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50頁目「節目ではあるね」

 嫌われてしまった。


 元よりそうなるようにヒグンに直接談判した事もあったし、そうなっても大丈夫な様にと心構えは持っていた筈だった。


 ……いや、そんな心構えを持っていたら、消えない傷痕なんてわざわざ残さないか。


 誰かに嫌われるなんて経験に慣れていない訳では無い。この世界に来る前からそこそこの人生を生きてきた、疎まれたり嫌われたりするのはある意味で離れっ子だ。


 ……オレの性格は人間関係を築くのに向かないんだろうな。どっちつかずですぐ調子に乗って、親しい相手への礼節を欠いて嫌がる事をして。


 本人が気にするような事を平然と言い放った上、言った後に後悔する。改善が無い。馬鹿の一つ覚えみたいに、相手が効いてると思った悪口を連呼する。


 好かれるわけないわなぁ。

 セクハラをしてくるようなやつだからこんくらいの仕返しは当たり前、そんな意識で軽々と相手の許容できるラインを超えてしまった。


 嫌なら最初からキッパリとそういう事は冗談でもするなって言うべきだったんだ。なんだかんだ中身は男だから、男にネタでベタベタされるノリでいたからそう注意する事すら馬鹿らしく思ってしまっていた。


 ……まあ、服装の指定をしてきたのは素で引いたし本心から見下してはいたが。



「ちんこ触った手とか、人にモテないとか散々な事言った末になんの興味も、だもんな。……なんであんなに必死になっちまったんだろ」



 自分の事ながら思い出すと意味が分からなくなる。確かに少しムカつきはしたが、あんなにキレる程の事でも無かったはずだ。女の肌がどうこう言ってる時、特に口が震えた様な気がする。



「こんな所にいためか」



 背後から声がした。フルカニャルリだ。おかしいな、スキルで気配を消して逃げたと思ったのに。いつでも駆けつけてくれるとかジャイアンじゃん。



「……なんですか」

「声がヘロヘロだ。泣いてため?」

「見たら分かるだろ」

「分からず。縮こまって膝を抱いてるせいで顔が見えないめ」



 いや縮こまって膝抱えて頭突っ込んでるこの姿勢で気付けや。友達にハブられた小学生のガキが公園の遊具の中とかでよくやってるポーズだろうが。



「薄暗い路地になんて隠れてたら、ヒグンは見つけられないかもしれないめよ?」

「……見つけてもらおうとしてるように見えんのか? メンヘラじゃねえんだよオレは」

「ふふっ。声に覇気がなく。それはいつもの事か」

「喧嘩売ってるなら後日買うから。どっか行けよクソ虫」

「まあまあ」



 フルカニャルリは隣に座ってきた。なんだコイツ、近いよ。グイグイ押してきやがって。



「なに」

「別にー」

「……邪魔。お前体温高ぇ」

「それはお互い様め」

「オレはお前ほど汗っかきじゃないし末端冷え性」

「あはは、そうめね。マルエルが何も言ってこないなら黙ってるめよ。追いかけてきて疲れたから少し休ませてほしく」

「……そっすか」



 フルカニャルリが小さく「うん」と言った。まあ、居るだけなら別にいいか。


 ……。


 ……。


 コイツもお節介焼きだよな。前まで人間の事なんて興味無い、敵対種族だーってスタンスだったのに。

 なんだかんだでまとめ役をしたり、こんな風にお節介しに来たり、見た目とやってる事が伴ってないわ。いい意味で。


 長い間引きこもっていたオレと違って、ちゃんと外の世界で長い間生きてきたんだろうな。だからしょうもない事でも寄り添ってやろうってなるんだろう。オレにはそんなの無理だ、他人同士がいがみ合っても下らないって吐き捨てて鼻で笑うに決まってる。



「……フルカニャルリは、こんな風に誰かと喧嘩した事あった?」

「ぼく? どうだろう。人間体になったのは今回が初めてだし、妖精同士は簡素なやり取りしかしないから喧嘩なんてした事ないと思うめ」

「でも、美醜の感覚とかは妖精同士でもあるんだろ。衝突しうる材料はある」

「衝突は理解してほしいという思いの表れ、他人を貶す行為だってそうめ。自分を認めてほしいという思いの表れ。妖精は別に互いに認めてほしいなんて思わないめよ、ただ漠然と"そうなんだろう"って思って、それでお終いめ」

