52頁目「父娘(偽)」
今回は僕とメチョチョの二人で東の森に赴き、人を襲う洞窟ゴブリンの討伐の依頼を受けていた。
といってももう既に依頼は終わり、僕は囚われていた人達を救出しメチョチョはついでに狩った魔獣の大猪の血抜きをしている。
「や、メチョチョ。おつかれ」
「! ぱぱー!」
「うん。返り血ぃ……」
返り血で全身血まみれのメチョチョが抱き着いてくる。洗い流さずに血抜きしてたんだ。衛生的に良くないな〜……。
「ぱぱ! 大猪の体小分けに解体したよ!」
「うん、よくやったぞ〜!」
頭を撫でる。魔獣は人に危害を与える生物だが、その特殊な性質から体の部位は高値で取り引きされることが多い。
大猪の場合は牙と肉と毛皮、骨に至るまで加工出来る箇所が詰まっているので無駄の無い魔獣だ。これは儲けになるぞ〜!!
「皮と肉は切り離して、肉と牙は僕が持つよ。骨は量がかさむし重いから、今回は置いていこう」
「えー! 骨置いていくの?」
「僕とメチョチョの二人だけじゃ運べないからねえ」
「う〜……あたち、解体頑張った……」
「あはは。まあまあ、そのおかげで他の部位は持ち帰れるんだしさ。元気だしてよ」
「うん……」
メチョチョの頭を撫でながら言うと、渋々だが納得はしてくれたようだ。可愛いなあ、種族としては悪魔だけどこんなの天使じゃないか。
「まあ肉も量あるからさすがに全部は持って帰れないし、ある程度ここで調理して食べちゃおう。労働者の特権だ」
「! わーい! お腹ぺこぺこー!」
メチョチョが両手を上げて喜んだ。空腹だったんだ、言ってくれたらいつでもご飯を作ってやったのに。
そういえば、メチョチョは『料理人』という職業を選んだ冒険者なんだけど料理系のスキルは覚えてないのかな? 今まで使ったのは相手を食材に指定して捌いたり焼き殺したりするようなものばかりで、食材調理のスキルを使った所は見た事がない。
まあ本人が料理をしたがらないなら無理にさせるつもりもないが。指摘することも無いか。
「ちなみにメチョチョ。ついさっき殺したばかりの猪肉となるとどんなに下処理しても今から食べる分にはかなり臭みが残るけど大丈夫?」
「臭み? どんなー?」
「うーん……獣っぽいような、血の生臭い感じかな? 僕らの田舎ではむしろその臭みを残したまま食べる好き者も居たんだけどね〜」
「! 血の味!? あたち血の味大好きー!」
「おっと悪魔らしい発言が飛び出してきたな」
血の味大好き〜と来たか。……まあ、僕の住んでいた村の狩人にも熱した血の塊を好む人もいたし。好き好みは人それぞれか。
とりあえず食べられる程度には臭みを抜きたかったので、食べるように切り落とした猪肉を塩水につけて一時間ほど放置、一度水を変えナイフで繊維を切るように穴を空けてまた一時間ほど放置する。
「さて」
本当は一晩置いておきたい所だが、最低限の下処理は終えた猪肉を鍋に入れて持ってきていた酒と近くに生えていた斑点模様の幹の木の歯を細かく千切り肉に擦り込む。
「メチョチョ、この石に炎のスキルを使って熱してくれないかい?」
「いいよー! スキル、強火!」
強火かあ、まあいいけど。石にかざされたメチョチョの手のひらから炎が現れて石を熱する。……溶けてるが。この炎、一体何度……?
