54頁目「メチョチョのママは誰が相応しいか!」
「という訳で! ぼくとマルエルのどちらがメチョチョの真のママに相応しいのか選手権を開催しめす! どんどんどん! ぱふぱふ!」
「わー!!!」
メチョチョが帰ってきて夕飯も食べ終え、少し皆でまったりした後にメチョチョとこそこそ話をしていたフルカニャルリが急に元気にそう宣言しだした。
居間の隅で素振りをしていたヒグンが手を止めたので、ソファーでうたた寝していたオレも体を起こす。
「くぁ……あふ。なにー? 選手権?」
「うむ!」
「急に始まったな」
「確かにメチョチョには母の役割を担うものは必要であり。父からは勇気を、母からは愛を授かり大人になるめ。どちらかが欠けてはならず」
「片親敵に回すなよ〜、結構多いぞ今時〜」
「ふっふっふ。一度は戦力外通告されためが、この中で最年長なのはぼく! マルエルなんかよりもずっとお姉さんめ、負ける理由がなく!」
なんか突然試合前スピーチみたいな宣誓をし始めた。ガン飛ばしてデコから当たりに行った方がいいか? ブレイキングダウン的な感じで。
「でも私のが歳上っぽい見た目じゃんね。精神構造的にもフルカニャって私よりガキっぽいし」
「なにをーっ!」
軽口を叩いたらフルカニャルリが顔を真っ赤にして怒りを向けてきた。ムキになるねぇ、そういう所とか特に子供っぽい。やはり相対的に見てオレの方が歳上っぽいだろうははは親権は頂きました。
「まあまあ。そのママ選手権ってのは、具体的にどんな勝負をするんだい?」
「よく聞いため! 3回勝負、二点先取で勝利が決まるという方式を取りめす!」
「とりめす!」
あ、メチョチョがフルカニャルリの言葉を真似た。腰に手を当てるポーズも真似ている。ミラーリングってやつ? 好感度高そう、まあ精神年齢近そうだしなあの二人。
「まず第一勝負は見た目の勝負! 服を選び、見た目でよりお姉さんっぽい方をメチョチョに選んでもらうめ!」
「選ぶー!」
「お姉さんっぽい方? 母親選手権なんだろ、お姉さんっぽいだと若くないか。人妻っぽいコーデで勝負した方が企画に則してないか?」
「マルエル、考えてみるめ。ぼく達に人妻っぽいとか、かけ離れすぎて無理だと思い」
確かに。見た目10歳ちょっとくらいのフルカニャルリは勿論の事、オレもヒグン曰く高く見積っても中学生くらいにしか見えないらしいしな。アダルティ方面は管轄外か。
てかオレが見た目10代前半女子に見えるってんなら、マジでヒグンってロリ軍団の長じゃん。そういう印象も手伝ってお姉さんの知り合いが出来ないんだったりして。
「まあなんでもいいけど。でもやる気湧かないなあ、私らどっちが勝つにしてもママ感とか演出できないだろ」
「そんな事ないめよ。ねえ? メチョチョ」
「うん! 喩えるなら望まぬ子供を産んだ悲しき女! 大人になりきれない子供親! ならいける!」
「おい。マイナス方向の印象じゃねえか」
選手権の勝利で獲得できるのがアダルトチルドレンのレッテルかよ。むしろ負けたいだろそれなら。
「てか、服のコーデで年齢感をある程度弄ったりは出来るかもしれんが、私とフルカニャじゃ見た目年齢の開きが大きくない? 最初の勝負、フルカニャが勝てる見込みないと思うけど」
「言うめねマルエル。まだぼくを侮るか、100年早いわお尻の青い小娘め!」
「青くねえわ殴るぞ」
「多少おっぱいが大きいからって調子に乗るべからず。餅尻勝負ではぼくの方が圧勝であり! ねえヒグン!」
「嫌なパス来たなあ」
「ほらね! ヒグンも首を縦に振っており!!」
自信満々にフルカニャルリが無い胸を張る。
「何が見えてんだ振ってねえよ。あと、こんな事自分から言いたくはないが、尻のデカさは有利さに反映されないだろ。大人の女ってんなら胸デカの方が圧倒的じゃね? なあヒグン」
「また嫌なパスが来たな」
「ヒグン、答えるめ。これはヒグンがおっぱい派かお尻派かという問いでもあり!」
「巨乳のマルエルか、巨尻のフルカニャルリかって事か……」
「一応言っとくけど、かなりキモいからなその発言」
いつもの「この餅尻を見よ!」のポーズになってヒグンに尻を見せつけるフルカニャルリ。ガン見の後に鼻血をたらりと垂らすヒグン。日常だねえ。
その後オレの胸元に視線を移すヒグン。遠慮無しに色んな角度から見られる、なんか恥ずかしいな……。
「あんま見るなよ変態……」
「マルエル」
「なんですか」
「ベビードールに着替えてきてくれないか?」
「やだよ、殺されたいの???」
「くっ! な、なら、服を後ろに引っ張って胸を強調させてくれ! 寝巻きだと布がカーテンみたいになってるのか、全体的なシルエットが太ってるようにしか見えない!」
「太っ……!? 太ってねえわ死ね! クソが!!!」
全然自分の家での格好なんて気にしてなかったからそう見えていたなんて知らなかった!