「……それなら、私らと行動してるフルカニャは大分レア個体って事なんだな」



 フルカニャルリはちゃんと自分の意見を持ってるし、喧嘩ほどでは無いけど意見で衝突したりもする。彼女の言葉をそのまま鵜呑みにするなら妖精とはかけ離れた存在だ。



「残念ながら、ぼくが珍しいという事もなく。今のぼくだって、妖精の群れの中に戻れば結果を傍観するだけの現象になるめ」

「そうなの?」

「そうだよ。人や虫や獣といった生物と同化してる時はその生物に相応しい人格に引っ張られるけど、ただの妖精には相応しい人格というのがそもそもなく。所詮、人の習性を真似てるだけの下級精霊ゆえな」

「……でも、楽そうだよな。色々と」



 やばい、また失言だったかもしれない。無意識に相手を見下してるような言葉が出ちゃった。



「楽めよ。色々と」

「ごめんフルカニャ」

「気にしてなく。実際楽で困ることが無いから、それが退屈で妖精はわざわざ他の動物と同化するんだし」



 クラゲみたいなものなのかな。ただ海を漂って、気ままに生きているだけの。そう考えたら、どうだろう。少しばかり羨ましくはあるが、やはり実際慣れるという選択肢があっても選ばないかもしれない。



「……あとさ、フルカニャ。一つ、前々から思ってた事あるんだけど」

「なにめか?」

「時々人間について語ってるフルカニャ、説教臭い昭和のドラマみたいで鼻につくんだよな。もうちょっとなんていうか、語るにしても頭悪そうに語ってくんね? オレのレベルに合わせてくれよ」

「よく分からないけど情けない事言われてる気するめね」



 フルカニャルリに呆れられた。ごめんなさい情けなくて。

 その後は雑談をするでもなく、ただ無言でその場に居続けた。雑踏だけに耳を傾ける。大通りからちょっと入らないと見えない位置だから誰にも声を掛けられる事はなく、淡々と時は過ぎていく。



「ふぅ。そろそろ疲れも取れたし、先にお家に帰っておくめよ」



 少し経つとフルカニャルリがそう言い立ち上がる。



「一緒に帰る?」

「…………帰らない」

「そう言うと思った。怒りと違い、後悔や悲しみは長く尾を引くめ。無理に押さえ込もうとしなくてもよく、自分のペースで元気になるめよ」

「……」



 慈愛に満ちた声音でそう言うと、フルカニャルリはポンポンと優しく頭を撫でてきた。

 彼女の足音が遠のいていく。保護者然としているけど、やはりどこか放任主義な所はあるようだ。妖精らしさというのかな、相手に全部委ねる感じ。


 今は正直気が楽になるからいいけど、引っ張ってほしい時とかにそれをされると見放されたと感じそうだ。



「はあ」



 フルカニャルリが消えて数十分経った。いつまで自分はこうしているんだろう。でも、家には戻りづらいしな……。


 ヒグンに合わせる顔がない。それだけならまだいいんだが、今のメンタルでヒグンに明確な拒絶の意思を見せられたら普通をボロ泣きする気がする。流石にそれは恥ずいもんなぁ〜。


