アゲですよ〜。ヒグンさんの奉仕衣装はバニースーツで固定にしようかな〜っ」

「そう笑ってられるのも今のうちさ……っ!!」



 彼はサイコロを一つ掴む。血迷ったか! もう既にサイコロの山は安定感を完全に損なっている、僅かな衝撃が触れただけで瓦解する! 頂点に乗せても無駄だ、絶対に崩れる!


 ヒグンが山の頂点にギリギリ付きそうな位置に摘んだサイコロを持っていく。振動を極力殺したって無駄さ、重さで下のサイコロごと下に滑り落ちる。オレの勝ちだ、オレのっ!!



「……あれっ?」



 そんな、馬鹿な。サイコロが頂点に乗っても、その振動で崩れることは無かった。どういう事だ、一体どういう……。



「さあ、君の番だよマルエルちゃん」

「おかしい、物理的におかしい。ヒグンさん、魔法使ってます?」

「僕は魔法なんて使えないよ。大体、魔法を行使しようとしたら魔力の余波でそれこそサイコロが崩れるだろ?」

「最初から風の魔法で空気の筒を作ってるとか!」

「どうやって外からサイコロを積み上げる? もしそんな事をしていたなら、マルエルさんが手を近付けた時に感触で気付く筈だしな」

「くっ……」

「目測を誤っただけじゃないかい? 案外まだバランスを保ってられる重量なんだろう。さ、君の番だよ」



 目測を誤った? 馬鹿な、そんな筈ない! 絶対におかしい、観察をするんだ。観察を……っ!!



「マシュマロ……そうだ、マシュマロっ!」

「? マシュマロがどうか」

「一つ失礼します!」



 机の上に置いてあるヒグンのマシュマロを一つ取り、中身を出す。中のは粘り気があるチョコムースだ。



「……これか。これで、サイコロ同士をくっ付けた」

「どうかな。勝負が終わらないと確認はできないね」

「白々しい。ほら、これが証拠!」



 ムースを指でこねりサイコロ二つを貼り付ける。やはり、一方のサイコロを摘んでも下のサイコロは引っ付いたままだ。

 そして、乗せられる筈のないサイコロを乗せられた理屈も分かった。ムースを丸め、固めて空のグラスに置く。



「1回目の自分の番に、丸めて固めたチョコムースを小指とかに仕込んで、傾けた際にコップ受けの下に置いた。これで僅かな傾きを作り、西日が差したタイミングで席を移動する事でムースを溶かしコップ受けを水平にした。そうやってサイコロ一つ分の安定感を確保した。ですね?」

「……どうかな? もしそうなら、次に君が乗せてもまだ崩れないかもしれない」

「いや、崩れますね。元々あった傾きは相当小さかった、だから気付かなかった。水平にしたと言っても本当に僅かな違いだ、二つ目を乗せる余裕は無いでしょ」



 分かり切っている。サイコロを一つ乗せる、当然のように重さに耐えかねた山は瓦解し、カランカランという落下音が響く。



「ほら」

「ははっ、本当だね。よーし、これで二勝二敗、どっちも追い込まれたわけだ。はははっどうだこのメスガキバニーめ!! あと少しでその幼気な生意気顔を泣き顔に変えてみせるぞ!! 手を伸ばせば届く所まで来たぞーっ!!」

「騒がない騒がない。おのれ、もう完全に勝った気になってら。てか、そこまでして私とヤりたいんですか?」

「なっ!! なっ、なななななっ、何を言い出すんだ君は!」

「ヒグンさんが3回勝ったら、私を一日好きに使うんでしょ? さっき自分で言ってたじゃないですか。一日私を娼婦として扱うんでしょう?」

「誤解だっ、そんな酷い事するわけないだろ!?」

「違うんですか? じゃあ、一日使って私に何を言い聞かせたいんですか」

「それは……」



 他愛ない質問に対しヒグンは言い淀む。オレを肉便器扱いする以外で言い淀むような事があるだろうか?



「……ある、取り引きを持ちかけようと思っていて」

「取り引き? ……一日言う事を聞かせるって話なのに、取り引きなんですか? 強制的に言う事聞かせればいいじゃないですか」

「勝負前の景気付けに、建前でそう言っただけだよ! それに、これは君の今後に関わる事だから、君の意志を無視して強制するような事じゃないと思うし」

「焦れったいです。次で泣いても笑っても最後なんだから、パパっと言っちゃって下さいよ。私に何を言うつもりなんです?」



 時計の鐘が鳴る。やばい、そろそろ夜の部のストリップショーが一巡してまたオレの出番が来る。ちょっと時間を掛けすぎたな、一時間くらいしか自由出来ないぞ。



「僕と、冒険者をしてほしいんだ」

「……はい?」



 階段を上がってくるオーナーと目が合い、挨拶をしようと一旦席を立とうとしたら妙な事を言われた。


 オレと冒険者? 仲間になれってことか? バニーガール相手にそんな勧誘する?