やれやれ。バカバカしいが一応、頼まれたので布を後ろに引っ張ってやる。「ふむ」、と呟いたヒグンは、観察するようにジーッと穴があきそうなくらいオレの胸を凝視すると、近付いてきて普通に胸に手を置いてきた。
「おいこら」
「やっぱり。前より少し大きくなったよね?」
「知らねーわ離せ」
「ふーむ、ふむ。なるほど」
オレの胸から手を離すとヒグンは腕を組み思考を始める。
子供がいる前でなに堂々とセクハラしてんだコイツ。メチョチョが不躾に男の股間まさぐるような痴女に成長したらどうするんだよ。
「今、厳正な審査を行ったんだが、正直ムラムラする度合いで言えばマルエルの胸よりもフルカニャルリの尻の方が勝ってるかもしれない」
「はあぁ!?」
「やったー!! それ見た事か! おっぱいなんて飾りめ〜!!!」
「なんでだよおかしいだろマイノリティだろ!!! 男なら胸を愛せよタコ! 大体こんなちんちくりんなガキにっ」
「ちんちくりん〜???」
フルカニャルリにほっぺを掴まれてぐにゃんぐにゃんされた。こっ、このっ! 全然手を退けないじゃん笑顔で青筋立てんなよコイツ……!
その光景をヒグンが穏やかな顔で「癒しだなぁ〜」って眺めている。メチョチョも途中から混ざってきて顔を揉みくちゃにされた。
「二つ目の勝負は我慢の勝負め!」
文句を言うのを諦めるとすぐにフルカニャルリが次の勝負内容を口にする。我慢勝負? ふむ、またしてもオレが得意そうな分野だ。
「我慢の勝負?」
「うむ! ヒグンに足ツボを押してもらい、互いにどちらかがギブアップするまで痛みに耐えるめね」
「なぁ〜んで?」
「ちなみに僕は生まれ育った村の老人達の足ツボマッサージを幼少期の頃からやっているから腕はプロ並みと思っていいぜ!」
「あたちも手伝う! オイルを塗るなど!」
「オレ以外は内容を事前に知ってんのか? なんで痛みに耐えなきゃいけないんだよ、母親との関連性は……?」
「マルエル。妊娠、そして出産とは、どの生物にとっても命懸け。そして激しい痛みを伴うものであり」
「はあ」
「母親というのは辛い出産を乗り越えた戦士であり! 同じくらいの痛みを知らずして、何が母親と言うのだろうか! そういう話であり」
「出産と同じくらいの痛みをはたして足ツボで体験出来るだろうか」
「やかましく! とにかくより痛みに強い方がママ力が強いという事であり!」
力強くそう叫ぶフルカニャルリ。子供から見た母親の印象のベーシックが痛みに強いことだって言いたいのだろうか。別にそんな事無いだろ。そんな事あんまり考えないだろ子供は。
「そして三つ目の勝負はこちらであり! でんでん。プレゼント勝負め〜!!」
「ぷれぜんと〜!!!」
フルカニャルリの宣言の直後にメチョチョが小躍りしながら続いた。プレゼント勝負。それはまあ確かに親らしいかも、クリスマスとか誕生日とかな。
「ルールは簡単! メチョチョが喜びそうなものを選んで渡すだけであり! メチョチョの趣向を理解しているか否か、子の心を知るか否かが親にとって最も重要な事柄でありな!」
親の心子知らず、子の心親知らずとも言うけどな。
なんて言ったら空気凍りそうなのでやめておきます。メチョチョがこの場にいなかったら多分普通に言ってたけどね。
「メチョチョに事前にどんなのが欲しいのかとかは聞いてもいいのか?」
「ふふふ、はたしてそれで本当にママ力が図れるかな? 以心伝心こそ親子の真髄であり!」
「そういう綺麗事はオレも好きだけどさ、実際親がくれたあんま欲しくなかったものって処分とか困るだろ? そういう行き違いを無くす為にも好みは把握しときたいと思うが」
「マルエル、なんか冷めてるめ」
「冷めてないよ!? 普通だろ! なあヒグン!」
「うーむ。僕は親からの贈り物というと狩った獣を丸一頭とかだからあまり分からないな。選ぶも何も無いからさ」
「いかつすぎるだろ」
ヒグンを倣って獣一頭あげても絶対喜ばないよな。メチョチョ〜、このぱぱ参考にならないんですけど。
うーん、プレゼント、プレゼント……。人に贈り物をした事は数あるが、自分の子供って体で物を選んで贈った事が無いから何がいいのか分からんな……。
「マルエル」
「ん? どうしたのメチョチョ」
「あたち、誰かからぷれぜんととかされた事がないから貰えるだけで嬉しいよ」
「? そっか……?」
メチョチョはオレに優しい笑顔でニコッと微笑みかけてきた。
え、なに? 気を使わせた? 天使じゃん。天使の輪っかDIYして頭に乗っけてあげようかな???