 ……数日どっかに泊まろうかな。ほとぼりが冷めるくらい。でもそうしたら、それこそヒグンとの関係性も解消されそうだしな。



「マルエル!」

「っ!?」



 ヒグンの声が聞こえた瞬間、咄嗟に声がした方とは逆の方に体を逃がそうと動いた。完全に無意識での行動だった。



「待ってくれ! 何処に行くんだ!?」



 知らんよ、目的地なんて無いよ。反射的に体が動いちゃったんだもん、ならそれに従うのみだろ。



「待てって!」

「! は、離せっ!」



 這って逃げようとしたら足を鷲掴まれた。しかも力ずくで引きずり出されたんですけど。

 コイツまじか、逃げようとする女に対する行動かそれ。今日日見た事ないけどね、女の足を掴んで穴から引きずり出す男。



「マルエル、話を聞いてくれ!」

「……足離せ」



 ヒグンはオレの足を離してくれた。彼から少し離れた位置に移動する。腕を組んでる時は相手を拒絶してるって心理状態なんだっけ? 腕を組んでやる。



「その、ごめ」

「私は他の男と変な事したりしてねえから」

「……」

「勝手にメルヘンな妄想展開してたけど、中身男だっつってんの。それなのに女だの男だの、意味分からねえし」



 黙っていればいいのにめっちゃ言いたいことを言ってスッキリしに行ってしまった。

 大してスッキリ出来てないし。なんだこりゃ、いい加減ペラるのやめてくれよオレ。黙っててくれ。



「……大体、仮にオレの積んでる脳みそが女色に染まってたとしてさ、一緒にいるもう一人の女にばっか相手してこっちの事見向きしないような男に男関係の事どうこう言われたくないんだよ。お前は父親かなんかか? どの立場から口出してんだよ、一丁前な言葉並べて人の事縛り上げてんじゃねえよクソ」



 あらら、あれれれ。

 より悪化してるんですけどオレのお口。

 なになに、フリースタイルダンジョン? もしかして今ビート流れてる? そうなると今のオレはフィメールラッパーという扱いになるのかな???


 なんか鼻がぶん殴られたかのような熱さに襲われる。目玉もライム搾ったみたい、勝手に謎汁が垂れてくる。


 おいおいのおい、これじゃあまるで男に泣きながら不満をぶつけるティーンじゃん。懐かしいわあ、学生時代の別れる時ってこんな空気だったよなぁ。



「……駄目だ。お前意味分かんない、もう帰れよ。ほっとけよ」



 立ってるのもしんどくなってしゃがんで地面を眺める。


 はあ〜。自分の情緒が気持ち悪い。アレだな、何度も脳死経験してっから、テセウスの船みたいなもんだよな。もうオレの中身は男の記憶と意識を保持してるだけの女って事だよな。


 きっしょい。無理だ。全然無理、誰だよ女になりたいとか言い出した奴。男から女に成り代わって得する事なんかある訳ないだろ馬鹿馬鹿しい。


 また会える機会があったら絶対ソイツが失敗を犯す前に殺してやる。お前のせいでこんな思いをする事になってんだぞこちとら。呪詛を詰めたタイムカプセルを過去に向けて撃ち放ちたい気分です。



「マルエル」

「空気読めよ。こんな無様晒してる女の背中眺めてんなよ趣味悪い」

「ごめん。君に対して酷い態度を取ってた。怖かったんだ、君を失うの」

「鳥肌立たせんなよ。オレなんか何とも思ってないだろ、妬み嫉む理由ないだろ」

「……あるよ」

「ないよ。さっき自分の口で言ってたろうが」

「後から言った言葉の方が正確なんだよ。……僕はマルエルが男と話してると気になるし、嫉妬もする」

「黙れ死ね」



 耳障りなヒグンの声をかき消したくて思い切り叫んでやろうと思った。けど叫び声なんか出なかった。おかしいな。怒鳴るのには慣れてるし声だってジャリジャリなのに、こんなか細い声しか出せないだなんて。


 さっきからおかしいことばかりだ。或いは最近か。コイツと出会ってから頭ん中がかき混ぜられてるみたいで度々気持ち悪くなる。


 ヒグンはオレに拒絶されたのにむしろこちらに近付いてきて、後ろからそっと優しく体を重ねてきた。セクハラですね、逮捕です。



「……なんでそういう事すんの」

「言わなきゃ分からないの」

「そういう言い方ムカつく。……気持ちが無い女にそういう事するの、ろくな男にならないぞ」

「…………」



 黙った。オレを背中から抱きしめてきといてコイツは黙りやがった。かえって安心した、コイツにはメンヘラ製造機の素質はなかったらしい。よーし、翼で押し退けてやろう。



「……気持ちは、あるよ。僕、マルエルの事好きだし」

「っ、は? …………はい?」

「仲間としてとかじゃなくて、女の子として好きだし」

「きっ、聞いてない! 何言い出してんのお前!?」

「なにって。そういう事じゃないの? マルエルが言ってるのって」

「オレが!? なんか言ったっけ!? 拗ねてお前に嫌な思いして欲しいなって思った記憶しかありませんが!」

「そんな風に思ってたのか……」

「そりゃ、だってお前いつもフルカニャとくっついてばかりだし! 頻繁に怪しい事をするの匂わせるし、気合い入れて部屋行っても手を出してこないしっ!」

「えっ……?」

「さっきだってフルカニャが先に見つけてきて結局お前の方が後でオレを見つけたし! だからオレの事なんてっ、最初に釣れた女程度にしか思ってないって、そう、思って……」



 待て。巻き戻せ。オレは今何を口走った? なんかやばい事口走らなかったか?