オレンジ色に赤熱する石を足で蹴って鍋の下に移動させる。靴が焦げてるや。
「ぱぱー」
調味料を合わせてソースを作っていたらメチョチョが話しかけてきた。ご飯を作ろうって言ってもう2時間経っているもんな、小さな子には堪えるか。
「どうしたの? 先に何か缶詰温めとく?」
「んーん。そうじゃなくて、ぱぱに質問したいことがあります!」
「質問ですか。何でしょう」
改まった態度で足を揃えるメチョチョ。なんだろう? 質問とは。
「あたち、自分の事何も知らないです」
「はあ」
「ぱぱはぱぱです」
「う、うーむ」
ぱぱはぱぱ、か。
僕、パパじゃないんだけどね。流れでそういう役割を押し付けられたっていうだけなんだけど。言うなれば父親役みたいなものなんだよなぁ。
けど、それを言って聞かせるのはやめた方がいいとフルカニャルリに言われた。悪魔のような実体のない存在は、自分を構成している情報が揺らぐと在り方を変えてしまう事があるらしい。
折角人間のにとって無害な存在に押し止めている今の器を崩すのは良くないとの事だ。真剣にそう諭されたので、出来る限りこの子の父親扱いを否定しないようにしてきた。これからも維持出来る限りそうするつもりだが、そこら辺に関しての質問なのだろうか。
「ぱぱ、教えてほしく。あたちのままは誰なの?」
そこら辺に関しての質問だったなあ。そっかそっか、そりゃ当然パパが居りゃママも居るはずだもんな。
「う、うーん。まま、ね……」
「いつも一緒にいるマルエルかフルカニャのどちらかと思ってた。でも違う、あたちは二人とは違う見た目してる!」
「あ、あはは。そうね〜」
二人というか、世界規模で見ても恐らくメチョチョと似たような容姿をしている存在は数少ないが。青肌に角に黒白目に尾っぽ、これらを一挙に身に備えてる亜人なんて一度も見た事がないぞ。
「あたち、ままに会いたい。街にいる子供、ぱぱとままと歩いてる!」
「そっかあ……」
心が痛いなあ。居ないんだよ、ママ。もう既に故人とかそういう話ではなく、最初から居ないんだ。
いや、ある意味では、肉体の素材元はマルエルなんだし母親はマルエルと言っても過言じゃないんじゃないか??
若しくは、大元の悪魔であるパボメスの憑依元であったあの子……レイナさんだっけ? ラピスラズリ家の長女のあの子、あの子が居て巡り巡って誕生したんだから、彼女もある意味では母親みたいなものだよね。
……どっちを母親設定にしても無理があるなあ〜! レイナさんは本当に10代前半の少女だし、マルエルも翼生えてるからメチョチョと容姿的な違いが大きすぎるしなあ。
嘘を吐くにしてもフルカニャルリと同じ精霊種、心の色で人の本音を見分ける能力があるかもしれない。もし嘘ってバレたら傷つけるだけだよなあ……。
「……居ないんだ。君のお母さんは」
長く思考した後、苦し紛れに出た言葉はそんな言葉だった。
「居ない? もう死んじゃったってこと」
「……ごめんね、メチョチョ。これ以上は悲しくて……うぅ」
うん。こうする事にした。嘘を吐いてもバレるなら、嘘を使わずに誤魔化せばいいのだ。
母親が死んだとも断定せず、およよと泣き真似をしてそれ以上の言葉を濁す。メチョチョは優しい子なので「泣かないでぱぱ!」と頭を小さな手でなでなでしてくれる。
クックック。回避成功。存在しない母親の思い出話をするだなんて虚しい事をせずに済んだぞ。可愛い娘だ、ずっとそのまま純粋に転がりやすく在ってくれな。
「それならもう一つ。ぱぱは、マルエルとフルカニャとどっちの方が好きなの?」
「ぶふーっ!!?」
味見の為に口に入れたソースを噴き出してしまった。
「なななななに言ってるんだいメチョチョ!? 彼女らは冒険者仲間であって」
「でも、マルエルとは正式に恋人になったって。フルカニャが言ってた」
「ええええぇぇぇ!? い、いや、ハッキリと明言していないだけで状況で言えば確かに間違ってないかもしれないけど、そんな事言ってたのぉ!?」
「言ってた。その後、フルカニャもぱぱの事好きだって。子供欲しいって言ってた」
「え? いや、それはいつもの冗談だよ」
「冗談? でもフルカニャ、その後びやく? って奴を錬成するって部屋にこもってた。話し掛けても『後にしてほしく!』って。凄い一生懸命だった」
「えぇ……?」
媚薬ぅ……? いやいや、いつもの童貞からかいでしょ。
……いやでも、本格的なそういう行為はしてないというだけで、肉体的な、肉欲的な接触はもうしてしまってるしな……。
一回済ませた後に結構しつこく「もっとしよ」って言われて、その時は誤魔化して逃げたけどその後もアプローチっぽい事は受けたし……え? 本気でそういう感じなのか!?
「ぱぱ、二人にモテモテ。二人、とっても心がピンク色だった」
「そ、そうなんだ……」
「だからこそあたちは二人がままじゃないって確信持てた。あの色はふーふの関係の色じゃなかった。落ち着きがない感じのピンク」
「もういい、もういいよメチョチョ」
これ以上言われると恥ずかしくなりそうなのでメチョチョに静かになってもらった。いつの間にそんな好感度を稼いでたんだ……? むしろ嫌われるようなキモイ行動ばかり取っていた筈なのに……。
「ぱぱは、あの二人のどっちかと結婚する?」
「結婚!?」
「ふーふって、結婚してなるものって聞いたよ。本当のままを知りたいけど、本当じゃないままがいる生活も悪くないとあたちは思ってるし」
「あ、あははは。そうだねぇ、やっぱり母親の存在って大事だよね」
「うん! あたちままにも甘えたい! ぱぱ、あの二人のどっちかと結婚する予定ある?」
「無いよっ!!?」
「ないの?」
「な、ない、よ……今の所……そういう話は……」
結婚……考えた事無かった。そもそも二人にそういう感じで好まれてるって知ったのもたった今だし。マルエルとの関係は大きく変わったけど、でもフルカニャルリまで……?