「ええと……私、冒険者とかした事ないんでよく分からないんですけど」

「僕も最近冒険者になったばかりで、正直まだ右も左も分かってないよ。ただ……僕は冒険者になる際の始めの1歩、仲間集めで挫折してしまってて。この際、なりふり構ってられないと言うか」

「冒険者じゃなくちゃ駄目なんですか? 働き口なんて沢山ありますよ、ウチでバーテンやウェイターをするのだっていいですし」

「夢だったんだ。子供の頃から、依頼一つで色んな所を旅する冒険者が。……狭い場所で育った田舎者だからさ」



 なるほど。代わり映えのしない景色を見て育ってきたから、色んな世界を知れる職を手に付けたいと。若人じゃん、立派な夢だなあ。


 でも、なんだかなあ。正直、そんな立派な夢に付き合って着いていくのは気が引けるな。重い、というか。

 だってそんなもん、いつかお別れが来る時にしんどい思いするじゃんね。そういうのもう御免だからこんな仕事やってんのに、また誰かと深い関係性を築くとか無理すぎる。


 彼には悪いが、交渉という形でそれを提案されたら断ろう。大体オレは人間の感覚で言えばクソ老人なんだし、そんなアクティブな生活は求めていないしな。



「というのもまた建前で。本音を言えば僕以外全員女のハーレム冒険者パーティーを作りたいんだ。その第1号に君を引き入れたくてね、初対面の時に痴女みたいな事してきたし!」

「え、なになに。キモすぎるなあいきなり。どうしました? 病気なんですか?」

「いや〜、嘘語ってる内にマルエルちゃんの表情が暗くなっていくので、こういう重い話は嫌いなんだろうなと思い。なので、本音の方を伝えようと思って!」

「うん。なんで本音の方で行けると思った? ハーレムて」

「本音を開示しても駄目なら強制権を行使します。自由意志? 綺麗事なんて知らんね」

「さっきまでの話全部建前かーっ! クズが過ぎるなあこの人!」



 両手を上げて驚く。凄いな、欲望に真摯すぎる。一気に印象が逆転したわ、180度回転って感じ。


 だが、まあ。そんな軽い動機なら、別れる時も惜しむような事は言ってこないか。下半身に脳みそがめり込んだ童貞野郎なんて、女の事は穴としか認識してないだろうし。性行為をせがまれたら再起不能になるまでボコせばいいしな。



「……ははっ。分かりました、おっけーです。じゃあ、ヒグンさんが次の勝負で勝ったなら、着いていきますよ」

「え、ガチですか? やったあ! 正直者で良かったー! やはり嘘は良くないですよねー!」

「うーんなんかぶん殴りたくなりますね〜。まっ、勝てたらの話なんで。そう余裕をカマしてられるのも今のう」「それは困りますねぇ、お客様」



 オレの背後から声がした。オーナーだ。挨拶し損なったのを思い出し振り向くと同時に、オーナーはオレの肩に手を置いた。



「当店はキャストの引き抜き行為は厳しく取り締まっています。外部奉仕を希望する場合は、事前に期間の申請をして頂かないと」

「え、あの、外部奉仕っていうのは……?」

「店外でキャストに対し奉仕行為をさせる事です。……分かりやすく言うなら、性的なサービスを店外で行わせることを指します」

「し、しませんよそんな事! そうではなくてっ」

「で、ない場合は禁止事項とされる引き抜き行為に該当されますが?」

「そ、それは……」

「待ってください。引き抜き行為って、他の企業に所属させる事を指す言葉ですよね。彼はあくまで勧誘しているだけで、それを受けて判断するのは私の意思じゃないですか? 人材側には選択の自由がありますよね」

「勧誘行為自体が駄目なんだよ。特に君のような等級の高いキャストには金も掛けている、質の良いキャストを育てる事は利益に繋がるからね」

「感謝はありますけど、長い事このお店にいますし金掛けて貰った分は稼いでる筈ですよね。普通なら転職してもいい頃合だと思いますけど?」

「……ふぅ」



 オーナーがため息を一つ吐くと、彼は脇に控える二人のセキュリティに目で合図を送る。



「何するんすかっ!? ちょっ、離っ!」

「長話になりそうだから私の部屋に案内するよ。君も来るんだ、マルエル」

「あの、お客様に乱暴するのは……」

「何を勘違いしているのかな?」



 オレの腰に手を回し、羽を指で弄びながら着いてくるよう促すオーナー。ヒグンとの会話が始まってからずっと燕尾服……この世界ではフロックと言うらしいが、そのポケットに片手を突っ込んでいるのが不穏でならない。ナイフでも隠し持ってるんじゃなかろうか。


 支配人室に連れてこられると、高そうな椅子に座らされるヒグン。対面にはオーナーが座り、扉とヒグンの両隣後ろ、オーナーの隣にセキュリティが立っている。


 不穏な空気を包み隠す気もない緊迫した空間。ヒグンも状況を察し冷や汗をかきながら俯いている。かくいうオレもである、冷や汗をかきながらも悟られないように横目でオーナーを見ている。