「……今の、無しでもいっすか」

「……」

「……ヒグン?」



 振り向いて彼の顔を見ると、見事な朱色に染まった頬のヒグンが居た。



「そういう、意味だったんだ。ごめん、てっきりからかってるか、僕を痛めつけるのが好きなのかと……好き……」



 また一段階ボンッて赤くなった。なに自爆してんだコイツ、おもろ。



「……オレは他の男とそういうのしようとか考えた事、一度もないよ」

「そういう、事……」

「……童貞が。頭空っぽなのかよ」



 いてて、いててて。心臓がなんか急に連鎖爆発し始めた。オレの左心房が熱暴走起こしてる。


 ヒグンが怒ってた理由を理解出来てしまった。多分オレの解釈で間違ってはないだろう。

 それを自覚した瞬間、今のこの状況、ヒグンの手によって齎された状況から、妖精でもないのにヒグンの腹の底が見えたような気がした。



「……っ」



 深くは考えなかった。言うなればノリだった。勢いだけで、間抜けな顔でオレを見下ろすヒグンの唇に唇をぶつけた。


 勢いがよく、口もロクに開かず顎を上げてキスしに行ったから歯が当たって痛かった。ヒグンも驚いていた。


 たじろいだヒグンを見つめたまま、そのまま言葉を口走った。



「これがっ……オレ、の気持ち……だった……」



 耳まで熱くなり顔面の皮を剥ぎ取りたくなった。ヒグンは相変わらず間抜けな顔もまま、オレを見ながら自分の口に指を触れた。



「……この期に及んで気付かんフリしたら、本格的に頭病気だからな。分かるだろ、オレの気持ち、っつーか、そういうの」

「あ、あぁ」



 困惑した様子で返事をしながらも、ヒグンは親指で唇を拭った後に立ち上がった。


 その仕草、明らかに今の口付けが気持ち悪かったって仕草じゃん。うわ、恥ずい。失敗した。嫉妬がどうとか言ってたからつい、そういうのしても大丈夫かと思って舞い上がってたわ。


 うーん、死のう。よし、死のうっ! ハーレムだっけ、もうフルカニャルリもいるしメチョチョもいるし、オレが居なくても問題ないよな!



「あはっ」



 勝手に笑いがこぼれた。ここ半年のオレ、ずっと滑稽な姿を人に晒してるんだもんな。自分のダサさに笑えた。



「……あれっ……」



 視界が歪んだ。立ち上がろうとしたのに立てなかった。



「なにこれ……あれっ」



 目を擦ると手が濡れた。滑稽で草、やっぱりボロ泣きじゃんオレ。女の感性すぎて笑える〜。最近何かあるとすぐ泣きすぎ〜。



「マルエル」

「えへっ、ごめっ……すぐこれ止め、からっ……先帰ってて、っ、いい、よっ」



 必死に笑ってる時の口を作ろうとしてるけど上手く行かない。発声がまともに出来てない。

 参ったな、人通りのない路地だからまだ良いが、外で声上げて泣きそうなくらいボルテージ溜まってきてるぞ。



「うあぁ……っ、なん、ヒグン……っ、あっち、行け……よぉっ」

「行かないよ」



 性格悪すぎるだろ。フッた女の泣き顔でセンズリかますタイプ? とことんモラル終わってんなコイツ、誰でもいいから今すぐコイツ攫ってくんね? しんどいわ、一緒の空間にいるの。