……役得だなあ!? よくよく考えたら凄い事じゃないか! 二人ともちょっと見た目幼すぎるけど妙齢ではあるし、美少女だしなあ!! めちゃくちゃどちゃくちゃ当たり物件だよなぁ!?!?!?
ってそうじゃない! 違う違う、鼻を伸ばしている場合じゃないだろ。
二人しかいない状況だから出来る雑談だぞこんなの。家に帰って彼女らに直接言われたりしたら適わん! 主に僕の居場所というか立ち位置が危ぶまれる気がする!
「あ、あのさメチョチョ? ママでは無いけどあの二人は仲間だし、家族みたいなものだしさ。甘えてもいいと思うよ? 彼女らもメチョチョの事可愛がってるしさ」
グツグツと煮える味付けした猪肉を皿に移しながらメチョチョに優しい口調で言う。
「この前、マルエルのおっぱい飲もうとして思い切り吸ったら痛いって怒られた」
「そりゃ怒るでしょ」
「ママならおっぱい出る! あたち街で見たもん!」
「うーん……妊娠してないからなあ……」
「じゃあぱぱが妊娠させて!」
「問題発言だよ」
なんて事を言い出すんだこの子は。母乳飲みたがってマルエルの胸にしゃぶりついてたのも初耳だが、他人を妊娠させてって正気の沙汰か? 子供だから仕方ないで納得出来る案件なのかそれは。
「マルエルがママっぽくないのならフルカニャルリは? メチョチョと一緒にお風呂入ったりしてるし、寝るのも彼女と一緒だろ?」
「フルカニャおっぱい小さいもん」
「そうだねぇ……」
「あと研究の為とか言ってあたちの角を削ろうとしたり、変なのをお股に入れようとしてくる! こわい!」
「本気で怒ってもいいからね。なんなら僕が今日怒るよ」
何をしてるんだフルカニャルリは。前者も大概だが、後者は本当にダメだろう。大方、"悪魔の胎は人間の物と同じなのか"っていう好奇心からそういう行動を取ったのだろう。
時々妖精節というか、明らかに人間の常識で図れない発想を思いつくから怖い。どこか狂気じみてるんだよな……。
「というかその理屈だと、あの二人と仮に結婚出来たとしてメチョチョのママになり得ないと思うんだけど」
「そっかあ。まま……」
メチョチョはしょんぼりした顔で俯く。前に出された肉にも関心は示さず、悲しそうに黙りこくるのであった。
悪魔が自由を得て受肉するのは危険だっていうのは分かる。しかし、何でもかんでも縛りを与えたせいで寂しい思いをさせてしまっていた。
メチョチョは悪魔だが、その実情を除けば彼女は親も家族も知らない幼い少女に過ぎない。
僕を父親と錯覚し、その思い込みから覚めないでいるのはきっと、孤独を紛らわせる為だろう。
この子には確かに母親役が必要なのかもしれない。幼い子供の心は繊細だ、幼少期に出来た心の傷は大人になっても癒えないもんな……。
「分かった。僕に任せてよメチョチョ!」
「? ぱぱ?」
「君には寂しい思いをさせてしまったからね。君が望むのなら、理想のママを用意しよう! うむ、決めた!」
「結婚って事!?」
「結婚はちょっと……まあ、女性の知り合いもいない訳じゃないし、僕に任せておくれよ!」
メチョチョの正面に立ち胸をドンと叩いてやる。彼女は無垢に「え! わーいっ!」って両手を上げて喜んでいた。その仕草はフルカニャルリにそっくりだ。
街に戻ったらメチョチョの母親役探しだ。もう寂しい思いはさせないからね、メチョチョ! 気合を入れて僕も猪肉にありつく。
……くっさ。めちゃくちゃ生臭さが残っていて濃厚だった。勘弁してよ。
「美味しい! ぱぱ天才! あたちこの味大好きーっ!!」
「うわぁーお。口を閉じなさいメチョチョ」
大喜びで肉を咀嚼したメチョチョが大口を開けて喜んだ。凄いな、口の中が無惨な殺害現場だった。鮮血でぐっちゃぐちゃ、気分が悪くなったよ。
僕の分もメチョチョにあげて、僕達は巨大な肉を持ち帰って街に戻った。この後すぐに家に報酬金と余りの肉を持ち帰ったら早速ギルドを物色だ。忙しい一日になるぞ〜っと。
 