「大体の流れは分かった。なるほど、互いに自分自身を賭けたのか、実にカジノらしい遊び方だ。私もそういうのは嫌いじゃないよ。若い頃は似たような遊びをよくしたものさ」

「じゃ、じゃあ」

「しかし、だ。今は私も責任ある立場だ、キャストは私の保有財産でありそれを失う事は提携グループ全体の不利益に繋がるのだよ」

「ひぃ……」



 立場とか責任とか、堅苦しい話をされる度に萎縮するヒグン。怖いよなぁ〜、周りに堅気なのか分からん大男が数人いる中で堅苦しい話されるの。ヤクザの事務所に招かれた一般市民みたいなもんだよな。



「だが、ただ君を追い出すのもスマートじゃない。賭け事で遊んでいるお客を私の一存で追い出すのはカジノ支配人の風上にもおけない行為だ。そこで、私とゲームをしないかい?」

「えっ?」

「これさ」



 高そうな、というかこの世界ではガラス自体が高価な物なので実際高価であろう、天板がガラス張りになっている机に置かれたのは銃だった。


 フリントロック式、5発の球が入る回転式拳銃(リボルバー)。この世界はまだ自動銃系統は発明しておらず、手動で回すリボルバーかまんまマスケット銃と同じ構造の銃くらいしか存在しない。それらも製造数が少なく、単価が高くコレクション品として蒐集されるのがほとんどな筈なのだが。

 ここに出されたという事は、弾丸が込められているんだよな? これ。



「これは……」

「銃さ。使い方は単純で、この撃鉄という部分を起こし、引き金と呼ばれるこの部分を引く。すると……」



 リボルバーを構えたオーナーが椅子の横に飾られた花瓶に向けて発砲する。火薬の爆ぜる音と共に花瓶は破砕、生まれて初めて見たであろうヒグンは身を震わせて驚いていた。



「このように弾が射出され、銃口の先にある物を破壊する。持ち運びしやすく手軽に人を殺せる弓みたいな物さ」

「そ、それを使って何を」

「勿論賭け事さ。この銃は撃つごとにシリンダーを手で回して新たな弾を装填する作りになっていてね」



 ガチャッと音を鳴らし、シリンダーを回転させて今度は自身の手のひらに銃口を当てるオーナーを慌てて止めようとするヒグン。しかし、カチッという音のみがなる。空砲だ。



「このように、シリンダーの弾の込められていない薬室が合わさっている時は引き金を引いても当然弾は出ない。これを順に撃っていき、運を試すのさ」

「そ、それって」

「ああ。どちらかが死に、どちらかが生き残る。分かりやすいゲームだろう?」



 うんやっぱりロシアンルーレットじゃねえか。頭おかしいのかこの人、客相手になんて勝負させようとしてるんだよ。



「勿論降りてもいい。その場合、君は引き抜き行為をしたとしてこの店から追放、出禁にさせてもらうけどね」

「ちょっと待ってくださいオーナー! どっちかが死ぬ賭けとか違法行為ですよ!? 反社会組織の出入りを禁止してる店なのにそんな事っ」

「……もしその勝負で勝ったら、問答無用でマルエルさんは僕のって事でいいですか?」

「ヒグンさん!?」

「ああ構わないさ。言葉通り、敗者に口なしだからね」

「その約束、違えませんね? その道具を順に撃っていって、撃たれて死んだ方の負け。それでいいんですね?」

「ああ、それで良いよ」

「待って! オーナーはその銃の構造をっ」



 ヒグンに言葉を掛けようとしたがセキュリティに口を塞がれる。あの銃はオーナーの所有物で、彼は弾の込められたシリンダーの穴の判別方法を知っている。だから自分の手を迷いなく撃てたのだ。でもヒグンは銃を見た事ないから当然その判別方法も分からないはず……!

 それに、1発ずつ交互に撃っていくのならオーナーの番に弾が出ないようにシリンダーを回転させておくに決まってるだろ!? 撃つ前の弾は一発分しか回転しない事をヒグンは知らないんだ! だからやりようはあると思ってる、こんなの賭け事でもなんでもない!!



「マルエルちゃん」



 ヒグンは精一杯強がった顔をし、何か小声で呟いてからオレの名を呼んだ。



「勝負だよ、マルエルちゃん」

「ゔぅっ、うぅゔっ!」

「僕がこの勝負で死ななかったら僕の勝ち。死んだら僕の負けでマルエルちゃんの勝ち。三回勝負の分もここで使わせてもらうよ」



 勝てるわけないやろがーい!! やめろやめろ死んだ後の気まずさが増すからそういうカッコつけやめてくれーっ!!


 彼はオレの喚き散らそうとする姿を見て可笑しそうに小さく笑うと、オーナーの方に向き直った。オレの必死の制止は彼には届かず、勝ち目のないロシアンルーレットが始まってしまった。

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