 ヒグンはオレのすぐ前まで来て肩を掴み立つのを手伝ってくれた。そこは優しいんだな。



「ねえ、マルエル」



 オレを立たせた後も肩から手を離さずに話し掛けてくる。オレはもう完全に心ポッキリで本格泣きが始まり掛けていたので、隠すように両手を顔に当てている。


 いつまでたっても反応がないオレに対し痺れを切らしたのか、ヒグンは俺の両手首を掴んで顔の前から退かしてきた。


 冗談だろ、泣いてる女の顔を見たくてそこまでするかよ。そう思った刹那。



「んっ……!?」



 オレの背丈に合わせるように、180センチを超える身長のヒグンが身を低くして唇を合わせてきた。


 先程よりも長い口付けだった。直前の失敗を考えたのか、そっと優しく唇を合わせてきた。


 唇が離れる。ヒグンは身を正してオレを見ながら言った。



「これが、僕の気持ち。……何か言ってよ」

「……分からん。分かんない。謎」

「うんなんで? そんな事ある?」

「性欲がついに暴走したのかって思った」

「違っ、違うだろ! なんかいい感じの空気だったのになんで台無しにするんだよ!?」

「……女を泣かせてキスしていい感じの空気? 歪んでんな、キモ」

「ぐはっ!?」

「……」



 自分の唇を指で軽く触る。少しだけ、自分のものでは無い湿りが付いていた。鼓動が煩くて耳元にまで上がってきたような錯覚を覚える。



「も、もし、もう一度互いに見つめ合った状態のまま同じ事出来るなら、少し理解に近付けるかも」

「……少しだけ?」

「……」

「確信にはならない?」

「〜〜っ! もし! もう一回同じこと出来るなら! 理解出来るかも!!」

「言ったね」

「えっ、待っ、んぅっ……!?」



 ヒグンは顔を付けて唇の柔らかさを確かめるように押し付けてくる。


 目を閉じて相手に身を委ねる。……変化がない。閉じた唇を押し付けたままだ。



 あんなに泣いていた、さめざめとした気分が嘘みたいだ。暖かい気持ちになって、涙が引いた気がした。


 ……女の感情なんだろうな、今のオレを支配しているのは。なんだか、自分と口付けをしている男が段々と愛おしい物だと錯覚を覚えてきた気がする。



 ヒグンの後頭部に手を回し、姿勢を低くさせて唇を離す。顔はくっつけたまま、ヒグンの頬や目の周りをまつ毛でくすぐってやる。



「ッ、マルエル?」

「……こうやって、少し遊んだ方がエロいよ。キスする時は」



 顎下に手を添えて、軽く唇を尖らせてチョンチョンと小刻みに唇を合わせる。再び唇を付け、そのまま少しだけ唇の先にヒグンの下唇が来るように顔を動かして音が出るように唇を弾いた。



「……なんか慣れてない? キスするの」

「慣れてないよ」

「そうかな……」



 やべ、テンション上がって遊び過ぎたみたいですね。なんか疑われてる。


 でもなんか楽しいな。もう一回キスしようと口を近づけようとしたら、ヒグンの頭の後ろに回している腕の下から手を入れられて口を掴まれて防がれた。



「むー!」

「こ、これ以上は! 外だし!」

「……」

「分かってくれた?」

「ペロッ」

「!? なんで手のひらを舐める!?」

「しょっぱ」

「当たり前だよね!? そりゃそっ、むぅーっ!?」



 腕をクロスにして強引に顔を近付けさせてまた唇を合わせてやった。うひゃひゃ、滑稽滑稽。ヒグンの息が口ん中に入ってくるように閉じた唇をベロでくすぐってやる。



「!?!?!?」



 そのまま口の中にベロ入れて、ベロ同士を当ててやったらヒグンが声にならない声を上げた。まあ、おもろいけど確かにここは屋外だ。これくらいにしておこう。オレ、バニースーツ姿だからそういう営業だって思われたら厄介だしな。