「以上の三つの勝負でぼくかマルエルか、どちらがメチョチョママに相応しいか勝負するめ! 異存はある?」
「おー。それはいつ実施されるの。もう今日は夜遅いだろ」
「ふっふっふー。マルエル、明日は何の日か知ってるめか?」
「あん? ……あっ」
全然忘れてたが、明日ってテュール祭の日だ。テュール祭ってのは簡単に言うとクリスマスみたいなものだな。
世間的にはこのテュール祭は家族や恋人と一日ゆっくり過ごし贈り物を渡し合う祭とされている。マリアが死んでから長らく一人で生きてきたから三人への贈り物とか用意するの完全に忘れてたわ……。
「ふふっ。分かっており、テュール祭の贈り物、マルエルは用意してないんでしょ?」
「うっ……ご、ごめん。そういう祭りには長らく触れてなくて」
「よく。ぼくもつい昨日知ったので用意してないし」
「僕の村にもそんな習慣ないし用意してないぞ」
「あたちも知らなかったから用意してない〜!」
「うわ、皆が味方だ。あったけぇ〜心。じゃ、選手権はテュール祭の贈り物も兼ねてるわけだ」
「そういう事! なので開催は明日の日没からであり! それまでは各々、準備の期間めね!」
「わーい! じゃああたち暗くなるまでお友達と遊ぶ!! ぱぱも来てー!」
「おっけー! ふっふ、雪像で近所のちびっこ達に教育を」「お前本当にやめろ。ほんっっっとうにやめろ? マジで軽蔑するからな、変な事をしたら」
「いたたたたっ!? 冗談だよ……」
仲間ってだけじゃ擁護のしょうがないほどの性犯罪を犯しかねないヒグンの耳を割と本気めに引っ張って釘を刺す。あ、物理的にじゃなくてそれはダメだよって忠告の意味合いでね。
ったく。家の横の道に何個か置いてある小さな雪だるまの中に変なものを異物混入させるわけにはいかないからな。しっかりと定期的に確認しに行かねばならんな。
「ちなみにぼくが作って置いた大量の芋虫の雪像はどうめ? 出来良いでしょ!」
「あ、あれフルカニャルリが作ったんだ」
「うむ! 全てが自信作であり」
「ごめん。子供達が『キモ〜い!』って言って泣き出したからまとめて屋根の上に移動させちゃった」
「溶けるめよ!!! うわあああんなんで! ひどく、ひどく〜!!!」
ポカポカポカとフルカニャルリがヒグンの肩を叩く。どう考えてもママ選手権の勝者はオレだな。そもそもフルカニャルリって母親って感じじゃないしな。
「母親かあ」
オレも女の体になっちまったんだし、いつかはそういうのになったりするんだろうか?
妊娠、出産。全然実感は無いが、でも生理は来てるしな。子供は産める体ではあるんだよなー。
もしそうなる未来があるとするなら、相手は……。
「? どうしたのマルエル、ポーっとして」
「っ、別に!」
「なんか熱っぽい顔してる。風邪?」
「!? そんなひっ、人の顔ジロジロ見るなよ! 寝るわ! おやすみ」
「うん? おやすみ……?」
「おやすみであり〜」「おやすみ!」
皆より一足先に階段をペタペタと足早に上がっていく。
暖炉から離れたことで身に当たる冬の冷気がオレの頭の中の熱も冷まし、つい一瞬してしまった妄想への羞恥をかき出してきた。
「恥ず、恥ず……アホかオレはアホか!?」
部屋に入ると頭を抱えて転げ回った。恥ずい恥ずい! し、しかも絶対間抜けな顔してた! なんか言ってたもんヒグンの奴が! くああぁぁぁっ!
現実のナマモノの他人を見てそういう行為とか、子供、とか、そういうのを妄想すんのって、流石にキモいよな……!!
なんか、人にセクハラしてる時のヒグンと同じになったみたいだ。心の女化がどうとかは全く関係なく、シンプルに変態じゃんオレ……。