「ぷはっ! な、何するんだよマルエル!」

「これでヒグンはオレの物。オレの、"物"ね?」

「へっ?」

「知らねぇの? 異国のとある国ではベロを入れられた奴は入れてきた奴の所有物になるって風習があるんだよ」

「そうなの!?」

「そうなの。だからこれは儀礼的な行為です。もう覆せんよ」

「えぇ……」



 まあそんな儀式知らないが。可愛い照れ隠しというやつだ、鵜呑みしてくれ。



「なるほど。じゃあマルエル」

「うん?」

「口開けて。あーんって」

「? あー……」



 言われた通り突っ立ったまま口を開けたら、今度はヒグンの方から顔を近づけてきた。そして、そのまま開かれたオレの口の中にベロをそのまま突っ込んできた。


 ぎこちない動きでオレのベロの表面を舐め、抵抗しないのを良い事に一度引こうとしたベロをさらに伸ばして口の中を舐めて行った。


 流石は変態。こういう行為には勉強熱心で前のめりですね。


 迎えるようにこっちもベロを動かしてヒグンのベロを舐めたら目が合った。驚いたみたい。……このままガチのディープに入ったら引くかな?



「美味しい? オ……私の唾」

「うーん、無味かな」

「だろうね。てか、外なんだし辞めるんじゃなかったの?」

「舌を入れたら相手は所有物になるんでしょ? だから舌入れてみた」

「あんな軽口で行動を起こせるんだ」

「軽口でも。僕はマルエルが欲しいんだって伝えたかったんだ」

「!? ……そう、すか」



 ストレートすぎる言葉にビクッとしてしまった。俯く、こんなのでニヤけてるの見られたら流石にチョロい女認定されるだろうし。



「帰ろっか」



 ヒグンがオレに手を伸ばす。……ふむ。手を取って、指を搦めた状態にする。


 ヒグンの顔を窺い見る。……嫌そうな顔はしていない、脇を広げて腕を身から離そうともしていない。良かった。



「ねえヒグン」



 手を組みながら街を歩く。新鮮な感じだ、さっきからずっと胸の中が煩くて苦しい。あとなんかジロジロ顔を見られてる気がする、服装のせいだろうか。



「なんだい?」

「……段階とかは考えてほしいし、時と場合とか空気とか読んでくれるのならって話だけど……私に、エロい事してもいいぜ」

「エロい事って? キスとか?」

「ん、んー……それは別に、毎日しても、いい……」

「本当かい!?」

「デカいよ声が。……まあ。それくらいなら」

「よっしゃ! ……それ以外のエロい事」

「うん。……やべ、恥ずかしくなってきた。絶対後々後悔するなこれ」

「後々後悔するやつ?」

「んー。ちなみにキスしちゃった事も、本音を言っちまったことも、結構今顔から火が出そうなくらいには後悔してるよ」

「あはは。可愛いねえ」

「バカにしてんだろ」



 小さな子を相手にするような態度で接しやがって。それされるのは純然たる苛立ちしか覚えないんだよ。次やられたら手でも噛んでやろうかな。



「! もしかしてセッ」「デカい声デカい!?」



 びっくりしたあぶねええええ!? コイツ街中でなんて事を大声で言おうとしやがるんだ。とんでもなさすぎるだろ。



「で、でも、思い当たるものと言えば、それしか……!」

「がっつきすぎ、鼻の穴広げすぎ。しっとり会話しながら帰る流れだったろ今。なんで間欠泉大爆発みたいな興奮してんのお前」

「だってそのエロい事って具体的に! そ、そういうアレとか、ああいうソレとか、してもいいってことだろ!?」

「具体性を欠きすぎてるなあ。……なんかキモいからやっぱ却下で」

「産まれてくる子の名前は何にしようか! 二人で考えようね!!」

「おい。最悪の方法で具体性の壁突破するのやめてよ。却下って言ったじゃん、聞いてないじゃん」



 エロ親父モードに移行したヒグンは止まらず、家に着くまでこの世の終わりのような言葉を言い続けた。完全にすれ違った人達に関係性が透けまくっていた、新手の羞恥プレイである。なんだかなあ。



「ただいまー!」「ただおいも」

「あ! おかえりー!」

「おかえりぱぱ!」



 家に帰るとフルカニャルリとメチョチョが迎えてくれた。メチョチョは一目散にヒグンに突撃し、フルカニャルリはオレとヒグンの結ばれた手を見て悪い笑顔でにやけ始めた。


 手を外す事を忘れていたせいで、散々ネタにされてしまった。


 夕食を終えると、フルカニャルリが「今夜は早めに寝てあげめす」とオレにウィンクしながら言ってきた。そんな事するつもりないのでデコピンをした。

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